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冒険道中編

1.ちょっとした希望。変わらずの平和

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 太陽が漆黒に塗りつぶされたされたその日…

 月は太陽の如く照り輝く満月の夜。

 夜の静けさを優しく照らすようなそんな月だった。

 まるでナニカが誰かを迎え入れるように月はこの世界を祝福していた。







 そんな日からもう既にひと月が経っていた。

 その日のことは今でも王都は大騒ぎ。
 
 太陽が漆黒に塗りつぶされるなんてどう考えても普通の出来事ではないから。

 それは『日食』という現象である事を知らない人からすれば神の怒りが何かだと思っても仕方がない。

 実際にこの世界には神はいるし、神聖国なんて神様の為の国もあるから、それはもう大騒ぎになる。


 たった数十分の出来事で王都中の人が腰を抜かして居たのはビックリした。
 それから太陽が明るさを取り戻してからしばらくしても、王都の人はガタガタと震えて居た。

 そしてそれに追い討ちをかけるように、神聖国で勇者が現れたそうだ。

 おとぎ話の本のように流れ星に乗ってくるわけでは無かったみたいだけど、衝撃はそれ以上であった。
 なんせ太陽が飲み込まれて居たから。


 更にこれだけではまだ足りぬと言う情報が三週間前に届いた。

 勇者は何十人もいるらしい。

 世界の脅威を救うほどの力を持つものが何十人もいるという事だ。

 もうそれは世界の脅威を救うどころかその集団自体が脅威でしかない。

 それに、神聖国は帝国と同盟を組んでいる事は明らかなので敵対しているレノス王国からしてみればかなりヤバヤバな状況だ。

 そんな不安もあってか、『日食』が起きた日からひと月経った今でも王都は大変騒がしくなって居た。



 そんな中、俺はというと…



「おはよう、ニルファさん」

「おはよう!ゆうた…って、今日もあんまり寝付けなかったの?」

「んー、なんか最近眠れなくてさ」


 ニルファさんと会話をしながらニルファさんが作ってくれたフレンチトーストを頬張る。

 ああ、疲れてないのに五臓六腑に染み渡る~。


「体調は平気?私はもう仕事に行くけど帰ったら必要なものとかある?」

「いや、体調は平気だよ。必要な物は…肉かな」

 キラン☆

「はいはい、夜ご飯はお肉がいいのね」

 そんなありふれたような会話をしながらニルファさんは淡々と仕事の準備をしていっていた。

 俺はそれを若干寝ぼけ眼でその姿を覗いていた。

 ニルファさんはあっという間に準備をして玄関の方へ行くので俺もそれを追うように玄関へ向かう。


「まだ朝食食べてていいのに」

「見送り」

 ボソッと一言だけ返す。

「ゆうたは最近寝不足なんだから、危ない依頼は受けない事。まあ、受けさせないけど!いい?」

「はいよー」

 短く返事をすると、よし。と頷いて〈センス〉のドアノブを握る。

「それじゃあ、いってきまーす!」

「いってらっしゃーい」


 バタリ

 と、ドアの閉まる音を確認すると、俺はテーブルへ戻って食べかけのフレンチトーストを食べながらボーッと過ごす。


 ここひと月寝つきが悪く、寝起きも悪い。

 不意にぼーっとしてしまうのだ。

 ちょうど『日食』があったあの日から心がざわざわとして妙な気持ちになる。
 嫌な気持ちではないけど、この妙な気持ちは言葉では言い表せない。
 ただただそれは妙な気持ちだった。

 この気持ちは何なのかは知らないが、俺は一つ考え事をしていた。


 それは勇者の事。


 この妙な気持ちになったのは『日食』つまり勇者が召喚されてからの事だった。


 勇者は突然現れて、今は帝国にいるらしいのだが俺は勇者に対して物凄く興味がある。


 異世界人。


 この世界、シューニャとは異なる世界から来た人間。

 もしも勇者が現れた事が本当ならば、勇者はこの世界の人間ではなく別の世界からここまで来たのでは?

 この仮説は十中八九当たっているだろう事は予想できる。


 まあそれが俺の元いた世界アートから来た人達なのかは謎だけど。


 ただ、別の世界から来たというだけでもうそれは興味深い。
 更に数十人も、まとめて現れたのかまばらに現れたのか、全員知り合いなのか、どうかなんてどうでも良いことも気になってしまう。

 仕方ないことだと思う。

 だって俺、異世界人だし。

 もしもアートから召喚された人だったら、会えるかどうかは別として友達になりたい。

 どんな年齢なのかは知らないが、勇者と呼ばれるくらいなのだから俺くらいの年頃かもしれない。

 そんな事を考えていると、一人の女の子の顔が頭にちらつく。


 それを思うとざわりと妙な気持ちにさせられる。


 俺はすぐに思い浮かべた顔を自分の頭をブンブンと振って無理矢理、雲散させる。


「…まあ、ないよな…」


 こんな期待をしてはいけない。いなかった時に絶望するのは目に見えているから。

 それでも、やはり頭で浮かぶのは先程と同じ顔だった。

「…はぁ」

 俺は小さくため息をついて少し前に食べ終わった朝食のお皿を台所に置いた。


 あるはずもないのにどうしても湧いて出る小さな希望が俺の身を優しい光で焼け焦がしていく。

「…はぁ」


 二度目のため息を吐いた。

 一人になると最近はいつもこうなる。

 お陰でまともに寝れてないし。

 そんな変な心持ちのまま、俺もゆっくりと外へ出る準備をサッとして、〈センス〉から出て行った。


 扉を開けば、ピカピカになったスラムが辺りに広がる。

 正直どこからどう見てももうスラムではないのけどな。



 王都の街並みは円形になっていて、建物一つ一つが綺麗に並べられている。

 街並みは綺麗でゆとりがあって町の人は皆優雅に暮らしている。

 そんな光ある暮らしをしている人たちもいるけれど、闇ある暮らしをしている人ももちろんいる。

 それがスラムの住人だった。

 王都は優雅でゆとりのある生活をする為に家を新しく建てない。
 というか法で建てられない。

 その結果、子供を沢山産んだ家計は家に置くことができなくなった子供を王都の外へ捨てていく。
 そして出来上がったのがスラムだった。


 子供が沢山いる事が原因でスラムは稼げる人間は少ないし、教える人間も少ないので、周りは汚いし食も細いし働けないという人がほとんどだった。

 俺が来るまではだけど。


 自分がやった事を懐かしみながら俺はスラム街を歩く。

 すると、建物の陰から俺へ向かって飛び込んで来る影があった。


 俺はそれに気づかないフリをして堂々と歩く。

 すると影は俺の腰あたりにぶつかって通り過ぎる。


 通り過ぎた後影がこちらに振り返って楽しそうに話をかけてくる。

「へっへーん!!ユニキから財布をとったどー!!」

 と言って嬉しそうに俺がケツポケに入れていた財布を見せる少年がいた。

 俺は自分のケツポケをまさぐって財布がないのを確認して、俺のことをユニキと呼ぶ少年に話をかける。

「おい、サッチ!財布はとるなって言っただろ!!」

「ユニキがボーッとしてるのが悪いんだぜ!ここはスラムだからな!!」

 俺に飛び込んできた少年、サッチは王都でスリをしていた7歳の男の子だ。

 俺に財布を見せながらニンマリと満面の笑みを浮かべる。

 その笑う顔には誰かに殴られたからなのか抜けたからなのかわからないが前歯が一本抜けている。

 栗色の髪で長くなった前髪をゴムで一本にして上に結わいているのが少年らしくて可愛らしい。

 スラム街に入った瞬間に一番最初にスリをしてきたのがこのサッチだ。

 色々あって、俺のことをユニキと言って慕ってくれている。

 ちなみにユニキって言うのは“ゆうた兄貴”の略称らしい。


 ドン!

 ズザァァア…

 そんなことを考えながらサッチの事を眺めていると、次はサッチが突然誰かぶつかられて吹っ飛ばされた。


「おい!サッチ!またお前はアニキから財布を取りやがって!今日こそは許せねぇ!!ぶん殴ってやる!!」

 ぶつかった誰かがサッチにそんな事をいって今にも殴るような顔をしていた。

「ニッチ、おはよう」

 殴りかかろうとする誰かに俺は話をかけると俺の方に顔をグリンと向けて目をキランと輝かせてこちらを覗いた。

「アニキ!おはようございます!!」

 突き飛ばして倒れ込んだサッチを無視して俺に直立不動で向き直り、九十度体を折り曲げ、挨拶をした。

 この少年はニッチ。

 サッチとは実の兄弟でしっかりと血が繋がっている。赤ん坊の頃サッチとまとめて捨てられたらしい。
 ニッチはサッチの一つ年上のお兄ちゃんで俺のことをアニキと慕ってくれている。

 ニッチもサッチ同様栗色の髪をしていてニッチは少し長い襟足を二つのゴムで縛っている。
 頰に十字の切り傷があってちょっとかっこいい、まあ、8歳だから可愛いの方が強いけど。


「いてぇぞニッチ!」

「うるせぇ!殴られたくなきゃアニキに財布を返せ!」

 サッチが起き上がり文句を言うと、ニッチは先程は忠犬のようにキラキラと目を輝かせていたのに、狼のようにガルルルと吠えながらサッチに向かって拳を構えていた。

 流石に殴られるのが嫌なのか「ちぇー」と言いながら財布を持って俺の元へと向かう。

「はい、ユニキ。財布とってごめんなさい」

 そう言って、財布を出しながらサッチはぺこりと頭を下げる。

「まあ、返してくれるならいいけど。前のスラムとは状況が違うんだから別にスリなんてしなくてもいいじゃんか」

「てへへ、つい癖でやっちゃうんだよなぁ」

 と褒めてもいないのに照れて頭をかき出すサッチ。


 まあ、財布返ってきたしどうでもいいや。

 と思っていると、ニッチが話をかけて来る。

「アニキ!今日も冒険ですか!」

 キラキラした目で俺のことを見つめていた。

 その瞳は純粋に憧れを抱いていて『俺も行きたい!』と言う思いがひしひしと伝わってくる。

 まあ、ニッチは8歳だから絶対連れて行かないけど。

 それもわかってかニッチも俺に連れて行ってとは言わない。

 俺は二人の頭を優しく撫でて「行ってくる」と一言述べてスラムを出た。









 王都の中央広場で串焼きがいい匂いを放っていたので朝ごはんを食べたが一本食べることにした。


「おっちゃん、串焼き一本!」

「アイヨッ!串焼き一本100メダ!!」


 俺はおもむろにケツポケに閉まっていた財布を取り出して100メダ出そうとする。


 うん。中身全部スラレテマシタ。
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