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第13話:宇宙の果て
Fパート(3)
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『姿勢制御開始するぞ』
『了解だ』『了解ですわ』
ディビットの合図とともに姿勢制御スラスターが噴射されレッドノーム号は船首を徐々に火星に向け始めた。
『レイチェル、Gがキツいが我慢してくれ』
『くっ、これぐらい、何とかなりますわ』
レッドノーム号の船体に捕まっているアルテローゼには旋回に伴うGがかかる。魔力の尽きたアルテローゼには魔法を使う術がなく、コクピットにいるレイチェルは必死にGに耐えていた。
『あとちょっとで軌道が変わるぞ。タイミングを間違えるな』
レイフの視界には、レッドノーム号から飛び出すタイミングのカウンターが映されていた。
『任せておけ』
レイフは、離脱タイミングに備えて身構えていた。
だが、カウンターが残り数秒と言うとき、レッドノーム号に異常が発生した。そう、レッドノーム号のいい加減な整備のツケがこのとき回ってきたのだ。
「ドゴーン」と轟音と火花を上げて、姿勢制御スラスターが爆発すると、レッドノーム号の機体がくるくると回転し始めた。
『うぉっ、これは一体!』
『きゃぁっ』
『レイチェル、どうしたんだ』
予想外の出来事にレイフは慌てたが、それだけであれば彼は耐えただろう。しかし突然の機体の回転に、肋骨を骨折していたレイチェルは耐えきれず気絶してしまった。そのことに一瞬気を取られたアルテローゼは、レッドノーム号を掴んでいた手が滑り放り出されてしまうことに対応できなかった。
『しまったあぁぁぁぁぁぁ!』
アルテローゼは叫び声を上げながら、宇宙空間に飛び去っていった。
◇
宇宙空間をゆらゆらと漂うアルテローゼ。
『うっ?』
コクピットで気絶していたレイチェルが目を覚ました。
『レイチェル、気がついたか。骨折は大丈夫か?』
『レイフ、ここは? 星と無重力…と言うことは、火星ではないのですね?』
モニターに映る星と無重力から、レイチェルはここが宇宙空間だと気付いた。
『ああ、火星を巡る衛星軌道だ。儂としたことがしくじったわ』
レイフは、姿勢制御スラスターの爆発からはじき飛ばされたアルテローゼが火星を巡る長楕円軌道に乗ったことをレイチェルに説明した。
『このままじっとしていれば、火星に帰れるのですか?』
『…残念だが、このままでは火星にもステーションにも辿り着けないのだ』
モニターに映し出された軌道ではアルテローゼが火星の周回軌道を回るが、ステーションにはたどり着けない事が表示されていた。
『レッドノーム号はどうなりました?』
『ディビッドが何とか制御している。アルテローゼを迎えに来るとディビットは言っているが、そんな事はできないだろう。最終的にはどこか害のない軌道に乗せるだろう』
レイフの声は冷静だが沈んだ物だった。
『そうですか。では私とレイフはこのまま火星の衛星になってしまうのですね』
『ああ、そうなるだろう。…だが、レッドノーム号がいなくなったのだ。地上からシャトルなりで救助に来てもらえるだろう』
『そうですわね。お父様が助けに来てくれますわ。うっ!』
そこまで話したところで、レイチェルは骨折箇所が痛むのか呻いた。
『…救助まで時間がかかる。シートの下のトランクに医療キットがあるはずだ。中に鎮痛剤が入っているから、それを使ってしばらく眠っていてくれ』
『…分かりましたわ。そうした方が良さそうですわね』
レイチェルはレイフの勧めに従って鎮痛剤を自分に注射すると、そのまま眠ってしまった。
『…レイチェル、済まない。このままでは空気が持たないのだ』
レイチェルが眠りに落ちたのを確認したレイフは、そう呟いた。宇宙服に残された酸素とアルテローゼのバッテリー残量では、レイチェルに残された時間は後二時間という所であった。それまでに救出のシャトルがやって来ることはほぼ不可能だとレイフは確信していた。
『このまま二人で火星の月となるか…』
アルテローゼはそっとカメラの電源を切った。
◇
火星のオリンポス火山。その地下坑道の奥の部屋で座っていた彼女は、突然目を見開いた。
「レイフ様…」
何を感じ取ったのか、赤く光る目は天を見上げていた。
