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1章-追放冒険者
14.達成-1
しおりを挟む時は遡り、スイがギルドを後にした時のこと。
スイは依頼書に書かれていたナチという人物に会うために宿に向かっていた。
依頼書に書かれていたナチの連絡先が宿であったからだ。
宿までは依頼書に書かれていた簡単な地図をみながら向かうと意外とすぐに着いた。
宿の名は『旅人の宿』
建物は小さいがしっかりとした造りをしている。
目の前でもう一度依頼書を見て場所が間違えていないことを確認すると、宿の中へ入る。
中に入るとすぐに受付があり、そこにはガタイのいい男が腕を組んで佇んでいた。
「いらっしゃいませ」
男はスイが中へ入って来たのに気づくと腕組みをやめて、短くにこちらに挨拶をした。
「こんにちは。ギルドの依頼できたのですがここにナチという方はいますか?」
スイは冒険者ギルドの印を押された依頼書を受付に立つ男に見せながら言った。
「あぁ、冒険者ですか。少々お待ちください」
男は依頼書を見るなり、受付で名簿のような物を見て何か確認する。
「…ナチさんはただいま外出中ですね」
どうやらナチは外出しているようだ。
「ではしばらくここで待っていてもいいですか?」
「大丈夫ですよ」
スイは男の許可をもらい、この宿屋でナチを待つことにした。
待つ間に、ついでではないがこの宿に宿泊することにして、2泊分の金を払った。
エルシールに来て間もないスイは寝床がなかったのでちょうどよかったのだ。
金を払った後、営業の邪魔にならないようにロビーの端っこに置いてある机に座り、スラフに借りた金の入った革袋の感触を確かめた。
(寝床は確保したが、手持ちが心許ないな…これは依頼を真剣にやらなければ)
スイは肩に馬乗するようにまたがるハレイをチラリと見て、気持ちを引き締め直した。
『スイ?何ー?』
「何でもない」
スイの視線に気づいたのかハレイは首を傾けて話しかけてくる。
スイは宿屋の小さなロビーの端っこで小さくつぶやいた。
(別に酒場でハレイが酒を魔法で浄化したお陰で余計な出費をした事を気にしているわけではない。それでも、あれがなければ4泊は出来なくても3泊は出来たのでは無いだろうか)
スイはハレイに対してのちょっとした不満と今後の金策についてを思案していると宿の入り口から誰かが入って来たような音が聞こえた。
そちらを見やる。
そこには小麦色の肌をした女性の姿があった。
女性は何やら険しい顔をしていて受付の男と会話をしている。
その女性と受付の男が会話の最中にこちらに指を差し、女性はスイの方へ顔を向けた。
スイもそちらを見ていたので女性と眼が合うと、女性は顔をさらに険しくしてズンズンとこちらへ向かってきた。
スイもその女性の動作に察して立ち上がり、頭を下げる。
ロビーには昼過ぎの微妙な時間だからかスイしかいないので間違えていることはないはずだ。
スイが頭を上げると女性はスイの前で止まっていた。
前述したとおり小麦色の肌をした若い女性。
瞳は少しつり上がっていて、色はダークブラウン。
髪の毛は焦げ茶色にてしており、長さは顎下ほどまでに伸ばしている。
服装はどこかの民族衣装の様な格好で聖職者が来ていそうな上半身に旅人が履くような靴とズボンが一体化した脚衣を纏った様な物珍しい格好だ。
あまり、女性という物をマジマジとは見たことがないがその容姿は美しいと思った。
しかし、彼女の顔はやはり険しく、彼女のもつオーラは不機嫌を物語っていた。
恐らくこの女性がナチであろう。そう判断したスイは挨拶をすることにした。
「こんにちは。ギルドの依頼で来ました冒険者のーー」
「遅いっ!!」
「ス、イです」
初対面の女性の初めて聞いた声は怒りを含んだ言葉だった。
スイの言葉はそれにより何処かへ雲散する。
「あり得ないでしょう!私が依頼を出して4日!いや、今日で5日だわ!!5日よ!?何考えてるのかしら!私が帰るのは明後日よ!本当に信じらんないわ!」
話からするに、彼女がナチという人物で間違いない。
しかし、どうやら依頼主のナチはお冠のようで、スイに当たり散らす。
スイが口を挟む隙はない。
「魔物がどういう存在か知ってる!?人を殺して食べる化け物よ!!アンタたちの街には関係ないかも知れないけどね!!こっちは道端で出てくるのよ!!化け物がね!!」
ナチはしばらくスイに向かい、どれだけ自分が怖い思いをしたのかを語り始める。
スイはそれを黙って聞いていた。
要約すると
彼女はエルシールで商売をしようと色々な売り物を持って馬車で来たがその道中にオークに襲われた。
その時は箱に詰められた売る予定だった食べ物を放り投げて逃げたが、死ぬ思いだった。
エルシールに着くと、すぐに市庁舎へ行き、騎士に取り次いでもらおうとしたが出現した場所がエルシールから離れ過ぎていた点とオークがそこまで街に対して脅威になり得ない点で倒してもらえなかった。
次に冒険者ギルドへ依頼しに行ったが今の今まで誰も冒険者が現れず後少しでオークの現れた道をつかって帰るところだったそうだ。
「5日も放置された気持ちがわかるかしら!!毎日不安で怯えながら冒険者を待つ私の気持ちがね!!あと少しでアンタの所に抗議しに行く所だったわよ!
