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第5話:陸の王者

Aパート(3)

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 ヘリウム《首都》で一番高いビルは火星行政府ビルであるとすると、一番深いのは地球連邦軍の火星司令部であった。戦争が起こらない平和な時代にあっても、司令部は核ミサイルの直撃に耐えられる防御を施すべきと火星司令部は地下に設けられたのだ。分厚いコンクリートと鉄の壁に囲まれた地下10階に火星司令部は存在する。

 作戦司令室は、巨大な火星儀を表示する3Dモニターとそれを取り巻くように設けられたオペレータ席で成り立っていた。通常なら二十四時間体制で人が詰めている場所なのだが、大シルチス高原で連邦軍が大敗した後、オペレータの人員すら事欠く有様で、まばらにしかオペレータが座っていない状況だった。

 革命軍の首都侵攻部隊が全滅した後二週間ほど静かであった作戦司令室だが、現在はオペレータ達の間に緊張が走っていた。オペレータ達は何かを探しているのか、3Dモニターに地表の画像が表示されては消えるという光景が繰り返されていた。

「私を呼び出すとは、一体何事だ。革命軍がまた攻めてきたのかね?」

 作戦司令室にやって来たのは、寝間着姿のオッタビオ少将であった。彼はつい先ほど業務時間を終えて、眠りについた所だった。それが緊急事態と言うことでたたき起こされ、そのまま作戦司令室にやって来たのだった。
 オッタビオ少将は、右手には枕を抱えており早くベッドに戻りたいという意思がその眠そうな顔にありありと見えていた。

「オッタビオ司令、これを見てください」

 オペレータの一人の背後で指示を出していた赤毛の男性が、3Dモニターに映し出された映像を指さした。

「この映像…偵察衛星からのものか。…何処にも革命軍など見えないではないか。アッテンボロー君、革命軍がやって来ていないなら、私は部屋に戻るぞ」

 オッタビオ少将は、大きなあくびをして作戦司令室から退出しようとする。

「オッタビオ司令、お待ちください。君、画像を拡大してくれ」

 赤毛の男性…アッテンボロー少佐の指示に従って、オペレータは映像の一部を拡大した。
 このアッテンボロー少佐は、先の戦いで前司令の無謀な作戦に反対して留守番に回された作戦参謀である。三十二歳と若いが、士官学校を次席で卒業した英才である。

「んんん?これは何かね。土煙が立っているようだが」

 映像が拡大すると、赤茶けた荒れ地に何物かが移動しているのか、土煙が立っていた。

「オッタビオ司令、これが赤外線分析の結果です」

 土煙を赤外線で解析した画像が表示される。その画像には、奇妙な物が映し出されていた。

「四足歩行の生き物じゃないか。まさか野良犬が走っているだけで私を呼び出したのかね」

 オッタビオ少将が再びあくびをする。偵察衛星からの画像、しかも土煙の中を赤外線で解析した画像は不鮮明であったが、四足歩行の生物らしき物が映し出されていた。

「オッタビオ司令、これは偵察衛星からの映像です。幾ら火星でも、こんなサイズの犬はいませんよ」

 映像に物体のサイズを示すスケールが表示され、四足歩行の物体の大きさが判明する。その全長はしっぽを含めると20メートルほどもある。火星の重力が地球より小さく、生物が巨大化する傾向にあるとは言え、そんなサイズの犬は存在しない。

「巨大な犬という線は…」

「これがオッタビオ司令の夢ならそんな事もあり得ますが、これは紛れもない現実ですよ。何なら私が司令を殴って目を覚まさせてさし上げましょうか?」

 まだベッドに戻りたい様子のオッタビオ少将に苛立ったのか、アッテンボロー少佐はかなり過激な言葉を吐く。

「ふぅ~。これは何処の映像だね? 敵の数は? ああ、それとコーヒーを持ってきてくれたまえ。そう、なるべく濃いやつを頼む」

 さすがにベッドに戻るのをあきらめたのか、オッタビオ少将は秘書官にコーヒーを持ってくるように命令すると、司令官の席についてアッテンボロー少佐の話を聞く体勢になった。

「ヘスペリア平原です。それと敵の数は今のところこの一体…いや一両と思われます」

「…今度は反対側から攻めてきたのか」

 ヘリウム《首都》の西にある大シルチス高原に対して、ヘスペリア平原は東に広がっている広大な平原である。湿地が多いため重機では移動が難しいため、前の戦いでは革命軍は遠回りでも大シルチス高原を経由して攻めてきた、しかし今度は謎の敵が一体だけである。

「重機部隊が随伴していないことから、最短距離であるヘスペリア平原から攻め込んできたのでは」

「敵も戦力が無いのかね~?」

 オッタビオ少将は、アッテンボロー少佐の説明に頷くと、ちょうど秘書が持ってきたコーヒーをズズズッと啜った。

「先の戦いから二週間経ちますが、火星の各都市は、連邦に付くか革命軍に付くかまだ迷っている状況です。やはり首都攻略に失敗し非武装のシャトルを撃墜したことが響いているのでしょう。オリンポスには他の革命軍からの援軍は来ておりません」

「くっくっくっ、私が徹底抗戦を命じ首都攻略に失敗した事が効いているわけかね」

 オッタビオ少将は首都防衛で徹底抗戦を命じたことが正解だったと含み笑いをするが、アッテンボロー少佐は呆れた顔で少将を見ていた。

「それで迎撃部隊を出したいのですが」

「そりゃ、出すべきだな。…というか部隊の再編は終わっているのかね?」

「まだ、再編中です」

「なんだと、それは困るぞ。アッテンボロー君、どうしてさっさと再編を終わらせなかったのだね」

 連邦軍の再編が終わっていないと聞いて、オッタビオ少将はアッテンボロー少佐を叱る。

「(本来貴方の仕事なんですがね)敗残兵である軍を再編しようにも、指揮官が足りないのです。それに武器も弾薬も足りてません」

「そんな物企業から徴発すれば…」

「オッタビオ司令は、連邦軍を山賊にでもしたいのですか?」

「いや、冗談だよ。それぐらい分かってくれたまえ」

 オッタビオ少将は、アッテンボロー少佐の眼光に恐れをなしたのか冗談だと言い訳する。

「(絶対本気だったな)それに、接近してくる敵が、先の戦いの巨人・・と同じ物であれば、通常の連邦軍では戦いになりません」

 アッテンボロー少佐は、連邦軍が巨人に全く歯が立たなかったことを知っており、その二の舞を演じたくはなかった。

「…では、例の研究所の機動兵器に出撃して貰うしかないのかね」

「…現状それしかないでしょう。(研究所には悪いが、勝つ見込みのあるのは彼等だけなんだ)」

「じゃあ、お願いしようか」

 オッタビオ少将は、秘書から通信端末を受け取ると研究所に出撃依頼を命じるのだった。
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