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第十四章 歳月の灰
一
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万国旗が爽やかな風に翻る秋晴れの午後の校庭を、高学年による鼓笛隊が賑やかにさんざめきながら行進していた。三人の指揮者は青空に鋭く響くホイッスルを吹き鳴らしては、先端近くに飾り房のついたメジャーバトンを振り回していたが、総指揮者は誰あろう真壁悠太郎であった。かつて悠太郎は小学校で初めての運動会の日に、二重瞼の物問いたげな大きな目を黒々と見開きながら、ベレー帽を被って整然たる隊列で行進してゆくそのきらきらしい一団を、夢見るように眺めていたものであった。それが今では澄んだ日の光のなかでシンバルが金色に、ベルリラが銀色に鳴り響くなかを、鍵盤ハーモニカで校歌を奏でる一団の先頭に立っているのだから、悠太郎は時の不思議を改めて思わずにはいられなかった。そうして今や鼓笛隊は、大太鼓や中太鼓や小太鼓が鳴らす〈ドラムマーチ〉の轟きのうちに退場しつつあった。紅白の紙花であしらわれたゲートをくぐれば、鼓笛隊は行進を終えたことになるのであった。そのゲートをくぐるまでには、あと二十四歩ばかりだと悠太郎は見積もった。悠太郎の細く非力な腕には、ずしりと重いメジャーバトンの上げ下ろしがひどく応えた。マーチングの始めから終わりまで、それを振るい続けることは不可能に思われた。だがあと十二回もそれを振るえば、総指揮は見事成し遂げられるわけだし、そう考えているあいだにも、悠太郎が率いる鼓笛隊はゲートに近づきつつあった。この時を封印しようとでもするかのように悠太郎が目を閉じると、瞼を透過する日の光で視界は明るいオレンジ色に染まった。こうなることに初めから決まっていたのだろうか。こうなるまでにはなんと多くのことが起こっただろう――。悠太郎は目を閉じたまま最後の行進を続けながら、五月の半ばからの様々な出来事が脳裏を去来するに任せた。
照月湖のほとりの観光ホテル明鏡閣では、ゴールデンウィークが明けると梅雨入りの前に、赤い屋根のペンキが塗り直されることになった。ところが本社からの指示によって、新しく塗るペンキは緑色と決められた。これには社員食堂でお茶を飲んでいる従業員一同が、不審の念を禁じ得なかった。夏には緑の樹々のなかに緑の屋根では目立たないだろうと秀子は懸念を表明し、「迷彩でも施すようなものじゃない」と下膨れの顔に不安げな表情を浮かべながら低い声で言った。しかし黒縁の眼鏡の奥で狐目を吊り上げた春藤秋男さんは、「逆に紅葉の季節には目立つようになるぞ。毎年季節ごとに塗り直せばいいんだよ。夏の季節は赤い屋根に、秋の季節は緑の屋根に」と冗談のようなことを言って、何かに驚いたように不服そうに口を尖らせた。「ペンキ屋さんを雇わなくちゃいけませんね」とバイク好きの林浩一さんが応じ、人の好さそうな平たい顔をにこやかに笑わせた。サカエさんこと黒岩栄作支配人はしかし、薄黒いサングラスのせいばかりではない暗い顔つきで、「馬鹿を言うじゃねえ。塗るったっておめえ、ペンキ屋が塗るんじゃねえ、俺たちが自分で塗るんだものを。命綱なんざねえからな。二階とはいえドサーリ落ちりゃあおめえ、それっきりお陀仏よ」と言いながら、七三に分けたふさふさの髪を掻き上げた。板前の新海岳史さんは、にかっと歯を見せて泣き笑いのような顔をしたが、ふと思い出したように「マッチ箱の明鏡閣も色が変わるんですかねえ」と疑問を呈した。客室に置いてあるマッチ箱には、表の広い面に地面まで届く赤い屋根の建物が、水色の空と白い鷹繋山を背景に印刷されており、「六里ヶ原 照月湖温泉 観光ホテル明鏡閣」の文字と電話番号も記されていた。狭く細長い面には「東京案内所」として、九段北の工業新聞社ビルの七階にある本社の所在地と電話番号が印刷されていた。そのマッチ箱に描かれた屋根の色と、現実の明鏡閣の屋根の色が一致しなくなることを、新海さんは心配したわけであった。「もちろんそのことは俺も考えたよ」とサカエさんは煙草の煙を吐き出すと言った。「そこは次回発注分から屋根の部分を緑色に変えるように、俺から鈴木社長に言っておいた。だからまあ心配はあるめえ。青空の水色に屋根の緑はよく調和するから、今までよりいいマッチ箱になるかもしれねえ。だから俺たちはせいぜい命綱なしのバンジージャンプをやらかさねえように、気をつけて塗るだよ」
