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ランニング
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正月も明けたある日、私は久しぶりに体重計に乗ってみた。
一言で言うと、まずい。
非常にまずい。
過去最高にまずい。
タンスの奥から、ウインドブレーカーを引っ張り出し、ほこりをかぶったランニングシューズを履き、腕時計を見る。
夜中の九時。
息が白くなる夜の寒さの中、柔軟をして、走り始める。
私は短距離走は速くないが、長距離には少しばかり自信があった。
ああ、私が長距離に自信がついたのは小学四年生のころだった。
久しぶりの夜のランニングは、昔の記憶を蘇らせる。
私の小学生時代、たいして運動ができるほうではなかった。まあ、中の下と言ったところだろう。スポーツをするとみんなの足をちょっと引っ張る役目で、うまい子がいるチームにハンデとして入れられる子だった。
小学四年生にもなると、自分の立ち位置が分かってきた。
マラソン大会でも真ん中くらい。
小学校の体育の授業で、長距離を走る授業があった。長距離と言っても小学生の授業だから一キロメートル程度走るのだが、クラスの運動神経の良い子がぶっちぎりでいつも一位でゴールしていた。
私もあんな風になりたい。
野球やバスケットのように、いろいろな要素が含まれると簡単にはうまくなれないが、走るのならば練習すればどうにかなるのではないか? 子供心にそんな考えから私は走り始めた。
ちょうど家の近くに一周約一キロメートルほどの池があり、毎日そこを一周すると言う目標を立てた。それが、どれほどトレーニングとして適正かなど考えもせず、ちょうどそこに一周回れるくらいの池があるからそこを走ってみようと、安易な考えで走り始めた。
ゆっくりでもいいから、毎日一周走る。
それまで、運動らしい運動をしてこなかった私にとって、たった一キロでも結構きつい。
毎晩、夕食後にランニングをする。ちょっとの雨でも雨合羽(あまがっぱ)を着て走る。
五月から始めた毎日のランニングは、夏休みに入っても続いていた。
昼間の太陽の熱を抱いた風が身体を包み、たまに通る車の音だけが夜の道路に響く。
いつものように一人で走っていると、後ろから足音が聞こえてくる。
私よりもずっと早く、軽やかな、力強い足音。
聞こえたと思ったら、あっという間に追い抜いていく大人の男性。
私もいつかあんな風に走れるのだろうか?
そんなことを考えながら走っていると、私が一周回り終わる前に、また足音が後ろから迫ってきた。
同じようにあっという間に追い抜いていく。
私は追いかければ、同じように走れるかも。そんな思いから、その男性を追いかけてみた。
必死で走る。全速力に近い。あっという間に息が上がり、荒い息声が自分の耳に届き、心臓がバクバクと音を立てる。
そんなに長い距離追いかけられたわけではない。あっという間に限界が来た。
私がペースダウンをする。やっぱり、私にはあんな風に速く走ることはできないんだろうな。
そう、思っていると声をかけられた。
「やあ、よく走ってるの?」
大人の男性というよりもお兄さんといったほうが良い、若い男性が足踏みをしながら、私を待っていた。
「ハァ、ハァ。はい……五月くらいから、はぁはぁ、ほぼ毎日……です」
「頑張るね。どうして走ってるんだい」
「速くなりたいから」
「へえ、じゃあ。速く走る方法を教えてあげようか」
毎日のように走っているが、速くなった実感のない私には嬉しい提案だった。情報といえば、テレビ、ラジオ、新聞そして本しかない時代。今のようにインターネットで『速く走る方法』と検索すれば、すぐ出てくるような時代ではなかった。
「お願いします」
私の言葉に、お兄さんが教えてくれたのは二つ。呼吸の方法と練習の方法。
二回吸って、二回吐く。リズムよく。
練習で走るときは前だけではなく、横や後ろにも走る。
小学生でもわかり、できる簡単さ。おそらく、お兄さん的にはもっと引き出しがあったと思う。それを子供の私に合わせて、最低限に絞ってくれたのだと思う。
私は教えられたことを守って、ランニングを続け、いつの間にか冬が目前の迫ってきていた。
時間が合わなかったのかの、それからお兄さんと会うことはなかった。
夏場は暑いため、行っていなかった長距離走が体育の授業で始まった。
私の目標はできる限り、クラスで一番速い子についていく。
去年とは違い、楽に走れる。クラスメイトの背中だけを見て、走る。
そのうち、脱落するだろうと思っていたトップの子が、私を振り返る。私は気にせず、ついていくことだけに集中する。最後にトップの子がスパートをかける。そこで追いかけるだけの力は残っていなかった。それでも、単独の二位だった。それも一位に迫る。
それまで目立たなかった私に、クラスメイトがびっくりして、話しかけてくる。
努力が結果につながることを、生まれて初めて実感した瞬間だった。
私が、毎夜走っていると話すと、家に近い友達が自分も一緒に走ると言い始めた。夜のランニング友達ができた瞬間だ。距離を伸ばしたりして、高校を卒業するまで夜のランニングを続けた。
努力は結果につながる。それから、勉強も運動も仕事も頑張れば結果につながると信じられた。
ダイエットも頑張れば、結果が出るはずだ。
