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1章-追放冒険者
15.達成-2
しおりを挟む『旅人の宿』を後にしたスイは城壁をくぐり、エルシールを出る。
スイは街から伸びる造られた道を外れて、人目を避けるように茂みに入り込んだ。
目的地へ移動する為である。
目的地は徒歩で四時間程の場所にあるので、普通のやり方では走ろうが馬車を使おうが今からでは行きの時点で日が暮れてしまう。
なので普通ではないやり方をする事にしたのだ。
魔力を使う。
スイは身体にある魔力器官に意識を向けるように瞳を閉じる。
深く息を吐いて、意識をどんどんと集中させていく。
するとスイの意識から外界の音の一切がプツリと消えて無くなり、スイは肉体の音のみが聞こえるようになった。
ゴォーと流動する血液の音から筋肉が擦れて動く小さな音までもがスイの身体で反響する。
それらの音をかき分けるようにしてゆくと、腹のあたりから湧水のように魔力器官から湧き出る魔力を感じ取った。
湧き出た魔力を身体全体に行き渡らせるように意識する。
すると魔力がゆっくりと身体へ染み渡るように広がって行った。
スイはつま先から指先、頭のてっぺんまで魔力が行き渡るのを感じると徐に眼を開いた。
開かれた眼で身体に行き渡った魔力を確認しながら、手を開け閉めして身体の心地も調べる。
『スイ、身体強化がじょうずになったね!早くなったし丁寧になってる!』
そうやって、自らの身体を調べていると肩に乗るハレイから話をかけられた。
「ああ、ハレイにこれを教わってから瞑想を欠かせて無いからな」
スイを褒めて笑うハレイに小さく微笑みながらそう返した。
身体強化はハレイに習った魔法の一つで、魔力を用いて身体を強化して超人的な力を得るという文字通りの魔法だ。
魔法の基本のような魔法なのだが、信じられない程難しく、高い集中力と強化した身体を守るための魔力とそれを制御する技術が必要だ。
ハレイは褒めたが今でも発動までに20秒ほどは掛かっている。
ハレイいわく達人は一瞬で身体強化をする事ができるらしいので、毎日スイは瞑想をして集中力を高めている。
まだ練習が必要な魔法だ。
「ハレイ、目的地まで走るから、俺にちゃんと捕まっててくれ」
『うん!』
ハレイが頭の上にしがみつくのを確認してから、スイは右脚を踏み出して前屈みになる。
身体強化によって溢れ出る力を制御しながら、徐々に両脚に力を込めていく。
するとスイの太ももから脹脛にかけての筋肉がムキリと小さく膨張した。
踏み出していた右脚で地面を一気に蹴ると、スイの姿はその場所から消えた。
***
「ふぅ、ここが目的地だな」
スイはナチがオークに襲われたと言う場所に到着していた。
掛かった時間は少し休憩を挟んで一時間弱。
たったそれだけの時間で道を使わず、木々生茂る場所からここまでたどり着いたのだ。
スイは軽く息を吐いて身体強化をやめ、辺りを見回す。
整備はされていないが人々が使うことによって草木はハゲて地面が硬くなったただの道だ。
しかし、そこにはオークに襲撃された形跡があり、ナチの言っていた食べ物を詰めていた木の箱の小さな破片がチラホラと転がっていた。
オークの気配は近くにはない。
スイは再び茂みに入り込み、オークを探す。
道に現れたと言うことは近くにそのオーク達の縄張りがあるはずだ。
ハレイに空を飛んでもらいつつスイは鼻や耳に神経を尖らせながらオーク達を探して行く。
そうしてしばらく歩き回っていると、空を眺めていたハレイがスイの元へ降りて来た。
『スイ!オークがいたよ!あっち!』
ハレイはオークがいたであろう方向に指をさしながら興奮気味にスイに場所を伝えていく。
「あっちか…ありがとうハレイ。何匹いるかわかるか?」
『うんとね…七匹!』
ハレイは再び高度を上げてオークの方を見ながら数を数えてこちらに教えてくれた。
スイはハレイの指し示した方向へ気配を消しながら進む。
するとハレイの言った通り七匹のオークが固まって何かを食べていた。
何を食べてるのかはそれがぐちゃぐちゃになっているのでわからないが獣の肉だと思われる。
「意外と数が多いな…」
スイは小さくそう呟いて、身体強化を施す。
「「ピッググ!ピッグググ!」」
興奮しているのかオークは謎の鳴き声を上げながら、獣の血で赤く染まった口を歪ませる。
スイは地に伏せながら、土を一握り右手で掴む。
隙だらけのオーク共に気づかれぬようソロリソロリと近寄り、自らの射程圏内に収め、脚と腕に力を込めた。
そして…
「……ッ…!!」
背後から一匹のオークの心臓を目掛けて目掛けて全速力で飛び込む。
ドズバシュッ!!
