神様の外交官

rita

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第一部 第一章

4-2 ヨウ。

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「そういえば君、名前は?」

 血まみれになったフェイスタオルや、空のペットボトルなどをうまくリュックにしまいながら、佐知子はとなりに座っている少年に、そういえばと思い、何気なく聞いた。

「……なまえ……ない」

 ちょこんと階段に座り、空を見つめていた少年が返した言葉は、佐知子の予想外のものだった。

「え……ないの?」
「うん……」

 気まずい沈黙が二人の間を流れる。

「いつも……おいとか……おまえとか……あと、うられたときのばんごうでよばれてた……かわれたしゅじんに……」

 その言葉で大体の状況を把握した佐知子。

(そうか……この子、奴隷……かな? 逃げ出してきたのかな?)

 そんなことを思いながら佐知子は少年を見つめる。

 まだ小学一年生か二年生くらいの年の子が……売られ、買われ、働かされ……殺されそうになっているこの世界……突然、この世界に飛ばされてきてしまったが、この世界はどんな所なんだろう……まずはこの世界を知らなくてはいけないな……と、佐知子は思った。

 そして、衣食住。
 衣はまぁいいとして、最低限、食と住……やることは山積みだ……異世界に行きたいと思ったが、まさかこんな世界にくるとは……と、佐知子は少し重い気持ちになる。

 しかし、ジャっとリュックのチャックを閉めると、顔を上げた。

(でも……生き延びてみせる……この世界で……この子と一緒に……)

 佐知子はとなりで痛そうに腕を押さえている少年を見る。

「……名前……私でよかったらつけようか?」
「!」

 腕を押さえていた少年は、ぴょん! と顔をあげた。その顔には、驚きと、少しの嬉しさが混じっていた。

「……名前……つける?」

 佐知子は念のため、もう一度、問う。
 少年は大きくぶんぶんと首をふった。そして一言。

「ほしい!」

 と、大きな声で返事をする。

「そっか……」

 名前がないのは不便なので、なんとなく聞いてみたのだが、いざ、人に名前をつけるとなると、なんともだいそれたことだなぁ……と佐知子は思えてきた。それでも、やはり名前がないのは不便なのと、嬉しそうな少年を見て、今更、後には引けないなと思い、佐知子はあらためてこのあたり、この世界を見た。

 太陽はギラギラと強くまぶしい。刺すような太陽だ。雲はほとんどなく、真っ青な空が続いている。目の前に広がるのは、乾いた土と、大きな岩や小さな岩。葉のない細々とした木が転々とある。日陰など大岩の影しかない。現に今、二人は直射日光にあてられ続けている。けれど、日本の暑さと暑さの種類が違った。蒸し暑くないのだ。刺すようなやけどするような暑さだが、カラッと乾いている。

(うーん……名前かぁ……)

 風景からヒントを得ようとしたがいまひとつない。そもそも人の名前をこんな小娘が簡単につけてしまっていいものか……などと思いながらも考えていく、

「あ、この世界の他の人の名前ってどんなのかわかる?」

 一応、あわせたほうがいいだろうと思い聞いたのだが……

「……わかんない」

 返ってきたのはそんな一言だった。

「んー……そうかー……」

 佐知子はもう一度、空を見上げた。
 ギラギラと強烈な太陽が輝いている。

「…………ねぇ……気に入らなかったら、違うのまた考えるんだけどさ…………あのさ……太陽の『陽』から取って『ヨウ』っていうのはどうかな?」

 少年は佐知子を見つめ黙っていた。

「ここって太陽、凄く強いじゃない? この太陽みたいに、ギラギラ、強く、たくましく成長していきますように……っていう願いをこめたんだけど……安直……かな?」

 ハハハ……と、佐知子は少し恥ずかしくなり、手を首にあてながら、となりの少年の顔を恐る恐る見た。すると……

「よう……ぼくのなまえ……よう……よう!」

 少年は顔をほころばせ、嬉しそうに両手をぎゅっとひざの上でにぎっていた。

(あ……気に入ってくれたのかな……?)

 そんな少年……『ヨウ』の姿に佐知子はホッとする。

「ご、ごめんね、安直で」

 少年、『ヨウ』は首をブンブンとふった。

「ううん! ぼく! このなまえ、だいすき! ぼく、たいようみたいな、りっぱなおとなになるからね!」

 ヨウはそういうと、佐知子に向かい、にっこりと笑った。

「…………」

 その笑顔は、今ままで暗い表情が多かったヨウの、はじめて見たとてもあかるい表情で、幼く可愛くもあり、佐知子は抱きしめたい衝動に駆られた。

「そっか……じゃあ、安心した!」

 佐知子もうれしくて笑顔で返す。

「あ、私の名前は高橋佐知子。よろしくね」
「タカハシ……サチコ……」

 少年はぽつりとつぶやく。

「あ、佐知子が名前だよ」
「……さちこ……おねえちゃん」

 少し照れくさそうにはにかんでいったその表情は、とてもかわいいものだった。佐知子は、ふふふ。と、ほほんだ。
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