74 / 160
第一部 第五章
16 戦争をするということ。
しおりを挟む
その殺伐とした光景は、死を予感させる物悲しいものだった。ヨウはここから向こうへ行ってしまう……佐知子はヨウへ向き直った。
「…………」
防具を着たヨウは、少し動きにくそうだった。分厚い生地の防具を着て、もこもことしている。日中は暑くて大変そうだな……と、思う。
何を言おう……佐知子は顔をうつむかせ、考える。たくさん言いたいことはある。
顔をあげた。
「無事に、帰ってきてね……」
「ああ……」
ヨウはじっと佐知子の瞳を見つめたまま、いつもの無表情ともとれる真顔で答えた。
「怪我……あんまりしないように……頑張って……」
「ああ……」
佐知子はうつむく。
「…………」
もっと話したい、言いたいことはあるのに、言葉が出てこない。これで会えるのは最後かもしれない、死んでしまうかもしれない……本当は顔をじっと見つめたい。瞳を見つめたい。手を握りたい。肌に触れたい。抱きつきたい。佐知子は瞬時にそう思った。
ヨウの姿を、ぬくもりを、記憶にとどめたかった……。
でも、そんなことできるはずがない。
しかし、最後になるかもしれないのだ。
サチコはすうっと少し大きく息を吸い、息をとめ、ぐっと体に力をいれた。
そして顔をあげる。
ヨウの顔を見た。
端正な顔。涙が出そうになる。なんとかこらえ、じっと瞳を見つめた。深緑の綺麗な瞳だった。
「ヨウ、手出して!」
顔を見つめたまま、涙目で、少し大きな声で佐知子はいった。
「?」
ヨウは防具をしていない左手を差し出した。
佐知子はその手を両手でぎゅっと握った。
「!」
ヨウは驚いて、少し体をビクリと動かした。
ヨウの手は、この世界に来た初日と同じで、少し肌がざらりとしていて、ゴツゴツとしていて、とても大きな手だった。
そのまま約十秒ほど、ぎゅっと握り、ヨウの手を見つめ、肌の感触を、ぬくもりを、記憶する……。
(よっし! もう大丈夫だ!)
そして、しっかり記憶に焼き付けると、佐知子は心の中でそうつぶやき、パッと手を離した。
そして、ヨウの手を見つめていてさげていた顔をパッとあげ、にっこりとほほえむ。
「ちゃんと無事に帰ってきてね! いってらっしゃい!」
「…………」
ヨウは瞳を見開いた。
そして、ふっとほほえむ。
「ああ……いってきます……」
すると、ドン! ドン! と、大きな太鼓の音が鳴った。出陣の合図である。
ここは危ないから、門まで戻れ。と、ヨウにいわれ、佐知子は何度も振り返り、手を振りながら、門の前まで戻ると、他の大勢の見送りの人たちと一緒に、出陣する軍人たちを見送った。
ずらりと並んだ馬の隊列が、いっせいに歩きだし、土煙をあげ綺麗な隊列を組んだまま、徐々にはなれていく……そして、見えなくなった。
ガランとした門前には、残された者たちが立ち尽くす。ちらほらと、どこからかすすり泣く声が聞こえてきた。
佐知子の瞳からも、涙がこぼれた。
これが、戦争の別れ。
帰ってくるかわからない不安を抱え、見送る。
(つらい、悲しい、怖い、嫌だ……)
佐知子は体にあふれだす感情と涙と嗚咽をこらえるために、その場にしゃがみこみ、ひざをかかえ、顔をふせて、声を殺して泣いた。
(戦争はダメだ……こんなの……ダメだ……)
佐知子は痛切に、身を持ってそう思ったのだった……。
「…………」
防具を着たヨウは、少し動きにくそうだった。分厚い生地の防具を着て、もこもことしている。日中は暑くて大変そうだな……と、思う。
何を言おう……佐知子は顔をうつむかせ、考える。たくさん言いたいことはある。
顔をあげた。
「無事に、帰ってきてね……」
「ああ……」
ヨウはじっと佐知子の瞳を見つめたまま、いつもの無表情ともとれる真顔で答えた。
「怪我……あんまりしないように……頑張って……」
「ああ……」
佐知子はうつむく。
「…………」
もっと話したい、言いたいことはあるのに、言葉が出てこない。これで会えるのは最後かもしれない、死んでしまうかもしれない……本当は顔をじっと見つめたい。瞳を見つめたい。手を握りたい。肌に触れたい。抱きつきたい。佐知子は瞬時にそう思った。
ヨウの姿を、ぬくもりを、記憶にとどめたかった……。
でも、そんなことできるはずがない。
しかし、最後になるかもしれないのだ。
サチコはすうっと少し大きく息を吸い、息をとめ、ぐっと体に力をいれた。
そして顔をあげる。
ヨウの顔を見た。
端正な顔。涙が出そうになる。なんとかこらえ、じっと瞳を見つめた。深緑の綺麗な瞳だった。
「ヨウ、手出して!」
顔を見つめたまま、涙目で、少し大きな声で佐知子はいった。
「?」
ヨウは防具をしていない左手を差し出した。
佐知子はその手を両手でぎゅっと握った。
「!」
ヨウは驚いて、少し体をビクリと動かした。
ヨウの手は、この世界に来た初日と同じで、少し肌がざらりとしていて、ゴツゴツとしていて、とても大きな手だった。
そのまま約十秒ほど、ぎゅっと握り、ヨウの手を見つめ、肌の感触を、ぬくもりを、記憶する……。
(よっし! もう大丈夫だ!)
そして、しっかり記憶に焼き付けると、佐知子は心の中でそうつぶやき、パッと手を離した。
そして、ヨウの手を見つめていてさげていた顔をパッとあげ、にっこりとほほえむ。
「ちゃんと無事に帰ってきてね! いってらっしゃい!」
「…………」
ヨウは瞳を見開いた。
そして、ふっとほほえむ。
「ああ……いってきます……」
すると、ドン! ドン! と、大きな太鼓の音が鳴った。出陣の合図である。
ここは危ないから、門まで戻れ。と、ヨウにいわれ、佐知子は何度も振り返り、手を振りながら、門の前まで戻ると、他の大勢の見送りの人たちと一緒に、出陣する軍人たちを見送った。
ずらりと並んだ馬の隊列が、いっせいに歩きだし、土煙をあげ綺麗な隊列を組んだまま、徐々にはなれていく……そして、見えなくなった。
ガランとした門前には、残された者たちが立ち尽くす。ちらほらと、どこからかすすり泣く声が聞こえてきた。
佐知子の瞳からも、涙がこぼれた。
これが、戦争の別れ。
帰ってくるかわからない不安を抱え、見送る。
(つらい、悲しい、怖い、嫌だ……)
佐知子は体にあふれだす感情と涙と嗚咽をこらえるために、その場にしゃがみこみ、ひざをかかえ、顔をふせて、声を殺して泣いた。
(戦争はダメだ……こんなの……ダメだ……)
佐知子は痛切に、身を持ってそう思ったのだった……。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。
aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。
生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。
優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。
男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。
自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。
【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。
たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
【R18】聖女のお役目【完結済】
ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。
その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。
紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。
祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。
※性描写有りは★マークです。
※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる