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第二章

情報操作

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「なあ、機嫌を直してくれよ。タマラとは本当に何にもないんだから」

 今のところは。

「じゃあ、タマラさんはなんであんなことをしたのよ。まあ~キヨが誰と何をしようが私には関係ないことですけどね!」

 いざ出発しようとしたその時、タマラはその猫科のしなやかな体を最大限に使い、ダッシュで俺の唇を奪い去った。その行動に気が付き、レイティアが引き離すまであっけにとられて動けない俺の唇を、舌をじっくりねっとりなめ回していった。
 文句を言うレイティアに向かって、相変わらずの無表情なまま、「早い者勝ちよ」との言葉を残して見送りをした。

「奥様がそうおっしゃるなら、御主人様。あたしともしていただけないでしょうか?」
「だめに決まってるでしょ!」
「勘弁してくれ!」

 この状況は俺のせいか? 誰か助けてくれ。
 俺はムサシマルを見ると馬車に揺られながら、何やら器用に書き物をしている。

「師匠、馬車で良く書き物なんてできるな。何書いてるんだ?」
「儂が帰るまでにやっておかなきゃならんことじゃよ」

 ムサシマルは眉をひそめながら、「あと何があったかのう」とつぶやきながら筆を走らせている。

「ムサシマル! 国へ帰るの? いつ? いつ決まったの?」
「あ、ああ、師匠がダニエル婆さんに頼んである刀が仕上がったら、国へ帰ることにしたらしいんだ」
「まあ、そうじゃな」

 レイティアは手綱をソフィアにあずけて御者台から俺たちの方へ身を乗り出す。

「ムサシマル、なんで急に?」
「そ、それがのう……」
「国から師匠に仕官の要請が来たんだ。国の剣術指南に迎えたいと連絡が来たんだ。師匠にとってこれ以上ない良い話だ。ドワーフの刀を手土産に師匠は国に帰るんだよ」

 言い淀むムサシマルのために、俺は帰国理由をでっち上げる。

「あら、出世街道なのね。だったらあたしが止める理由はないわよね。おめでとう! ムサシマル。街に戻ったらお祝いしなくちゃね」

 レイティアはムサシマルに祝福の言葉を投げると前を向いた。

「すまんのう。キヨ」
「それが俺の役割だからな。みんなには気持ちよく師匠を送り出してほしいからな」



 来るときには出来なかったことが、帰りの街道では簡単に出来た。
 それは他の行商人との情報交換だ。
 兼光には悪いが、他の馬が兼光を恐れて情報交換どころではなかった。

 こちらから提供する情報のメインは魔物は大分減ってきているが、まだしばらく警戒が必要だと言うこと。そしてここからが重要な情報として、魔王はどこかの勇者に倒されて、ドラゴンも一緒に倒された。
 俺たちが情報源と気付かれないように、伝聞の形で伝える。この情報が広まってくれれば、グランドマスターも王都へ帰ってくれるだろう。

 行商人からの話は七割がグランドマスターが街へ来ていると言うものだった。魔王とドラゴン討伐のために冒険者を募っているらしい。そのため、回復薬やマナ石の値段が高くなってきているらしい。魔王とドラゴンが倒されたんだったら値段も元に戻っちまうなとだいたいの行商人は笑う。
 また、今年は農作物が豊作で値が下がっているらしく、食料を扱っている中小の行商人は困っているらしい。逆に北の海では魚介類が不漁で困っているらしい。

 情報は正しく使えば富を産む。商人たちはそれを経験から理解している。そしてその情報に関してもむやみには信じない。色々な方面から情報を集めてその情報の正確さを確認する。つまり多くの人間から同じ情報を得られるとそれが正しいものと認識する。

「じゃあ、その内、その勇者経由でドラゴンの素材が市場に出回るのか?」

 ある行商人は目を輝かせてそう聞いてきた。

「それが聞いた話では、瀕死のドラゴンが最後の力で勇者を襲おうとした時、案内役の混じり者が身を挺して一緒に火山の火口に落ちたらしいんだ。ドラゴンと混じり者は一緒に溶けて、影も形もなくなっちまったらしいんだよ。惜しいことをしたもんだね」

 行商人のおじさんと護衛の女性三人は目を輝かせて俺の作り話を聞いている。

「その混じり者は大したもんだね。あいつら狂獣化するし、そのくせ獣人ほど強くないし、正直厄介なだけの存在かと思ってたが、中には骨がある奴もいたもんだな。見直したよ。しかしドラゴンは惜しかったな」
「本当にそうだ。俺は駆け出しだけど、一回くらいドラゴンの素材を扱ってみたいよ。それじゃ、気をつけてな!」
「兄ちゃんもな!」


「よくそんな作り話がバレないわね。どこかでボロが出るんじゃないかってヒヤヒヤしたわよ」
「大丈夫だよ。話は作り込んでるし、矛盾が出たって俺も誰かから聞いた話をしてるだけだからな。それより師匠は変ににやけた顔を出さないでくれよ。相手が不審がるだろう」

 行商人が見えなくなってからレイティアはおどけて言った。

「すまん、すまん。キヨの話を聞いてると面白くてな……儂は素直に奥に引っ込んどくわい」

 俺たちは情報収集と情報操作をしながら、街へと向かった。
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