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第二章

シャーロッド

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 俺たちはガンドの後ろについて洞窟の奥へ進む。
 いくつかの分岐を経て俺たちはある部屋に着いた。
 魔王が奈落に落ちたせいか、ここに来るまでに鳥型の魔物一匹に遭遇しただけだった。
 暗闇に紛れる真っ黒な魔物だったが、ガンドが見つかるより早く発見してやり過ごした。
 流石は洞窟で暮らす種族だ。

 その部屋にドアというものがなかった。
 先程の広場と同じくガス灯が引かれており、中に光が灯されていた。丸テーブルの上には水差しと食べかけのパンが置かれている。中は俺たち四人が入っても特に狭さを感じない程度の広さだった。
 木で作られた汚れたベッドの上には女性が一人、横たわっていた。
 こげ茶色のくせ毛がボサボサ長く、ほっそりとしているレイティアよりは少し肉付きが良い。身長はレイティアより頭一つ小さいくらいだろう。
 目を閉じているその顔は鼻が少し団子気味で低く、どことなく愛嬌がある顔のようだ。
 しかし、ずっとこの部屋にいたせいか、服も髪も薄汚れていた。

「彼女がそうか?」
「ええ、そうです」
「なら、俺がおぶってやるから連れ出すぞ」

 ガンドが首振った。

「彼女はここを出られないと言うんです」
「どういう事だ? 彼女は捕まっていたんだろう?」
「それが……あ、見てください」

 そう言ってガンドはシャーロッドの方を指差す。
 横たわったシャーロッドの腹のあたりに黒いモヤがかかり始め、それはどんどん黒さを深め、濃縮されると黒い球になった。

「魔物の球!?」

 俺はその現象に目が離せず、黙って見ていると、黒い球は今度はモヤを放出して虎の姿を形作る。
 生まれたての魔物はベットから降りるとひとつ大きく身震いをして部屋の外に出て行ってしまった。

「魔物が生まれた!?」

 俺は初めての光景に思わず大きな声を出した。
 それに反応したのか、シャーロッドの目がうっすらと開く。儚げで力ない瞳をこちらに向けた。

「ガンド、こちらは?」

 小さくなんとか聞き取れる声。

「この人たちが僕をここまで連れて来てくれたんだ」
「……と言うことはあの人は死んでしまったのね」
「ああ、だから僕と一緒にみんなのところに帰ろう!」

 シャーロッドはベッドに横たわったまま、ゆっくり首を横に振った。

「わたしはここから離れられないの。離れてしまうとマナ切れで死んでしまうのよ」
「どう言うことだ?」

 俺は思わず口を出した。

「わたしの意思とは関係なく、魔法が発動するの。魔物召喚の魔法が」
「なぜ? そんな事に!?」
「……」

 シャーロッドは俺の質問に答えない。代わりに別の方向から答えが返ってきた。

「おそらく魔法の数が六個以上になったんですよ。ご主人様。そのため魔法の暴走が始まったのでしょう」

 元魔法技術院のソフィアが答える。

「ここは元々マナ石鉱山ですので、魔法が暴走しても完全なマナ切れを起こさずに済んでいるのでしょう」

 その言葉にシャーロッドは目を閉じて頷く。

「おっしゃる通りです。そのためわたしはここから動けないのです」

 助けに来た人質が実は魔物を生み出し続けている張本人なのか!
 シャーロッドのせいで魔物が増え、それが原因でシリルの村が凶作に喘ぐことになったというのか。
 その張本人を助けるためにシリルが死んだ!?

 なぜこんな事になった!

 俺は思わず剣に手をかける。

「ご主人様!」

 俺の異変にいち早く気がついたソフィアが声をかけてくれたおかげで、のぼった血が引くのを感じる。

 冷静になれ。

 こいつを殺すのはいつでもできそうだが、まずは魔法の暴走を止めてなにがあったのかを聞き出すことが先決だ。

「ソフィア、それで魔法の暴走を止める方法はあるのか?」

 魔法の知識について、俺たちの中ではソフィアに叶うものはいない。

「あります。一番簡単なのは術者を殺すこと」

 先程、俺が剣に手をかけたため警戒しているガンドが槍を手にソフィアを睨みつける。

「もう一つは魔法を忘れさせる事です」

 ソフィアは唇をぎゅっとつぐみ、何かを思い出したようにつらそうな表情を浮かべる。

「そんな事ですむのなら、それでいいじゃないか」

 俺は思わずそう言ってしまった。その言葉の本当の意味を知らずに。

「魔法を忘れさせると言うことは、覚えた全ての忘れてしまうと言うことです。そして二度と魔法を覚えられません。つまりは一生ゼロとして生きると言うことなんです。女のゼロがどんなものかご主人様ならわかりますよね」

 俺に出会うまでゼロの女だったソフィア。
 ゼロの女がどれだけ虐げられていたか一番知っている。
 魔法を得るためなら全てを投げ打ってもいいとまで言わしめたソフィアだからこそわかる、ゼロの女として生きる意味。

「……シャーロッドに生き恥を晒せということですか?」
「魔法に欲を持ちすぎた代償です」

 普段人見知りでまともに喋ることのできないソフィアも魔法に関することにかけては思うところがあるのだろう、俺と話すときと同じようにはっきりとガンドに言った。

「いくつ覚えているのかわからないが、いくつかだけ忘れさせることはできないのか?」

 ソフィアは瞳をとじ、そのふわっとした長い茶色の髪を横に揺らす。

「魔法技術院でもその研究をしていました。しかし、それは不可能でした。研究結果では魔法を習得するということは魔法の図書館と人が繋がるということと考えられます。そのつながりは幾つ持ちでも繋がりは一本なのです。そのため魔法を忘れるにはその一本のつながりを切るしかないのではないかと考えられています」
「暴走した時点でマナ切れで死ぬか、ゼロになるかの二択しかないのか?」
「そうです」

 ソフィアは無慈悲にはっきりと答えた。
 魔法の図書館とは集合的無意識体の事だろう。そもそも人間は奴とつながっているが、それを認識することによってアクセスが可能になり、魔法が使えるようになるんだろう。

「わかった。ガンド、シャーロッド、俺たちは少し席を外してやる。どちらか選べ。だが、その前にガンドちょっといいか」

 俺はガンドを部屋の外に連れ出す。

「ガンド、彼女の魔物が近隣にどれくらいの影響を与えてるか知っているか?」
「僕たちの村にもたまに魔物が出てきていましたが、大した被害はないって聞いてます。現れてもしばらくするとどこかに行ってしまうようなので」

 おそらく、シャーロッドの意思が魔物に残ってるのだろう。そのためドワーフの村に大きな被害がなかったのではないだろうか。
 俺はシリルの村が魔物のせいで飢饉になりかかっていること、街道で魔物が人を襲っている事を説明した。

「そ、そんな……」
「まだ体が弱っている今、そんな状況は知らせるつもりはないが、ゼロの道を選ぶなら、何故こんな事になったのかを聞き出す。そして外で何が起こっているか彼女にも知ってもらうからな」
「わかりました……それでも、僕は」

 俺はソフィアとムサシマルに合図をすると、ガンドと入れ替わりで部屋を出てきた。
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