紺碧の精霊使い

たたたかし

文字の大きさ
上 下
14 / 15
1章-追放冒険者

14.達成-1

しおりを挟む

 時は遡り、スイがギルドを後にした時のこと。

 スイは依頼書に書かれていたナチという人物に会うために宿に向かっていた。

 依頼書に書かれていたナチの連絡先が宿であったからだ。

 宿までは依頼書に書かれていた簡単な地図をみながら向かうと意外とすぐに着いた。

 宿の名は『旅人の宿』
 建物は小さいがしっかりとした造りをしている。

 目の前でもう一度依頼書を見て場所が間違えていないことを確認すると、宿の中へ入る。

 中に入るとすぐに受付があり、そこにはガタイのいい男が腕を組んで佇んでいた。

「いらっしゃいませ」

 男はスイが中へ入って来たのに気づくと腕組みをやめて、短くにこちらに挨拶をした。

「こんにちは。ギルドの依頼できたのですがここにナチという方はいますか?」

 スイは冒険者ギルドの印を押された依頼書を受付に立つ男に見せながら言った。

「あぁ、冒険者ですか。少々お待ちください」

 男は依頼書を見るなり、受付で名簿のような物を見て何か確認する。

「…ナチさんはただいま外出中ですね」

 どうやらナチは外出しているようだ。

「ではしばらくここで待っていてもいいですか?」

「大丈夫ですよ」

 スイは男の許可をもらい、この宿屋でナチを待つことにした。

 待つ間に、ついでではないがこの宿に宿泊することにして、2泊分の金を払った。
 エルシールに来て間もないスイは寝床がなかったのでちょうどよかったのだ。

 金を払った後、営業の邪魔にならないようにロビーの端っこに置いてある机に座り、スラフに借りた金の入った革袋の感触を確かめた。

(寝床は確保したが、手持ちが心許ないな…これは依頼を真剣にやらなければ)

 スイは肩に馬乗するようにまたがるハレイをチラリと見て、気持ちを引き締め直した。

『スイ?何ー?』

「何でもない」

 スイの視線に気づいたのかハレイは首を傾けて話しかけてくる。
 スイは宿屋の小さなロビーの端っこで小さくつぶやいた。

(別に酒場でハレイが酒を魔法で浄化したお陰で余計な出費をした事を気にしているわけではない。それでも、あれがなければ4泊は出来なくても3泊は出来たのでは無いだろうか)

 スイはハレイに対してのちょっとした不満と今後の金策についてを思案していると宿の入り口から誰かが入って来たような音が聞こえた。

 そちらを見やる。

 そこには小麦色の肌をした女性の姿があった。
 女性は何やら険しい顔をしていて受付の男と会話をしている。

 その女性と受付の男が会話の最中にこちらに指を差し、女性はスイの方へ顔を向けた。

 スイもそちらを見ていたので女性と眼が合うと、女性は顔をさらに険しくしてズンズンとこちらへ向かってきた。

 スイもその女性の動作に察して立ち上がり、頭を下げる。

 ロビーには昼過ぎの微妙な時間だからかスイしかいないので間違えていることはないはずだ。

 スイが頭を上げると女性はスイの前で止まっていた。

 前述したとおり小麦色の肌をした若い女性。
 瞳は少しつり上がっていて、色はダークブラウン。
 髪の毛は焦げ茶色にてしており、長さは顎下ほどまでに伸ばしている。
 服装はどこかの民族衣装の様な格好で聖職者が来ていそうな上半身に旅人が履くような靴とズボンが一体化した脚衣を纏った様な物珍しい格好だ。

