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第三章

魔法技術院長との会談

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 俺は慌てて魔法技術院へと急ぐ。
 あくまで午後と約束なのだが、俺と魔法技術院との今後の関係に大きく関係する会談だ。
 時間切れなんていう野暮な結果にはさせたくない。
 行われるであろう、おおよその会談の質疑のシュミレーションは終わっている。あとは出たとこ勝負だ。

 俺は守衛で受付をすませると、先日の待合室に通される。

 このあと、どこの部屋で話しをするかによって、彼女らの大まかな出方がわかるだろう。
 ソフィアが初めにいた窓のない部屋であれば、強硬姿勢。応接室であれば、複数の上級職が出てくるだろう。つまり、あちらも態度を決めかねている。最後の可能性として……。

「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」

 迎えの男性は建物の三階奥の部屋の前へ俺を案内した。予想していたはじめのふたつとは違う結果。
 最後の予想が当たった。

 重厚な扉には『院長室』と書かれていた。
 案内の男はノックの後に俺を部屋の中に案内する。

「ようこそ、いらっしゃいました。キヨさん」
「お招きいただき、ありがとうございます。院長殿」

 大きな机が奥にあり、手前には小さなテーブルの左右には二人がけのソファーがふたつ。
 左右の壁には所狭しと本棚が並び、そこには本や書類が行儀よく収められていた。
 案内人が部屋を出てドアが閉められる。

「まずは確認をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「何でしょうか? まあ、コーヒーでもどうぞ」

 俺はコーヒーに手をつける前に最低限の言質を取りたい。

「この部屋には私たちふたりしかいなく、私たちの話はふたり以外に漏れませんね。この答えは慎重にしてくださいね」

 そう言って、俺は胸元のペンダントを意味深に見せる。何の力もない、ただそれっぽいペンダントだ。

「魔法技術院の名の下に、今回の話は私とあなたのふたりの話で、外に漏らさないことを誓います」
「ありがとうございます」

 俺はやっとコーヒーを口にする気になった。

「それでは、本題に入りましょうか。私は魔法を習得させる技術を持っています。それもあなたたちよりも高度な知識と技術を持っています」
「いきなりですね。なぜそう言い切れるのですか?」
「あなたたちはなぜ魔法を習得できるのか、根本的なところがわかっていない。違いますか? おそらく私の先祖があなたたちにその技術を伝授した時に、表面的なことしか教えなかったか、理解できなかったか……それゆえに習得される魔法は習得される者任せとなっている」
「……確かに、なぜあの儀で魔法が習得されるのかはわかっていません。習得される魔法については神様がその人にあったものを決めるものではないのですか?」

 俺はコーヒーカップを置いた。

「自由に本人の望む魔法を習得する技術が私にあるとしたら、さきほどの話を信じていただけますか?」
「……信じるしか、ないですね」

 灰色の髪の老齢な女性は少し困ったような顔をした。

「さて、少し話を戻してもいいですか? 私が無許可で魔法を習得させたということですが……」
「ええ、今までのお話ですと、いまさらそれを否定はしませんよね」
「私は無許可で魔法を習得させました。それは昨夜のうちに認めています。では、なぜ無許可で魔法を習得させては駄目なんですか?」

 ダリア院長は何を当たり前のことを言っているのだろうかという風に首を横に振る。

「それは未熟な者が行った場合、魔法の暴走を招く可能性があります。これはそれを防ぐためです」
「ではあなた方のライセンサーよりも私が技術も知識も優れている場合、何も問題ないということですよね。まさか魔法技術院の既得権益を守るために、そのような決まりにしているのではありませんよね」
「決してそのような理由ではありません。ただしどうやってそれを証明するのですか?」

 院長は怒りを含みながら、質問する。

「そこで、ひとつ提案なのですが、私を魔法技術院特別講師に雇いませんか? 私がこの街に滞在している間だけ私の技術と知識を伝授します。そうすれば魔法技術院の講師たる私が、魔法を習得させるのに何も問題はありませんよね」
「つまり、あなたの知識と技術引き換えに、あなたが自由にその力を使うことを黙認しろと言うことですか?」
「そういう事です」

