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帝国暗躍編

14.闇照らす月。帝国の胎動

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 教会の事件から五ヶ月が経とうとしていたある日ーー

 俺は〈センス〉で物思いにふけっていた。

 教会の事件から色々あったなぁ。

 俺はニルファさんに一ヶ月冒険禁止令を出されて二週間が経った頃を思い出す。

 まあ、冒険禁止令とは言っても冒険者の依頼は受けてもいい。冒険者見習いが受ける依頼つまり鉄級の依頼だけだけどな。

 俺は外に出たくてうずうずしすぎて頭がどうにかなりそうになっていたある日。
 俺は鉄級の依頼をこなして、その報告の為にギルドへ向かい歩いている時だった。

 マードさん達"叫びの剣"が俺に話をかけてきたのだ。

 マードさんは俺に言った。

「隠れて外で魔物を一緒に狩らないか?」と。

 どうやらマードさんは俺がここ三日、依頼の掲示板を見てため息を吐いているのを見ていたらしい。
 冒険禁止令を出され鉄級の依頼しか受けられない俺に話をかけてくれたのだ。

 俺はこの魅力的なお誘いにとても乗りたかった。
 だが乗ることはできなかった。
 何故ならニルファさんはギルド受付だからだ。
 銅級以上の依頼はどの依頼を持って行こうがギルドは受付てくれないのだ。

「魔物討伐……めちゃくちゃ行きたい!…です…でも無理なんですよ…俺が依頼を持っていくと皆んな依頼を受けさせてくれないんです…」

 俺も可能ならば行きたい。俺の職業は冒険者だ。冒険ができない冒険者なんてそれは泳げない魚と同じだ。
 それに冒険しないと体がムズムズする。
 ここ二日間頭の中は冒険の事で胸がいっぱいだった。

 ワーカーホリックとか言うな。

 そんな思いがあってか切ない声でマードさんに冒険ができない事を言った。

 そんな俺の思いを受け取ったのかマードさんは手を俺の肩において微笑みながら言った。

「ゆうた君。依頼は"叫びの剣"が受ける。どうだい、今日だけ"叫びの剣"に体験で入ってみないか?」

 俺はその言葉を聞いて俯いていた顔を上げた。

「マードさん…」

 この人達はどれだけ優しいんだ!!!!神か!神なのか!!!!

 その言葉は俺にとってまさに渡りに船!!!

 俺はあげた顔でマードさんの顔を見るとニコッと笑いながらサムズアップしていた。

 くっ!!眩しい!!眩しすぎる!!

 そんなこんなで俺と"叫びの剣"は魔王城ギルドへ向かった。



 魔王城ギルドに着くと俺は外で待っている。
 魔王ニルファさんに見つかれば世界の崩壊を招きかねない。
 あらかじめ、どの依頼を受けるかを決めてそれを"叫びの剣"が受ける。
 そして俺も一緒に魔物討伐って算段だ。

 考えただけでもワクワクするぜ!!!

 はぁ、早く外に出て原っぱをスーハーしたい。自由を手にして大空へ羽ばたきたい!!そう!俺にとって依頼の紙は希望へ向かう切符なんだ!!

 そんな事を考えながらグヘグヘと笑っているとマードさん達が出てきた。

「マードさん!!依頼の方どうですか?無事受けられましたか!?」

 早く外へ行きたい一心で俺はマードさんに聞いた。

「……」

「あれ?マードさん?」

 マードさんが俯いたまま答えてくれない。

 俺は嫌な汗を流しながらハラストさん、オーネスさん、カルロンさんを見た。
 全員が俯いたまま言葉を発しようとしない。

 沈黙が訪れ、嫌な空気が流れ出した。


 しばらくするとマードさんは唇をプルプルとさせながらか細い声を出した。


「…すまない。ゆうた君…」

 そう一言だけ発した。

 ハハハ。

 俺もバカじゃない。こんな言葉聞けば察しはついた。依頼は受けられなかったんだと。

「いや、気にしないでください。元々受けられないかもしれないと思ってましたし!大丈夫ですよ!」

 マードさんは善意で俺に依頼を一緒に受けないかと言ってくれた。魔王ニルファさんと戦った仲間を称賛こそすれ文句など誰が言おうか。いや、言うわけがない。

「…いや、その事じゃないんだ…本当に…すまない」

 マードさんは消え入りそうな声で、自分は大罪を犯したような顔で俺に謝ってきた?

「…マード…さん?」

 俺はマードさんの様子がおかしいので声をかけた。だがその答えは返ってくることはなかった。

 マードさん達は走って何処かへ行ってしまったからだ。

 そして俺は追いかけることもできなかった。
 何故だか?それは簡単なこと。

「ゆーうーた♡」

 小鳥のさえずりの様に美しい声で俺の名前を呼ぶ声が聞こえたからだ。

 俺は振り返ってはいけない事を確信して逃げようとした。

 それは叶わなかった。

 俺の肩を誰かがガッと掴んだからだ。

 俺は壊れた人形の様に首を回した。

 そこにはニルファさん。じゃなかった魔王がいたからだ。

 魔王様は希望へ向かう切符を片手に持ち、誰もが見惚れる様な美しい笑顔を俺に向けた。きっとこの笑顔を見た人達は今日一日幸せな気分で過ごせるだろう。俺以外。

「どおしてこの依頼を受けようとしたのかな?」
 魔王様が笑顔で俺に聞いた。

 俺は冷や汗をダラダラと垂らしながら勇気を振り絞って答え…れない。怖い。

「マードさんがね。言ってたよ。ゆうたに頼まれて依頼を受けようとしたって」

「え?」

 仲間は裏切りを発動した。

 おい!!待て!!!マードこのやろう!!