「このままではあのお方が…。しかたありませんアレを動かしましょう」
彼女は立ち上がると、部屋の奥に備え付けられた機械を操作し始めた。機械と言ってもレバーと歯車で構築されたその機械は、とても古めかしい物だった。しかし彼女の操作によってあちこちから蒸気が漏れるような音がし歯車は回転を始めた。
彼女が操作したのは、火山のエネルギーを魔力に変換する物だった。しばらくすると部屋に巨大な稲妻が飛び交い、それが消えると部屋に巨大な魔力が満ちるのだった。
「この魔力をあの方に届けましょう」
彼女は祈るようなポーズを取ると、魔力をその身に宿した。魔力を吸い取る度に、彼女の体はまるで時間が巻き戻ったかのように綺麗に美しくなっていった。光り輝く魔力に包まれた彼女は女神のように神々しい姿であった。
「!」
そして彼女の体に蓄えられた魔力が、天に向かって打ち出された。それはオリンポス火山の火口からほとばしり、宇宙の果てに飛んでいった。
「これで、あのお方は帰ってこられるでしょう」
そう呟くと、彼女は元の姿…いや、以前よりボロボロの姿となって部屋に倒れてしまった。
◇
宇宙空間を漂うアルテローゼに魔力の塊がぶつかった。
『…こ、これは魔力? 何故魔力が。これは火星から送られてきたのか?』
突然の魔力供給に、レイフは目を白黒させながらも、魔力を貪るように吸収した。
『これなら、アルテローゼは…レイチェルは火星に戻れるぞ!』
魔力を得たアルテローゼは、雄叫びを上げると巨大な魔法陣を描き、フォーリングコントロールを発動させる。その瞬間、アルテローゼは重力と慣性を無視して宇宙空間に静止した。
『ふん!』
レイフが気合いを入れると、アルテローゼは矢のように火星に向かって落下し始めた。スペースフォームに着いていたロケットを使うよりも早く、慣性も重力も無視したまさに魔法ならではの軌道だった。
『ん…レイフ、何があったのですか? もしかして救助が?』
『救助はまだだが、儂らは火星に戻れる! レイチェル見ろ』
『火星が!』
モニターには青々とした火星が大きく映し出されていた。
一時間とかからずに、アルテローゼは火星に降り立った。ヘリオスの空港ではアルテローゼの帰還を待ちわびていた人がわっと駆け寄って来た。
『了解だ』『了解ですわ』
ディビットの合図とともに姿勢制御スラスターが噴射されレッドノーム号は船首を徐々に火星に向け始めた。
『レイチェル、Gがキツいが我慢してくれ』
『くっ、これぐらい、何とかなりますわ』
レッドノーム号の船体に捕まっているアルテローゼには旋回に伴うGがかかる。魔力の尽きたアルテローゼには魔法を使う術がなく、コクピットにいるレイチェルは必死にGに耐えていた。
『あとちょっとで軌道が変わるぞ。タイミングを間違えるな』
レイフの視界には、レッドノーム号から飛び出すタイミングのカウンターが映されていた。
『任せておけ』
レイフは、離脱タイミングに備えて身構えていた。
だが、カウンターが残り数秒と言うとき、レッドノーム号に異常が発生した。そう、レッドノーム号のいい加減な整備のツケがこのとき回ってきたのだ。
「ドゴーン」と轟音と火花を上げて、姿勢制御スラスターが爆発すると、レッドノーム号の機体がくるくると回転し始めた。
『うぉっ、これは一体!』
『きゃぁっ』
『レイチェル、どうしたんだ』
予想外の出来事にレイフは慌てたが、それだけであれば彼は耐えただろう。しかし突然の機体の回転に、肋骨を骨折していたレイチェルは耐えきれず気絶してしまった。そのことに一瞬気を取られたアルテローゼは、レッドノーム号を掴んでいた手が滑り放り出されてしまうことに対応できなかった。
『しまったあぁぁぁぁぁぁ!』
アルテローゼは叫び声を上げながら、宇宙空間に飛び去っていった。
◇
宇宙空間をゆらゆらと漂うアルテローゼ。
『うっ?』
コクピットで気絶していたレイチェルが目を覚ました。
『レイチェル、気がついたか。骨折は大丈夫か?』
『レイフ、ここは? 星と無重力…と言うことは、火星ではないのですね?』
モニターに映る星と無重力から、レイチェルはここが宇宙空間だと気付いた。
『ああ、火星を巡る衛星軌道だ。儂としたことがしくじったわ』
レイフは、姿勢制御スラスターの爆発からはじき飛ばされたアルテローゼが火星を巡る長楕円軌道に乗ったことをレイチェルに説明した。
