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2章

17.フギン

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 晴れ渡る蒼穹そうきゅうに浮かぶ1つの異物。
 遠くからでも分かるその形はその者の巨大さを物語っていた。

 様々な魔法が飛び交う校庭に1つの影が作られる。
 初めは点であったそれは徐々に形を変え、1つの鳥の形を地面に描きだす。
 数秒後、砂を巻き上げ校庭に降り立ったのはその身を漆黒の羽毛で包んだ巨大なカラスだった。
 突然の出来事に体を硬直させる生徒と教師。
 人の制御を失った火の玉があらぬ方向へと飛んでいき遥か上空で音だけを残し霧散する。
 人々の胸に帰来するのは4日前の惨劇。
 巨躯の怪物と共に都市の東で暴れたあの黒鳥と瓜二つ、いやそっくりそのままの巨鳥が再び姿を現したのだ。

 戻ってきた日常を謳歌しようとしていた矢先のことであったからだろうか、以前よりも大きな混乱に包まれる校庭で、その元凶はギョロリと禍々しいまでの漆黒の瞳を動かす。
 子どもも大人も分け隔てなく恐怖に竦む中、その瞳はただ1点のみを見つめる。
 その先にいるのは試験のため学園から支給された紺色を基調とした動きやすい服装に身を包む生徒の中でただ1人『』を言い渡された白の学生服を着たままの黒髪黒眼の少年。
 その瞳には体格の良い男子生徒と談笑をしていた、自身と対峙した少年しか映っていなかった。

 疾駆する。
 短い鳥脚とりあしがもたらす速度は物凄まじく、あっという間に少年の前へと躍り出る。
 驚愕のあまり2対の黒の双眸が見開かれる。
 直後、砲声と共にボフン、と愉快な音を立てカラスは白い煙に包まれる。
 果たして、煙が晴れた場所には──ひな鳥よりも少し大きい可愛らしい黒の小鳥がいた。

 愛らしくピヨピヨと鳴く小鳥は丸く小さな体で、跳ねるように歩を進ませ、少年らの前で翼を広げ、

!」

 、羽ばたき、空をはしり、オズの肩に止まった。

「は……!?」

 あごが外れんばかりに口を開き全身で驚きを顕にするべモス。
 そこまでではないにしてもオズの心中も決して穏やかではなかった。
 モンスターが人語を介するだけでも十分驚愕に値することではあるが、何よりもオズ、べモスの2人の心を揺らしたのはカラスがオズに向けて放った言葉。
 己を捧げる者にしか用いない呼称であった。

 都市東で多くの人を屠った怪物の片割れ。
 それに『ご主人様』と呼ばれる者は人々の目にはどう映るのだろうか。
 それは──あの惨状の首謀者、元凶以外あり得ないだろう。
 オズ以外であればただの悪者で済んだであろう、しかしオズはこの都市をくだんの怪物たちから救った『』である。
 つまり完全なマッチポンプ──自作自演と思われることは免れえないであろうことは容易に想像がついた。

 オズの背中を冷たい汗が伝う。
 すぅ、とまるで贓物ぞうぶつが落ちるかのような感覚。
 ゴクリ。
 喉を鳴らす音がやけによく聞こえた。

「ご主人?どうしたのおぉぉぉぉぉ──」

 少年は駆け出していた。
 顔を覗き込むように頭を傾け、キョトンと愛くるしい瞳をしばしばさせる小鳥を肩から引き剥がして掴んだその手をそのままに熱を放つ右手を淡く光らせ、空中に軌跡を残し走り出す。

 よく晴れた青空は未だに状況についていけていけず唖然あぜんとする者たちを優しく包み込み、潰さんばかりに握られた黒い小鳥の嘆きをどこまでも響かせていた。



 30Mメルを誇る校舎の裏側──倉庫や講堂、食堂などに囲まれ、昼目前だというのにまるで夕闇に包まれたかのような薄暗さを演出する場所に1つの人影があった。
 正確には1人と1羽の影は荒れた息を整えるようにその場にドカッと座り込む。
 ひんやりとした硬質な地面が、走って火照った体から熱を奪い取っていく。

「お前は一体何なんだ」

 凄まじい握力──小鳥からすれば──で握られ、荒れる息を必死に整えているカラスを他所に僕は口を開く。

「はぁはぁ、ご主人の……ペット……です、よ」

「嘘をつくな、僕にはペットを飼う余裕などはなかった。次に本当のことを言わなかったら問答無用でこの場でお前を殺す」

  ようやく息が整ったカラスは立ち上がり、僕を見上げながらそのくちばしで語り始めた。

「実は私はつい先日まで操られていました。洗脳に近い類いのものです。私の種族は『ワタリガラス』。二翼一対の片割れ、『思考』を司るモンスターです。相手の思考を読めてしまう性質上、逆に読みすぎてやられてしまった訳です」

「……」

 思わず僕は黙り込んでしまう。
 だって、それは──

「無様でしょう?策士策に溺れるとはこのことですね。あなたなら好きなだけ笑ってもらっても構いませんよ?」

 どうやら思考を司るというのは嘘ではないようだ。
 思わず黙り込んでしまった僕の考えを見抜き、答える姿はさながら独り言のようだ。

「なぜそんなに僕のことを慕ってくれるの?」

 カラスの本性が分かり始め、自然と僕の口調は穏やかなものになっていた。

「そうですね。……強いて挙げるのであればから、でしょうか」

 やっぱり。
 僕の速度についてこれないカラスが僕を仕留めるにはベヒモスを倒した直後が絶好の機会だった。
 けれど、このカラスは僕を襲わずに帰っていってしまった。
  結果的にその判断は正しかった。
 カラスが言った通り、ベヒモスを倒した直後とはいえ、『レヴィアタン』の力は続いていたので、腕の一振で屠れていたことだろう。
 そして僕を襲わなかったということはつまり──

「そうです。あのとき洗脳は解けていました。しかし、洗脳を解くことに力を使いすぎてしばらくは動けず、今はご覧の有様です」

 そう言って翼を広げ自身の体を大きく見せようと強ばる姿は口調も相まって背伸びをする子どものようでとても可愛い。
 頬が緩みそうになるのを必死に耐える。

「もう暴れたりはしないんだね?」

「もちろんですとも!」

 胸の羽毛を膨らませるカラスに僕は手を差し伸べながら、じゃあ、と口を開く。

「僕と契約を結んでくれないかな?」

「契約ですか?」

「うん。君が存在しているという事実はこの街にとっても君にとっても良くないことしか招かないだろうから、この鳥は僕と契約したモンスターです、だからあの黒鳥とは全く関係ありませんってことにしたいんだけど……どうかな?」

 小さな体を必死に浮かせカラスは差し伸べられた手の上にチョコンと降り立ちこう答えた。

「であれば私に断る理由はありませんね。これからよろしくお願いします。

 そのため言葉を引鉄トリガーに黒の小鳥の周囲に展開される小さな八芒星は僕との繋がりを示すように眩く輝いていた。
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