それからみんなはペンキの缶や刷毛やペイントローラーを手に、大広間の窓から続くキャノピーから二階の屋根に登った。そうは言ってもギョロ目のライサク老人こと桜井謙助さんは、ボート番小屋にいなければならなかったし、たらこ唇のマッちゃんこと新海松子さんは、レストラン照月湖ガーデンにいなければならなかったし、紫色の三角巾のおロク婆さんも、白い三角巾のおタキ婆さんも、モビレージの仕事があったから地上に残っていた。しかし明鏡閣の事務所に残って電話を受ける人員はひとりもいなかった。なんと電話機のコードを長く伸ばして、秀子がペンキを塗りながら屋根の上で予約や問い合わせの電話を受けたのである。当然のことながら、電話機のコードは緑色に汚れてしまった。事務所の電話機のコードは観光ホテル明鏡閣の終わりまで、緑のペンキに汚れたままであった。ともあれ屋根の上のみんなは、大騒ぎしながらどうにかペンキを塗っていった。濃くなりゆく緑と五月の青空を映して照月湖が揺らめくのを、いつになく高いところから見るのは奇妙な感じであった。ペンキの臭いを含んだ薫る風が、黄昏時の空のように湖畔に咲いた石楠花をふるわせながら吹き渡っていった。「それでもやっぱり美しいですね、ぼくらの湖畔は」と林浩一さんはしみじみ言ったが、一九八九年の十月に道路の舗装作業をしたとき、当時の支配人であった南塚亮平さんが、「うおっほ、うおっほ、うおっほ、まことに好日ですなあ。われらが湖畔は実に美しい」と言ったことを、あるいは思い出したのかもしれなかった。「そうともよ。腐っても鯛というが、濁っても照月湖よ」と黒岩サカエ現支配人が応じた。危険な箇所のペンキ塗りには、大工仕事にも長けたサカエさんの活躍が与って力があった。
そのサカエさんは作業を終えて、社員食堂でみんなとお茶を飲みながら、煙草の煙を口から輪っかの形にして連続で吐き出していたが、ペンキ塗りが上首尾に仕上がったにもかかわらず、暗い思いを忘れることができなかった。この不安はいったい何かと考え、マッチ箱の色のことだと思い当たって、サカエさんは本社に電話を入れることにした。社員食堂の電話機の受話器を取ったサカエさんは、ゼロ発信で本社の電話番号をプッシュした。「ああ、もしもし、明鏡閣の黒岩です。お疲れ様です。屋根のペンキ塗りは無事に完了しました。それでですね、前にもお話ししましたマッチ箱の件……そうです、屋根の色を赤から緑に刷り直す件ですね、あれについてはその後……ああ、追加発注した? 一万個を追加発注した? それじゃあ当然屋根の色は……何ですって? 赤い屋根のまま追加発注した? 一万個も? そんな馬鹿な! ええ? 作り直す手間と金が惜しいって社長が? そんな馬鹿な! それはあんまりですよ、そっちが緑に塗れと言うから、せっかく俺たちが……」
受話器の向こうの本社社員と話す黒岩支配人の悲痛な声を聞いて、みんなは事の成り行きを理解した。やがて投げつけるように受話器を置いたサカエさんは、がっくりとうなだれて深々と溜息をつくと、「馬鹿なのか? 鈴木社長は馬鹿なのか? 本社の連中も本社の連中だよ。こんな馬鹿なことをなぜ諫めねえ? 誰も彼も揃いも揃って無能なのか? それとも馬鹿なのか?」と吐き捨てた。こうした出来事が起こったことを、秀子はその日真壁の家に帰宅するや否や、激しく叩きつけるように自動車のドアを閉め、玄関のドアをがばと開けバタンと閉め、廊下をドスン・ドスン・ドスン・ドスン・ドスンと五歩踏み鳴らして、居間への引き戸をガラガラと開けると、悠太郎に洗いざらい話して聞かせたのである。そうしたことを悠太郎は宿題の日記に書き留めた。
しかし黒岩栄作支配人がいつまでも落ち込んでばかりはいなかったことを、悠太郎はまた秀子から聞かされてもいた。サカエ支配人は煙草をふかして早々に気持ちを切り替えると、「そうともよ、濁っても照月湖よ」とか「それでもやっぱり俺たちの湖畔は美しい」とか「この建物もだいぶ年季は入ってきたが、まだまだやりようはあるってもんだ」とか独り言を言いながら、事務所の執務机で明鏡閣のロゴが入ったメモ用紙にあれこれと書きなぐりつつ、七三に分けたふさふさの髪を搔き乱して考えをまとめていた。ほかの従業員と社員食堂で顔を合わせたときには、サカエさんは弓道やアーチェリーのことを話題にしたり、世界各地のエスニック料理について知りたがったりした。梅雨に入り、明鏡閣の緑色の三角屋根を雨がしきりと打っていたある日、ワインレッドの絨毯を敷いたロビーで、大面積のガラス窓から雨の環が次々と広がる照月湖を眺めながら、サカエさんは秀子に「考えていることがだいぶ煮詰まってきた。本社から考えるように言われている業績回復計画だよ。ひとつはあれで、もうひとつはあれで、あとひとつ欲しい。三つまとめて本社に認めさせれば、風向きはガラーリ変わるはずだ。さて三つめをどうしたもんかな……」と言った。天然木材仕上げの古い柱時計は時を刻んでいたが、その振り子は跛行するように釣り合いを失って揺れていた。秀子もまた緑色の水面が雨に波立つのを見ていたが、湖とはいいながら照月湖は実に小さいと改めて思ったとき、千代次が常々言っていたことを思い出したので、「周囲二キロですってね。老父がいつも言っているわ。増田ケンポウ社長の時代から、そういう触れ込みなんですって。湖を一周する遊歩道は、本当に二キロもあるかしら?」と疑問を呈した。「話半分としても一キロか」とサカエさんは応じたが、次の瞬間には突然手を打って「それだ!」と叫んだ。「雨がやんだら一度ちゃんと測定してみよう。二キロであれ一キロであれ、やりようによってはうまく使える。これは面白くなりそうだ」とサカエさんは言って含んだような笑いを立てた。そんな様子を聞かされていた悠太郎は、「サカエさんの奇策なら奇岩作戦ですね。黒い岩なら鬼押出しにたくさんありますから」と秀子に言ったことがあった。まだ全貌を現さないその作戦の実現を、悠太郎は心から楽しみにし始めた。そうしたことを悠太郎は宿題の日記に書き留めた。
そうであればこそ悠太郎は雨のやみ間に、昼休みと言わず放課後と言わず校庭を走り込んだのである。徒競走を想定して二百メートルトラックを一周したり、リレー競走を想定して半周したり、五十メートルや百メートルの直線コースを何度も何度もぶっ続けで猛ダッシュしたりすることが繰り返された。走ることが苦手な悠太郎は、しばしば足をもつれさせて転び、肘や膝に擦り傷を作っては、保健室にいる細面で色白の埴谷さやか先生の手当てを受けた(横沢先生は結婚して姓が変わっていた)。強い雨さえ降っていなければ、悠太郎は自暴自棄のようになって校庭を走り込んだ。あたかもそうすれば足の遅い自分の外殻が粉々に砕けて、そのなかから新たな俊足の自分が生まれてくるとでも考えているかのようであった。そうして無理に無理を重ねたある放課後に、悠太郎は息を切らして喘ぎながら四つん這いになっていた。そうしていても激しい呼吸は収まらず、むしろ激しい呼吸がなおいっそう激しい呼吸を生じさせるばかりであった。目の奥では花火のような緑色や紫色の光が、後から後から湧き出して不気味な形を作っては、消えるそばからまた湧き出した。手足と頭が痺れ始め、悠太郎は苦しさのあまりこのまま死ぬのではないかと思った。
「ユウくん、しっかりしなよ」という声とともに、すごい力で背中を叩かれるのを感じて悠太郎は咳き込んだ。悠太郎が顔を上げれば、叩いたのは甘楽第二集落の金谷涼子であった。かつて幼稚園へ向かうバスのなかでも、そんなふうにすごい力で肩を叩かれたことを悠太郎は思い出した。これでも本人にしてみれば、軽く叩いているつもりなのだろう――。咳き込みながらそんなことを考えているうちに、悠太郎は次第に落ち着きを取り戻してきた。見れば涼子が黒目がちな目を光らせているそばには諸星真花名もいて、きらきら光る茶色の目で悠太郎を気遣わしげに見守っていた。「どうも最近あんたの様子が変だっていうから、来てみればこのざまだよ。あんた何だってこんな無茶をするんだい?」と涼子は問うた。「ぼくはどうしても足が速くなりたいんだ。今年の運動会で手柄を立てなければ、祖父はぼくと母を家から追い出すと言うんだ」と身を起こしながら悠太郎は詰まりがちな声で答えた。「噂には聞いているけど、難しいね、あんたのところは」と涼子は応じて天を仰ぎ、「そんな家なら、いっそのこと出ていっちまったほうが楽になれるかもしれないよ。ユウくん、あんたはもっとお祖父さんに怒っていい。ひどいことをされているんだからさ。それで追い出されるなら、そのときはそのときじゃないか」と言った。「そういうわけにはいかないよ。祖父はあれでも可哀想な人なんだ。立派な孫に恵まれなかった気の毒な人なんだ。祖父の苛立ちや怒りを受けとめてあげることは、ぼくのせめてもの義務だよ。それに母は浅間観光という職場がとても好きなんだ。職場にいるときのほうが、家にいるときよりもよほどくつろげるんだそうだ。もしも祖父に家を追い出されたら、母はもうあの職場にいられなくなる。母は祖父の縁故で働いているんだからね。それに浅間観光は今が正念場なんだ。業績回復のための奇策が立案されつつある。ぼくはそれが本当に楽しみなんだ。照月湖の湖畔がまた賑やかになるところをぼくは見たい。だからぼくはどうしても、運動会で手柄を立てなければならないんだ」と悠太郎は胸中を語った。「そうは言うけどさ」と溜息をついた涼子は、「人には向き不向きがあるよ。足の速さなんていうものは生まれつきもあるし、今さらどうにかなるものでもないんじゃないのかい」と応じた。悠太郎もまた溜息をついて、「なすすべなしか。照月湖とも六里ヶ原とも、これでお別れか」と言った。しかし涼子は「そうは言っていないよ。あるんだよ、ひとつだけ、あんたが運動会で手柄を立てる方法が」と答え、「ユウくん、あんた鼓笛隊の楽器はどうするつもりだい?」と問うた。
