上 下
100 / 186
第二章

狂獣化

しおりを挟む
「狂獣化を止める方法はあるのか?」

 俺はタマラに問い詰める。

「本人が疲れ果てて気絶するか、気絶をさせるか。意識を失わせれば止まります。しかし狂獣化した相手は一筋縄ではいきません」
 
 気絶させる。
 催眠(さいみん)状態は睡眠(すいみん)状態にすることによって解除することは可能なのだが、本人の体力切れを待つにしても、ムサシマルがいつまで抑えてくれるか。
 ムサシマルに気絶をさせるにしても、姫鶴が無事で済まないだろう。

 ムサシマルは激しさを増す姫鶴の攻撃に嫌気を差して大きく避ける。
 姫鶴は勢いあまり、村人の群れに突っ込む。
 
 村人の悲鳴!

 既に姫鶴にはムサシマルと村人の区別が付いていなようで、村人にも襲いかかる。

 俺が止めるしかないか。

「レイティア、ストップ! 師匠はその隙に武器を奪ってくれ! ソフィアは俺が失敗したら迷わず姫鶴を止めろ!」

 俺の体の傷は兼光に任せるしかない。
 俺は大きく一つ深呼吸して、走る。

「姫鶴!」

 俺が叫ぶ!
 姫鶴がこちらに反応する。

「ストップ!」

 レイティアの魔法に姫鶴の動きが緩慢になり、鈍い音が響く。
 ムサシマルは姫鶴の右小手に打ち込み、木剣を落とさせる。
 痛みを感じないのか、姫鶴はそのまま左で攻撃をしようとする。
 ムサシマルは木剣を離し、振り下ろされる姫鶴の左手を抑え、勢いを殺さないように利用しながら体をひねり、投げ飛ばす。
 ムサシマルの手には姫鶴の木剣があり、地面に落ちた木剣も全てマルゴットが回収した。

「後は任せたぞ、キヨ」

 俺は武器と敵を探す姫鶴に襲いかかる。
 姫鶴の掌底を避け、肘をガードしたが、膝が脇腹に刺さる。

 ゴキッ! 

 嫌な音がした。
 痛みに耐えながら姫鶴の膝を抱え、押し倒し動きを止める。

「汝は人なり! 恐れも痛みも理性も知性も持つ一体の人なり! 汝、一文字姫鶴は刀にあらず! ただ人なり!」

 姫鶴の自己暗示を打ち消す。
 俺が打撃を受けながら暗示文を唱える。何度も何度も。
 姫鶴の黒い瞳に生気が戻る。

「……あ、ああ。なんでにいちゃんが? ムサシマルと戦ってたはずじゃ? 痛ッ!」

 無事に解けたようだ。
 ホッとした瞬間、俺は何者かに跳ね飛ばされ、地面を転がった。

『ママをいじめるな~!』

 勘弁してくれ~。それはムサシマルがつけた打撲だぞ。
 兼光の無駄な一撃で、俺の姫鶴に受けた傷に加え、身体中擦り傷だらけになった。
 村人に大した被害はなく、ムサシマルと姫鶴の二人の戦いに驚嘆の声をかけていた。
 俺に対しては魔法無しならもう少し頑張れと元気づけられる。

「最後のはなんだ。意識がなくなってただろ」

 俺はソフィアに治療してもらいながら、姫鶴に質問する。
 傷ばっかり増えていくな。

「百鬼阿修羅っちゅう技というか舞というか、九字切りで恐怖と痛みを消して決められた連続技を叩き込むんや」

 疲れからか、姫鶴は地面に座り込んだままだ。

「それはいつも、あんなトランス状態になるのか?」
「いやいや、こんなん初めてや、なんか夢の中で戦っとるようで異様に体が軽うて、疲れも感じんかったわ。ただ,目の前の相手にひたすら刀を振らないかんっていう考えだけが頭に一杯になってもうた」

 薄々思っていたのだが、この世界は催眠状態に落ち易いのではないか?