ひさしぶりに走り、くじけそうな自分にそう言い聞かせて、夜の街を走る。
一言で言うと、まずい。
非常にまずい。
過去最高にまずい。
タンスの奥から、ウインドブレーカーを引っ張り出し、ほこりをかぶったランニングシューズを履き、腕時計を見る。
夜中の九時。
息が白くなる夜の寒さの中、柔軟をして、走り始める。
私は短距離走は速くないが、長距離には少しばかり自信があった。
ああ、私が長距離に自信がついたのは小学四年生のころだった。
久しぶりの夜のランニングは、昔の記憶を蘇らせる。
私の小学生時代、たいして運動ができるほうではなかった。まあ、中の下と言ったところだろう。スポーツをするとみんなの足をちょっと引っ張る役目で、うまい子がいるチームにハンデとして入れられる子だった。
小学四年生にもなると、自分の立ち位置が分かってきた。
マラソン大会でも真ん中くらい。
小学校の体育の授業で、長距離を走る授業があった。長距離と言っても小学生の授業だから一キロメートル程度走るのだが、クラスの運動神経の良い子がぶっちぎりでいつも一位でゴールしていた。
私もあんな風になりたい。
野球やバスケットのように、いろいろな要素が含まれると簡単にはうまくなれないが、走るのならば練習すればどうにかなるのではないか? 子供心にそんな考えから私は走り始めた。
ちょうど家の近くに一周約一キロメートルほどの池があり、毎日そこを一周すると言う目標を立てた。それが、どれほどトレーニングとして適正かなど考えもせず、ちょうどそこに一周回れるくらいの池があるからそこを走ってみようと、安易な考えで走り始めた。
ゆっくりでもいいから、毎日一周走る。
それまで、運動らしい運動をしてこなかった私にとって、たった一キロでも結構きつい。
毎晩、夕食後にランニングをする。ちょっとの雨でも雨合羽(あまがっぱ)を着て走る。
五月から始めた毎日のランニングは、夏休みに入っても続いていた。
昼間の太陽の熱を抱いた風が身体を包み、たまに通る車の音だけが夜の道路に響く。
いつものように一人で走っていると、後ろから足音が聞こえてくる。
私よりもずっと早く、軽やかな、力強い足音。
聞こえたと思ったら、あっという間に追い抜いていく大人の男性。
私もいつかあんな風に走れるのだろうか?
そんなことを考えながら走っていると、私が一周回り終わる前に、また足音が後ろから迫ってきた。
同じようにあっという間に追い抜いていく。
私は追いかければ、同じように走れるかも。そんな思いから、その男性を追いかけてみた。
必死で走る。全速力に近い。あっという間に息が上がり、荒い息声が自分の耳に届き、心臓がバクバクと音を立てる。
そんなに長い距離追いかけられたわけではない。あっという間に限界が来た。
私がペースダウンをする。やっぱり、私にはあんな風に速く走ることはできないんだろうな。
そう、思っていると声をかけられた。
「やあ、よく走ってるの?」
大人の男性というよりもお兄さんといったほうが良い、若い男性が足踏みをしながら、私を待っていた。
「ハァ、ハァ。はい……五月くらいから、はぁはぁ、ほぼ毎日……です」
「頑張るね。どうして走ってるんだい」
「速くなりたいから」
「へえ、じゃあ。速く走る方法を教えてあげようか」
毎日のように走っているが、速くなった実感のない私には嬉しい提案だった。情報といえば、テレビ、ラジオ、新聞そして本しかない時代。今のようにインターネットで『速く走る方法』と検索すれば、すぐ出てくるような時代ではなかった。
「お願いします」
私の言葉に、お兄さんが教えてくれたのは二つ。呼吸の方法と練習の方法。
二回吸って、二回吐く。リズムよく。
練習で走るときは前だけではなく、横や後ろにも走る。
小学生でもわかり、できる簡単さ。おそらく、お兄さん的にはもっと引き出しがあったと思う。それを子供の私に合わせて、最低限に絞ってくれたのだと思う。
私は教えられたことを守って、ランニングを続け、いつの間にか冬が目前の迫ってきていた。
時間が合わなかったのかの、それからお兄さんと会うことはなかった。
夏場は暑いため、行っていなかった長距離走が体育の授業で始まった。
私の目標はできる限り、クラスで一番速い子についていく。
去年とは違い、楽に走れる。クラスメイトの背中だけを見て、走る。
そのうち、脱落するだろうと思っていたトップの子が、私を振り返る。私は気にせず、ついていくことだけに集中する。最後にトップの子がスパートをかける。そこで追いかけるだけの力は残っていなかった。それでも、単独の二位だった。それも一位に迫る。
それまで目立たなかった私に、クラスメイトがびっくりして、話しかけてくる。
努力が結果につながることを、生まれて初めて実感した瞬間だった。
私が、毎夜走っていると話すと、家に近い友達が自分も一緒に走ると言い始めた。夜のランニング友達ができた瞬間だ。距離を伸ばしたりして、高校を卒業するまで夜のランニングを続けた。
努力は結果につながる。それから、勉強も運動も仕事も頑張れば結果につながると信じられた。
ダイエットも頑張れば、結果が出るはずだ。
ひさしぶりに走り、くじけそうな自分にそう言い聞かせて、夜の街を走る。
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