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第十二章 人の望み
一
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ミサンガの環はまだ切れずに繋がっていた。赤と白と黒と黄色の刺繡糸が、代わる代わる現れるよう巧みに斜め編みされたミサンガは、悠太郎の右手首にあった。悠太郎は二重瞼の物問いたげな大きな目を黒々と見開きながら、そういうものが自分のもとにあることを改めて不思議に思った。それを編んでくれた人が言うには、着けていて自然に切れたとき願い事が叶うということであった。十一歳の誕生日に学校でそれをもらったときから、自分の願いは何だろうと悠太郎は考え続けていた。考えれば考えるほど、悠太郎には自分の願いが分からなくなった。そもそも自分ということが明らかではないのに、自分の願いを考えることは不可能であった。自分といい自分の願いといい考えれば考えるほど、揺らめき波立つ湖に映る像にも似て捉え難かった。自分の部屋の学習机で宿題の日記を書きながら悠太郎は、自分の願いをめぐって取り留めのないことを考えつつ、右手首に着けたミサンガに意識を向けた。鉛筆を持った指先が動くにつれて右手首もまた動き、ミサンガは日記帳のページや机に触れてさらさらと音を立てた。ぼくは何を願い、何を望むだろう。のんびりしたあんな夏休みが、いつまでも続いてほしいとは思ったな――。
夏休みといえば、真壁の家の隣に変電所ができたのはいつだったか、悠太郎は思い出そうとした。小学校に入る頃にはもうできていて、門の前が融雪舗装になっていたことに、悠太郎はテクノロジーを感じて興奮したものであった。冬に雪が降っても、門の前のアスファルトにだけは積もることがなかった。さすがは大きな電力会社だけあると悠太郎は感心した。その大きな電力会社は、夏ごとに千代次への挨拶としてお中元を贈ってよこした。それは新しいタオルを添えた果物ジュースの詰め合わせであった。梅子はパンチパーマの頭をゆらゆらと揺らしながら「ウッフフ、今年も来たねえ、電力さんからの貢ぎ物が」と言うのが常であった。悠太郎にしてみれば、大きな電力会社の社員が贈り物を抱えて真壁の家を訪問し、「いつもお世話になっております」などと畏まりながら千代次に頭を下げるのは悪い気がしなかったから、「貢ぎ物」という梅子の表現もまた気に入っていた。その「貢ぎ物」を何本か冷蔵庫に入れては、夏休みの楽しみとして飲むのである。悠太郎は果汁百パーセントの葡萄ジュースを特に好んでいた。遊びに来てくれた戸井田一輝と一緒に、テレビゲームをしながら飲むジュースはたまらなくおいしかった。
照月湖のほとりには、戸井田農園の売店ができていた。照月湖モビレージへ降りる坂道に近いあたりに、柱を地面に埋めて屋根を掛けただけの掘っ立て小屋が建てられたのであるが、その際には観光ホテル明鏡閣のサカエさんこと黒岩栄作さんが、ユンボを操縦して建設を手伝った。口まわりに黒々と濃いひげを生やした精悍な戸井田幹夫さんは、毎朝白い軽トラックに夏野菜を満載して真壁の家の前を通り、湖畔へ降りてはキュウリやナスやズッキーニやプッチーニやモロヘイヤやトウモロコシを掘っ立て小屋に陳列した。一輝はやや遅れて自転車で父親を追ってゆくのだが、時々は真壁の家に立ち寄った。昔懐かしいファミコンのディスクシステムの分厚い箱のような機械を、ナップサックに入れて背負ってきたこともあった。