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第三章

ヘブンズドア

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 俺はマリアーヌが泊まっているホテルへ到着する。
 入口でマリアーヌに取り次いでもらうと、すぐに薄い紫色のドレスに身を包んだ可愛い女の子が現れた。
 その金色に輝く髪にはピンクの花飾りがつけられていた。

「ドレスがよくお似合いですね。さあ、こちらへ」

 そう言って俺は手を差し出して、馬車へと案内する。

「男! くれぐれも失礼のないようにな」

 サンドラの声を無視して。俺も馬車に乗り込むとアータルの店『ヘブンズドア』へと向かった。



「お待ちしておりましたマリアーヌ様、キヨ様」

 例の獣人の女性があの時と同じようにドアの前に立っている。
 にこやかな笑顔で俺たちを見ると、今日はスッとドアを開けてくれた。

「それではマリアーヌ様、行きましょうか?」

 そう言ってマリアーヌから腕を組みやすいように右腕で輪っかを作る。
 この世界では何かあったら時のために女性の利き腕、主に右手が自由になるように男女が腕を組む習わしだ。

「装いが間に合って良かったですね」

 俺が中に入ろうとすると門番の女性が、俺に耳打ちをしてウインクをする。

 レストラン『ヘブンズドア』天国への扉

 店内は明るく、まるでどこかの王宮に紛れ込んだのではないかと錯覚する、豪華な調度品の数々。
 綺麗に掃除が行き届き、シミひとつない真っ白なテーブルクロスに置かれた料理。
 すでにほとんどのテーブルは客で埋まっている。
 どのテーブルの客も美しい装いで上品に食事を楽しんでいる様子が俺の目に飛び込む。

 女性客が多い。
 まあアータルの性格からしてそれが正常なのだろう。

「お客様、こちらへどうぞ」

 俺は別の女性店員に二階の個室に案内される。

 どうでもいいが、外の獣人も先程の女性店員もえらく美人だな。

 個室も一階と同じように美しい造りとなっている。
 二人で食事をするには広すぎることもなく、ちょうどいい空間の真ん中にテーブルがセッティングされていた。

「お客様、料理ができるまで街の景色をお楽しみください。この時間だけの夕陽に照らされて街並みがお楽しみいただけます」

 店員の言葉に従って、食前酒を持ってバルコニーへ出てみる。
 そこにも食事ができるようにテーブルがセットされていた。
 俺はマリアーヌの椅子を引き、着座を確認したのちに、自分も着席する。

 特に何を話すでもなく、真っ赤な夕陽に照らされる街並みを見ていた。道路から聞こえる人々の楽しげな声をBGMにして。

 先に口を開いたのはマリアーヌだった。

「ここはいい街ですね。シルが生まれ育った街なだけはありますね」
「そう言えば、シルビアとは学校が一緒だったんですよね。学校ではどうだったんですか?」

 シルビアとは今後、長い付き合いになるだろう。今のうちに彼女のことを知っておいて悪いことはない。

「そうですね。シルとは寄宿舎の部屋が一緒だったんです。その時はまだわたくしも魔法習得前のただの下級貴族の娘として学校に通ってました」

 沈みゆく夕陽を見ているのか遠い昔に思いを馳せているのか、マリアーヌは遠い目をしていた。

「シルの入学は学校で噂になっていたわ。まだ入学する歳に達していないのに、入学が許された天才が入学してくるって。その時にはまさか同じ部屋になるなんて思ってもいなかったから、人ごとでしたけどね」

 外はゆっくりと暗くなってきはじめた。

「その時からあんな性格だったんですか?」
「あんなって失礼ですわね。わたくしの親友のことを……まあ、そうですわ。その頃から、自分にも他人にも厳しかったですわね」

 そう言うマリアーヌは少し嬉しそうな顔をしていた。

「シルは天才なのかもしれませんが、努力する天才ですわ。いつもわたくしたちより遅くまで勉強して、朝も一番に起きて運動に勉強……いつ眠っていたのかいつも不思議でしたわ」

