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第一部 第六章
23 小さな光の中で。
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賑やかな食堂の脇を抜け、訓練場を真っ直ぐ突き抜ける。
「ヨウ、宴会出なくていいの? 副長官なのに」
暗闇の中を歩きながら、佐知子がヨウの背中に問うと、
「抜けてきた……あんまり…………戦のあとの宴会は好きじゃないんだ……」
すると、そんな言葉が返ってきた。
「…………」
佐知子は少し瞳を見開き、嬉しくなってほほえみ顔をうつむけた。
ヨウの真意はわからないが……自分と同じような気持ちだったら嬉しいと思った。
そのまま広い訓練場を歩いていくと、火を焚いて明るくし、門番のいる裏門についた。
「開けてくれ……」
ヨウが言うと門番が敬礼して門を開く。
(遠くからこの門見たことあるけど……どこに続いてるんだろう……)
そう思いながら裏門を通りヨウと出ると、暗くてよく見えないが、そこはおそらく広大な畑だった。腰ほどの何か植物が生えている。
「足元、気をつけろよ……」
「う、うん」
そう言われ、下を向きながらヨウの後について行く。
そうして着いたのは、川のほとりだった。
すぐ側を少し大きな川が流れるそこは、ほとんどが岩と乾いた大地のここ一帯には珍しい、草が生い茂っている。
「わっ!」
すると近づいて気づいたが、生い茂った草や水辺にたくさんの緑や黄緑の小さな光を見つけた。
「凄い! 綺麗!! 蛍!?」
「ホタル……? は知らないが、ヒカリ虫だ。今の時期ここら一帯にいる……」
「へー、すごーい! きれいだねぇ~!」
ヒカリ虫と呼ばれる虫は、水面や草の間、空中を舞う。
雲が切れ、出てきた大きな白い月の光と、月の光を受けてきらきら反射する水面の風景もあり、幻想的な光景だった……。
「ありがとう! 連れて来てくれて!」
水辺ギリギリまで行って眺めていた佐知子は、振り返りお礼を言う。
「いや……」
「…………」
しかし振り返って、佐知子は表情を失った。
今まで暗闇で見えなかったものが、満月に近い白い月明かりに照らされようやく見えた。
ヨウは茶色いゆったりとしたストレートのズボンと、白い半袖を着ていた。そして、右手首から肘まで包帯を巻き、顎が細くなり、痩せ、疲れた顔をして、見える部分の顔や腕には、切り傷が至る所にいくつも出来ていた。
「…………」
佐知子は言葉を失くす……何故、昼間気づかなったかったのか……呆然として……涙が滲んできた。そして、
ごめんなさい。
その言葉が、自然と佐知子の心に浮かんだ。
ごめんなさいと、ひたすら謝りたかった。
ヨウのその顔、その姿を見たら、ひたすら謝りたかったのだ。
(こんな……こんな姿になるまで戦ったのに……村の為に、村の皆の為に戦ってくれたのに…………人を……人を殺してくれたのに…………私は…………)
涙がどんどん溢れて来た……止まらなかった。
ようやっと、ちゃんとヨウの顔を、姿を見た。
佐知子は俯き顔を歪ませる。ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
ズッと鼻をすすり、涙を拭って顔を上げる。
「ヨウ! おかえりなさい! 無事に帰って来てくれてありがとう!」
そして佐知子は、ぼろぼろと涙を零しながら満面の笑みでそう伝えたのだった。
「…………」
ヨウは瞳を見開く。
「ちゃんと……っ、まだっ……言ってなかったよね」
へへ……と、佐知子は次々と溢れ出る涙を拭いながら、ヨウにほほえみかける。
そして少し気まずくて、ズッと鼻をすすりながら下を向いた。
「…………」
ヨウは持ち上げた手を少し躊躇い、下ろす。そして少し俯いて、噛み締めるように瞳を閉じ、穏やかにほほえんだ。
出陣する前に言われた『いってらっしゃい』。
帰って来て言われた『おかえりなさい』。
そして、『無事に帰って来てくれてありがとう』。
その言葉は、強くヨウの心に響いた。
出来る事ならば、出陣する時も、今も、強く佐知子を抱きしめたかった。けれど、それは出来ない。してはいけないことだとヨウは自分に言い聞かせていた。
自分の、この汚れた血まみれの手で、自分を救ってくれた存在を、十年も焦がれ続けた女神を……汚してはならないと……だから触れない。抱きしめはしない。その言葉だけで十分だった。
