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勇者召喚編
19.乙女の強制転移。体から離れない
しおりを挟むーー痛い。
ーー体が、痛い。
具体的にいうと右肩が外れそうなほど痛い。
何かすごい力にひっぱられるように ぐんぐんと右腕に衝撃が走る。
「……め…!」
その痛みとともに私の右腕に、ピチャリと水滴が溢れるような感覚がする。
「…つめ……!!」
こうやって語ってはいるが割と余裕がない。
結構痛い。
鋭い牙を持つ血に飢えた猛獣が、ようやくありついた餌を離すまいと、又は食いちぎろうとするように首をぐんぐんと振っているのを想像してくれれば分かりやすいかもしれない。
つまり、痛い。
そして、心の底から叫ぶ。
「…イタタタタタタタ!!!」
先程まで閉じていた私の瞳は、その痛みを確認するようにバッチリと開き、身体を起こして、痛みの正体を探る。
「…っ!!うぅぅ!!なつめ!!!!うわああぁ!よかったぁ!!」
そう言って、私の右腕をガッチリと掴んでバットの素振りのごとくブンブンと振るのは伊織だった。
伊織は涙を流しながら、私に抱きついて「よかった、よかった」と、唱え続けていた
状況は何が何だかわからないけれど、辺りを見回すと、迷宮跡地の外にいるという事がわかった。
伊織が涙を流しきって、少し落ち着いた頃にようやく私から離れてくれて、私は立ち上がろうと、地面に手をついて起き上がろうとした。
ガッ!!
「ガッ??」
起き上がろうとするが私は何やら左手に何かを握った状態で気を失っていたらしく、それを握ったまま、手をついた時にバランスを崩して、体がゆらりと倒れてしまう。
というか、なんでだろう。うまく力が入らない。
貧血のように、体がフラフラとしているような感覚に陥る。
倒れる拍子に伊織に身体を支えられてどうにか立ち上がることに成功した。
「なつめ…大丈夫??」
心配そうな今にも泣き出しそうな顔でこちらを覗いてくる伊織に軽く返事をすると、身体を離してくれた。
私は、こけそうになった原因の左手の違和感に目を向ける。
「??」
それを視界に入れた瞬間。謎が深まった。
「卵?」
左手にはダチョウの卵程の大きさの卵が私の左手にくっついていた。
水色のような白色のような色をしていて少しキラキラとした卵。
綺麗な貝殻の内側みたいな色味をしている。
「なつめが気を失っている時からずっと手放さなかったんだよ?」
伊織にそう言われてさらに卵をじっと睨む。
この卵は迷宮跡地の謎の大きな部屋の所に置いてあった卵だ。
そして、今の現状を照らし合わせる。
たしか、鳳の石像の足元にこの卵を見つけて、なんか変な感じがしたと思ったら光に包まれて…
「あれ?夕日は!?そしてここどこ!?」
夕日がこの場所にいない!
ん?というか卵何!!夕日どこ!!何!?ここどこ!
情報が多すぎて何が何だかわからなくなってきてしまう。
「ぼ、僕もわからないけど、ここはどこかの森みたいだよ。迷宮跡地の入り口と生えている木は似てるからもしかしたらその近くの外かもしれないと思ってる。あと、ゆうひはーー」
「いおりん!食べ物取ってきた…よ…って!!ナツナツ!!」
後ろから声が聞こえたと思って振り向こうとすると、それよりも先に夕日に抱きしめられてしまった。
・
・
・
・
・
・
夕日と伊織、そして目が覚めた私で話し合いをした。
まあ、ほぼ私は目覚めたばかりなのであまり参加していないけれど。
まず、私は少なくとも半日ほど気を失っていたみたいだ。
少なくとも、というのは夕日や伊織がどのくらい気を失っていたかわからないからだ。
ただ、二人が起きても私はどんなに起こそうとしても卵を握ったまま起きなかったらしい。
自分たちがお腹が空いていることから、1日以上は気を失っていたかもしれないとの事。
そのため、食料確保と現状を理解するために夕日が辺りを探索している所、私が目を覚ましたらしい。
そして、ここは迷宮跡地ではなく、その外だということがわかった。
あの光、勇者召喚をされた時と同じような光に包まれて、強制的に外へ転移させられたと考えている。
この森はどこなのか、人里はどこなのかはわからないし魔物も獣もいるけれど自分たちでどうにかできるレベルなので、大きな問題にはならないだろう。
だがしかし、私が問題を抱えていた。
その問題とは私が左手に持つ卵だ。
おそらく、強制転移の原因だと考えられるこの卵は私にとって大問題だった。
この卵は私の体から離れないのだ。
びっくりするくらい離れないのだ。
私が握っているわけでもなく、私の体に磁石の様にくっついている。
ネオジム磁石よりも強く私を離そうとしない。
まあここまででも問題なのだが、それはいい。いやよくないけど。
ちょっと、いやかなり邪魔になるくらいで問題はない。あるけど。
私が問題視しているのはそこではなかった。
この卵、私の魔力をチューチューと吸っているのだ。
漏れている魔力とかそういう事じゃない。
私の体の中にある全ての魔力をからにしようとするが如く吸っているのだ。
おそらく、これが妙に体が怠い原因だ。
おかげさまで私は常に貧血を起こしているかの様に力が入らない。
更に、魔力を吸われているお陰で、私の得意な魔法が使えないのだ。
私がご飯を食べたり、休憩して魔力が回復すれば、すかさずこの卵は回復した魔力をチューっと吸ってしまい、私は脱力する。
これは何という苦行なのだろうか。
永遠にこのままならばかなりまずい。
魔法は使えないし、左手にずっとダチョウの卵を握っているのはビジュアル的にもなんかやだ。
解決法を考えるが、やはり解決には至らなかった。
幸い、弁財天は発動するようで金、銀は操れる。ついでに水も多少なら操れる事がわかったのは不幸中の幸いだ。
「…それで、これからどうしよっか!」
夕日の一言でこれからの行動についての話になる。
今は日も暮れており、焚き火をしながら夕日が取ってきてくれた正常なキノコと鹿っぽい魔物のお肉を伊織が丸焼きにして焼いているところだった。
「んー、どこか向かうにしても、ここがどこなのかもわからないからどうしよう」
火の上で銀の串に刺した鹿肉をぐるぐると回しながら、困り果てたように伊織が呟いた。
「たしかに、少なくともここはまだアムリス帝国の領土内だと思うから、進む方向によっては問題があるかも…それにこの服もどうにかしなきゃ」
適当に進んで帝国の皇城にまで戻ってきてしまえば目も当てられない。
それに今着ているのはワイシャツとスカート、リボン。伊織はワイシャツとネクタイとスラックスだ。
圧倒的に異国人感が漏れ出ていて、誰かに見つかればすぐに帝国へ情報が行きそうな格好をしているのだ。
「大丈夫大丈夫!!私がなんとかしてしんぜよう!!」
夕日が自信満々に胸を張ってそう言ってきた。
「具体的にどうするの?」
「私のスキルを忘れたの?私、運いいからっ!!」
幸運ゴリ押し作戦のようだ。
現状頼るものがソレしか無いのも事実。
私と伊織は呆れ半分にその作戦に乗った。
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