そうだった、六年生は鼓笛隊で鍵盤ハーモニカではなく、太鼓やシンバルやベルリラといった打楽器を担当するのだと悠太郎は思い出した。音楽を好む悠太郎にしては迂闊なことに、速く走ることにばかり気を取られて、そんなことはすっかり忘れていた。「楽器かい? ああ、そうだったね」と悠太郎は応じるとしばし目を閉じて考え、「ベルリラがいいな」と答えた。「どうしてベルリラなんだい?」と涼子は、黒曜石のように光る目でまともに悠太郎の目を見ながら問うた。「どうしてって……そうだな、六年生が演奏する楽器のなかでは、ベルリラがピアノにいちばん近いからかな。打楽器でありながら鍵盤楽器でもあるというのが、ぼくには魅力的に思える」と悠太郎はごまかしたが、そう言いながらも隠しておいた真相の少なくとも半分までは、涼子の黒光りする目に見破られているなと思った。去年の運動会でベルリラを受け持ったのは佐藤留夏子であった。だからという思いはもちろんあった。だがそのまた奥にある憧れまでは、涼子の目にも見抜くことはできまいと悠太郎は考えていた。一年生のとき初めて見た鼓笛隊で、その楽器を受け持っていたのは誰であったか? それは今は亡き入江紀之にほかならなかった。紀之はいかにも湖の騎士らしく、竪琴の形のベルリラを長い腕で高々と捧げ持って、秋の青空から降る澄んだ日の光のなかへ銀色の音を打ち鳴らしていた。二本の黄色い房飾りのついた輝くベルリラと、ベレー帽を被ってそれを奏でる紀之の勇姿を、悠太郎は二重瞼の大きな目を黒々と見開いて、留夏子は眩しいものでも見るように切れ長の目を細めて、うっとりと見守っていた。ノリくんのようになりたいと、悠太郎はあの頃どれほど強く願ったか知れなかった。そしてついに悠太郎は、いちばん美しかった頃の紀之と同じ学年に達していた。そういうわけで悠太郎がベルリラを志望するのは、何ら不自然なことではなかった。悠太郎はそんなことを、涼子に説明して聞かせようとは思わなかった。そんなことは涼子が知らなくてよいことであったし、誰もぼくの心を完全に見抜くことはできないという思いが、悠太郎にわずかばかりの余裕と自信を与えていた。ベルリラへの志望は揺らぐことはないし、誰かに覆されることもないと悠太郎には思われた。ところが――。
真花名は涼子の隣で、わずかにしゃくれた顎を胸にくっつけるようにして黙っていたが、そのとき突然「ユウちゃん、指揮、一緒にやらない?」と、ふるえがちな声を励ますようにして提案した。悠太郎はシキというのが何のことかすぐには理解できず、遠い昔に好きだった四季折々の花の歌を思い出したが、やがて真花名の言わんとすることを悟ると、「何だって! 指揮? ぼくが? 無理だよ。そんなことができるわけないだろう」と呆れたように笑いながら言った。「メジャーバトンっていうんだっけ、指揮者が振るあの杖みたいなものは。ぼくは持ったことないけどさ、あれは見るからに重そうだよ。あんな重そうなものを、ぼくの細くて弱い腕で、マーチングが続くあいだじゅう振り回せると思うかい? しょせんぼくは、剣や斧を振るって戦うマカベウスのユダじゃないんだぜ。鼓笛隊の指揮者なんて、運動会の華だろう。虚弱なぼくの役割とは思えないよ」と悠太郎は真花名の提案を却下しようとしたが、「剣や斧ほど重くはないと思うよ」と真花名は反論し、「今から運動会までに速く走れるようになるよりも、マーチングのあいだバトンを振れるだけの腕力をつけるほうが、よっぽど現実味がある気がしない? ユウちゃんの言う通り、鼓笛隊の指揮者は運動会の華だよ。それができれば、たとえ速く走れなくても、お祖父さんは認めてくれるんじゃないの?」と悠太郎を説得した。「ユウくん、あたしは真花名と一緒に指揮をやるつもりだよ。実は真花名のところも、お祖母ちゃんが厳しくてちょっと大変なんだ。たびたび学級委員長なんかやってるのは、そういう事情があるからなんだ。まあ詳しくは言わないけどさ。あんたたちは似た者同士じゃないか。この際力を合わせて支え合ったらどうなんだい? あたしもあんたたちに協力するよ。あんたたちに嫌がらせをする奴がいたら、あたしがどやしつけてやる。三人でホイッスルを吹いて、メジャーバトンを振ろうじゃないか。どうだい?」と涼子も悠太郎に納得させようとした。悠太郎は真花名の家庭の問題を、わずかばかりとはいえ初めて知った。小柄な体に重いものを背負わされていることが不憫ではあった。しかし真花名は小柄であるとはいえ足もなかなか速いし、日頃から軟式テニスのラケットを振るっているから、腕力にも不足はないであろう。豪快で逞しい涼子は、キャベツやトウモロコシを詰め込んだ箱の持ち運びで鍛えた力があるから、メジャーバトンなど爪楊枝ほど軽々と扱えるであろう。それに比べて自分はどうかと悠太郎は考えた。「やっぱりぼくは、ふたりとは違うよ。一緒に指揮をしているところが、自分でもちょっと想像できない。