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お前ここで死んでたよな
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◎お前ここで死んでたよな◎
近所に住む友人のAは、昔から遅刻癖のある男だった。五分や十分ではなく、三十分遅れが当たり前で、彼と約束をする時、私はいつも彼に合わせて遅れて行くことがほとんどだった。
ある日、そんなAから遊びの誘いが来た。お互いもう二十も超えたのだから飲みにでもいくのかと思ったのだが、近所の空き地に集合だ、とAは言ったのでどうやらそうではないらしかった。
集合時間は十六時にした。
どうせ二、三十分は遅れてくるだろう。そう思って私も二、三十分遅れて空き地に向かった。
すると、驚いたことにAが私を既に待っていたのだ。派手な黄色いTシャツを着たAは、遅刻してきた私を見るなり、ほくそ笑んだ。
こんなことは、初めてだった。
「どうした。お前の方が早いなんて珍しいな。これから雪でも降るんじゃないか?」
「見せたいものがある」
私の冗談にもAは反応をせず、それだけ言ってくるりと背を向けて歩き出した。
「おいおいどこへ行くんだ」
私が呼び止めても、Aは何も言わず進んで行く。
「いいからいいから。こっちだよ」
Aは遅れて返事して、そのまま近所の山に入って行く。
草は伸び放題で倒木もそのままで、登山をするような山ではないこの山に入る者はまずいない。
それでもAは迷うことなく道なのかどうかすら分からない山道をずんずんずんずん進んで行く。
「おい。どこまでいくんだ」
どういうつもりかは知らないが、あまり奥へ行くと戻れなくなる。私はAを呼び止めようとしたが、Aは構わず進んでいく。
「もう俺、帰るぞ?」
流石に付き合っていられない。呆れた私がそう言って引き返そうとした時、Aは突然、開けた場所で立ち止まった。
そして振り返りもせず、大きな倒木のあたりを指を差して声を張り上げこう言った。
「ここだよここ。ここでお前が死んでたんだよ」
さっきまで黙りこくっていたAが興奮気味に一体何を言っているのか理解出来なかった私は、ただただ呆然としたように黙ってAを見つめていた。
すると、Aは繰り返した。
「なぁ。お前ここで死んでたよな?」
Aは私に確認するように言った。ふざけているなら突っ込んでやろうと思ったが、どうもそういった様子ではない。
私はだんだんAの挙動が恐ろしくなってきた。
「俺、見たんだよ。なあ。なあ。だからさあ──」
Aは過呼吸に陥ったように肩で息をしながら言葉を吐き出す。
「──お前、誰だ」
Aの頭がぐりんと私の方を向く。
その瞳の焦点が私に定まっていないのを見た時、私は背筋にゾッと寒気を感じ、すぐさま来た道を引き返した。
友人を山に置いていくことについて何にも考えが及ばなかった。目の前にいるのが、とても友人には思えなかったのだ。
私は転がるように山を降りた。
理解ができない。全くもって理解ができない。
悪戯ならば、本当にタチの悪い悪戯だ。冷静になり始めていた私は半ばさっきの状況に苛立ちを覚えながら自宅に向かっていた。
だが、私が空き地の前を通りがかった時、もっとタチの悪い悪戯が待ち受けていた。
「おう!遅いじゃんか!」
空き地の中の日陰にAがいたのだ。
Aは黒いTシャツに灰色長いズボンをはいている。山の方からやって来た私を不思議そうに見つめていた。
あまりの出来事に私は声が出せなかった。
今度こそ、理解ができない。
「なんだ?お前の方が遅れるなんて珍しいよなあ」
Aはヘラヘラ笑っている。
「なあ、お前。お前さっき山にいったろ?」
私は声を震わせ尋ねた。
「はあ?山?山って?」
Aは何がなんやら分からんと言った顔をしている。
Aは嘘が下手くそだ。どうやら本当に知らないらしい。
「俺も今さっき来たとこだからさあ別に言い訳しなくてもいいぜ?早くいこう」
Aはそう言って空き地を出て駅の方へ向かって歩き出した。
私はAに着いていきながら、ゆっくりと後ろの山を振り返った。
荒れた山。あの山の中に、まだAの姿をした別の何かがいるような気がした。
そしてふと、私は考えた。目の前にいるAが本当に本物なのだろうか、と。