そんな一輝と古めかしいゲームに興じながら飲む葡萄ジュースは、悲しいほどの幸福感で悠太郎を満たした。一輝はいくらか鳥の嘴めいた唇を尖らせて、《メトロイド》や《ゼルダの伝説》や《迷宮寺院ダババ》の音楽を口笛で再現した。それらの音楽を悠太郎はまたピアノで再現してみせた。ディスクシステムの本体もそれらのソフトも古びていた。つまり一年一年は終わってきたのだ。一輝の口笛の音が消えるように、一九九四年の夏休みもまた、これまでの夏休みが終わってきたのと同じように終わってゆくのだ。そのことを思うと楽しく幸せなままで、悠太郎は深い悲しみに沈んだ。
ひとしきり真壁の家で遊んだ後、一輝は湖畔の売店へと降りてゆくのだが、午後には悠太郎のほうが戸井田売店を訪問することがあった。悠太郎が自転車を走らせる舗装された道には、たいてい自動車に轢かれた蛇の死骸が干乾びていた。一輝は前年にロックハート城で習得した「ラッサイマッセ」という挨拶で悠太郎を歓迎した。戸井田と真壁の母と子が、戸井田アオイさんの運転する自動車に乗ってロックハート城を訪れたのは、ちょうど皇太子の成婚パレードの日であった。その六月九日はもう梅雨に入っていたので、四人はめいめい傘を持っていったが、スコットランドからはるばる移築されたという石造りの城を訪ねる頃には晴れ間に恵まれたから、悠太郎と一輝は甲冑を身に着けた西洋の騎士になり切り、閉じた雨傘を剣に見立てて打ち合った。城の入口で客を迎えていたのは、ヨーロッパ人かアメリカ人か定かではないがとにかく白人で、「イラッサイマッセ」と片言の日本語で呼びかけるのだが、その際に冒頭の「イ」の音を前倒しにして発音したので、ピアノを習っていた悠太郎はそれをアウフタクトのようだと感じた。ところが一輝にとっては、その前倒しに発音されるアウフタクトの「イ」の音が、なかったことになってしまうらしいのである。一輝はその片言を「ラッサイマッセ」と物真似して譲らなかった。これを悠太郎はひどく不思議なことだと感じた。ところで皇太子の成婚パレードが行なわれたその日の昼食に、ふた組の親子はファミリーレストランでイカ墨スパゲッティーを食べたのだが、悠太郎はその土臭いような生臭いような臭いを、ハイロン集落の田茂さんの家の土間に喩えた。いつかあの家で田茂喜三郎さんは皺だらけのひょうたん顔に人懐っこい笑いを浮かべながら、金銀のアルミ箔で包まれたマグロブロックを肴に、千代次とビールを酌み交わしつつ、満洲国の皇帝として担ぎ出されたラストエンペラーについて、また中国残留孤児の肉親捜しについて語っていたものであった。地母神のようなアオイさんはその喩えをひどく面白がって、「田茂さんの土間の臭い!」と浅い呼吸で繰り返しては、ドングリまなこをくりくりと動かしながらころころと笑いこけたし、一輝もまた抱腹絶倒した。一輝の「ラッサイマッセ」は、悠太郎にそんな思い出を呼び起こした。
そんなアオイさんもたいていは売店にいて、幹夫さんが七輪でトウモロコシを焼くあいだ、お客さんからお金を受け取ったり釣銭を返したりして働いていた。幹夫さんは考えたもので、七輪の炭火を起こすとき、髪を乾かすドライヤーで風を吹き込んだから、火の粉が盛大に舞い上がった。幹夫さんは刷毛でタレを塗りながらトウモロコシを香ばしく焼き上げると、口まわりに黒々と濃いひげを生やした顔に満面の笑みを湛えながら、「ほれ!」というぶっきら棒なひと言とともに、悠太郎にそれを差し出した。一輝は冷やしてあったビー玉瓶入りのラムネを持ってきた。