 俺は素直に認める。

「……」
「……」

 沈黙が続く。
 中身のなくなったコーヒーカップに院長がポットからおかわりを注いでくれる。

「……条件があります」
「……」

 俺はあえて無言で院長の次の言葉を待つ。

「あなたの知識とやらの一部で結構ですのでお話しください。それであなたの話が本当か判断させていただきます」
「承知しました」

 俺は当たり前のように答える。

「それと魔法を習得させるにあたって、いくつかルールを守っていただきます。この書類を見ていただきたい」
「話が早くて助かります」

 差し出された書類を見ると、魔法を習得させるためのいくつかの条件が書かれていた。
 要約すると、むやみに魔法の習得はさせない。
 その対価として金銭を受け取ってはいけない。
 魔法数四個以上の人間にはそれ以上習得させない。
 魔法の暴走以外で魔法を停止させてはいけない。
 その他、魔法技術院の判断に従う。

「付け加えていいですか?」
「内容によります」
「緊急時には私の判断で処置する。魔法の取得、停止どちらともだ。あなたには話しておきますが、南の街道で魔物が増えた件は、ある者の魔法の暴走によるものでした。その暴走を止めるために、私は私の仲間に魔法を習得させました。そして魔物を生みだしていた者の魔法を停止させました」

 院長が俺の話を飲み込む間を与えるために、コーヒーを口に運ぶ。

「そのような緊急時にいちいちあなたたちの判断を仰いでいては、私の仲間に危険が及びます。よろしいですか?」
「つまり、今回グランドマスターがここに派遣された任務は、貴方たちが解決済みだと、そう言うのですか?」

 目を大きく見開き、目じりの皺を延ばして、院長は俺に問いかける。

「私はグランドマスターの任務について、詳細を知る立場にありませんし、興味もありません。彼女の任務がそうだというのであれば、そうなのでしょう」
「まあ、なんてことでしょう……まさか、貴方は魔法を習得しているのですか?」
「……私は男ですよ。魔法は習得していません。ただし、私が魔法を習得させられるのが、私の魔法だと仲間にも説明しています。そのため、このことはご内密にお願いします。その方があなたたちにとっても好都合だと思いますが……」

 そもそも俺が魔法習得の儀を魔法だと言ったのはこのためだ。技術だと言えば、その技術をどこで学んだのか? 誰でも扱えるのではない? 他の人たちがそんな疑問を抱くはずだ。そうすればライセンサーでなくても魔法習得ができるため、魔法技術院が保っていた秩序が崩壊する。
 それを俺固有の魔法と言うことにすれば、ライセンサーのほかにたまたま例外的に魔法を習得できる者が現れただけで、彼女たちがこれまで築いてきた秩序に大きな影響はないはずだ。
 そのことにこの聡明な老女が理解していないはずがない。

「わかりました。貴方のような人間は敵に回すよりは、仲間に引き入れた方が院の利益になりそうです。ちなみにソフィアとのご関係を聞いてもよろしいでしょうか?」

 話の大筋は俺の予想通りに進んだが、ここでソフィアの話になるのは予想外だった。

「仕事上のパートナーですよ」
「それは今の表面上のお話でしょう。あの魔法の話以外は家族としかまともに話せない子が、それも男性の貴方にまともに会話できています。察するにあの子に魔法を習得させたのは貴方でしょうが、そもそも信頼関係がないと魔法習得の儀が成功しないのは貴方もよくご存じでしょう」

 魔法習得の儀、つまり催眠術に一番大事なのは被験者と術者のラポール『相互信頼関係』である。
 催眠術は術者が”かける”のではなく、あくまで被験者が自ら”かかる”ものである。
 術者はそうなるようにイメージさせ、誘導するだけである。
 そのため、被験者が術者自身を疑うと催眠術はかからない。
 逆に自分が催眠術にかかりやすいと思い込んでいる被験者にはちょっと暗示文を覚えさせた子供でもかかる。

 俺はダンスホール近くの路地で暴漢からソフィアを助けたこと、魔法を習得させたことなど、俺が魔法習得の儀を受けたことはあえて伏せて、これまでのソフィアとの経緯を説明した。

「それであの子が急にこの院を辞めてしまったのですね……キヨさん。貴方の条件を受け入れる代わりに私から一つ条件を加えさせていただいてよろしいでしょうか?」
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