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勇者召喚編
5.一人の乙女。一人の時間はやっぱきつい
しおりを挟む「この石に触りながら、俺の質問に答えてもらう。いいな?」
兵士は台に置かれている赤い石を指差してそう言った。
「わかりました」
そう言って私は赤い石にピトッと指先だけ軽く触れた。
兵士は触っているのを確認してメモを取り出した。
「お前が持つスキルを全て言え」
「はい、瞬間記憶とアイテムボックスと料理です」
「…スキルは3つだけか?」
兵士は一瞬私をジロリと睨み、赤い石に目を向ける。石は光っていない。
「これは少ないのでしょうか?」
「…まあいい、質問は終わりだ。行け」
兵士は私の質問には答えずにサラサラとメモを取ってあっちへ行けと促される。
促された方向には扉があり、別室に向かわせられるのだろうと考えられる。
言われた通り、行けと言われた方向に行く。
私は歩きながら、小さく笑みを浮かべた。
私の推測が正しければ、あの赤い石は嘘発見器だ。
あの石は嘘をつくと光るという効果があるものだと思う。
私は手持ちスキルを瞬間記憶とアイテムボックスと料理だと答えた。
結果、石は光らなかった。
嘘発見器にも回避方法がいくつかある。
例えば、嘘発見器にかけられる質問を聞かなかったり、質問の意味を自分の都合のいいように曲げて答えたりなど方法は割とある。
今回、嘘発見器を回避した方法は先程あげた方法の後者に近いことをした。
しかし、質問の内容は「自分の持つ全てのスキルを言え」という内容だ。シンプルで曲げづらい質問だった。
だから私は『演技』をした。
自分の持つスキルは3つなのだと、自分で自分を騙して質問を切り抜けた。
まあ、実際のところ賭けだったけど。
あれが嘘発見器なのは十中八九間違いない。
でもあの石がどの原理で嘘を弾き出しているのかが未知数なので、私が『演技』をしても石が光る可能性もかなり高かった。
まあ、もしもばれても前の男の子が少し怒られてただけみたいだったからばれたら正直に言おうとは思ってたけど。
だがうまく回避できた。意外とちょろかった。
これが天才子役の実力よ!!オホホホ!!
そんなことを考えて歩いていると、あっという間に扉の前に立った。
私がその扉のドアノブに手をかけようとしたとき、先に内側から誰かが扉を開けたようで、勝手に扉が開いた。
私は扉を開ける動作をやめて、扉を開けた主を見る。
そこにはニコニコと笑顔を浮かべた、ザ・執事!!というような格好をした男の人が立っていた。
「はじめまして勇者様。この度より勇者様専属の使用人となりましたベルと申します。
早速ですが勇者様を部屋までエスコートさせてもらってもよろしいでしょうか?」
男、ベルは私をまるで主人とするかのように胸に手を当てて、目を伏せてそう言った。
「は、はい」
あまりにも突然な事なので思わず「はい」と答えてしまった。
今日はもう驚かないつもりでいたが不覚だ。
ベルは「ではいきましょう」といって、私の手を取ろうとしたが、私は反射的に引っ込めてしまった。
それでも、ニコニコ笑顔なベルは私の歩行速度に合わせて斜め前を歩いて、私を先導していく。
「勇者様、今後の予定をお話しします」
お城を歩いている途中、ベルが今後の予定を話してくれた。
これから私は部屋で数時間か待って、夜にクラスの人達と食事をするらしい。
私達が召喚されてだいぶ時間が経っているのかこの世界と前の世界の時間が違うのかはわからないが、時間はお昼を過ぎて夕方に差しかかろうとしていた。
「それと、明日の予定なのですが、お昼頃から訓練を予定しております。
それまでは城内でしたら私の目が届く限り自由に動いていただいて構いません」
「は、はい。わかりました」
そんなやりとりをしていると、私がこれから使う部屋についたようでベルが扉の前でピタッと止まった。
「こちらが勇者様のお部屋です」
そう言ってドアを開けた先に広がるのは、物語の貴族が住んでいそうな豪華な部屋だった。
いや、部屋自体はそこまで広い!ってわけではないのだが、天蓋付きの大きなベッドや高そうな棚やテーブルが置いてあるのだ。
でも大きなベッドがドンっと置いてあるからそこまで広い印象がないだけでこのベッドが無ければものすごく広い気がしないでもない。
というかこの部屋なんか豪華すぎじゃない??勇者全員がこんな高そうな部屋で寝泊まりできるの??
帝国財力ハンパない!!
「勇者様?」
「……は!な、なんでもないです」
部屋のことに関して考えすぎて足が止まってしまっていた。
私は慌てて部屋の中に入るとベルは中に入らずに外に佇んでいた。
「では、勇者様。食事の際は私がお声がけしますのでご安心してお休みください。私は基本的に扉の外にいますので、有事の際はいつでもお呼びください」
そう言ってベルは静かにドアを閉めて部屋には私1人となった。
私は改めて部屋を見渡す。
この部屋は豪華だ。外には使用人がいて困った時には助けてくれる。
何不自由のない生活ができそうだ。
部屋には日用品もたくさん置かれているし、前の世界と同じように部屋には光が付いている。電気ではなく恐らく魔法だろうが。
そんな、一見便利に見える空間だがとてつもない違和感がある。
窓が無いのだ。
まるで外の様子を、絶対に見せないかのようにしている。
私にはここはちょっと便利な牢獄にしか感じない。側にはずっと使用人がいる。
保護だなんだと言ってはいたが、まるで家畜の様な扱いを受けている気がしてならない。
帝国は明らかに怪しい。
信用ができない。一体何を考えているかはまだわからない。
「考えなきゃ……でも…今は…今だけは…いいよね…」
私はその一言を皮切りに、膝の力が抜けて地面に手をついた。
私の息が荒くなる。
私はこの瞬間『演技』をやめた。
今まで起こった現実が刃の如く私の体を突き刺し、切り裂いていた。
ここは前の世界では無い。
こんな非現実な結論が現実になってしまった。
今まで帰ってきた家も…
今まで父や母に向けられてきた笑顔や言葉も…
今までしてきていた全ての行いも…
今は全部が非現実。
そして…私の大切な人も…
「ゔっ……おぇぇ」
泣かないと決めたのに。ゆうたと会うまで泣かないと決めていたのに。
私の目の前に光っていたわずかな希望も消えてしまった。
「私…何のために生きているのか…わかんないよ…」
今まで蓋をしていた後ろ向きな気持ちと涙が止まらないほどに溢れた。
私は涙が枯れるまで声を殺して泣いた。
泣き続けた。
いつか時間は経ち涙が枯れた。
相変わらず体の力は入らない。
身も心も絶望感に打ちひしがれていた。
私はベッドの側面に寄りかかり、糸の切れた人形のように虚ろな瞳でどこかを見ていた。
私は絶望している、絶望しきっている。私の中に灯っていた小さな光も消え。生きる希望も失った。
なのに……
どうして…
どうしてゆうたを感じてしまうの…
わかってる。この世界にいない事はわかっているのに。
繋がりがなくなったとわかっているはずなのに。
希望は潰え絶望だけが残った私の体に私の甘い理想がナイフのように突き刺さる。
コンコン
「勇者様。食事の準備ができました」
ベルからの声がかかる。
私は立ち上がり眼鏡をかける。
床に散らかった液体を無視して進み、ドアを開けて食事へ向かった。
体に刺さったナイフを無視して。
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