紺碧の精霊使い

たたたかし

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1章-追放冒険者

3.強襲

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 一週がたった早朝、スイは旅の準備を有り金を全て使い済ませてルマリアの用意してくれた馬車の元へと向かっていた。

 旅の準備と言っても、スイが用意できたのは数日分の食料と元々持っている一本の採取用のボロの短剣と自分で削って作られた木の棍棒のみだ。

 単純な話、この一年、まともな生活すら送れていないスイには装備を揃える金も薬を買う金も服を新調する金もないのだ。
 そもそも、スイを客と扱う店もこの街には滅多にない。

 だがスイは落ち込む事は無かった。

 何故ならば次に行き着く街ではスイの事を知っている人はいないから。
『ゴミ』と蔑まれる事も、お店を出入り禁止にされる事もないのだ。
 もう、お店の外で捨てられた食べ物や露店で売られた食べ物を蔑みの言葉を受けながら買う必要はないから。

 全てをやり直すのだから。

 ジワリと胸に浮かび上がるなんとも言えない気持ちになりながらも。
 伝えられた馬車の所へと一歩、また一歩と近づいて行く。

 思えばミルドラに連れられて来た六年前、最初の方は何度も転んだり壁にぶつかったりしていた。

 気がつけば転ぶ事も壁にぶつかる事も無くなっていた。

「ははっ」

 スキップするように体が軽い。
 これから行くであろう新たな始まりの地を想像すると思わず一人笑みをこぼしていた。

 そうこうしているうちにどうやら指定された場所に着いたみたいだ。

 馬の息が二つと御者らしき人の魔力が一つ感る。

「おはようございます。僕はーー」

「あぁ、挨拶はいいからさっさと乗れ。さっさと馬車をだしたい」

 御者にぶっきら棒に乗車を急かされ慌てて馬車に乗る。
 馬車には六年前に乗ったきりだったので少しワクワクとした気持ちで足をかけた。
 ギシギシと馬車の軋む音が鳴り、中へ入るなり早々に頭をぶつけた。

(ははっ!先が思いやられる)

 些細な事ですらも笑みを浮かぶ。

 御者はスイが確実に乗ったのを確認すると無言で馬車を走らせた。

 パカパカと歩く速度から次第に人間が駆ける程の速さに馬車は加速していく。

 段々とミルドラから離れて行く事を肌で感じつつ、ルマリアに感謝を込めた。

(眼が見えないのが悔しいな)

 ギルファスに追放されてからも変わらずに接してくれたルマリアはギルファスの次に恩人だ。

 その恩人の顔が見れないのは実に悔しかった。『ゴミ』と呼ばれるスイにまで優しくしてくれるルマリアはきっと聖母のような優しい顔をしているのだろう。
 心の中でただひたすらとルマリアに向けてありがとうと言った。


「そう言えば、乗員は僕一人なんですか?」

「あぁ、今回はお前一人だな」

 ミルドラから離れてしばらく時間が経った頃に暇になって御者に話をかけた。

「一人の時ってよくあるんですか?」

「黙れ。運転に集中させろ」

「ッ…!ごめんなさい」

 六年前に乗った馬車を思い浮かべる。
 馬車の中に十人くらいの人の声が飛び交い、瓶詰めのような状態になりながらも街に向かったような記憶がある。

 当時はギルファス以外の人の声が怖くて怯えたものである。

 それから今はいないギルファスやゴルグの事を考えてしまい、慌てて頭を振った。

(ダメだな。一人で生きなきゃいけないんだ。弱気になってたらダメだ。
 次行く街のことを考えよう)

 街は遠い所にあるらしい。
 隣街のエルシールだと、もしかしたらスイの事を知る人がいるかもしれないからとルマリアさんがもっと遠くの街へ運ぶ馬車を頼んだそうだ。

 ただスイには懸念事項があった。

 街に何日で着くのかわからないのだ。

 ルマリアさん曰く、遠い街だけどすぐ着くとの事だ。
 しかし、エルシールの街でも馬車で片道3日かかるのだ。
 3日以上かかるのは確定している。

 僕が持ってきた食料は食い繋いで10日分。それ以上は買えなかった。
 手持ちのお金を全て使って買ったからどこかで買い足す事もできない。

 休憩をどこかで挟んだ時に適当にどこかで生えているアオバと食べ物を交換してもらう予定だ。

 そんな貧しい食料事情を頭を捻りながら考えているうちに、スイの望んでいた休憩時間となった。

「しばらく休憩だ。用を足してくるからお前はここから絶対動くな」

「は、はい」

 御者は2頭の馬に休憩させるよう備え付けてあったらしいリンゴを食べさせるとスイにそう言い残して森の中へと入って行った。

 ザクザクと森を踏みしめる御者の足音が段々と遠ざかって行った。

(用を足すだけなのにどうしてあんなに離れる必要があるんだろう。
 …まあ、いいか、兎に角ここからあまり離れないようにしてアオバを集めよう
 僕が森で迷ったら本当に死んじゃうから)