私が旅商人をやるような小物だからって舐めてるの!?最悪だわ!来なきゃ良かったこんな街!!」
冒険者から見た幾つもの依頼というのは、依頼主にとってはたった一つの大切な依頼である。
その大切な依頼が冒険者ギルドにたくさん集められると、それ全てに対応しきれず、破棄される依頼がある。
彼女のようにベルーガとやらの為に長い間放置されている依頼というのは初めてだが。
ギルファスとパーティを組んでいた時、依頼を受けるものが誰もおらず、依頼を破棄された依頼主が怒鳴り声を上げてギルドに訪れていたという事が何度かあった。
依頼主には不安感がずっと付き纏っているのだ。
今怒りを顕にする彼女のように、魔物に殺されかけて抱く不安感というのはそれは計り知れない事だ。
魔物とは一般人にとっては死の象徴のような者であるから。
「それは、すみませんでした。ギルドの方にも手違いがあったみたいで…あなたを旅商人だからと扱っているわけではありません」
こういった者に反論をすれば火に油を注ぐようにさらに怒るだけだ。
スイもギルファスと組んでいた時にもこう言った事がたまにあり、よく頭を下げて謝って、スイだけにだが、怒る依頼主からの脚や拳が飛んできていたものだ。
それにスイは旅商人を馬鹿にしてるつもりは無かった。
商人と言うのは三つある身分のうちの第二身分である。
この身分は街を守る騎士たちと同等の身分を持っている事になる。
しかし、当たり前のことだが商人の全員が第二身分というわけではない。
商人の中にもヒエラルキーがあり、ある一定の地位までつかなければ第二身分とは認められない。
旅商人のような街や村を旅をするように点々として商売をする商人はもちろん第三身分である。
第三身分という理由からか、旅商人は周りから商品の品質が悪いと決めつけられたり、安く買い叩かれたりすることが多く、小物と馬鹿にされる事がある。
しかしスイは旅商人が居なければ市政が回らないと考えているので小物と言い捨てる事はなかった。
「それならどうしてアンタはさっさと依頼を受けなかったのよ!!」
「俺は今日、冒険者になった新人な者で…それでもオークは倒す事ができるので安心してください」
「そう言えばアンタ防具も武器も持ってないじゃない!それ、本気で言ってるのかしら」
ナチはスイの発言に疑うような目をして全身を見回す。
「拳闘の心得はありますし、これでオークも倒した事もあります」
自信満々にスイは答えるが、ナチはなおも訝しむ。
「信じられると思う!?」
「信じてもらうしかないですね」
スイは困ったような顔をしてナチを見る。
ナチは訝しむような顔をしてスイを見る。
「…」
「…」
少しの間、静寂が訪れた。
「はぁぁ~」
ナチはしばらくスイを見つめると何か疲れたように長いため息を吐いた。
「もう、アンタでいいわよ。そもそもアンタしかいないし…
なんか怒り疲れたわ…オークの詳しい場所を教えるからちゃっちゃと討伐してきて」
「わかりました。ありがとうございます」
そう言ってナチにオークの出現した場所を教えられた。
出現した場所はここから徒歩で約四時間ほどの距離の森の道中であった。
オークは馬鹿だが、人を襲えば食べ物が手に入ると学習している可能性はある。
今は二匹しかいないが、それが番いの場合はかなり厄介だ。
(見つけたら即駆除だな)
「大体の場所は掴めたのでオークの討伐に行ってきます。それでナチさんに少し頼みたいのですがこれくらいの革袋はありませんか?」
スイは両手を使い大きさを表現する。大体成人男性の腕一本分ほどの大きさだ。
「え?ちょ、、ちょっと待って。今討伐に行くって言ったかしら?馬鹿なの?今討伐に行ったら今日のアンタの寝床は森の中になるわよ?…確かにちゃっちゃと討伐してとは言ったけどそういう事じゃないわよ」
ナチはスイの発言に呆れながら返した。
「一応魔法が使えるので日が沈む頃には帰ってこれると思います」
呆れた目でスイを見つめるナチに真正面から言い返す。
「そんな瞬間移動みたいな魔法があったらみんな苦労してないわよ…まぁ、私はオークを討伐してくれれば嬉しいけど…」
ナチは「はぁ」とため息をついて、一度ロビーから去ると、しばらくしてから革袋を持ってスイの前へ現れた。
「はい、これでいい?」
スイの表した通りの大きさをした革袋をスイへ差し出す。
「ありがとうございます。これで大丈夫です」
そう言ってスイはもらった革袋を腰へ巻き付け、宿を後にしようと外へ向かう。
「ちょっと待ちなさい!」
「はい?」
ナチに声をかけられ、後ろを振り向く。
「これ」
「これ?」
そう言ってスイは無造作に腕を掴まれ何かを渡される。
渡された物を見つめる。
小さな小瓶で中には深緑色の液体が入っていた。
回復薬だ。
薬草から作られた魔力の込められた薬で、かすり傷程度ならすぐに治せる。
値段はまあまあ高い。
ナチはスイにそれを手渡したのだ。
「別にアンタを心配してるわけじゃないから。むしろ信頼していないから渡したのよ。勘違いしないで」
そう言ってナチは宿のロビーから去っていった。
スイは回復薬を握りしめ、オークの討伐へ向かった。
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