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第二章

シリルの嫁

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「タマラさん。シリルの昔のことをうちに教えて欲しいねん」

 姫鶴は少しだけ元気が出て来たようだ。
 タマラも弟分の嫁と話しをするのを楽しんでいるようだった。

「しばらく、姫鶴を預けていいか?」
「何言ってんだい! シリルの嫁なら、もう村の一員だよ。任せな。それより、仕事の方はどうなんです。どうせあんたのことだから、この件も仕事と関係ないところに首を突っ込んだんじゃないの」

 さすが村のまとめ役をしてるだけあって、見抜かれている。

「まあ、そんなとこだが。これからドワーフのところに行ってその仕事をしてくる。馬を貸してもらえないか?」
「それは構わないけど、キヨさん一人で大丈夫? うちの村はもうやめてるけど、野盗や魔物が出たらどうするんの?」

 そもそも金目の物を積んでいないが、確かに野盗に襲われると困るな。

「そうは言っても兼光も休ませてやりたいし、村だって人手不足だろう」
「まあ、人手は足りてないですけど、農具の補修に持って行かないといかないんだよね」
「それならありがたく同行させてもらいたいな。今日、移動できるか? 仲間をあっちに残したままだから、早く戻りたいんだ」
「一時間もあれば準備できますよ。タマラ、サリアとコンタにドワーフの村に行くから準備するように言ってきてくれ」

 マルゴットは姫鶴と話をしているタマラに声をかける。

「親方様、タマラも準備しますか?」

 タマラは無表情のまま、ちらりと俺を見る。

「いや、タマラは姫鶴ちゃんの世話を頼む。今回はサリアとコンタとあたしが行ってくる。留守を頼む。どうもキヨさんの話ぶりだとダニエルさんが相変わらずの態度のようだから、あたしが直接行ってくるよ」
「……ずるい」

 タマラはその真っ赤な瞳でマルゴットをじっと見た後、ささやくようにつぶやいた。

「何か言った?」
「いいえ、それでは二人に声をかけてきます」

 荷馬車を村の道具小屋の側へ移送させる。
 食料庫ほど丁寧なつくりではないが、大きな土壁の小屋は蔵を思い出される。
 カギは特になく、大きな扉を開けると鋤(すき)や鍬(くわ)、スコップ、大鋸(オオノコ)など農具が所狭しと置かれていた。
 その一角に乱雑に農具が置かれていた。刃がかけたりしてメンテナンスが必要な物をひとまとめにしているようが、それなりの量はありそうだ。

「親方、お待たせ!」

 俺が蔵の中を見ていると外でマルゴットに話しかける声が聞こえた。
 俺が蔵の外に出ると男女が一人づつ来ていた。二人とも見覚えがあった。
 女性はマルゴットより少し若いくらい黒と白のツートンに分かれたショートの髪は一瞬男性かと勘違いしそうになるが、そのしなやかで豊満な体で女性とすぐわかる。半袖の服から見える両腕には髪と同じ白黒の鱗に覆われていた。初めて俺たちが魔物に襲われたとき一緒に戦った女性の一人だ。
 もう一人は金髪の軽薄そうな男性、街道で俺たちに初めに声をかけてきた狐顔の男だ。

「ちょっと予定より早いが、これから道具をもってドワーフのところに行くよ」
「あら、キヨさん来ていたのね。ムサシマルさんは一緒じゃないの?」
「いろいろあって、師匠たちはドワーフの村にいるよ。今回は姫鶴と兼光だけ連れてきたんだ」
「あら、それで親方も張り切ってるのね。私も楽しみだわ」

 そう言ってサリアは先が二つに分かれた長い舌でぺろりと舌なめずりをする。
 あの夜、マルゴットとサリアがムサシマルの相手をしていたのか?
 軽薄そうな狐顔の男、コンタは見かけによらず、黙々と農具を運びだす。
 農具や包丁、はさみなどを四人で運び出すと一時間もせずに準備が整った。
 俺が持った来た馬車と村の馬車でミクス村を出発する。

「キヨにぃ、気をつけてな。なんかあったら逃げるんやで」

 姫鶴は少し元気を取り戻したのか、俺の見送りに来た。

「ああ、逃げ足だけは自信があるんだ安心しろ。お前もわがまま言ってタマラに迷惑かけるんじゃないぞ」
「うちを子ども扱いするな。あほ! レイねぇに……いや、何でもない。今度会った時に直接言うわ」

 黒髪の背の低い少女はその力を少し取り戻した瞳をまっすぐに俺を見据えた。
 少しづつでいい、悲しみも後悔も消化していけ。忘れる必要はない。その感情もお前を形成していくものだ。願わくば正しい方向に取り込んでいってくれ。

「……また、行ってしまうのですね」

 黒髪で日に焼けて黒い肌の少女の側に立つ対照的な真っ白な長い髪をたなびかせ、髪と同じように白い肌のはかなげで無表情な女性が風の音に消されそうな声でつぶやく。

「それじゃあ、姫鶴を頼む」

 俺はその声を聞こえない振りをして馬車を走らせる。
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