 そんな事を考えながら、馬車の通れる道から外れ、草木の生い茂る場所へ足をどんどんと踏み入れて行く。
 近くで魔力を帯びた葉っぱを摘む。
 ここでアオバを取る冒険者は少ないのか周りにたくさん生えていた。

 その生い茂るアオバの量に興奮しながら採取しているうちにだいぶ離れてしまったみたいだ。

 スイの地獄耳で馬の声が辛うじて聞こえる程離れてしまった。この距離は普通の人間ならばまず遠いと判断する距離だ。御者が戻って来たのなら慌ててスイを探しに行くだろう。

 慌てたスイは大量に採取したアオバを手いっぱいに持ちながら森の天然障害物に頭をぶつけないように気をつけながら慎重かつ迅速に馬車へと向かった。

 その時、スイの目指す馬車に向かって鉄同士が擦れ合う音を放つ魔力を持った集団が近づいてくるのを感じ取った。

 スイはすぐさま森の草木に隠れるように身を屈めた。

(森の中…鉄の擦れる音…複数人いるだろう人間が地面を踏みしめる足音…
 盗賊だ…!!)

 奴らの情報は冒険者ギルドで度々情報が入って来る。

 そのものは森のどこかに住み着き、度々商人や人のいる馬車を襲い人や金目のものを盗むと言われている。

 冒険者…という可能性もあるにはあったが、スイは何の疑いもなくその正体を盗賊と確定させた。

 幸いな事に今、馬車には誰も乗車していない。

(御者は用を足すために遠くへ行った。
 馬車には僕の買った数日分の食料が置いてあるだけで他のものは全て自分の手に持っている。
 馬は盗まれてしまうかもしれないけれど命には変えられない。
 無闇に動かずここで息を潜めて隠れよう)

 スイは身をさらに低くして息を殺す。

 盗賊の集団が馬車の前で足音を止めた。

 集団は馬車を囲むようにしていたが、数瞬後に集団の一人が爆発するかのような怒鳴り声を上げた。

「オォォォォオオイ!!何にもねぇぞ!!あんのはカスみてぇな食いモンだけだ!!」

「お頭。この袋に入ってるモンは食べれませんぜ…腐ってやがる」

「そんなこたぁ!!どうでもいい!!こんなかにゃガキがいるはずだ!!」

(…僕を探してる!?)

 スイは言いようのない不安とその言葉の奇妙な違和感を覚えた。
 頭に浮かび上がる嫌な考えを振り払いながら盗賊達の会話を一言も逃さぬように耳を傾けてた。

「チッ…クソガキが!!ションベンでも垂れてんのか」

「おい!!ゼスト!てめぇしくじったな!!!」

「そ、そんなはずは!俺がお頭を呼ぶ時にはガキはしっかりここにいた!俺はガキに離れるなってしっかり言いました!!信じてくださいお頭!!」

(…!!!)

 聞き覚えのある声。ゼストと呼ばれた男の声はつい先ほどこの場所まで運んでくれた御者の声だった。
 どうやら御者だった彼は盗賊の仲間のようだ。

 震えて飛び出して逃げそうになる気持ちをなんとか押し殺して、息をひそめる。

「…ハァッ……ハァッ…」

 しかしスイは考えてしまった。その続きを。
 ゼストと呼ばれる御者を手配した人間が誰であるかを。

 湧き上がる疑念という名の炎を必死で手一杯の意識という名の水で消そうとするが、炎は燃え上がるばかりで消えない。
 むしろ心臓の鼓動と共に激しく燃え上がるのを感じた。

「信じる?そんな話はしてねぇ!!ガキはどこだって話だ!!」

「そ、それは……そ、そうだ!ガキは眼が見えない!!どこかへ行ったとしてもそんな遠くへ行ってないはずです!!」

 次第にお頭の顔が厳しくなってくる。
 
「その遠くへ行ってねえっつーガキは誰が探すんだぁ!!!?」

 ゼストは慌ててお頭に必死になって弁明した。
 お頭がキレると自分の身が危ない。
 それは長い間この盗賊団に所属するゼストは身にしみてわかっていたことだ。

 なれば憤りを浮かべ険しい顔をして、自分の眼を覗くお頭に自分はミスをしていないと、有る事無い事吹き込むように弁明した。

 それがゼストにとって、そして草木に身を隠すスイにとって圧倒的な絶望へ至らせた。

「そうだ!ルマリア!ルマリアがいけないんだ!あいつが俺にガキの扱いは簡単だと言うからーー」

「……」

 言葉が出ない。

 ゼストが話す言葉にいくら耳を傾けようとスイの頭には入る事なく虚空へ消えた。

 何もかもが無くなった気がした。

 あれだけ大きくゆれうごいていた心臓も炎のように燃え上がっていた疑念も何もかもが、今までが児戯であるかのように真っ黒に消えた気がした。

 ここでその名前が出るという事はそういう事だから。

 バカな自分が馬車を乗り間違えわけでも、偶然に盗賊が馬車の前に現れたわけでもない。

 疑念は確信へと変わってしまった。

 スイは身を屈めていた草木から思わず飛び出し、でたらめに走って逃げた。



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