一匹のオークの背中から奇妙な破裂音のようなものが響き渡る。
スイの左拳はオークの背中から風穴を開けるようにめり込んでいた。
それを引き抜くとオークは力が抜けるように地面に倒れ伏す。
その異常事態に慌てつつも残りのオーク達はスイの姿を捉える。
(まず一匹…残り六匹…)
まだ状況も掴めていないオーク達に先ほど右手に持っていた土を一匹のオークの顔に目掛けて放つ。
「ビグゥァァ!」
高威力で放たれた土はオークの顔や眼にぶつかりオークの視界を閉ざした。
視界を潰したオークは放置してその横にいたオークに抱きつくように飛び上がる。
オークの巨体に飛び乗ったスイはその太い首に脚を巻き付け、一気に脚に力を込める。
その場からゴキリと骨が折れたような野太い音とともにオークの汚い声が響いた。
(二匹目…!)
オークの巨体が倒れる前に地面に飛び降り、二つの死体を見て戸惑うオークに向かって脚にローキックを入れる。
べチン!!
「ピギッ!!」
脚に一撃を喰らったオークの骨は折れなかったもののかなりのダメージを与えた。
「ビガァッ!」
するとスイの蹴りを見ていた無傷のオークがスイの背後を取って、拳を放った。
その動きを捉えていたスイは前転をして拳を回避した後、瞬時に起き上がる。
そしてオークの方へ振り返ってバックステップをとった。
二匹のオークの死体と二匹の怪我を負ったオーク、そしてこちらに敵意をむき出しにしている三匹のオークを視認する。
(これならナチから貰った回復薬の出番は無さそうだな…)
そんな事を思いながらポケットに入れられた回復薬を触って確認するスイは敵意をむき出しにするオーク達とは対照的に無表情だ。
スイは再び屈んで土を握る。
「ピググググ」
スイのその素振りに警戒したようなオークの唸り声が聞こえた。
「…」
「…」
「ピグゥゥ!!!」
しばらく睨み合っていると耐えられなくなったのか一匹のオークがスイへ飛び込むように迫る。
スイもそのオーク目掛けて踏み込み、飛び上がる。
その時に自らの拳を自分へ向けて肘を突き出す。
それをオークの首に目掛けて放つ。
その一撃はスイとオークの勢いも相まって凄まじい威力であった。
オークの大きな首に入れられた肘は気道を確実に潰し、頸椎へと至った。
「…グゥエッ…!」
スイの肘によってオークの勢いは止められ、頭から仰反るようにして倒れ、息絶えた。
スイはオークを倒した勢いのまま後ろに控える残り二匹の無傷のオークを仕留めにかかる。
スイが握った土投げるような動作をするとオーク達は顔を庇うように腕をクロスさせる。
その動きを見てスイは大きく飛び上がる。顔を庇った事でオークはスイのその動きを見る事ができない。
身体強化されたスイはオークの巨躯を軽々と飛び越える。
空中でスイは同じように肘を突き出す。
「ハッ…!!」
スイの体が落下すると共ににオークの頭上を目掛けて肘を振り下ろした。
バキッ!!