 あまり、女性という物をマジマジとは見たことがないがその容姿は美しいと思った。

 しかし、彼女の顔はやはり険しく、彼女のもつオーラは不機嫌を物語っていた。
 
 恐らくこの女性がナチであろう。そう判断したスイは挨拶をすることにした。

「こんにちは。ギルドの依頼で来ました冒険者のーー」

「遅いっ!!」

「ス、イです」

 初対面の女性の初めて聞いた声は怒りを含んだ言葉だった。
 スイの言葉はそれにより何処かへ雲散する。

「あり得ないでしょう!私が依頼を出して4日!いや、今日で5日だわ!!5日よ!?何考えてるのかしら!私が帰るのは明後日よ!本当に信じらんないわ!」

 話からするに、彼女がナチという人物で間違いない。
 しかし、どうやら依頼主のナチはお冠のようで、スイに当たり散らす。
 スイが口を挟む隙はない。

「魔物がどういう存在か知ってる!?人を殺して食べる化け物よ!!アンタたちの街には関係ないかも知れないけどね!!こっちは道端で出てくるのよ!!化け物がね!!」

 ナチはしばらくスイに向かい、どれだけ自分が怖い思いをしたのかを語り始める。

 スイはそれを黙って聞いていた。

 要約すると
 彼女はエルシールで商売をしようと色々な売り物を持って馬車で来たがその道中にオークに襲われた。
 その時は箱に詰められた売る予定だった食べ物を放り投げて逃げたが、死ぬ思いだった。
 エルシールに着くと、すぐに市庁舎へ行き、騎士に取り次いでもらおうとしたが出現した場所がエルシールから離れ過ぎていた点とオークがそこまで街に対して脅威になり得ない点で倒してもらえなかった。
 次に冒険者ギルドへ依頼しに行ったが今の今まで誰も冒険者が現れず後少しでオークの現れた道をつかって帰るところだったそうだ。

「5日も放置された気持ちがわかるかしら!!毎日不安で怯えながら冒険者を待つ私の気持ちがね!!あと少しでアンタの所に抗議しに行く所だったわよ!
 私が旅商人をやるような小物だからって舐めてるの!?最悪だわ!来なきゃ良かったこんな街!!」

 冒険者から見た幾つもの依頼というのは、依頼主にとってはたった一つの大切な依頼である。

 その大切な依頼が冒険者ギルドにたくさん集められると、それ全てに対応しきれず、破棄される依頼がある。

 彼女のようにベルーガとやらの為に長い間放置されている依頼というのは初めてだが。

 ギルファスとパーティを組んでいた時、依頼を受けるものが誰もおらず、依頼を破棄された依頼主が怒鳴り声を上げてギルドに訪れていたという事が何度かあった。

 依頼主には不安感がずっと付き纏っているのだ。
 今怒りをあらわにする彼女のように、魔物に殺されかけて抱く不安感というのはそれは計り知れない事だ。

 魔物とは一般人にとっては死の象徴のような者であるから。

「それは、すみませんでした。ギルドの方にも手違いがあったみたいで…あなたを旅商人だからと扱っているわけではありません」

 こういった者に反論をすれば火に油を注ぐようにさらに怒るだけだ。
 スイもギルファスと組んでいた時にもこう言った事がたまにあり、よく頭を下げて謝って、スイだけにだが、怒る依頼主からの脚や拳が飛んできていたものだ。

 それにスイは旅商人を馬鹿にしてるつもりは無かった。

 商人と言うのは三つある身分のうちの第二身分である。
 この身分は街を守る騎士たちと同等の身分を持っている事になる。
 しかし、当たり前のことだが商人の全員が第二身分というわけではない。
 商人の中にもヒエラルキーがあり、ある一定の地位までつかなければ第二身分とは認められない。