栓になっているビー玉を落としたとき中身が噴き出すことを嫌った一輝は、プラスチックのキャップを逆ねじに回してビー玉を取り出す方法を悠太郎に教えた。悠太郎は感謝とともに、過ぎゆく時を味わい尽くそうとでもするかのように、香ばしく甘じょっぱい焼きトウモロコシにかじりつき、炭酸が爽やかなラムネを飲んだ。トウモロコシの甘みを引き立てるこのタレはどうやって作るのかと尋ねる悠太郎に、アオイさんは「秘伝のタレよ。継ぎ足し継ぎ足し使ってるの」と浅い呼吸で冗談を言ってころころと笑いこけた。炭火を煽るための団扇は、すぐに火の粉で紙が焼け焦げてプラスチックの骨ばかりになってしまった。見かねた悠太郎があるとき、アルミホイルを貼って工夫した防火団扇を売店に持参すると、幹夫さんは満面の笑みを輝かせて喜んだ。しかし防火団扇のアルミホイルもまた、繰り返し火の粉を浴びるうちに、やはり焼け焦げてしまうのであった。別のある夕方、店じまいをして帰るアオイさんは真壁の家に立ち寄ると、うっすらと白みがかった緑色のカボチャをひとつ悠太郎に手渡しながら、「ユウくん、これおうちの人と食べて。これは雪化粧、あたし厚化粧。あっはっは」と言って笑いこけた。急な坂道の下の戸井田売店と、急な坂道の上の真壁の家で、そうした楽しい交流が夏休みのあいだじゅう続いた。
今年の夏休みといえば、あんなこともまたあったなと悠太郎は、右手首のミサンガを眺めながら思い出した。ハイロン集落の通学班に編入された入江いづみが、朝のラジオ体操に出てこないのである。兄の紀之を亡くしたために荒んでいるのか、年の離れた姉や兄の影響でもともと生活が不規則だったのか、とにかく朝起きてハイロン集落の公民館まで来ることがいづみにはできなかった。そこで六年生のスケちゃこと早川大輔の母親が心配し、軽自動車を飛ばしてホテル・スワンズハートまで迎えにゆくようになった。北軽井沢のバス停からの道路が開拓集落の方面と熊川方面に分かれるところに、三角形の小さな土地があった。入江信次郎シェフが管理人として入ったホテル・スワンズハートはその土地に建てられていたので、梅子はパンチパーマの頭をゆらゆらと揺らしながら「ウッフフ、三角屋敷」とそれを呼び習わしていた。常に口角を上げたぽっちゃり顔の早川静子さんがなだめすかして、毎朝いづみを軽自動車に乗せては、ハイロン集落の公民館まで運んだ。耳を垂らした子ウサギのような髪型をした入江いづみは、目の開き具合を変えることなく眉を水平に持ち上げながら、瞼に眠たげな気怠さを表したままラジオ体操を済ませると、また早川静子さんの軽自動車に乗ってスワンズハートまで帰っていった。そんな母親といづみを見送った大輔は、歩いて別荘の管理事務所まで帰るのだが、例によって途中までは悠太郎と一緒であった。大輔はカモメのように繋がった太い眉毛をひそめながら、「早寝早起き病知らずというからな。今からそれができないいづみが心配だな」と言った。浅間隠の連山の方角から昇った日の光が、雑木林を透かしてカーテンのように地上に降り注いでいた。
ある日その大輔が真壁の家に遊びに来た。ちょうど千代次は資産運用に関わる用事で高崎へ出掛けていたし、梅子はゴルフ場のパートに出ていたし、秀子はもちろん観光ホテル明鏡閣で働いていたから、家には悠太郎と大輔だけがいた。ふたりの少年は果汁百パーセントの葡萄ジュースを飲みながらファミコンに興じ、またいつか約束した通り悠太郎は大輔にピアノを弾いて聞かせたりした。悠太郎が弾くブルグミュラーの〈バラード〉が醸し出す魔神的な不気味さを、大輔は「古いお城に幽霊でも出そうだな」と言って面白がった。それからふたりはフリスビーでも投げ合おうとして屋外へ出た。
