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第一部 第三章
6-2 戦と悲しむ人。
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「おまたせしましたー。シャイとバラヴァです」
店先のテラス席に座り、一息ついて茜色というより鮮やかなオレンジ色の空を見上げていると、すぐに綺麗なシャツとズボンを着た少年くらいの店員がやってきた。
「お、ありがとね」
「ありがとうございます」
目の前に置かれたのは、小さなガラスのグラスとソーサーだった。綺麗な色で模様が描かれ、とても綺麗なガラスのグラスだった。中には飴色の飲料が入っている。
そしてもうひとつ置かれたのは、パイ生地のようなお菓子だった。
「疲れた時はシャイにかぎるね」
アイシャは置かれている角砂糖の入れ物から角砂糖を一個、二個、三個、四個……合計六個入れていた。
「…………」
こんな小さなグラスの飲料に角砂糖、六個? と、佐知子は呆然としてしまう。
「あの……アイシャさん、砂糖入れすぎじゃ……」
この位のことを言えるようになるまでには打ち解けていた。
「何いってんだい! シャイは甘いにかぎるんだよ! ほれ! あんたもたくさんいれな!」
そう言うと佐知子のシャイにも角砂糖を入れようとする。
「わー! 私は自分で入れますから!」
慌ててシャイと呼ばれる飲み物の口に手で蓋をした。
「こっちの飲み物がシャイで、この食べ物がバラヴァですか?」
「そうだよ。シャイはたくさん砂糖を入れて飲むんだ。シャイもバラヴァもはじめてかい?」
「はい」
そう答えた佐知子に、まったく本当にどこから来たんだか。と、アイシャは大仰に片手を振る。そんなアイシャに苦笑いしながら、佐知子はシャイを口にした。それは熱いただの紅茶だった。ストレートティー。
(これをシャイっていうのか……)
そんなことを思いながら角砂糖の入れ物から砂糖をひとつとり、シャイに入れる。
「うーん! ここのバラヴァはやっぱりおいしいねぇ!」
いつの間にかアイシャはバラヴァと呼ばれるお菓子を口にふくんで満面の笑みを浮かべていた。
(私も食べよう)
フォークで切り、一口大にしたバラヴァを口へと頬張る。
「おいしい!」
思わず佐知子は叫んでいた。
口に含んだバラヴァは、パイ生地の中にナッツが入っていて、はちみつがかけてありしっとりとしている。甘さが疲れた体に染みわたる。
「だろう? ここのバラヴァは特においしいのさ!」
アイシャは自慢げに言う。
「はい! 美味しいです! はちみつでしっとりしてる部分もあるんだけど、サクサクしてる部分も残ってて、はちみつの味もすごい濃厚!」
佐知子は嬉しそうにほほえむ。
「ふふ……よかったよ。あたしも楽しかったさ、今日は。……娘がいたらこんな感じなのかねぇ……」
瞳をふせてアイシャはシャイのグラスを揺らした。
「…………」
家族のことを聞いてもいいのか……。と、佐知子は悩む。
『ここにいる奴らは訳ありばかり』と、先程から何度もアイシャがいっていたのを聞いていた。アイシャも何か訳ありなのだろうか……と、フォークをくわえたままでいると、
「息子が一人いるんだけどね、娘はいないんだよ」
シャイをすすりながらアイシャの方から話し始めた。
「あ、そうなんですか」
佐知子は、ほっとする。
「息子は軍にいてね、ヨウの部下なんだけど、昔からヨウとはよく遊んでいたから、部下だけど友達みたいなもんさ。アフマドっていうんだけどね……」
それからアイシャはしばらく自分と息子の話をした。
戦で夫を亡くし、家をなくし、放浪の末にこの村に八年前にたどりついたこと。本当は息子に軍で働いてほしくないこと……。
「まぁ、お給金はいいし、誰かがやらなきゃいけない仕事だからね。おかげでこの村は守られてるし、あの子も誇りに思ってる……だけどねぇ……」
アイシャは沈みかけたオレンジ色の太陽を目を細めて見つめる。
「…………」
佐知子は思う。ここでは間違いなく戦争……戦がある。命をかけて戦っている人がいる。そして誰かがかならず死んでいる。そして死ぬ人がいれば悲しむ人もいる。アイシャのように……。
(戦は……なくさないといけないよなぁ……)
漠然と、佐知子はアイシャの横顔を見てうつむき、そう思った。
神様の言葉が頭をよぎる。
だが、今の自分に何ができるだろう。何が……何も……出来ないではないか……。
「っと! ごめんよ! こんな辛気臭い話しちゃって! やだねぇ! さて、帰るかね! あんたはまだ使用人小屋行ってないし、まだやることはあるんだ! 日が暮れちまうよ!」
パッといつもの明るいアイシャに戻ると、最後の一口のシャイを飲み干し、アイシャは立ち上がった。佐知子も最後の一口のバラヴァを慌てて頬張る。
