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第二章

シリルと姫鶴

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 俺は鍋を手放し、姫鶴のもとに駆け出す。

 この距離では間に合わない!

「姫鶴お姉ちゃん! 僕と勝負して!」

 シリルは姫鶴に向かってそう宣言した。
 不思議そうに振り向く姫鶴。

「それって……。ええで受けたる」
「レイティアお姉ちゃんが見届け人になって!」

 勢いに負けて了承するレイティアは俺のそばに来て、声を潜めて話す。

「キヨ、これって……」
「ああ、シリルはそのつもりだろが、姫鶴はわかってないな。そもそも嫁取りの儀の話をしたことがないよな。ただの試合か稽古だと思ってるぞ」
「どうする? 姫鶴ちゃん乗り気だけど」

 少年の純情に水を差すのも気が引ける。シリルに魔法が使えるとは思えないし、純粋な剣の腕で姫鶴がシリルに負けるとも思えない。それは俺が昨晩、身に染みてわかっている。

「よし、そのまま戦わせよう。姫鶴にはあとで意味を教えておいてくれ」
「わかったけど……」

 しかし、昨日の姫鶴の戦いを見てよく申し込んだな。その度胸は買うが勝算はあるのか?
 
「姫鶴よ、そいつに負けたら、弟子入りの話は無しじゃからの」

 ムサシマルがニヤニヤしながら、発破をかける。

「当たり前や。シリルに負けるようやと基本からやり直すわ」

 レイティアの声にシリルが飛び出す。
 イヌ科の足か、思ったより早い。
 しかし軽く受け止める。

 かかり稽古のように元立ちの姫鶴はその場をあまり動かずに、真っ直ぐな剣を受け止める。
 お互い、真剣であるため、一歩間違えば大怪我をしてしまう。
 余裕があるように脱力しているが、姫鶴の黒い瞳に緩みはない。
 何合打ち合っても有効打が出ない。
 額から汗をかきながら舌を出して肩で息をするシリルに対し、背中をぴっと伸ばし、美しい正眼の構えを崩さない。

「もう、しまいか?」
「まだです!」
「男の子はそれぐらい元気がないとあかんな。どんどんおいで」

 姫鶴は楽しそうに答える。
 シリルは大きく息を吐く。
 額の汗を拭うとキャラメルブラウンのくせ毛が揺れる。可愛らしさを残る顔が引き締まる。

「姫鶴お姉ちゃん。僕の気持ちを込めて! 行くよ!」
「ええ、覚悟や。受け止めたるさかい、どんときいや!」

 シリルは気迫のこもった叫び声と共に姫鶴に襲いかかる。

 剛剣一閃!

 シリルの剣は高々と空を舞った。
 姫鶴は剣先をシリルに向けた。

「勝負あり!」

 レイティアの声が二人の勝負に決着をつける。

「稽古ぐらいいつでもつけたるさかい、落ち込まんでや~」

 膝をつき、うなだれるシリルにトドメの一撃を吐く。
 シリルは大きな声を上げて泣きじゃくる。

「お姉ちゃん! 僕の事好きなんじゃなかったの~!」
「はぁ~? 何? どういうこと? とりあえず泣き止み~。わけわからんよって」

 慌てふためく姫鶴にレイティアが近づく。

「姫鶴ちゃんにお姉ちゃんからお話しがあります」

 レイティアに連れられてシリルから離れる二人。
 しょうがなく、俺はシリルに布を渡す。

「え~! 嫁取りの儀!? なんなんその風習!」
「男性からの告白イベントよ。姫鶴ちゃんの国にはそういうのは無かったの?」
「そんなのあらへん。……ちょいまち。うち、師匠に負けたけど……」

 顔面蒼白でムサシマルを見る姫鶴。

「一応、唇を奪うまでが嫁取りの儀だから大丈夫よ。だいたい、姫鶴ちゃんから勝負挑んだでしょう。普通、女性から男性に決闘を挑むのは弱い者いじめに見られるわよ。魔法無しの条件だから、周りも特に何も言わなかったけど」
「そうなん。よかった……。でもシリルに対してうち……」

 ほっとしたのもつかの間、シリル問題を思いだす。

「ええ、告白を全力でお断りしたことになってるわね」
「……わかった!」

 何か吹っ切れたようで、泣きじゃくるシリルに近づく。

「シリル! まず泣きやみ! そんでうちの話を聞け!」

 姫鶴の腹の底から響き渡る声にシリルが顔を上げる。

「うちは嫁取りの儀、なんちゅうは知らんかった。せやからシリルの気持ちもわからんかった」

 姫鶴の言葉をシリルは素直に聞いていた。

「シリルの気持ちはうれしいし、うちもシリルのこと嫌いやない」
「じゃあ……」
「せやけどうちは強い男が好きや! うちの事を守れるくらい強い男が! せやから強うなり! 本気で来るんやったら本気で何回でも受けたる!」

 シリルは涙も鼻水もそのままでじっと姫鶴を見る。真っすぐに。

「はい!」
「ただし、うちは手加減なんかせえへんからな!」
「わかりました! 頑張ります」

 そう言ってシリルは差し伸べられる手を取り、立ち上がった。
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