ぼくの腕は弱いよ」と悠太郎は睫毛の長い目を悄然と伏せながら言った。しかし真花名は「考え方を変えれば、問題は腕力だけってことだよね? 腕力以外で指揮者に必要な素質を、ユウちゃんは全部持ってるじゃない。正確なテンポ感とリズム感も、音の狂いを聴き分ける耳のよさも、楽器についての知識も、全部あるじゃない。ユウちゃんが指揮している姿を見たら、陽奈子先生だってきっと喜ぶよ」と言った。この言葉に悠太郎の心はいくらか動かされた。悠太郎にとって恩師といえば、これまでに幼稚園や小学校で出会ったどんな先生よりも、ピアノ教室の佐藤陽奈子先生のことを意味した。二年生の夏にピアノを習い始めて以来、なんと豊かな魂の糧を陽奈子先生は与えてくれたことであろう。少しでもその恩師に報いることになるなら、悠太郎はどんなことでもしたかった。「ありがとう。まだ時間があるから、考えてみるよ。ぼくのことなんかを気に懸けてくれて、本当にありがとう」と悠太郎はようやく調った呼吸で言った。
照月湖のほとりの観光ホテル明鏡閣では、ゴールデンウィークが明けると梅雨入りの前に、赤い屋根のペンキが塗り直されることになった。ところが本社からの指示によって、新しく塗るペンキは緑色と決められた。これには社員食堂でお茶を飲んでいる従業員一同が、不審の念を禁じ得なかった。夏には緑の樹々のなかに緑の屋根では目立たないだろうと秀子は懸念を表明し、「迷彩でも施すようなものじゃない」と下膨れの顔に不安げな表情を浮かべながら低い声で言った。しかし黒縁の眼鏡の奥で狐目を吊り上げた春藤秋男さんは、「逆に紅葉の季節には目立つようになるぞ。毎年季節ごとに塗り直せばいいんだよ。夏の季節は赤い屋根に、秋の季節は緑の屋根に」と冗談のようなことを言って、何かに驚いたように不服そうに口を尖らせた。「ペンキ屋さんを雇わなくちゃいけませんね」とバイク好きの林浩一さんが応じ、人の好さそうな平たい顔をにこやかに笑わせた。サカエさんこと黒岩栄作支配人はしかし、薄黒いサングラスのせいばかりではない暗い顔つきで、「馬鹿を言うじゃねえ。塗るったっておめえ、ペンキ屋が塗るんじゃねえ、俺たちが自分で塗るんだものを。命綱なんざねえからな。二階とはいえドサーリ落ちりゃあおめえ、それっきりお陀仏よ」と言いながら、七三に分けたふさふさの髪を掻き上げた。板前の新海岳史さんは、にかっと歯を見せて泣き笑いのような顔をしたが、ふと思い出したように「マッチ箱の明鏡閣も色が変わるんですかねえ」と疑問を呈した。客室に置いてあるマッチ箱には、表の広い面に地面まで届く赤い屋根の建物が、水色の空と白い鷹繋山を背景に印刷されており、「六里ヶ原 照月湖温泉 観光ホテル明鏡閣」の文字と電話番号も記されていた。狭く細長い面には「東京案内所」として、九段北の工業新聞社ビルの七階にある本社の所在地と電話番号が印刷されていた。そのマッチ箱に描かれた屋根の色と、現実の明鏡閣の屋根の色が一致しなくなることを、新海さんは心配したわけであった。「もちろんそのことは俺も考えたよ」とサカエさんは煙草の煙を吐き出すと言った。「そこは次回発注分から屋根の部分を緑色に変えるように、俺から鈴木社長に言っておいた。だからまあ心配はあるめえ。青空の水色に屋根の緑はよく調和するから、今までよりいいマッチ箱になるかもしれねえ。だから俺たちはせいぜい命綱なしのバンジージャンプをやらかさねえように、気をつけて塗るだよ」
それからみんなはペンキの缶や刷毛やペイントローラーを手に、大広間の窓から続くキャノピーから二階の屋根に登った。そうは言ってもギョロ目のライサク老人こと桜井謙助さんは、ボート番小屋にいなければならなかったし、たらこ唇のマッちゃんこと新海松子さんは、レストラン照月湖ガーデンにいなければならなかったし、紫色の三角巾のおロク婆さんも、白い三角巾のおタキ婆さんも、モビレージの仕事があったから地上に残っていた。しかし明鏡閣の事務所に残って電話を受ける人員はひとりもいなかった。なんと電話機のコードを長く伸ばして、秀子がペンキを塗りながら屋根の上で予約や問い合わせの電話を受けたのである。当然のことながら、電話機のコードは緑色に汚れてしまった。事務所の電話機のコードは観光ホテル明鏡閣の終わりまで、緑のペンキに汚れたままであった。ともあれ屋根の上のみんなは、大騒ぎしながらどうにかペンキを塗っていった。濃くなりゆく緑と五月の青空を映して照月湖が揺らめくのを、いつになく高いところから見るのは奇妙な感じであった。ペンキの臭いを含んだ薫る風が、黄昏時の空のように湖畔に咲いた石楠花をふるわせながら吹き渡っていった。「それでもやっぱり美しいですね、ぼくらの湖畔は」と林浩一さんはしみじみ言ったが、一九八九年の十月に道路の舗装作業をしたとき、当時の支配人であった南塚亮平さんが、「うおっほ、うおっほ、うおっほ、まことに好日ですなあ。われらが湖畔は実に美しい」と言ったことを、あるいは思い出したのかもしれなかった。「そうともよ。腐っても鯛というが、濁っても照月湖よ」と黒岩サカエ現支配人が応じた。危険な箇所のペンキ塗りには、大工仕事にも長けたサカエさんの活躍が与って力があった。