「あれを見ろ、悠太郎」と大輔は、雑木林の高いところを指さした。大輔が目聡く見つけたのは蜂の巣であった。「あそこにスズメバチの巣があるぞ。見ていろ悠太郎、俺が破壊してやろう」と、大人の監督を受けていないために大胆になった大輔は言うと、道に敷かれた砂利のひとつを手に取った。悠太郎はそれを聞いて恐ろしくなり、「よしなよスケちゃ、危ないことはするものじゃないよ」と言って止めようとした。「危ない橋も時には渡れというだろう。まあそんなに心配するな。俺は野球部というわけじゃないからな。コントロールが悪いから、まず当たりはせんよ」と言って大輔は小石を投げた。小石は目標を大きく逸れて落ちたが、大輔は次なる小石を拾い上げた。「スケちゃ、よしなったら。もし当たったらどうするのさ」と悠太郎は、恐怖してなおも止めた。「そのときは逃げるのみだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず!」――「よしなよ。こんな危ないことをして、何が手に入るわけでもないんだよ」――小石は投げられ、最初のときよりも目標に近いところを横切って落ちた。大輔はさらに次なる小石を拾い上げ、「義を見てせざるは勇なきなり!」と言った。「スケちゃ、もうよしなったら。こんなことのどこに義があるのさ? これじゃ匹夫の勇だよ」と悠太郎が止めるのにも構わず大輔が投げた小石は、あろうことかスズメバチの巣を直撃した。「逃げろ!」と大輔は叫び、ふたりの少年は大慌てで家のなかへ飛び込むと、ありとあらゆるドアと窓を大急ぎで閉め固めた。怒り狂ったスズメバチが次から次へと窓を打つのを、ふたりの少年は息を殺して聞いていた。やがてしばらく時が経つと、毒針を持った死の天使たちは攻撃をやめたので、窮地を脱した少年たちは安堵の息をついた。
それから何日も経った後のことであったが、水道屋の森山サダム爺さんが千代次を訪ねて来た。サダム爺さんはてらてらした赤ら顔に笑いを浮かべながら、「それだけえどあれだね真壁さん、木村さんも気の毒なことだったのう」とドラ猫のような声でがなり立てた。千代次は眼鏡の奥で極度に細い近視の目をしばたたきながら、「ミツル爺さんがどうかしたかい?」と尋ねた。「死んだだよ真壁さん! スズメバチに刺されて木村さんは死んだだよ!」とサダム爺さんが答えるのを聞いて、悠太郎は蒼白になった。サダム爺さんの話によれば、炭焼きを生業として森に分け入っていた木村ミツル爺さんがスズメバチに刺されたのは、これが初めてではなかったという。千代次は驚いて極度に細い目を見開いた。悠太郎は人の命の儚さを改めて思い知るとともに、あの日自分を襲おうとしたスズメバチの唸りを思い出して背筋を冷たくした。
そんなことがあっただけに、お盆休みに田無から六里ヶ原へ帰省してきた正子伯母様が、少し早い誕生日プレゼントにと買ってきてくれたものを見たとき、悠太郎の胸は喜びに高鳴った。ヒデッサ伯父様こと森山英久は、「空軍」もとい航空自衛隊の任務で八戸に単身赴任していたから、正子伯母様はひとりで来たのである。「これ、ユウちゃんにぴったりだと思って」と正子伯母様が聡明そうな眼差しを悠太郎に注ぎながら手渡したものは、ヘンデルが作曲したオラトリオ《マカベウスのユダ》を収録した二枚組のCDであった。箱には黒地に白いアルファベットで作曲家と作品名と演奏家が記され、楕円の枠のなかに勇ましい戦士の姿が描かれていた。