上 下
171 / 186
第三章

ゆでダコ

しおりを挟む
「グラビティ! プラス」

 ドッスン!

 ドラゴンが地面に叩き落とされた地響きに俺は思わず振り返る。
 漆黒のドラゴンは地面にひれ伏したまま、視線だけで俺を殺そうとしているかのように睨んでいた。

 腹の底から湧き上がる恐怖。

「お二人共、早く!」

 金色の髪を振り乱した美少女が閉まり掛かっている門の下で叫ぶ。
 マリアーヌが助けに戻ってきてくれたのだ。

 俺たちが門をくぐると同時に厚く頑丈な門が下ろされる。

 助かった!

 手綱を持つ手が震えて止まらない。
 その手にそっと重ねる小さな手。

「大丈夫? キヨ」
「ああ、なんとか。恥ずかしいことに恐怖で手が震えてるよ」
「流石に私も今回はダメかと思ったわ」

 そう言って笑ったレイティアも手が震えていた。
 俺もレイティアの手を握り締める。

「大丈夫でしたか?」

 マリアーヌが無事を喜ぶ俺たちに近づいてきた。

「ありがとう。本当に助かったよ、マリアーヌ」
「怪我も無いようでよろしかった……」
「マリアーヌ様!?」

 レイティアとマリアーヌはまるで鏡を見ているようにお互い不思議な顔をしている。

「レイティア、マリアーヌ、気持ちはわかるが、話はあとにしてもらえるか? 警備隊も来たようだ」

 背の高い、金色の長い髪をたなびかせた女性を先頭に十人程度の警備隊が現れた。
 その中にはシルバーの髪をしたエルフは先頭の女性と同じ青い目をしているが、どことなくとぼけた顔をしている。

「お姉ちゃん!」
「介護班、一般人をあちらにお連れしろ。サンドラ様、状況をお知らせください。何があったんですか?」

 レイティアのたった一人の肉親にして姉、アリシアは隊長として俺たちに接する。
 公人としてのアリシアはりりしく、頼もしく見えた。
 マリアーヌたちと離された俺たちが連れて行かれた先にはソフィアが待っていた。

「ご主人様、レイ様、ご無事で良かった。あたしだけ逃げ出して……」
「よくやってくれた。門をすぐに閉められるようにしてくれてたから助かったんだ。頑張って話してくれたんだな」
「そうよ。あなたのおかげよ。よく頑張ってれたわ。ありがとう」

 俺たち三人は抱き合って無事を喜び合った。
 ひとしきり、喜んだあとやっと落ち着きを取り戻した。

「ところでレイティア、奴は飛竜種だろう、壁を越えて来るんじゃないんだろうか?」
「そのままだったらね。対空用の巨弩弓と対空防御隊もちゃんといるわよ。ただ……」
「ただ?」

 レイティアの顔には不安の色を隠しきれない。

「ただ、あのドラゴンに対応できるかどうか? マリアーヌ様たちの攻撃もまともに効いていなかったでしょう。普通の相手なら十分対処できるでしょうけど……」

 確かにあれだけの魔法を食らっていたのに、かすり傷程度だった。
 それに物理攻撃は効くのだろうか?

 しかし、アリシアが言ったように俺たちはただの一般人だ。
 あとは警備隊に任せるほかない。
 そもそも、俺たちはマリアーヌたちに巻き込まれただけだ。

「ドラゴンに襲われた」
「一般人って」
「「あなたたちなの!?」」

 聞き覚えのあるユニゾン。
 レンとランの鬼神族の双子。
 この双子がいるという事はあいつもいるのだろう。

「相変わらず、厄介事に巻き込まれているんだな、キヨ」

 深くかぶった帽子からこぼれる緑の髪、きりりとした背の高いイケメン。
 すっと通った鼻に綺麗な青い目。
 芝居かかった動きで現れる。

「「アレックス様~」」

 レンとランが片方に結んだ長い金髪を振りながらイケメンの名を呼ぶ。

「怪我はないかね。子猫ちゃん」

 男装の麗人が自分の部隊を引き連れてやってきた。

「わたしたちは大丈夫よ。それよりもマリアーヌ様たちの方が……」
「ああ、そちらはマリアーヌ様やほかの隊員が治療に当たっているよ。ゴブリンの巣に行くときに見かけたドラゴンなのか? 意外と近くに居たんだな」
「ああ、本当にな」

 てっきり兼光のことだと思っていたが、本当にドラゴンの目撃情報が多数あったのかもしれない。
 俺たちは街道で襲われたこと、そこにマリアーヌたちが現れた直後にドラゴンが現れたことなど、状況をアレックスに説明すると、あっさり解放された。



 レイティアはこれから忙しくなるアリシアのために家に戻った。
 俺たちは馬の世話をしてから、家へ戻るとロゼッタが風呂を沸かして待っていてくれた。

「ソフィア、先に入って来てくれ」
「一緒に入りませんか? ご主人様もお疲れでしょうから背中を流しますよ」
「いや、ロゼッタさんに俺たちが居ない間の街の様子を聞きたいから、先に入っていてくれ」
「……分かりました」

 ソフィアは素直に風呂へと消えた。

 黒髪のメイドはお湯を沸かしいつものように丁寧にコーヒーを二つ入れる。
 いつ焼いたのかクッキーまで出してきてくれた。

「それで何をお話しすればよろしいですか?」
「街に変わったことは?」
「特にはありませんね。そろそろ秋になりますから収穫の準備が始まるくらいですかね」

 コーヒーに口をつけながら街に起こったことを話してくれる。
 商売の種になるような話は特になかった。
 それでは本題だ。

「最近、ドラゴンがよく出没しているのか?」
「いいえ。グランドマスター一行が賞金をかけて情報収集をしておりましたが、決定的な情報は得られず、毎日探索を繰り返しているとお聞きしております」