そのサカエさんは作業を終えて、社員食堂でみんなとお茶を飲みながら、煙草の煙を口から輪っかの形にして連続で吐き出していたが、ペンキ塗りが上首尾に仕上がったにもかかわらず、暗い思いを忘れることができなかった。この不安はいったい何かと考え、マッチ箱の色のことだと思い当たって、サカエさんは本社に電話を入れることにした。社員食堂の電話機の受話器を取ったサカエさんは、ゼロ発信で本社の電話番号をプッシュした。「ああ、もしもし、明鏡閣の黒岩です。お疲れ様です。屋根のペンキ塗りは無事に完了しました。それでですね、前にもお話ししましたマッチ箱の件……そうです、屋根の色を赤から緑に刷り直す件ですね、あれについてはその後……ああ、追加発注した? 一万個を追加発注した? それじゃあ当然屋根の色は……何ですって? 赤い屋根のまま追加発注した? 一万個も? そんな馬鹿な! ええ? 作り直す手間と金が惜しいって社長が? そんな馬鹿な! それはあんまりですよ、そっちが緑に塗れと言うから、せっかく俺たちが……」
受話器の向こうの本社社員と話す黒岩支配人の悲痛な声を聞いて、みんなは事の成り行きを理解した。やがて投げつけるように受話器を置いたサカエさんは、がっくりとうなだれて深々と溜息をつくと、「馬鹿なのか? 鈴木社長は馬鹿なのか? 本社の連中も本社の連中だよ。こんな馬鹿なことをなぜ諫めねえ? 誰も彼も揃いも揃って無能なのか? それとも馬鹿なのか?」と吐き捨てた。こうした出来事が起こったことを、秀子はその日真壁の家に帰宅するや否や、激しく叩きつけるように自動車のドアを閉め、玄関のドアをがばと開けバタンと閉め、廊下をドスン・ドスン・ドスン・ドスン・ドスンと五歩踏み鳴らして、居間への引き戸をガラガラと開けると、悠太郎に洗いざらい話して聞かせたのである。そうしたことを悠太郎は宿題の日記に書き留めた。
しかし黒岩栄作支配人がいつまでも落ち込んでばかりはいなかったことを、悠太郎はまた秀子から聞かされてもいた。サカエ支配人は煙草をふかして早々に気持ちを切り替えると、「そうともよ、濁っても照月湖よ」とか「それでもやっぱり俺たちの湖畔は美しい」とか「この建物もだいぶ年季は入ってきたが、まだまだやりようはあるってもんだ」とか独り言を言いながら、事務所の執務机で明鏡閣のロゴが入ったメモ用紙にあれこれと書きなぐりつつ、七三に分けたふさふさの髪を搔き乱して考えをまとめていた。ほかの従業員と社員食堂で顔を合わせたときには、サカエさんは弓道やアーチェリーのことを話題にしたり、世界各地のエスニック料理について知りたがったりした。梅雨に入り、明鏡閣の緑色の三角屋根を雨がしきりと打っていたある日、ワインレッドの絨毯を敷いたロビーで、大面積のガラス窓から雨の環が次々と広がる照月湖を眺めながら、サカエさんは秀子に「考えていることがだいぶ煮詰まってきた。本社から考えるように言われている業績回復計画だよ。ひとつはあれで、もうひとつはあれで、あとひとつ欲しい。三つまとめて本社に認めさせれば、風向きはガラーリ変わるはずだ。さて三つめをどうしたもんかな……」と言った。天然木材仕上げの古い柱時計は時を刻んでいたが、その振り子は跛行するように釣り合いを失って揺れていた。秀子もまた緑色の水面が雨に波立つのを見ていたが、湖とはいいながら照月湖は実に小さいと改めて思ったとき、千代次が常々言っていたことを思い出したので、「周囲二キロですってね。老父がいつも言っているわ。増田ケンポウ社長の時代から、そういう触れ込みなんですって。湖を一周する遊歩道は、本当に二キロもあるかしら?」と疑問を呈した。「話半分としても一キロか」とサカエさんは応じたが、次の瞬間には突然手を打って「それだ!」と叫んだ。「雨がやんだら一度ちゃんと測定してみよう。二キロであれ一キロであれ、やりようによってはうまく使える。これは面白くなりそうだ」とサカエさんは言って含んだような笑いを立てた。そんな様子を聞かされていた悠太郎は、「サカエさんの奇策なら奇岩作戦ですね。黒い岩なら鬼押出しにたくさんありますから」と秀子に言ったことがあった。まだ全貌を現さないその作戦の実現を、悠太郎は心から楽しみにし始めた。そうしたことを悠太郎は宿題の日記に書き留めた。