 旅商人のような街や村を旅をするように点々として商売をする商人はもちろん第三身分である。

 第三身分という理由からか、旅商人は周りから商品の品質が悪いと決めつけられたり、安く買い叩かれたりすることが多く、小物と馬鹿にされる事がある。

 しかしスイは旅商人が居なければ市政が回らないと考えているので小物と言い捨てる事はなかった。

「それならどうしてアンタはさっさと依頼を受けなかったのよ!!」

「俺は今日、冒険者になった新人な者で…それでもオークは倒す事ができるので安心してください」

「そう言えばアンタ防具も武器も持ってないじゃない!それ、本気で言ってるのかしら」

 ナチはスイの発言に疑うような目をして全身を見回す。

「拳闘の心得はありますし、これでオークも倒した事もあります」

 自信満々にスイは答えるが、ナチはなおも訝しむ。

「信じられると思う!?」

「信じてもらうしかないですね」

 スイは困ったような顔をしてナチを見る。
 ナチは訝しむような顔をしてスイを見る。

「…」

「…」

 少しの間、静寂が訪れた。

「はぁぁ~」

 ナチはしばらくスイを見つめると何か疲れたように長いため息を吐いた。

「もう、アンタでいいわよ。そもそもアンタしかいないし…
 なんか怒り疲れたわ…オークの詳しい場所を教えるからちゃっちゃと討伐してきて」

「わかりました。ありがとうございます」

 そう言ってナチにオークの出現した場所を教えられた。

 出現した場所はここから徒歩で約四時間ほどの距離の森の道中であった。
 
 オークは馬鹿だが、人を襲えば食べ物が手に入ると学習している可能性はある。

 今は二匹しかいないが、それが番いの場合はかなり厄介だ。

(見つけたら即駆除だな)

「大体の場所は掴めたのでオークの討伐に行ってきます。それでナチさんに少し頼みたいのですがこれくらいの革袋はありませんか?」

 スイは両手を使い大きさを表現する。大体成人男性の腕一本分ほどの大きさだ。

「え?ちょ、、ちょっと待って。今討伐に行くって言ったかしら?馬鹿なの?今討伐に行ったら今日のアンタの寝床は森の中になるわよ?…確かにちゃっちゃと討伐してとは言ったけどそういう事じゃないわよ」

 ナチはスイの発言に呆れながら返した。

「一応魔法が使えるので日が沈む頃には帰ってこれると思います」

 呆れた目でスイを見つめるナチに真正面から言い返す。

「そんな瞬間移動みたいな魔法があったらみんな苦労してないわよ…まぁ、私はオークを討伐してくれれば嬉しいけど…」

 ナチは「はぁ」とため息をついて、一度ロビーから去ると、しばらくしてから革袋を持ってスイの前へ現れた。

「はい、これでいい?」

 スイの表した通りの大きさをした革袋をスイへ差し出す。

「ありがとうございます。これで大丈夫です」

 そう言ってスイはもらった革袋を腰へ巻き付け、宿を後にしようと外へ向かう。

「ちょっと待ちなさい!」

「はい?」 

 ナチに声をかけられ、後ろを振り向く。

「これ」

「これ?」

 そう言ってスイは無造作に腕を掴まれ何かを渡される。
 渡された物を見つめる。
 小さな小瓶で中には深緑色の液体が入っていた。
 回復薬だ。
 薬草から作られた魔力の込められた薬で、かすり傷程度ならすぐに治せる。
 値段はまあまあ高い。

 ナチはスイにそれを手渡したのだ。

「別にアンタを心配してるわけじゃないから。むしろ信頼していないから渡したのよ。勘違いしないで」
 
 そう言ってナチは宿のロビーから去っていった。

 スイは回復薬を握りしめ、オークの討伐へ向かった。
 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

この世界で唯一『スキル合成』の能力を持っていた件

なかの
ファンタジー
異世界に転生した僕。 そこで与えられたのは、この世界ただ一人だけが持つ、ユニークスキル『スキル合成 - シンセサイズ』だった。 このユニークスキルを武器にこの世界を無双していく。 【web累計100万PV突破!】 著/イラスト なかの

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

大賢者アリアナの大冒険~もふもふパラダイス~

akechi
ファンタジー
実の親に殺されそうになっていた赤子は竜族の長に助けられて、そのまま竜の里で育てられた。アリアナと名付けられたその可愛いらしい女の子は持ち前の好奇心旺盛さを発揮して、様々な種族と出会い、交流を深めていくお話です。 【転生皇女は冷酷な皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!】のスピンオフです👍️アレクシアの前世のお話です🙋 ※コメディ寄りです

処理中です...