「それよりも…」

 グシャッ!!

 あぁ…希望へ向かう切符が!!

「ちょっと、お話ししよっか!」

 この日、俺は知った。姉の言うことは絶対。姉は怒らせてはならない生物だと。約束は破ってはいけないものなのだ。

 あ、もちろん裏切り者マードの事はチクりましたぜ。ケケケケッ!!
 怒られた後の野郎の顔を見た時は胸がすっと引きやしたよ。ケケッ!!

 まあ、そこからは何事もなく今まで月日は流れた。

 ふつうに今は冒険しているし、マードさんも生きてる。

 ああ、そういえば、二ヶ月前にニルファさんのアパートから引っ越した。

 引っ越し先はなんとスラムだった。

 王都では建物を建てる事が出来ないというルールになっているので、国が整備出来ていないスラムに〈センス〉置いた。
 しっかりと権利もニルファさんが申請して取ってくれたので犯罪ではない。

 アパートから〈センス〉に移動したことで暮らしやすさがだいぶ違う。まあ少々治安が悪くてギルドまで遠いがニルファさんも俺も結界魔法を心得ているので大した問題にはなってない。

 と言うかここ最近、治安は全然悪くない。スラムの子供や周りの奴に親分と言われているくらい治安がいい。
 色々したからかな。

 そうやって前の事を考えながら俺は窓からシシオウと空を眺めていた。

「シシオウ、今日の夜空は綺麗だな」

「グゥ」

「そうだな。月も綺麗だ。明日の夜は満月になりそうだな」

「ガァ」

「明日は俺がシューニャに迷い込んで七年になる日だ。お前と俺が出会って七年になるんだぞ!すごいなー!」

 そう言って俺はシシオウをわしゃわしゃする。
 シシオウは巨大な羽が生えたライオンだ。

 もふもふ、ふわふわで触っていて気持ちがいい。

「ふぅ…明日で七年…か…」

 一通りわしゃわしゃとした後、再び空を眺めてそうこぼした。

 俺は夜空を見て思う。
 もう会えない人の事を。

「グゥ…」

 おっと、シシオウに心配されてしまった。

「よしっ!寝るか!!」

「ガゥ」



 そう言って俺とシシオウは抱き合いながら意識を落とした。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 場所は変わりここはアムリス帝国、皇城のとある場所。

 太陽が沈み、草木すら眠る時間。

 そこには、帝国の皇帝と聖教国の教皇が二人、佇んでいた。

 月の光のみが差し込める場所で二人の影は怪しく揺れ動いていた。

「ついに…ついにこの時が来るのだな」

 そう呟くのは皇帝アルバだった。

 アルバの野望の一歩は明日の勇者召喚によって踏み出される。今まで幾度も夢にまで見た事がまさに現実となるのだ。
 アルバは今までの人生。いや、これからの歩む人生でもこれほどの血の滾り、昂りを見せないだろう。初めて女を抱いた時、初めて殺しを味わった時、そんなものとは比べ物にならないほどの昂りだった。

「その様だ。何人かの占い師にも確認させた。間違いなくエクリプスは訪れる」

 冷静を装いそう言ったのは教皇クリントン。

 彼もアルバ同様今までにないほど血が滾っていた。彼は表情や声を感情的に出さない男だ。だが、今の彼を他のものが見れば明らかに冷静ではないのがわかるほど声は高くなっていた。

 お互いそれ以上の言葉を発さずにただ月を眺めていた。


『勇者召喚』


 それは、聖教国に伝わる秘術だった。

 『勇者物語』という物語の本がある。
 
 その本には満月の夜。流れ星と共に勇者が現れ人類の絶望的な危機から世界を救う物語が描かれている。

 シューニャの世界のものならば誰もが知っているおとぎ話の伝説。

 誰もが子供の頃に聞かされ。男ならば勇者に。女ならば姫に憧れを抱くものだ。

 この世界の若者で冒険者を志すものは少なくとも勇者に憧れを抱いている。

 その証拠にパーティの名前には流星や星屑といった名前がチラホラと存在する。

 誰もが伝説の勇者になる事を夢見ているだろう。

 誰も勇者になる事が出来ないとも知らずに。

 勇者はこの世ならざる絶大な力を振るう事ができると言われている。

 当たり前だ。ではないのだから。

 勇者はこの世界の人間ではない。

 シューニャの人間では絶対になる事が出来ないのだ。

 このおとぎ話に出てくる流星とは「勇者召喚』で間違いはない。

 だがそんなぶっ飛んだ話は誰も信じないだろう。異世界。それこそ御伽中の御伽。
 
 だが、ここにいる二人は真実にありついたのだ。勇者物語は真実であり、『勇者召喚』もまた真実なことに。



 それは聖教国に伝わる秘伝の魔術書に綴られていた。

 陣もめちゃくちゃで、意味のわからない記号が散りばめられている魔法陣。
 そして厳しい条件。更にそれに使う莫大な力。

 どれを取っても現実では信じがたいものだったが。

 この二人は成功させようとした。

 聖教国は魔法陣。帝国は召喚に至る為の力を持っていた。

 それは必然的に絡み合いここまで来たのだ。

 二人は長い間、様々な準備をしてここまで来たのだ。

 そしてようやくその野望の一歩を踏み出すことができる。

 誰も二人の昂りを止められるものはいない。

 二人はそんな事を考えてか。醜い笑みを浮かべ。ほんの少しかけた月を眺めていた。
 
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