そうであればこそ悠太郎は雨のやみ間に、昼休みと言わず放課後と言わず校庭を走り込んだのである。徒競走を想定して二百メートルトラックを一周したり、リレー競走を想定して半周したり、五十メートルや百メートルの直線コースを何度も何度もぶっ続けで猛ダッシュしたりすることが繰り返された。走ることが苦手な悠太郎は、しばしば足をもつれさせて転び、肘や膝に擦り傷を作っては、保健室にいる細面で色白の埴谷さやか先生の手当てを受けた(横沢先生は結婚して姓が変わっていた)。強い雨さえ降っていなければ、悠太郎は自暴自棄のようになって校庭を走り込んだ。あたかもそうすれば足の遅い自分の外殻が粉々に砕けて、そのなかから新たな俊足の自分が生まれてくるとでも考えているかのようであった。そうして無理に無理を重ねたある放課後に、悠太郎は息を切らして喘ぎながら四つん這いになっていた。そうしていても激しい呼吸は収まらず、むしろ激しい呼吸がなおいっそう激しい呼吸を生じさせるばかりであった。目の奥では花火のような緑色や紫色の光が、後から後から湧き出して不気味な形を作っては、消えるそばからまた湧き出した。手足と頭が痺れ始め、悠太郎は苦しさのあまりこのまま死ぬのではないかと思った。
「ユウくん、しっかりしなよ」という声とともに、すごい力で背中を叩かれるのを感じて悠太郎は咳き込んだ。悠太郎が顔を上げれば、叩いたのは甘楽第二集落の金谷涼子であった。かつて幼稚園へ向かうバスのなかでも、そんなふうにすごい力で肩を叩かれたことを悠太郎は思い出した。これでも本人にしてみれば、軽く叩いているつもりなのだろう――。咳き込みながらそんなことを考えているうちに、悠太郎は次第に落ち着きを取り戻してきた。見れば涼子が黒目がちな目を光らせているそばには諸星真花名もいて、きらきら光る茶色の目で悠太郎を気遣わしげに見守っていた。「どうも最近あんたの様子が変だっていうから、来てみればこのざまだよ。あんた何だってこんな無茶をするんだい?」と涼子は問うた。「ぼくはどうしても足が速くなりたいんだ。今年の運動会で手柄を立てなければ、祖父はぼくと母を家から追い出すと言うんだ」と身を起こしながら悠太郎は詰まりがちな声で答えた。「噂には聞いているけど、難しいね、あんたのところは」と涼子は応じて天を仰ぎ、「そんな家なら、いっそのこと出ていっちまったほうが楽になれるかもしれないよ。ユウくん、あんたはもっとお祖父さんに怒っていい。ひどいことをされているんだからさ。それで追い出されるなら、そのときはそのときじゃないか」と言った。「そういうわけにはいかないよ。祖父はあれでも可哀想な人なんだ。立派な孫に恵まれなかった気の毒な人なんだ。祖父の苛立ちや怒りを受けとめてあげることは、ぼくのせめてもの義務だよ。それに母は浅間観光という職場がとても好きなんだ。職場にいるときのほうが、家にいるときよりもよほどくつろげるんだそうだ。もしも祖父に家を追い出されたら、母はもうあの職場にいられなくなる。母は祖父の縁故で働いているんだからね。それに浅間観光は今が正念場なんだ。業績回復のための奇策が立案されつつある。ぼくはそれが本当に楽しみなんだ。照月湖の湖畔がまた賑やかになるところをぼくは見たい。だからぼくはどうしても、運動会で手柄を立てなければならないんだ」と悠太郎は胸中を語った。「そうは言うけどさ」と溜息をついた涼子は、「人には向き不向きがあるよ。足の速さなんていうものは生まれつきもあるし、今さらどうにかなるものでもないんじゃないのかい」と応じた。悠太郎もまた溜息をついて、「なすすべなしか。照月湖とも六里ヶ原とも、これでお別れか」と言った。しかし涼子は「そうは言っていないよ。あるんだよ、ひとつだけ、あんたが運動会で手柄を立てる方法が」と答え、「ユウくん、あんた鼓笛隊の楽器はどうするつもりだい?」と問うた。
そうだった、六年生は鼓笛隊で鍵盤ハーモニカではなく、太鼓やシンバルやベルリラといった打楽器を担当するのだと悠太郎は思い出した。音楽を好む悠太郎にしては迂闊なことに、速く走ることにばかり気を取られて、そんなことはすっかり忘れていた。「楽器かい? ああ、そうだったね」と悠太郎は応じるとしばし目を閉じて考え、「ベルリラがいいな」と答えた。「どうしてベルリラなんだい?」と涼子は、黒曜石のように光る目でまともに悠太郎の目を見ながら問うた。「どうしてって……そうだな、六年生が演奏する楽器のなかでは、ベルリラがピアノにいちばん近いからかな。打楽器でありながら鍵盤楽器でもあるというのが、ぼくには魅力的に思える」と悠太郎はごまかしたが、そう言いながらも隠しておいた真相の少なくとも半分までは、涼子の黒光りする目に見破られているなと思った。去年の運動会でベルリラを受け持ったのは佐藤留夏子であった。だからという思いはもちろんあった。だがそのまた奥にある憧れまでは、涼子の目にも見抜くことはできまいと悠太郎は考えていた。一年生のとき初めて見た鼓笛隊で、その楽器を受け持っていたのは誰であったか? それは今は亡き入江紀之にほかならなかった。