「お勘定、おねがーい!」
アイシャは大きな声で、店の奥の店員へ声をかけた。
店先のテラス席に座り、一息ついて茜色というより鮮やかなオレンジ色の空を見上げていると、すぐに綺麗なシャツとズボンを着た少年くらいの店員がやってきた。
「お、ありがとね」
「ありがとうございます」
目の前に置かれたのは、小さなガラスのグラスとソーサーだった。綺麗な色で模様が描かれ、とても綺麗なガラスのグラスだった。中には飴色の飲料が入っている。
そしてもうひとつ置かれたのは、パイ生地のようなお菓子だった。
「疲れた時はシャイにかぎるね」
アイシャは置かれている角砂糖の入れ物から角砂糖を一個、二個、三個、四個……合計六個入れていた。
「…………」
こんな小さなグラスの飲料に角砂糖、六個? と、佐知子は呆然としてしまう。
「あの……アイシャさん、砂糖入れすぎじゃ……」
この位のことを言えるようになるまでには打ち解けていた。
「何いってんだい! シャイは甘いにかぎるんだよ! ほれ! あんたもたくさんいれな!」
そう言うと佐知子のシャイにも角砂糖を入れようとする。
「わー! 私は自分で入れますから!」
慌ててシャイと呼ばれる飲み物の口に手で蓋をした。
「こっちの飲み物がシャイで、この食べ物がバラヴァですか?」
「そうだよ。シャイはたくさん砂糖を入れて飲むんだ。シャイもバラヴァもはじめてかい?」
「はい」
そう答えた佐知子に、まったく本当にどこから来たんだか。と、アイシャは大仰に片手を振る。そんなアイシャに苦笑いしながら、佐知子はシャイを口にした。それは熱いただの紅茶だった。ストレートティー。
(これをシャイっていうのか……)
そんなことを思いながら角砂糖の入れ物から砂糖をひとつとり、シャイに入れる。
「うーん! ここのバラヴァはやっぱりおいしいねぇ!」
いつの間にかアイシャはバラヴァと呼ばれるお菓子を口にふくんで満面の笑みを浮かべていた。
(私も食べよう)
フォークで切り、一口大にしたバラヴァを口へと頬張る。
「おいしい!」
思わず佐知子は叫んでいた。
口に含んだバラヴァは、パイ生地の中にナッツが入っていて、はちみつがかけてありしっとりとしている。甘さが疲れた体に染みわたる。
「だろう? ここのバラヴァは特においしいのさ!」
アイシャは自慢げに言う。
「はい! 美味しいです! はちみつでしっとりしてる部分もあるんだけど、サクサクしてる部分も残ってて、はちみつの味もすごい濃厚!」
佐知子は嬉しそうにほほえむ。
「ふふ……よかったよ。あたしも楽しかったさ、今日は。……娘がいたらこんな感じなのかねぇ……」
瞳をふせてアイシャはシャイのグラスを揺らした。
「…………」
家族のことを聞いてもいいのか……。と、佐知子は悩む。
『ここにいる奴らは訳ありばかり』と、先程から何度もアイシャがいっていたのを聞いていた。アイシャも何か訳ありなのだろうか……と、フォークをくわえたままでいると、
「息子が一人いるんだけどね、娘はいないんだよ」
シャイをすすりながらアイシャの方から話し始めた。
「あ、そうなんですか」
佐知子は、ほっとする。
「息子は軍にいてね、ヨウの部下なんだけど、昔からヨウとはよく遊んでいたから、部下だけど友達みたいなもんさ。アフマドっていうんだけどね……」
それからアイシャはしばらく自分と息子の話をした。
戦で夫を亡くし、家をなくし、放浪の末にこの村に八年前にたどりついたこと。本当は息子に軍で働いてほしくないこと……。
「まぁ、お給金はいいし、誰かがやらなきゃいけない仕事だからね。おかげでこの村は守られてるし、あの子も誇りに思ってる……だけどねぇ……」
アイシャは沈みかけたオレンジ色の太陽を目を細めて見つめる。
「…………」
佐知子は思う。ここでは間違いなく戦争……戦がある。命をかけて戦っている人がいる。そして誰かがかならず死んでいる。そして死ぬ人がいれば悲しむ人もいる。アイシャのように……。
(戦は……なくさないといけないよなぁ……)
漠然と、佐知子はアイシャの横顔を見てうつむき、そう思った。
神様の言葉が頭をよぎる。
だが、今の自分に何ができるだろう。何が……何も……出来ないではないか……。
「っと! ごめんよ! こんな辛気臭い話しちゃって! やだねぇ! さて、帰るかね! あんたはまだ使用人小屋行ってないし、まだやることはあるんだ! 日が暮れちまうよ!」
パッといつもの明るいアイシャに戻ると、最後の一口のシャイを飲み干し、アイシャは立ち上がった。佐知子も最後の一口のバラヴァを慌てて頬張る。
「お勘定、おねがーい!」
アイシャは大きな声で、店の奥の店員へ声をかけた。
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