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第二章

害獣

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 次の日の朝早く俺たちはキャベツ畑に行き、その一部が害獣に荒らされているのを確認した。

「なんとかしてくれよ。これじゃあワシらが干上がっちまう」

 白ヒゲをたくわえたジョージ爺さんはムサシマルに助けを求めて言った。
 ムサシマルは広い畑をぐるっと見回し、不思議そうに返した。

「爺さん。これ、害獣に見せかけてるが、人がやったもんじゃないか?」

 ムサシマルの見立てでは、害獣なら適当に食い荒らしていくはずだが、畑を見ると食い残しがほとんどない。

「ワシも初めはそう思ったんじゃがのう。この土の荒らされ方は人じゃあそうそう出来んじゃろう」

 荒らされた辺りは大型獣が走り回ったような跡があった。

「まあ、今晩から張って見るから結果はそれからじゃな」

 そう言ってムサシマルは畑の周囲に棒を立て畑を覆うようにぐるりと細いヒモを巻きつけると、野営が出来る小さな小屋を木の陰に作った。
 小屋の中には、ヒモが揺れると板と板がぶつかり、音が出るようにした仕掛けを作る。

「とりあえず、今晩は害獣か盗っ人か確認するくらいかのう」

 そう言ってムサシマルは夜に備えて宿に戻って眠ったため、俺はドワーフの集落に行くための準備をソフィアと進めた。


 雲の少ない夜空には大きな月明かりが地上を照らし、涼しい夜風がかすかに吹いていた。

「どうだ?」

 俺はムサシマルの様子を身に畑の小屋へ行った。

「まだ出てこんのう。もっと夜が更けんと出てこんのかのう?」
「そうか。まあ、持久戦か?」
「そうじゃのう」

 静かに夜が更けて行く。
 時おり風が吹き、板が鳴るも外にはなにもいなかった。

「なあ、師匠ほどの剣の腕を持っていても魔法は必要か?」
「そらそうじゃ、生き残る手段は多い方がいいじゃろう。そもそも剣術も生き残るため手段の一つでしかないんじゃ。種ヶ嶋がこの世界にあれば、儂ならそいつも使うぞ。使えるものは多い方がいいに決まっておろう」

 種ヶ嶋? 鉄砲のことか。魔法のあるこの世界では発明されることがあるかは不明だが、どちらにしてもすぐには作られないだろう。

「今度の旅に備えて覚えて見るか?」
「そうしてくれるならありがたいのう。しっ!」

 板が鳴る前にムサシマルは何かに気づき、板を抑えて音が鳴らないようにして外を覗く。
 運悪く月が雲に隠れてよく見えないが、二足歩行をしている。
 大きさは小柄な女性くらいだ。
 ゴブリンか?
 風に雲が流され、月明かりに照らされたそれはセーラ服に防具を付けた女の子だった。
 ムサシマルは「捕獲するぞ」と目で合図をして小屋から出た。
 俺も反対から慎重に回り込む。

「誰?」

 気づかれた!?
 黒髪の女の子は俺に向かって剣を構える。

「御用じゃ! キャベツ泥棒!」

 ムサシマルも俺も剣を抜きお互い顔が見える距離まで詰める。

「人間!? ごめんなさい。食べるもんがなかったんや。許してや」

 女の子は即座にバンザイして謝ったので、俺たちは拍子抜けした。

「君は? なんでこんなことを?」

 俺は警戒しながら質問する。相手が女性であれば魔法を使って来る可能性もある。

「うちら、食べるもんが無くて困ってもうて、悪いとはおもとったんやけど、他にどうしようもなくて……。えろう、すんません」
「話は後で詳しく聞くから、まずその剣を離してくれ」

 女の子は素直に剣を地面に置き、それを拾おうと俺が近づいた時だった。
 どたばたと地響きがする。

『ママに何をする~!』
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