黒い馬に跨ったその戦士は左手を天に挙げ、右手では戦斧を振るい、腰には幅広の剣を提げていた。この戦士がマカベウスのユダなのだろうかと悠太郎は、日本語のブックレットを夢中で読んだ。英語とフランス語とドイツ語で――そう正子伯母様が教えてくれた――解説と歌詞が記されたブックレットとは、それは別冊になっていた。日本語訳を英語の歌詞と照らし合わせながら、そして千代次に教わった通りしばしば英和辞典を引きながら、悠太郎は夢中でCDラジカセから流れる音楽に聴き入った。それはなんという音楽であったことか! 付点のリズムで重々しく始まり、やがて嵐の予感を孕んだようなフーガが展開される序曲に続いて、ユダヤ人解放闘争の指導者マタティアの死を悼む合唱が、「汝等の勇者にして友にして父なる人はもはやなし」と嘆き、イスラエルの男女の独唱と合唱が嘆きを重ねる。だが「この悲嘆の嵐のすべては無駄ではない」というバスの声の力強い言葉とともに、マタティアの息子である祭司シモンが立ち上がり、おのが兄弟であるマカベウスのユダを、亡き父親の後継者として指名する。ついにユダがテノールの声で歌い出す。かつてヨシュアの声に従って、太陽が中天に留まったときのように戦おうと言うユダは、「勝利する剣の栄光は偉大なり」とアリアを歌う。そのアリアのコロラトゥーラを悠太郎は、一オクターヴ高いボーイソプラノの声で、CDに合わせて真似しようとした。繰り返しCDを聴くうちに真壁悠太郎の弱い腕は、マカベウスのユダの力強い腕と完全に同一化していた。悠太郎はしかし勇壮な曲の数々に心を躍らせる一方で、第一幕にあるイスラエルの女の静謐なアリアをとりわけ好んだ。「おお自由よ、汝こよなき宝よ」というその瞑想的なアリアを伴奏するチェンバロの音は、静まった湖の明るい水面に花びらを撒くようだと悠太郎は感じた。
それでね、ユダはアポロニウスとセロンの軍勢を打ち負かすんだよ。イスラエルの女が言うにはね、ユダは巨人のように胸当てを着けて、獲物に跳びかかるライオンのように強かったんだって。凱旋したユダが言うにはね、傲慢な敵どもは、神の見えざる手がこの弱い体を導いているとは夢にも思わないんだって。ユダは自分の体のことをmachineと言うんだよ。生身の人間をマシーンだなんて、面白い表現だよね。幸せなユダヤは救われたかに見える。ところがそこへ使者が恐ろしい知らせを持ってくるんだ。敵の王様アンティオコスが、軍司令官のゴルギアスに命じて、エジプトから大軍を差し向けてくるというんだよ。ユダヤ人たちは喜びの絶頂から、一挙に絶望のどん底へ突き落とされる。ところが祭司シモンも戦士ユダも挫けない。「ゴルギアスに立ち向かおう。トランペットを吹き鳴らせ!」とユダは歌う。「戦場は汝のもの、聖域はわがもの」と言ってシモンはユダの勝利を祈るんだ。そうして出陣した戦いでユダは勝つ。使者が言うにはね、ユダは象に乗った強敵ニカノルを討ち取ったんだ。そして若者たちの合唱が歌うのは何だと思う? 運動会の表彰式で流れる〈得賞歌〉だよ! 「見よ、勝利の勇者がやって来る! トランペットを吹き鳴らせ、太鼓を打ち鳴らせ。祝祭の支度をせよ、月桂冠を持ってこい、勝利の歌を彼にうたえ」と、まずは女声合唱が歌うんだ。吹奏楽では重々しい音楽になっているけど、本当はとても軽快な合唱なんだよ。それから同じメロディーを、イスラエルの女と男が二重唱で歌う。「見よ、神のような若者が進んでくるのを! 笛を吹き鳴らせ、踊りを導け。神々しい勇者の額を飾るために、ミルテと薔薇の花冠を編め」ってね。