今まで、行く時も、帰ってきた時も、一人だった。でも、今は佐知子が見送り、迎えてくれる。自分のために、あの女神が……佐知子が涙を流してくれる…………ヨウにはそれだけで、もうそれだけで十分だった。
「ヨウ、宴会出なくていいの? 副長官なのに」
暗闇の中を歩きながら、佐知子がヨウの背中に問うと、
「抜けてきた……あんまり…………戦のあとの宴会は好きじゃないんだ……」
すると、そんな言葉が返ってきた。
「…………」
佐知子は少し瞳を見開き、嬉しくなってほほえみ顔をうつむけた。
ヨウの真意はわからないが……自分と同じような気持ちだったら嬉しいと思った。
そのまま広い訓練場を歩いていくと、火を焚いて明るくし、門番のいる裏門についた。
「開けてくれ……」
ヨウが言うと門番が敬礼して門を開く。
(遠くからこの門見たことあるけど……どこに続いてるんだろう……)
そう思いながら裏門を通りヨウと出ると、暗くてよく見えないが、そこはおそらく広大な畑だった。腰ほどの何か植物が生えている。
「足元、気をつけろよ……」
「う、うん」
そう言われ、下を向きながらヨウの後について行く。
そうして着いたのは、川のほとりだった。
すぐ側を少し大きな川が流れるそこは、ほとんどが岩と乾いた大地のここ一帯には珍しい、草が生い茂っている。
「わっ!」
すると近づいて気づいたが、生い茂った草や水辺にたくさんの緑や黄緑の小さな光を見つけた。
「凄い! 綺麗!! 蛍!?」
「ホタル……? は知らないが、ヒカリ虫だ。今の時期ここら一帯にいる……」
「へー、すごーい! きれいだねぇ~!」
ヒカリ虫と呼ばれる虫は、水面や草の間、空中を舞う。
雲が切れ、出てきた大きな白い月の光と、月の光を受けてきらきら反射する水面の風景もあり、幻想的な光景だった……。
「ありがとう! 連れて来てくれて!」
水辺ギリギリまで行って眺めていた佐知子は、振り返りお礼を言う。
「いや……」
「…………」
しかし振り返って、佐知子は表情を失った。
今まで暗闇で見えなかったものが、満月に近い白い月明かりに照らされようやく見えた。
ヨウは茶色いゆったりとしたストレートのズボンと、白い半袖を着ていた。そして、右手首から肘まで包帯を巻き、顎が細くなり、痩せ、疲れた顔をして、見える部分の顔や腕には、切り傷が至る所にいくつも出来ていた。
「…………」
佐知子は言葉を失くす……何故、昼間気づかなったかったのか……呆然として……涙が滲んできた。そして、
ごめんなさい。
その言葉が、自然と佐知子の心に浮かんだ。
ごめんなさいと、ひたすら謝りたかった。
ヨウのその顔、その姿を見たら、ひたすら謝りたかったのだ。
(こんな……こんな姿になるまで戦ったのに……村の為に、村の皆の為に戦ってくれたのに…………人を……人を殺してくれたのに…………私は…………)
涙がどんどん溢れて来た……止まらなかった。
ようやっと、ちゃんとヨウの顔を、姿を見た。
佐知子は俯き顔を歪ませる。ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
ズッと鼻をすすり、涙を拭って顔を上げる。
「ヨウ! おかえりなさい! 無事に帰って来てくれてありがとう!」
そして佐知子は、ぼろぼろと涙を零しながら満面の笑みでそう伝えたのだった。
「…………」
ヨウは瞳を見開く。
「ちゃんと……っ、まだっ……言ってなかったよね」
へへ……と、佐知子は次々と溢れ出る涙を拭いながら、ヨウにほほえみかける。
そして少し気まずくて、ズッと鼻をすすりながら下を向いた。
「…………」
ヨウは持ち上げた手を少し躊躇い、下ろす。そして少し俯いて、噛み締めるように瞳を閉じ、穏やかにほほえんだ。
出陣する前に言われた『いってらっしゃい』。
帰って来て言われた『おかえりなさい』。
そして、『無事に帰って来てくれてありがとう』。
その言葉は、強くヨウの心に響いた。
出来る事ならば、出陣する時も、今も、強く佐知子を抱きしめたかった。けれど、それは出来ない。してはいけないことだとヨウは自分に言い聞かせていた。
自分の、この汚れた血まみれの手で、自分を救ってくれた存在を、十年も焦がれ続けた女神を……汚してはならないと……だから触れない。抱きしめはしない。その言葉だけで十分だった。
今まで、行く時も、帰ってきた時も、一人だった。でも、今は佐知子が見送り、迎えてくれる。自分のために、あの女神が……佐知子が涙を流してくれる…………ヨウにはそれだけで、もうそれだけで十分だった。
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