 そうしていると、前菜が運ばれてきた。

「中に入りましょうか?」
「そうですわね」

 新鮮な野菜と卵を使ったサラダ。
 軽く茹でた野菜と半熟の卵をクリームソースでいただく。
 絶妙な火加減と野菜の旨味、卵とソースが相まって、今まで味わったことのない旨味となっている。
 マリアーヌのリクエストで、アルコールの少ない白のぶどう酒がガラスのグラスに注がれる。

「なぜ、シルビアはそこまでして学校へ? 天才とは言え、相応の歳になってからでよかったんじゃないですか?」
「わたくしもそう思って聞いたのです。答えはシンプルでした。守りたい人がいるんだと。ただ、今の自分には守るための力がない。だから、一刻も早く大人になってその人を守るんだと」

 ぶどう酒で軽く喉を潤して話を続ける。

「信じられますか? まだ守られるべき子供が、守りたい人のために毎日毎日努力をしている。わたくしは自分が恥ずかしくなると同時にシルと本当の意味で友達になりたいと思いましたわ」
「人参も美味しいですよ」

 マリアーヌが人参を皿の端によけていた。

「ええ、いただきますわよ。シルと好き嫌いはなくすって約束しましたもの。シルはね、わたくしがグランドマスターになった時に唯一それまでと態度が変わらないでいてくれた人ですのよ」

 マリアーヌはちょっと嫌そうな顔をして人参を口に入れる。

「あれ? 人参ってこんな味でしたか? 美味しいですわね……わたくしがグランドマスターになった途端に、すり寄ってっ来た子達がほとんどでしたわ。妬みややっかみを裏で言っている子もいました。まあ、それまで目立たない気弱な下級貴族が、一夜でグランドマスター様ですものね」

 人は良くも悪くも人を見て態度を変えるものだ。それは否定しないが、十歳の女の子がいきなりそれを体験するのはきつかっただろう。

「シルはね、年下のくせにいつもわたくしの心配ばかりしてくれましたの。わたくしがグランドマスターだとわかった時も、これからのわたくしが進む道にわたくしが潰されないか心配してくれましたのよ」

 スープが運ばれてきた。
 魚で出汁をとったのだろうか。お吸い物を想像させるスープが俺の食欲を増進させる。空腹できていたら危うくお腹が鳴りそうだ。

「魚のスープってこんなに美味しくなるものなのね。臭みが全然ないわ」

 マリアーヌは優雅にスープを口に運ぶ。

「シルビアには助けられてばかりだったんですか?」
「そうね。でもあの子も可愛いところがあるのよ。一度だけ、無理がたたったのか高熱を出したことがあったのよ。その時、わたくしが看病したのですが、意識が朦朧(もうろう)としてたのか、いきなり抱きついてきて、お姉ちゃん、お姉ちゃんってまるで本当の妹のようで可愛かったわ」

 ソフィアと間違えたのだろう。昔からお姉ちゃんっ子なのか。

「ですから、お姉さんがあなたに騙されているかもしれないって聞かされてたので、ついついあのようなことをしてしまって、本当にごめんなさい」
「もう、その件は結構ですよ。まあ、そのおかげであなたとこうして食事ができるのですから」

 魚料理が出てくると、俺はびっくりした。
 刺身! いや、タタキか? 表面は軽く炙られて無駄な脂が落とされている。そこにソースがかけられている。
 タタキといえ、ここは海から離れている。馬車でもって来て、二、三日はかかる筈だ。
 俺は恐る恐る口にすると、新鮮な魚の味が口に広がる。

「これ、生ではありませんか? 大丈夫ですの?」

 マリアーヌが躊躇(ちゅうちょ)しているとドアがノックされる。

「シェフがご挨拶したいということですが、よろしいでしょうか?」
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