すると今度は男声も加わった合唱でまた「見よ、勝利の勇者がやって来る! トランペットを吹き鳴らせ、太鼓を打ち鳴らせ。祝祭の支度をせよ、月桂冠を持ってこい、勝利の歌を彼にうたえ」と繰り返されるんだけど、そのときに打ち鳴らされる小太鼓の音の物凄いこと! それはもう遠くから怒涛のように迫ってくるんだ。あれを聴くとね、ぼくは自分が本当に凱旋の勇者マカベウスのユダであるような気がするんだ。このオラトリオはね、スコットランドから凱旋するカンバーランド公爵の勝利を祝うために、ヘンデルが作曲したんだよ。カンバーランド公爵は軍勢を率いて、ジャコバイトの乱を鎮圧したんだよ――。そんなことを悠太郎は二学期が始まると、小学校で誰彼となく話して聞かせた。スコットランドとかカンバーランドとかジャコバイトの乱とかいった難しいことが、悠太郎にはまだよく分からなかった。しかし分からないなりに、家の本棚にある『国民百科事典』を引いて調べるのは楽しかった。
夏休みといえば、真壁の家の隣に変電所ができたのはいつだったか、悠太郎は思い出そうとした。小学校に入る頃にはもうできていて、門の前が融雪舗装になっていたことに、悠太郎はテクノロジーを感じて興奮したものであった。冬に雪が降っても、門の前のアスファルトにだけは積もることがなかった。さすがは大きな電力会社だけあると悠太郎は感心した。その大きな電力会社は、夏ごとに千代次への挨拶としてお中元を贈ってよこした。それは新しいタオルを添えた果物ジュースの詰め合わせであった。梅子はパンチパーマの頭をゆらゆらと揺らしながら「ウッフフ、今年も来たねえ、電力さんからの貢ぎ物が」と言うのが常であった。悠太郎にしてみれば、大きな電力会社の社員が贈り物を抱えて真壁の家を訪問し、「いつもお世話になっております」などと畏まりながら千代次に頭を下げるのは悪い気がしなかったから、「貢ぎ物」という梅子の表現もまた気に入っていた。その「貢ぎ物」を何本か冷蔵庫に入れては、夏休みの楽しみとして飲むのである。悠太郎は果汁百パーセントの葡萄ジュースを特に好んでいた。遊びに来てくれた戸井田一輝と一緒に、テレビゲームをしながら飲むジュースはたまらなくおいしかった。
照月湖のほとりには、戸井田農園の売店ができていた。照月湖モビレージへ降りる坂道に近いあたりに、柱を地面に埋めて屋根を掛けただけの掘っ立て小屋が建てられたのであるが、その際には観光ホテル明鏡閣のサカエさんこと黒岩栄作さんが、ユンボを操縦して建設を手伝った。口まわりに黒々と濃いひげを生やした精悍な戸井田幹夫さんは、毎朝白い軽トラックに夏野菜を満載して真壁の家の前を通り、湖畔へ降りてはキュウリやナスやズッキーニやプッチーニやモロヘイヤやトウモロコシを掘っ立て小屋に陳列した。一輝はやや遅れて自転車で父親を追ってゆくのだが、時々は真壁の家に立ち寄った。昔懐かしいファミコンのディスクシステムの分厚い箱のような機械を、ナップサックに入れて背負ってきたこともあった。そんな一輝と古めかしいゲームに興じながら飲む葡萄ジュースは、悲しいほどの幸福感で悠太郎を満たした。一輝はいくらか鳥の嘴めいた唇を尖らせて、《メトロイド》や《ゼルダの伝説》や《迷宮寺院ダババ》の音楽を口笛で再現した。それらの音楽を悠太郎はまたピアノで再現してみせた。ディスクシステムの本体もそれらのソフトも古びていた。つまり一年一年は終わってきたのだ。一輝の口笛の音が消えるように、一九九四年の夏休みもまた、これまでの夏休みが終わってきたのと同じように終わってゆくのだ。そのことを思うと楽しく幸せなままで、悠太郎は深い悲しみに沈んだ。