『このままじっとしていれば、火星に帰れるのですか?』
『…残念だが、このままでは火星にもステーションにも辿り着けないのだ』
モニターに映し出された軌道ではアルテローゼが火星の周回軌道を回るが、ステーションにはたどり着けない事が表示されていた。
『レッドノーム号はどうなりました?』
『ディビッドが何とか制御している。アルテローゼを迎えに来るとディビットは言っているが、そんな事はできないだろう。最終的にはどこか害のない軌道に乗せるだろう』
レイフの声は冷静だが沈んだ物だった。
『そうですか。では私とレイフはこのまま火星の衛星になってしまうのですね』
『ああ、そうなるだろう。…だが、レッドノーム号がいなくなったのだ。地上からシャトルなりで救助に来てもらえるだろう』
『そうですわね。お父様が助けに来てくれますわ。うっ!』
そこまで話したところで、レイチェルは骨折箇所が痛むのか呻いた。
『…救助まで時間がかかる。シートの下のトランクに医療キットがあるはずだ。中に鎮痛剤が入っているから、それを使ってしばらく眠っていてくれ』
『…分かりましたわ。そうした方が良さそうですわね』
レイチェルはレイフの勧めに従って鎮痛剤を自分に注射すると、そのまま眠ってしまった。
『…レイチェル、済まない。このままでは空気が持たないのだ』
レイチェルが眠りに落ちたのを確認したレイフは、そう呟いた。宇宙服に残された酸素とアルテローゼのバッテリー残量では、レイチェルに残された時間は後二時間という所であった。それまでに救出のシャトルがやって来ることはほぼ不可能だとレイフは確信していた。
『このまま二人で火星の月となるか…』
アルテローゼはそっとカメラの電源を切った。
◇
火星のオリンポス火山。その地下坑道の奥の部屋で座っていた彼女は、突然目を見開いた。
「レイフ様…」
何を感じ取ったのか、赤く光る目は天を見上げていた。
「このままではあのお方が…。しかたありませんアレを動かしましょう」
彼女は立ち上がると、部屋の奥に備え付けられた機械を操作し始めた。機械と言ってもレバーと歯車で構築されたその機械は、とても古めかしい物だった。しかし彼女の操作によってあちこちから蒸気が漏れるような音がし歯車は回転を始めた。
彼女が操作したのは、火山のエネルギーを魔力に変換する物だった。しばらくすると部屋に巨大な稲妻が飛び交い、それが消えると部屋に巨大な魔力が満ちるのだった。
「この魔力をあの方に届けましょう」
彼女は祈るようなポーズを取ると、魔力をその身に宿した。魔力を吸い取る度に、彼女の体はまるで時間が巻き戻ったかのように綺麗に美しくなっていった。光り輝く魔力に包まれた彼女は女神のように神々しい姿であった。
「!」
そして彼女の体に蓄えられた魔力が、天に向かって打ち出された。それはオリンポス火山の火口からほとばしり、宇宙の果てに飛んでいった。
「これで、あのお方は帰ってこられるでしょう」
そう呟くと、彼女は元の姿…いや、以前よりボロボロの姿となって部屋に倒れてしまった。
◇
宇宙空間を漂うアルテローゼに魔力の塊がぶつかった。
『…こ、これは魔力? 何故魔力が。これは火星から送られてきたのか?』
突然の魔力供給に、レイフは目を白黒させながらも、魔力を貪るように吸収した。
『これなら、アルテローゼは…レイチェルは火星に戻れるぞ!』
魔力を得たアルテローゼは、雄叫びを上げると巨大な魔法陣を描き、フォーリングコントロールを発動させる。その瞬間、アルテローゼは重力と慣性を無視して宇宙空間に静止した。
『ふん!』
レイフが気合いを入れると、アルテローゼは矢のように火星に向かって落下し始めた。スペースフォームに着いていたロケットを使うよりも早く、慣性も重力も無視したまさに魔法ならではの軌道だった。
『ん…レイフ、何があったのですか? もしかして救助が?』
『救助はまだだが、儂らは火星に戻れる! レイチェル見ろ』
『火星が!』
モニターには青々とした火星が大きく映し出されていた。
一時間とかからずに、アルテローゼは火星に降り立った。ヘリオスの空港ではアルテローゼの帰還を待ちわびていた人がわっと駆け寄って来た。
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