 と言うはドラゴンがあのタイミングで現れたのは偶然か?
 それにしてはタイミングが良すぎる。

「今回、ドラゴンが現れたということで、街に厳戒体制が引かれるよな。しばらくは街を出られないのだろうか?」
「おそらくはそうなります。すでに四方の門は閉じられて、むやみな外出は控えるように連絡が回っております」
「そうすると、マナ石と武具の価格は上がるな……ちなみに、ドラゴンの生態を知りたいのだけれど、どこに行けば良い?」

 俺はすっかり冷めたコーヒーカップを置きながら尋ねる。

「ドラゴンですか? そういうことは魔法技術院に資料があるかもしれませんね。詳しくはお嬢様にお聞きください。そう言えばお嬢様、遅いですね。キヨ様、様子を見てきていただけますか?」
「なんで俺が?」
「さっきキヨ様が先に入ってろと言ってたので、もしかしてお嬢様お風呂で待っているのではないですか?」

 まさか?
 
 その後、ゆでダコになっているソフィアが湯船で発見されたのだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ
恋愛
人としての限界に達していたヨルレアンは、 婚約者であるエルドール第二王子殿下に理不尽とも思える注意を受け、 話の流れから婚約を解消という話にまでなった。 ヨルレアンは自分の立場のために頑張っていたが、 絶対に婚約を解消しようと拳を上げる。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

えっ、能力なしでパーティ追放された俺が全属性魔法使い!? ~最強のオールラウンダー目指して謙虚に頑張ります~

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
コミカライズ10/19(水)開始! 2024/2/21小説本編完結! 旧題:えっ能力なしでパーティー追放された俺が全属性能力者!? 最強のオールラウンダーに成り上がりますが、本人は至って謙虚です ※ 書籍化に伴い、一部範囲のみの公開に切り替えられています。 ※ 書籍化に伴う変更点については、近況ボードを確認ください。 生まれつき、一人一人に魔法属性が付与され、一定の年齢になると使うことができるようになる世界。  伝説の冒険者の息子、タイラー・ソリス(17歳)は、なぜか無属性。 勤勉で真面目な彼はなぜか報われておらず、魔法を使用することができなかった。  代わりに、父親から教わった戦術や、体術を駆使して、パーティーの中でも重要な役割を担っていたが…………。 リーダーからは無能だと疎まれ、パーティーを追放されてしまう。  ダンジョンの中、モンスターを前にして見捨てられたタイラー。ピンチに陥る中で、その血に流れる伝説の冒険者の能力がついに覚醒する。  タイラーは、全属性の魔法をつかいこなせる最強のオールラウンダーだったのだ! その能力のあまりの高さから、あらわれるのが、人より少し遅いだけだった。  タイラーは、その圧倒的な力で、危機を回避。  そこから敵を次々になぎ倒し、最強の冒険者への道を、駆け足で登り出す。  なにせ、初の強モンスターを倒した時点では、まだレベル1だったのだ。 レベルが上がれば最強無双することは約束されていた。 いつか彼は血をも超えていくーー。  さらには、天下一の美女たちに、これでもかと愛されまくることになり、モフモフにゃんにゃんの桃色デイズ。  一方、タイラーを追放したパーティーメンバーはというと。 彼を失ったことにより、チームは瓦解。元々大した力もないのに、タイラーのおかげで過大評価されていたパーティーリーダーは、どんどんと落ちぶれていく。 コメントやお気に入りなど、大変励みになっています。お気軽にお寄せくださいませ! ・12/27〜29 HOTランキング 2位 記録、維持 ・12/28 ハイファンランキング 3位

〖完結〗聖女の力を隠して生きて来たのに、妹に利用されました。このまま利用されたくないので、家を出て楽しく暮らします。

藍川みいな
恋愛
公爵令嬢のサンドラは、生まれた時から王太子であるエヴァンの婚約者だった。 サンドラの母は、魔力が強いとされる小国の王族で、サンドラを生んですぐに亡くなった。 サンドラの父はその後再婚し、妹のアンナが生まれた。 魔力が強い事を前提に、エヴァンの婚約者になったサンドラだったが、6歳までほとんど魔力がなかった。 父親からは役立たずと言われ、婚約者には見た目が気味悪いと言われ続けていたある日、聖女の力が覚醒する。だが、婚約者を好きになれず、国の道具になりたくなかったサンドラは、力を隠して生きていた。 力を隠して8年が経ったある日、妹のアンナが聖女だという噂が流れた。 そして、エヴァンから婚約を破棄すると言われ…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 ストックを全部出してしまったので、次からは1日1話投稿になります。

何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる

月風レイ
ファンタジー
 あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。  周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。  そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。  それは突如現れた一枚の手紙だった。  その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。  どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。  突如、異世界の大草原に召喚される。  元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。

異世界人生を楽しみたい そのためにも赤ん坊から努力する

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は朝霧 雷斗(アサギリ ライト) 前世の記憶を持ったまま僕は別の世界に転生した 生まれてからすぐに両親の持っていた本を読み魔法があることを学ぶ 魔力は筋力と同じ、訓練をすれば上達する ということで努力していくことにしました

処理中です...