ひとしきり真壁の家で遊んだ後、一輝は湖畔の売店へと降りてゆくのだが、午後には悠太郎のほうが戸井田売店を訪問することがあった。悠太郎が自転車を走らせる舗装された道には、たいてい自動車に轢かれた蛇の死骸が干乾びていた。一輝は前年にロックハート城で習得した「ラッサイマッセ」という挨拶で悠太郎を歓迎した。戸井田と真壁の母と子が、戸井田アオイさんの運転する自動車に乗ってロックハート城を訪れたのは、ちょうど皇太子の成婚パレードの日であった。その六月九日はもう梅雨に入っていたので、四人はめいめい傘を持っていったが、スコットランドからはるばる移築されたという石造りの城を訪ねる頃には晴れ間に恵まれたから、悠太郎と一輝は甲冑を身に着けた西洋の騎士になり切り、閉じた雨傘を剣に見立てて打ち合った。城の入口で客を迎えていたのは、ヨーロッパ人かアメリカ人か定かではないがとにかく白人で、「イラッサイマッセ」と片言の日本語で呼びかけるのだが、その際に冒頭の「イ」の音を前倒しにして発音したので、ピアノを習っていた悠太郎はそれをアウフタクトのようだと感じた。ところが一輝にとっては、その前倒しに発音されるアウフタクトの「イ」の音が、なかったことになってしまうらしいのである。一輝はその片言を「ラッサイマッセ」と物真似して譲らなかった。これを悠太郎はひどく不思議なことだと感じた。ところで皇太子の成婚パレードが行なわれたその日の昼食に、ふた組の親子はファミリーレストランでイカ墨スパゲッティーを食べたのだが、悠太郎はその土臭いような生臭いような臭いを、ハイロン集落の田茂さんの家の土間に喩えた。いつかあの家で田茂喜三郎さんは皺だらけのひょうたん顔に人懐っこい笑いを浮かべながら、金銀のアルミ箔で包まれたマグロブロックを肴に、千代次とビールを酌み交わしつつ、満洲国の皇帝として担ぎ出されたラストエンペラーについて、また中国残留孤児の肉親捜しについて語っていたものであった。地母神のようなアオイさんはその喩えをひどく面白がって、「田茂さんの土間の臭い!」と浅い呼吸で繰り返しては、ドングリまなこをくりくりと動かしながらころころと笑いこけたし、一輝もまた抱腹絶倒した。一輝の「ラッサイマッセ」は、悠太郎にそんな思い出を呼び起こした。
そんなアオイさんもたいていは売店にいて、幹夫さんが七輪でトウモロコシを焼くあいだ、お客さんからお金を受け取ったり釣銭を返したりして働いていた。幹夫さんは考えたもので、七輪の炭火を起こすとき、髪を乾かすドライヤーで風を吹き込んだから、火の粉が盛大に舞い上がった。幹夫さんは刷毛でタレを塗りながらトウモロコシを香ばしく焼き上げると、口まわりに黒々と濃いひげを生やした顔に満面の笑みを湛えながら、「ほれ!」というぶっきら棒なひと言とともに、悠太郎にそれを差し出した。一輝は冷やしてあったビー玉瓶入りのラムネを持ってきた。栓になっているビー玉を落としたとき中身が噴き出すことを嫌った一輝は、プラスチックのキャップを逆ねじに回してビー玉を取り出す方法を悠太郎に教えた。悠太郎は感謝とともに、過ぎゆく時を味わい尽くそうとでもするかのように、香ばしく甘じょっぱい焼きトウモロコシにかじりつき、炭酸が爽やかなラムネを飲んだ。トウモロコシの甘みを引き立てるこのタレはどうやって作るのかと尋ねる悠太郎に、アオイさんは「秘伝のタレよ。継ぎ足し継ぎ足し使ってるの」と浅い呼吸で冗談を言ってころころと笑いこけた。炭火を煽るための団扇は、すぐに火の粉で紙が焼け焦げてプラスチックの骨ばかりになってしまった。