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勇者召喚編
閑話.皇帝に報告。執事とお嬢様
しおりを挟む時は遡り、勇者達が、迷宮跡地の訓練が終わった次の日の夜。
アムリス帝国、皇城のとある一室にて。
「そうか、三人とも死んだか」
その部屋からそんな声が聞こえた。
声の主はアムリス帝国皇帝アルバ=ロルグ=デルセザークその人であった。
皇帝はその三人の遺品であろうボロボロで血まみれの布切れを見ながら言った。
「はい、それとアルベラの[魔法耐性]と[身体強化]が付与された鎧が砕けていました。
苛烈な戦闘の末、相打ちと思われます」
皇帝はその部屋で、男と話していた。
「ほう、アルベラの魔法が付与された鎧を相打ちでも破ったのか。それは惜しい事をしたな」
皇帝は三人の勇者の死亡よりも、その力に興味を示し、顔を歪めた。
「はい、鎧と死体はこちらの方で処分いたしました。
よろしかったでしょうか?」
「何??勝手に処分したのか??」
男のその言葉を皇帝が聞くと、空気が凍りつくように固まり、皇帝からは冷たい空気が流れた。
「はい、死体の状況もかなり悪かったので…」
男はそう言うが途中で話を遮られてしまった。
「馬鹿者が!!!何をしている!?勇者だぞ??勇者の体だぞ!?死体でもなんでも持ち帰るのが当たり前ではないか!!」
皇帝は声を張り上げて、男に向かって机に置いてあった本を投げた。
投げられた本は男のおでこに当てられ、男のおでこからは少しばかりの擦り傷のようなものが見えた。
男はそれに対して何も反応せずに「申し訳ございません」と一言、頭を下げた。
それでも皇帝の怒りは収まりがつかない。
「貴様よくもやってくれたな!!勇者の体は指一本でも貴族が欲しがるモノだ!!伝説上の生き物だぞ??それをよくも貴様は!!!」
皇帝は癇癪を起こすように怒り狂い、男に怒号を浴びせる。
皇帝は武器であり、研究対象であり、伝説上の生き物である勇者を処分すると言うことが信じられなかった。
それほど価値のあるモノであったから。
皇帝の怒号に対し、男はただ「申し訳ございません」と言うだけだった。
実際、今の皇帝に対して、弁明の余地は無い。
帝国にとっての大切なモノが処分されたのは事実で、もう戻ってくることも無いからだ。
「貴様、どう責任を取るつもりだ?貴様はそれでも五帝選の序列二位だ。我が処刑するわけにもいかぬ」
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そこで男は頭を下げたまま皇帝に答えた。
「…レノス王国の村を、二つ潰します」
「…」
「…」
しばらく沈黙が続き、その沈黙によって落ち着きを取り戻し始めた皇帝は言った。
「三つだ。三つ村を潰し、そこの首領の首を持ってこい」
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「代わりはまだいる。だが、次はない。いいな?」
「…は!」
話は終わったとばかりに皇帝は部屋を出て行った。
恐らく息子達に奴隷をあげることができなかった事を報告しに行っているのだろう。
だが、男にとってはそんなことはどうでもいいことだった。
これから男は村を三つ潰さなければいけないからだ。
何百もの命を葬る事に対して考えを巡らせていた。
男は皇帝の足音が完全に聞こえなくなった頃に部屋を出てて行った。
そんな時だった。
「やあ、ベル殿。同じ城にいるのにお会いするのは久しぶりだな」
廊下を歩いていると何処からか声がかかった。
声がかけられた方に振り返ると、壁にもたれかかった女がいた。
女は何やら本を読んでおり、男には目を合わさず話しかけたみたいだ。
「お久しぶりです。アルベラ殿。私はしばらく執事をしていましたし、貴女は研究で地下に居ましたからね」
「ふふ、確かにそうだな。これからどちらへ?」
女は妖艶な笑みを浮かべ男にそう聞いた。
ただ、視線は男には向かず、淡々と本を読んで。
「陛下から勅命を受けたのでその準備を…と言ったところでしょうか」
「準備…か。それでは私は邪魔になってしまったかな」
「いえ、そんなことは」
「そうか。でも、これ以上邪魔をするのもなんだ。私は失礼するよ。遠くへ行く準備も何かと時間がかかるからな」
女はそう言って男の元を去って行った。
知っていたか。見られていたのか。
男は女の言葉を聞き、察した。
事情を知った上で話をかけた女の意図は計り知れないが、先ほどの話を聞いていたことは確信した。
少し、その事について思考したが、今の目的は村を潰す事だと思い、先ほどのことを全て切り去り、足を動かした。
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男の向かった先は皇城から少し離れた場所に建つ塔だった。
鎖でぐるぐると巻かれた扉を鍵を使って開けて、螺旋状に連なる階段を上る。
しばらくすると階段は終着点に着き、その目の前には一つの部屋につながる扉があった。
男はその扉に優しく触れて静かに開けた。
そろりそろりと忍び足のように音を立てずにその部屋に置いてあるベッドへと向かう。
「ベルね…どうしたのかしら?何かあったの?」
男の向かおうとした先に着く前にそこに居るものから話しかけられてしまった。
「皇后様」
男はそこにいた人に対して少し悲しげにそう呟いた。
そこには金色の髪が、月夜に照らされて幻想的に輝き、透き通った白い肌にスラリとした身体つきの皇后と呼ばれる女性がいた。
「やっぱりその声はベルね」
そう言って、皇后はベッドから降りてヨロヨロとベルの元へ向かいベルの体をペタペタと触る。
「ふふふ、やっぱりベルだわ。あら?このおでこの傷は何かしら?また何処かでやんちゃして転んだの?」
皇后はペタペタとベルを触るうちにおでこの傷に気づいて心配するように聞く。
「皇后様。私めの事はどうかお気になさらないでください。それよりも皇后様は盲目の身。どうか安静にするようお願い致します」
皇后は目が見えていなかった。
「もう、そんなつれない事言わないの。ベルは私の元執事でしょう?
それに皇后様だなんて…昔みたいにレアお嬢様って言ってくれてもいいのよ」
皇后は男の両頬を抑えてじっと男を見つめる。実際には見えているわけではないけれどベルの心は揺れて体が勝手に後退していた。
「なりません、皇后様。さあ、ベッドへお戻りください」
男は心の動揺からでる感情をなるべく相手に悟られぬように平坦な口調でそう呟く。
それに対して皇后は頰を膨らまして…
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と呟く。
ベルは両頬に抑えられた手を上から握り、その手を引いてベッドへ導こうとする。
だが。
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といって、掴まれていた腕を振りほどき、あろうことかその場でクテンっと前転し始めた。
流石のベルもその光景に一瞬呆然とするも、心を現実に無理やり引き戻して止めにかかる。
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そう言って満面の笑みを浮かべながらベッドへ座った。
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男はそう言った。
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「…そう」
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男は黙ってその体を預け、しばらくの間背中をさすられた。
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男の顔はだんだんと張り詰めた顔から力が抜け、優しい顔になっていった。
・
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・
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません」
「ふふふ、いいのよ、ベルは私の元執事でしょ?見苦しいところなんて今まで何度も見てきたわ」
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・
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「それでは失礼いたしました。皇后様」
男はそう一言放ち塔から出て行った。
取り残された皇后の顔は何処か寂しさを帯びていたのを男は知らない。
男はしばらく皇城で準備をしてレノスへと消えていった
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