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勇者召喚編

15.武士の秘密。剣が握れない

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 僕の名前は宮本みやもと 伊織いおり

 母、宮本 風音かざねと父、宮本 忠一ただかずの間に産まれた一人だ。

 伊織という名は母上がつけてくれた名前で僕はこの名が気に入っている。

 僕の実家は剣道場だった。

 僕が物心つく頃にはおもちゃよりも先に木刀を持っていたくらいに僕は剣道が好きだった。


 剣を振るえばいつも母上と父上が褒めてくれた。

 褒めてくれるのがとても嬉しくてさらに剣道が好きになっていった。


 小学生の部の剣道の大会では1年生の頃に6年生を破り優勝できた。

 僕には剣の才能に恵まれていたらしかった。

 優勝すると、父上と母上がさらに褒めてくれて撫でてくれた。
 お陰で更に励むようになり、僕は町のちょっとした有名人になった。

 自分が褒められると、剣道や父上や母上が褒められているように感じてとても嬉しい。



 こんな幸せがずっと続いてくれればいいと思ってた。



 思っていたのだ。



 僕が中学生になった頃それは起きた。


 最初はとてもささやかな変化だった。

 自分の体に違和感を持つようになった。

 他の男友達が持ち上げているダンベルが持ち上げられないとかそれくらいのズレ。

 そのズレがどんどんと大きくなっていったのは中学1年生の後半だった。

 体格に差がで始めた。

 僕の腕はいくら剣を振っても細いまま。
 なのに他の友達は振れば振る度に逞しく大きくなっていくのだ。

 代わりに僕は胸が大きく重くなっていった。

 その頃から僕は友達に力で押されて負けることが増えていった。


 父上や母上は気にしなくていいと言うが僕はそれが悔しくて悔しくてたまらない気持ちになった。

 僕はどうして男に生まれてこれなかったのだろうかと枕を濡らしたこともあった。

 力で組み伏せられて負けることは今まで僕が純粋に培ったものを全て否定しているように感じた。


 そんな僕に追い打ちをかけるように、優しかった母上は通り魔に刺されて亡くなった。

 買い物に行く途中の道でナイフで一突きにされたらしい。すぐに犯人は捕まったが、永遠に母上が僕の手を握ってくれることも頭を撫でてくれることもなくなった。

 僕はしばらく部屋に引きこもり涙を流した。
 どうして母上なのだと。なぜ他の人じゃなかったのかと。そんな醜い考えが頭を何度もよぎった。


 そんな僕の涙も僕の部屋を叩くノックオンで一気に引いた。

 僕の部屋の襖が勝手に開かれた先には父上が立っていたから。

 父上は見たこともない酷く憔悴しきった顔で僕を制服に着替えさせて車の中に入れた。


 車の先は葬式場。

 僕は涙を流し母上に別れを告げたが、父上は違った。

 母上の顔を見た父上の顔は無表情だった。

 何も視界に捉えていないような無機物な瞳。感情が全て抜け落ちたような表情。

 僕はそんな父上の顔を見て、心が痛くなると同時に自分がどうにかしなければいけないと思った。



 その日からの父上は180度、人が変わった。

 剣道の道場をやめて、ロボットのように過ごしていた。
 そこに優しく微笑み褒めてくれた父の姿はなかった。



 そんな生活をしばらく続けていた父はある日突然、僕を道場へと連れて行った。


 もしかしたら、父上は前のように戻って、剣道を教えてくれるのかもしれない。
 また、前のように笑ってくれるのかもしれない。

 そう思った。


 父上は僕を道着に着替えさせ、二本の木刀を渡した。

 一本は太刀のように長い木刀、もう一本は小太刀のように短い木刀だった。

 父上も同じように二本の木刀を握ると、突然僕に斬りかかってきた。


 大人と子供、その力は圧倒的で、僕はその二本の木刀で父上に殴られ続けた。

 気を失い目覚めるといつも僕は部屋で目覚める。
 傷跡が残り青タンが体には沢山あって痛かった。

 だが、その時以外の父上は普段と変わらずロボットのように生活していた。


 そんな日々が毎日続けられていた。


 毎日それがやられるたびに僕は二本の木刀で父上の攻撃を防ぐ。

 それでも体格差や力、技術全てが上の父上には僕の防御など意味をなさず、殴られ続けた。

 とても痛かった。とても辛かった。それでも僕は逃げ出さなかった。

 いつかあの優しかった頃の父上に戻ると信じていたから。


 そんな日々を続けて、中学三年生になった。

 僕は避けるのがうまくなった。何度も何度も殴られて、ついに父上の剣を見切ることができた。


 ついにはこの時間全ての父上の剣を見切って当たらずに避けることができるようになった。


 これで、父上は褒めてくれる。


 そんな気持ちが膨らみ、僕は父上を見た。


 だがそんな膨らんだ気持ちも風船のようにあっけなく弾けて消えた。


 父上の瞳には僕が映っていなかったから。


 それは、葬式で母上を見ていたあの無機物のような瞳だったから。


 僕は父上をこの時に怖いと思ってしまった。

 もう、父上は死んでしまっているのではないのかと。

 目の前にいる父上を見てそう思った。

 しばらく父上が僕の、前に立ったあと、道場の奥へ入り、あるものを二本の取り出した。


 それは真剣だった。

 太刀と小太刀。

 その二本を父上は持ち、僕に斬りかかってきたのだ。


 僕は避けようとするが、真剣を見て足が竦みうまく避けることが出来なかった。

 僕の脇腹に切り傷が入り、血が流れた。

 僕が避けなければ確実に死んでいた。


 そう頭で理解するのは一瞬だった。


 父上の瞳には何も映らない。


 脇腹を抑えている僕に刀を振り上げた。


 僕はその時やっと理解した。


 父上は母上が亡くなった時にもうすでに死んでしまっていたのだと。

 今そこにいるのは父上の抜け殻だと。

 そんなことを思い、同時に、はっきりと死の恐怖を感じた。

 この人にはもう情けなどないから、自分の子供を簡単に切り捨てられるのだと。


 僕の中にあったものがボロボロに崩れ去って僕は刀を振り上げた父上から逃げた。


 血が滲み道着は赤く染まっていた。

 そんなのも無視して僕は道場から飛び出して外へかけた。


 必死に走った先は祖母の家であった。


 その後どうなったのかはあまり覚えていない。


 病院で目覚めると祖母がいて、そこからは祖母の家で暮らすことになった。


 父上がどうなったのかは知らない。


 その日以来、僕は刃物を握れなくなった。


 木刀も包丁も握れなくなった。


 母上はナイフで刺され、父上には刀で殺されかけた。


 僕は僕の大切な人を奪った刃物は嫌いになった。

 それと同時にひどく恐ろしいものに見えて体が竦んで動かなくなった。



 祖母としばらく過ごし、中学を卒業して、高校はここから少し離れた場所へ行くことになった。


 これを機に今までの自分をバッサリと捨てようと思った。


 髪は適当に短く切ってもらい、自分の女という性別も胸にさらしを巻いて消し去った。


 僕は男として高校に入学した。



 そして僕は異世界へ召喚された。

 

 
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