紀之はいかにも湖の騎士らしく、竪琴の形のベルリラを長い腕で高々と捧げ持って、秋の青空から降る澄んだ日の光のなかへ銀色の音を打ち鳴らしていた。二本の黄色い房飾りのついた輝くベルリラと、ベレー帽を被ってそれを奏でる紀之の勇姿を、悠太郎は二重瞼の大きな目を黒々と見開いて、留夏子は眩しいものでも見るように切れ長の目を細めて、うっとりと見守っていた。ノリくんのようになりたいと、悠太郎はあの頃どれほど強く願ったか知れなかった。そしてついに悠太郎は、いちばん美しかった頃の紀之と同じ学年に達していた。そういうわけで悠太郎がベルリラを志望するのは、何ら不自然なことではなかった。悠太郎はそんなことを、涼子に説明して聞かせようとは思わなかった。そんなことは涼子が知らなくてよいことであったし、誰もぼくの心を完全に見抜くことはできないという思いが、悠太郎にわずかばかりの余裕と自信を与えていた。ベルリラへの志望は揺らぐことはないし、誰かに覆されることもないと悠太郎には思われた。ところが――。
真花名は涼子の隣で、わずかにしゃくれた顎を胸にくっつけるようにして黙っていたが、そのとき突然「ユウちゃん、指揮、一緒にやらない?」と、ふるえがちな声を励ますようにして提案した。悠太郎はシキというのが何のことかすぐには理解できず、遠い昔に好きだった四季折々の花の歌を思い出したが、やがて真花名の言わんとすることを悟ると、「何だって! 指揮? ぼくが? 無理だよ。そんなことができるわけないだろう」と呆れたように笑いながら言った。「メジャーバトンっていうんだっけ、指揮者が振るあの杖みたいなものは。ぼくは持ったことないけどさ、あれは見るからに重そうだよ。あんな重そうなものを、ぼくの細くて弱い腕で、マーチングが続くあいだじゅう振り回せると思うかい? しょせんぼくは、剣や斧を振るって戦うマカベウスのユダじゃないんだぜ。鼓笛隊の指揮者なんて、運動会の華だろう。虚弱なぼくの役割とは思えないよ」と悠太郎は真花名の提案を却下しようとしたが、「剣や斧ほど重くはないと思うよ」と真花名は反論し、「今から運動会までに速く走れるようになるよりも、マーチングのあいだバトンを振れるだけの腕力をつけるほうが、よっぽど現実味がある気がしない? ユウちゃんの言う通り、鼓笛隊の指揮者は運動会の華だよ。それができれば、たとえ速く走れなくても、お祖父さんは認めてくれるんじゃないの?」と悠太郎を説得した。「ユウくん、あたしは真花名と一緒に指揮をやるつもりだよ。実は真花名のところも、お祖母ちゃんが厳しくてちょっと大変なんだ。たびたび学級委員長なんかやってるのは、そういう事情があるからなんだ。まあ詳しくは言わないけどさ。あんたたちは似た者同士じゃないか。この際力を合わせて支え合ったらどうなんだい? あたしもあんたたちに協力するよ。あんたたちに嫌がらせをする奴がいたら、あたしがどやしつけてやる。三人でホイッスルを吹いて、メジャーバトンを振ろうじゃないか。どうだい?」と涼子も悠太郎に納得させようとした。悠太郎は真花名の家庭の問題を、わずかばかりとはいえ初めて知った。小柄な体に重いものを背負わされていることが不憫ではあった。しかし真花名は小柄であるとはいえ足もなかなか速いし、日頃から軟式テニスのラケットを振るっているから、腕力にも不足はないであろう。豪快で逞しい涼子は、キャベツやトウモロコシを詰め込んだ箱の持ち運びで鍛えた力があるから、メジャーバトンなど爪楊枝ほど軽々と扱えるであろう。それに比べて自分はどうかと悠太郎は考えた。「やっぱりぼくは、ふたりとは違うよ。一緒に指揮をしているところが、自分でもちょっと想像できない。ぼくの腕は弱いよ」と悠太郎は睫毛の長い目を悄然と伏せながら言った。しかし真花名は「考え方を変えれば、問題は腕力だけってことだよね? 腕力以外で指揮者に必要な素質を、ユウちゃんは全部持ってるじゃない。正確なテンポ感とリズム感も、音の狂いを聴き分ける耳のよさも、楽器についての知識も、全部あるじゃない。ユウちゃんが指揮している姿を見たら、陽奈子先生だってきっと喜ぶよ」と言った。この言葉に悠太郎の心はいくらか動かされた。悠太郎にとって恩師といえば、これまでに幼稚園や小学校で出会ったどんな先生よりも、ピアノ教室の佐藤陽奈子先生のことを意味した。二年生の夏にピアノを習い始めて以来、なんと豊かな魂の糧を陽奈子先生は与えてくれたことであろう。少しでもその恩師に報いることになるなら、悠太郎はどんなことでもしたかった。「ありがとう。まだ時間があるから、考えてみるよ。ぼくのことなんかを気に懸けてくれて、本当にありがとう」と悠太郎はようやく調った呼吸で言った。
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