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第二章

ミクス村への帰還

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 次の日の朝、レイティアが姫鶴とシリルを連れてやって来た。
 俺は馬車に積んであった荷を降ろしてシリルが横たわれるスペースを作っていた。

「レイティア、留守を頼む。明日の夜には帰ってくる。何事もなければな」

 今回は俺と姫鶴だけの方が良いと判断しての行動だ。ただの野盗や獣なら兼光で簡単に対処できるだろう。
 時々、兼光にシリルの全身を舐めさせ、腐食が進行するのを抑えながら、俺たちはミクス村へと向かう。

 途中で行商人と一度すれ違ったが、もう兼光を隠しようがなかったため、足早にすれ違う。
 荷台にいる姫鶴の代わりに俺が御者台に座る。
 座っているが、兼光が言う事を聞いてくれるわけではない。せいぜい、兼光の話し相手をするぐらいだ。
 暑い空にうろこ雲が浮かび、ガタゴトと荷馬車は街道を進む。
 夕方前に蕎麦の花が咲く街道わきの細道に入る。

「もうすぐ、着くぞ」

 畑仕事をしている村人が見えてきた。

「おーい。マルゴットはどこだ?」
「おー、弱い兄ちゃんじゃないかー。親方は食料庫にいるはずだ。呼んで来ようか?」
「いや、食料庫に行ってみる。ありがとうよ」

 村の中央にある小屋は木でできており、床が高くなっている、いわゆる高床式の小屋だ。通気性を良くし、大きな屋根で冷暗状態を保ち、中の食料を長持ちさせる役割を持つ。火事の影響を受けにくくするため、小屋の周りは大きめにスペースをとっているため、馬車ごと横付けが出来る。

 マルゴットがタマラと食料の確認していた。
 兼光と荷馬車は遠くからでも確認できたようで、俺たちに手を振る。

 俺は大きく息を吐いて、近寄る。

「キヨさん。お帰りなさい。他の方がたはどうされたのですか?」

 俺は馬車から降りて頭を下げる。

「どうしたのですか?」
「すまない。シリルが亡くなってしまった」
「シリルが!?」
「……」

 俺は馬車にいるシリルのところに連れて行く。

「申し訳ない。シリルを無事に帰せなかった。俺の責任だ。本当に申し訳ない」

 俺はもう一度、深く頭を下げる。

「ごめんなさい。ごめんなさい。うちが……うちを守って、死んで……ごめんなさい」

 シリルを抱きかかえたまま、姫鶴は声を絞り出す。
 マルゴットは笑う。半分泣いたように笑う。

「キヨさん。あなたは本当におかしな人ですね。あたしたちは一度はあなたたちを殺そうとしたんですよ。それなのに村を助けようとしてくれたり、村の子のために頭を下げてくれたり、どこまで人がいいんですか」

 マルゴットは涙を拭き、俺たちに向き直る。

「それで、シリルはお役に立てましたか。犬死ではなかったですか」

 死ぬこと自体は珍しいことではない。飢饉で今年の冬は死人が出ることは覚悟をしている。だが、悲しくないわけではない。どう生きたかも気になるのは当然だ。その村の長の瞳はそう語っている。

「姫鶴の命を救って死んだ。姫鶴を守って戦ってくれた。それも一度だけじゃない。シリルは姫鶴だけでない。俺たち全員をその命をかけて守ってくれた。シリルは……シリルは俺たちの仲間だった」
「ありがとうございます」

 マルゴットは逆に俺たちに礼を言う。

「シリルの生きた意味がありました」

 違う! シリルの生きる意味は俺たちを守ることじゃない。ただ、シリルが生きる。そのこと自体がシリルの生きる意味だ。それを俺たちが奪ってしまったんだ。

「姫鶴さん。シリルは嫁取りの儀を申し込めましたか?」

 黙って聞いていたタマラが口を開いた。
 相変わらず感情が読めない。

「嫁取り……ああ、そやけどうちは意味を知らんで普通に勝ってもうた」
「ああ、そうですか。それでは今一度受けてみませんか? タマラが立会い人になってあげますよ」
「それって……」

 姫鶴はシリルとタマラを交互に見る。

「はい! お願いします!」
「ではタマラが立会い人となり、シリルと姫鶴の嫁取りの儀を執り行います。シリルが姫鶴の唇を奪うか、立会い人の判断により決着とします。それでは両者、正々堂々と始め!」

 タマラはほとんど動かない表情からも真剣に立会い人を行う。

「シリル、あの時はごめんな。うちのために……うちのために……ありがとう」

 そう言って姫鶴とシリルは最初で最後のキスをする。
 眠っているような穏やかな顔の頬に涙が落ち、流れる。何度も、何度も。

「シリル、好きな人の腕に抱かれて行けたなら、満足だよね」

 タマラは弟分に声をかける。

 そして次の日の朝、太陽が上がるとシリルは埋葬された。
 土に戻り、この村の一部となる。シリルは村へ帰って行った。
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