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第三章

燻製と蕎麦とマヨネーズ

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 俺はそば粉と塩を混ぜたものに水を加える。
 そこに溶き卵を加えてさらに混ぜる。

「そんなに水っぽくしたら団子にできんぞ」
「まあ、できてからのお楽しみだ」

 フライパンに油を引いて熱したフライパンに生地を垂らし、丸く薄く焼き、端を折りたたみ、四角にする。その上に別で火を通した肉と野菜を乗せて最後に玉子を落とす。
 蓋をしてしばらく火を通す。

「よし、完成だ! 味見してみてくれ」

 俺は皿に移してみんなの前に置く。

「ほう、なんだか朴葉焼きみたいじゃのう。この薄い蕎麦ごと食うのか?」
「ああ、切り分けるから食べてみてくれ」

 そう言って俺はいくつか切り分けようとすると、元気な女の子の声が聞こえてきた。

「お、なんか良い匂いするおもたら、なんやガレットやないか。オシャレなもん食べとるやん。うちにもひとくちちょうだい」
『ちょうだい!』

 お昼のために帰って来た姫鶴が俺たちに声をかけて、女子高生必殺のひとくちちょうだい攻撃を仕掛けてくる。
 みんなで試食をする。

「ほう、なかなかいけるのう」
「美味しいわよ」

 蕎麦の香りと新鮮な卵でいい味を出している。出しているが……何か物足らない。

「面白い料理だけど、まだまだ改良できるだろう。これじゃあ、店には出せないな。この皮をもっと薄くしてバリッとするか? でもそれじゃそぱの香りが減るか? 逆に厚くしてもちっとするか? 中に入れる具も見直さないとな」
 
 アータルはいつもの軽薄さはどこに行ったのか、ガレットを食べながら目をつむってブツブツと料理の改良案を探る。
 そんなアータルを無視して姫鶴はちょっと首をかしげた。

「キヨにぃ、マヨネーズ無い? うち、目玉焼きにはマヨネーズはなんよ」
「マヨネーズ! そうだ! マヨネーズが欲しいな」
「まいよねーず? なんだそれは? どこで取れるんだ?」

 マヨネーズは保存が利く調味料の上にカロリーも高い。
 しかし、どうやって作るんだっけ?
 たしか卵、油、お酢と塩があれば作れるはずだ。

「うち、調理実習で作った事あるで~」
「じゃあ、任せてもいいか? 出来たらレシピを残しておいてくれ。うまくいけば村のみんなに作ってもらうからな」
「ええで、タマラねぇからお酢もらってくるわ」
『くるわ』

 姫鶴は兼光と一緒にタマラの家に向かう。
 そう言って姫鶴の背中を見送りながら、すこし不安になった。
 料理得意じゃなかったよな。
 
「姫鶴! タマラにも手伝ってもらえよ!」

 姫鶴は手を上げて返事をする。
 姫鶴も村に馴染んでいるようで、タマラの家に行きながらも、村人に挨拶をしながら移動する。
 兼光と一緒にいる以上、二人で人里離れた所にいるかこの村に住むかしかない。
 二人にとってこの村が安息の地になるように俺も手を尽くそう。

 塩水つけした肉を風通しの良い日陰で乾燥させているとガンドがやってきた。

「キヨさん。お久しぶりです。昨日はもうおやすみだということでしたので、ご依頼のものだけ置いていったのですがいかがですか?」

 ガンドは初めて会った時の悲壮な顔が嘘のように幸せそうな顔をしていた。

 ああ、良いよな、お前は彼女とイチャイチャしやがって!

 いかんいかん負の感情が顔を覗かせる。

「ああ、まだ使ってないけど注文通りの出来だと思うよ。ほかにも作ってもらいたい物があるんだけど」

 俺は村に来るまでに思い出していたイメージを伝える。
 動物を捕まえる罠の製作を依頼する。この世界は魔法が発達しているため罠という概念が希薄である。
 


 俺たちはそれから数日、村に滞在した。
 色々な物の燻製、蕎麦、マヨネーズそして動物用の罠の試作、村人へのレクチャーを一通り終えた。

 アータルは気が向いた時だけ、文句を言うように口出しする。言い方は決してほめられたものではなかったが、その指摘内容はさすが一流レストランのオーナーシェフと感心させられる。衛生面、味を第一優先条件(ファーストプライオリティ)として手間や材料を惜しまない。
 俺たちはアータルの知識を借りながら量産とのバランスを取る。

 ムサシマルは時間を見つけて姫鶴と俺に稽古をつける。
 特に姫鶴にはムサシマルの全てを託そうとしているようだった。
 姫鶴の方も稽古中は鬼気迫るものがあった。サイゾウとの戦いでもっと自分に実力があったならシリルが身を挺することもなかった。そんな思いが少なからずあるに違いない。

「姫鶴よ。流派も型も要はいろいろな人間に教えやすいように系統たてたもんじゃ。それ自体は何ら悪くないし、基本が身についとらんとそこからの展開もできん。じゃがな、人間はみんなおんなじじゃない。でかいやつも、小さいやつも細いやつも太いやつもおる。儂にはできるが、お前にはできんことも、逆もある。お主は一文字流が身に沁みついておるが、一度、自分の体と相談して自分しかできん技に組み直してみんか? 宗家越えじゃない。お主が宗家になるんじゃ。一文字流でなく姫鶴流宗家」

 ムサシマルに基本は水だと聞いたことがある。水と言う大きな流れを持っているが、状況や相手によって臨機応変に変化する。相手の実力を出させないように。あと出しじゃんけんのように相手の苦手、弱点を突いていく。
 型の習得が全てではない。そこからが本番。

 居つかない。

 型や技に居つかない。
 同じ場所、位置に居つかない。
 同じ考えに居つかない。
 自分の戦略、戦術に居つかない。
 
 すべての基本は自分が生き残る。

 この一点のために全てをつかう。
 それが剣であり、槍であり、弓であり、無手であり、魔法であり、駆け引きである。
 本当に命の危険が迫ったとき、おそらくムサシマルは躊躇することなく俺たちを見捨てる。

 スポーツではない。

 日常的に命のやり取りをしていたムサシマルの基本スタンス。

 姫鶴がムサシマルを、サイゾウを越えられなかった理由。
 姫鶴も肌で感じているのだろう。
 ムサシマル言葉を、稽古を噛み砕き、飲み込み、自分の体の一部にする。
 俺と違ってここ数日で姫鶴は一回りも二回りも強くなるだろう。
 
 さて、俺は俺でそろそろ本業もしないといけない。
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