近所に住む友人のAは、昔から遅刻癖のある男だった。五分や十分ではなく、三十分遅れが当たり前で、彼と約束をする時、私はいつも彼に合わせて遅れて行くことがほとんどだった。
ある日、そんなAから遊びの誘いが来た。お互いもう二十も超えたのだから飲みにでもいくのかと思ったのだが、近所の空き地に集合だ、とAは言ったのでどうやらそうではないらしかった。
集合時間は十六時にした。
どうせ二、三十分は遅れてくるだろう。そう思って私も二、三十分遅れて空き地に向かった。
すると、驚いたことにAが私を既に待っていたのだ。派手な黄色いTシャツを着たAは、遅刻してきた私を見るなり、ほくそ笑んだ。
こんなことは、初めてだった。
「どうした。お前の方が早いなんて珍しいな。これから雪でも降るんじゃないか?」
「見せたいものがある」
私の冗談にもAは反応をせず、それだけ言ってくるりと背を向けて歩き出した。
「おいおいどこへ行くんだ」
私が呼び止めても、Aは何も言わず進んで行く。
「いいからいいから。こっちだよ」
Aは遅れて返事して、そのまま近所の山に入って行く。
草は伸び放題で倒木もそのままで、登山をするような山ではないこの山に入る者はまずいない。
それでもAは迷うことなく道なのかどうかすら分からない山道をずんずんずんずん進んで行く。
「おい。どこまでいくんだ」
どういうつもりかは知らないが、あまり奥へ行くと戻れなくなる。私はAを呼び止めようとしたが、Aは構わず進んでいく。
「もう俺、帰るぞ?」
流石に付き合っていられない。呆れた私がそう言って引き返そうとした時、Aは突然、開けた場所で立ち止まった。
そして振り返りもせず、大きな倒木のあたりを指を差して声を張り上げこう言った。
「ここだよここ。ここでお前が死んでたんだよ」
さっきまで黙りこくっていたAが興奮気味に一体何を言っているのか理解出来なかった私は、ただただ呆然としたように黙ってAを見つめていた。
すると、Aは繰り返した。
「なぁ。お前ここで死んでたよな?」
Aは私に確認するように言った。ふざけているなら突っ込んでやろうと思ったが、どうもそういった様子ではない。
私はだんだんAの挙動が恐ろしくなってきた。
「俺、見たんだよ。なあ。なあ。だからさあ──」
Aは過呼吸に陥ったように肩で息をしながら言葉を吐き出す。
「──お前、誰だ」
Aの頭がぐりんと私の方を向く。
その瞳の焦点が私に定まっていないのを見た時、私は背筋にゾッと寒気を感じ、すぐさま来た道を引き返した。
友人を山に置いていくことについて何にも考えが及ばなかった。目の前にいるのが、とても友人には思えなかったのだ。
私は転がるように山を降りた。
理解ができない。全くもって理解ができない。
悪戯ならば、本当にタチの悪い悪戯だ。冷静になり始めていた私は半ばさっきの状況に苛立ちを覚えながら自宅に向かっていた。
だが、私が空き地の前を通りがかった時、もっとタチの悪い悪戯が待ち受けていた。
「おう!遅いじゃんか!」
空き地の中の日陰にAがいたのだ。
Aは黒いTシャツに灰色長いズボンをはいている。山の方からやって来た私を不思議そうに見つめていた。
あまりの出来事に私は声が出せなかった。
今度こそ、理解ができない。
「なんだ?お前の方が遅れるなんて珍しいよなあ」
Aはヘラヘラ笑っている。
「なあ、お前。お前さっき山にいったろ?」
私は声を震わせ尋ねた。
「はあ?山?山って?」
Aは何がなんやら分からんと言った顔をしている。
Aは嘘が下手くそだ。どうやら本当に知らないらしい。
「俺も今さっき来たとこだからさあ別に言い訳しなくてもいいぜ?早くいこう」
Aはそう言って空き地を出て駅の方へ向かって歩き出した。
私はAに着いていきながら、ゆっくりと後ろの山を振り返った。
荒れた山。あの山の中に、まだAの姿をした別の何かがいるような気がした。
そしてふと、私は考えた。目の前にいるAが本当に本物なのだろうか、と。
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とても、怖かったです。続きが気になります‼️
梅酒さん、感想ありがとうございます!!😭
聞くところによると、この男性はのちにこの家を売り払ったそうです。つまりこの家は空家になったんです。
ですが、この家の前をよく通る近所の方曰く、玄関の前に人が立っているのをたまに見かけるとか…。
これ以上は深入りしない方が良さそうですねっ!