「ビグゴャァァァ!!」
頭が破れるような音と声にならないオークの声が響いた。
ドサリと力なく倒れたオークを眺めると視界が塞がれてもがくオークを除いた奴らが逃げ出そうとする。
しかしローキックを喰らったオークは逃げ出す事ができずに転んだ。
「ハレイ!逃げ出したオークを殺さずに追いかけてくれ!」
スイは転んで動けないオークに向かいながらハレイに指示を出す。
『わかった!』
ハレイが一匹のオークを追いかけるのを確認した後、転んで動けないオークの頭を蹴り上げ絶命させる。
残りの視界が潰されて腕をブンブンと振って暴れるオークは背後に回り込み延髄へハイキックを与えると活動を止めた。
スイはオークの六匹の死体を確認すると生き残りのオークとハレイが向かった方角へと足を進めた。
残りの一匹のオークはわざと泳がせた。
もしも他に仲間がいた場合はそのオークも始末する為だ。
オークが慌てて逃げたからかその巨体によって逃げた形跡が分かり易い。
木々は逃げた方向に折れていたり、草木に踏み込んだ足跡もあった。
(念のためハレイに追ってもらったが必要なかったな)
オークを見つけるのはさほど時間が掛からなかった。
オークは木々に覆われた寝床のような場所で隠れるようにして身を潜めていた。
他のオークはいない。寝床のスペースからしてあの七匹で全てだろう。
スイは隠れていたオークを始末した後にそのスペースを破壊した。
また新たな魔物が住み着かないようにするためだ。
その後始末した七匹のオークから睾丸と耳を素手でもぎ取り、ナチに貰った革袋へ詰めて行った。
素材を取ったあとは大きな穴を掘ってオークを埋めておいた。
オークを倒したあと念のため軽く索敵をしてから帰路についた。
***
「武器が欲しいな…」
『武器ー?』
夕刻に差し掛かり始めた時。
オークを七匹討伐した後、帰りの道でスイは足を動かしながらそんな事を呟いた。
「ああ、素手で戦うのが限界ってわけじゃ無いが、早めに欲しい」
『武器って剣とか棍棒とか?』
「そうだな…なるべくリーチのある武器がいい」
『ハレイは今でも十分だと思うなー』
「今のままの戦い方だとあまり人に見せられるような芸当ができないのと魔物の返り血が服に掛かると洗うのが面倒なんだ」
スイの今の戦い方は周りが見ると引いてしまうようなワイルドな戦い方だ。
それに加え超近接で戦っているため返り血が免れないのである。
現にスラフからもらった服はオークの返り血によって変色し生臭い匂いを放っていた。
(今のままでは服が何着あっても足りない)
『うーん…でも長い武器を強化するのって難しいよ?』
「強化?」
『うん。スイの身体強化に合わせて武器も強化しないとすぐダメになっちゃうから』
(なるほど…今度は武器を何度も変える必要が出てくるのか。強力な武器を手に入れられれば話は変わるがそんな金は無いしな…)
「このままでやるしか無いか…」
『防具はどうかなー?服が汚れるのを防ぐような奴!』
「防具か。あまり動きを制限するような物だったり音が出るような物は身に付けたくないんだ」
(フルプレートの鎧の様な防具は対人戦には向いているだろうが、俺の様な森で魔物を狩る人間にはまるで向いていない。ならば皮の防具をとも考えるが、防御力の面で皮では心許ない。結局今着ている服と変わりない様な気がする)
「『うーん…』」
思案するが二人とも結局結論を出すことが出来ずにエルシールへと到着してしまった。
服が返り血まみれということもあって、一度兵士に止められたが依頼書を見せると、ちょっとした小言を食らうだけで問題なく中へ入ることができた。
日はほとんど沈みかけており、空は紫色をしていた。
(日が沈む前には帰ってこれたが、思ったより時間がかかったな…)
スイはオークが想定以上の数がいたので倒した後の索敵に時間をかけかけていたのだ。
自分の着ている服が血に塗れていることもあり、服屋へ行き新しいシャツを購入した。
店員の顔が若干引きつっていた様な気がしたがスイはそんなことを気にしているほど余裕は持っていなかった。
服を買うことで手持ちが底をついたからだ。
買った服を店員以上に引きつった顔で着替えて、返り血を浴びてしまった服は綺麗に畳んで店員にもらった袋に詰めた。
(今まで服について何も考えていなかったがこれほどまでに高い物なのか…武器だ防具だという問題じゃ無いな…)
スイが行った服の店はごく一般的な服屋であったが金のないスイにとって全財産(借金)を全て持っていかれた服はとてつもなく高級に感じた。
服屋を後にして心なしがはやる足は冒険者ギルドへ向かった。
スイが冒険者ギルドに到着した時。
その場所は奇妙なほど静けさを帯びていた。
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