「悪いが、その九字切りと自己暗示は今後使うな。身体の限界を越すぞ」
「わかった。にいちゃんがうちを止めてくれたんか。……ありがとうな」

 姫鶴は落ち込んだ顔で礼を言う。

「俺だけじゃない、俺たち全員でだ。それに俺たちは仲間だろう、気にするな。それより手は大丈夫か?」
「おおきに。手は兼光が舐めてくれてるから、痛みないねん。さっきは生意気な口聞いてえろうすいませんでした」

 よっぽどショックなのか素直に礼を言う姫鶴がなんだかいじらしい。

「まあ、俺が弱いのは間違いないじゃないからな。しかしお前、恐ろしく強いな。見直したよ」
「そう? そうでもないけどな」

 姫鶴は嬉しそうに照れた。

「いやいや、可愛いし、強いし、すごいぞ」
「そんな褒めんといて~。恥ずかしいわ」

 とりあえず持ち直したな。
 俺は姫鶴の元を離れて、賭け金の分配をしているマルゴットに話しかけた。

「マルゴット、悪かったな。怪我人はいなかったか?」
「みんなすぐに逃げたから大丈夫でした。恐らく怪我はキヨさんが一番酷いと思いますよ」

 そう、クスっと笑われてしまった。

「しかし、見応えのある試合でしたね。娯楽の少ない村人は大満足だったでしょう。定期的に行いませんか?」

 マルゴットは興奮気味に話す。

「おいおい、俺たちは行商人で剣闘士じゃないんだぞ。それより……」
「はい、二対ゼロでムサシマルさんの勝ちでしたのでこちらが配当金になります」

 俺は倍になった配当金を受け取った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界巻き込まれ転移譚~無能の烙印押されましたが、勇者の力持ってます~

影茸
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界に転移することになった僕、羽島翔。 けれども相手の不手際で異世界に転移することになったにも関わらず、僕は巻き込まれた無能と罵られ勇者に嘲笑され、城から追い出されることになる。 けれども僕の人生は、巻き込まれたはずなのに勇者の力を使えることに気づいたその瞬間大きく変わり始める。

〖完結〗聖女の力を隠して生きて来たのに、妹に利用されました。このまま利用されたくないので、家を出て楽しく暮らします。

藍川みいな
恋愛
公爵令嬢のサンドラは、生まれた時から王太子であるエヴァンの婚約者だった。 サンドラの母は、魔力が強いとされる小国の王族で、サンドラを生んですぐに亡くなった。 サンドラの父はその後再婚し、妹のアンナが生まれた。 魔力が強い事を前提に、エヴァンの婚約者になったサンドラだったが、6歳までほとんど魔力がなかった。 父親からは役立たずと言われ、婚約者には見た目が気味悪いと言われ続けていたある日、聖女の力が覚醒する。だが、婚約者を好きになれず、国の道具になりたくなかったサンドラは、力を隠して生きていた。 力を隠して8年が経ったある日、妹のアンナが聖女だという噂が流れた。 そして、エヴァンから婚約を破棄すると言われ…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 ストックを全部出してしまったので、次からは1日1話投稿になります。

異世界人生を楽しみたい そのためにも赤ん坊から努力する

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は朝霧 雷斗(アサギリ ライト) 前世の記憶を持ったまま僕は別の世界に転生した 生まれてからすぐに両親の持っていた本を読み魔法があることを学ぶ 魔力は筋力と同じ、訓練をすれば上達する ということで努力していくことにしました

万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?

Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。 貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。 貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。 ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。 「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」 基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。 さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・ タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

★★★★★★六つ星ユニークスキル【ダウジング】は伝説級~雑魚だと追放されたので、もふもふ白虎と自由気ままなスローライフ~

いぬがみとうま
ファンタジー
■あらすじ 主人公ライカは、この国始まって以来、史上初の六つ星ユニークスキル『ダウジング』を授かる。しかし、使い方がわからずに、西の地を治める大貴族である、ホワイトス公爵家を追放されてしまう。 森で魔獣に襲われている猫を助けた主人公。実は、この猫はこの地を守護する伝説の四聖獣『白虎』であった。 この白虎にダウジングの使い方を教わり、自由気ままなスローライフを求めてる。しかし、待ち構えていたのは、度重なり降りかかる災難。それは、ライカがダウジングで無双していく日々の始まりであった。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

想い紡ぐ旅人

加瀬優妃
ファンタジー
「朝日を守るために来たんだよ」  何と、夢で逢ったとてもカッコいい男の子が現実にやって来ました。私の目の前に。  上条朝日、15歳。この春から、海陽学園の高校一年生です。  自立するため家を飛び出したんだけど……新生活はリアル王子様のオマケつき。  でも、私はなぜ守られるの?  ……異世界の戦争? 全然関係ないはずですけど……え、よくわからないの?    ◆ ◆ ◆  朝日はなぜ狙われたのか、ユウはなぜ朝日の元に現れたのか、そしてキエラ、エルトラ、それぞれの本当の目的とは何か?  ……それは、昔々の悲恋とちょっと昔の永恋、そして今の初恋が紡ぐ物語。  ※旅人シリーズ第1作。

処理中です...