見かねた悠太郎があるとき、アルミホイルを貼って工夫した防火団扇を売店に持参すると、幹夫さんは満面の笑みを輝かせて喜んだ。しかし防火団扇のアルミホイルもまた、繰り返し火の粉を浴びるうちに、やはり焼け焦げてしまうのであった。別のある夕方、店じまいをして帰るアオイさんは真壁の家に立ち寄ると、うっすらと白みがかった緑色のカボチャをひとつ悠太郎に手渡しながら、「ユウくん、これおうちの人と食べて。これは雪化粧、あたし厚化粧。あっはっは」と言って笑いこけた。急な坂道の下の戸井田売店と、急な坂道の上の真壁の家で、そうした楽しい交流が夏休みのあいだじゅう続いた。
今年の夏休みといえば、あんなこともまたあったなと悠太郎は、右手首のミサンガを眺めながら思い出した。ハイロン集落の通学班に編入された入江いづみが、朝のラジオ体操に出てこないのである。兄の紀之を亡くしたために荒んでいるのか、年の離れた姉や兄の影響でもともと生活が不規則だったのか、とにかく朝起きてハイロン集落の公民館まで来ることがいづみにはできなかった。そこで六年生のスケちゃこと早川大輔の母親が心配し、軽自動車を飛ばしてホテル・スワンズハートまで迎えにゆくようになった。北軽井沢のバス停からの道路が開拓集落の方面と熊川方面に分かれるところに、三角形の小さな土地があった。入江信次郎シェフが管理人として入ったホテル・スワンズハートはその土地に建てられていたので、梅子はパンチパーマの頭をゆらゆらと揺らしながら「ウッフフ、三角屋敷」とそれを呼び習わしていた。常に口角を上げたぽっちゃり顔の早川静子さんがなだめすかして、毎朝いづみを軽自動車に乗せては、ハイロン集落の公民館まで運んだ。耳を垂らした子ウサギのような髪型をした入江いづみは、目の開き具合を変えることなく眉を水平に持ち上げながら、瞼に眠たげな気怠さを表したままラジオ体操を済ませると、また早川静子さんの軽自動車に乗ってスワンズハートまで帰っていった。そんな母親といづみを見送った大輔は、歩いて別荘の管理事務所まで帰るのだが、例によって途中までは悠太郎と一緒であった。大輔はカモメのように繋がった太い眉毛をひそめながら、「早寝早起き病知らずというからな。今からそれができないいづみが心配だな」と言った。浅間隠の連山の方角から昇った日の光が、雑木林を透かしてカーテンのように地上に降り注いでいた。
ある日その大輔が真壁の家に遊びに来た。ちょうど千代次は資産運用に関わる用事で高崎へ出掛けていたし、梅子はゴルフ場のパートに出ていたし、秀子はもちろん観光ホテル明鏡閣で働いていたから、家には悠太郎と大輔だけがいた。ふたりの少年は果汁百パーセントの葡萄ジュースを飲みながらファミコンに興じ、またいつか約束した通り悠太郎は大輔にピアノを弾いて聞かせたりした。悠太郎が弾くブルグミュラーの〈バラード〉が醸し出す魔神的な不気味さを、大輔は「古いお城に幽霊でも出そうだな」と言って面白がった。それからふたりはフリスビーでも投げ合おうとして屋外へ出た。
「あれを見ろ、悠太郎」と大輔は、雑木林の高いところを指さした。大輔が目聡く見つけたのは蜂の巣であった。「あそこにスズメバチの巣があるぞ。見ていろ悠太郎、俺が破壊してやろう」と、大人の監督を受けていないために大胆になった大輔は言うと、道に敷かれた砂利のひとつを手に取った。悠太郎はそれを聞いて恐ろしくなり、「よしなよスケちゃ、危ないことはするものじゃないよ」と言って止めようとした。「危ない橋も時には渡れというだろう。まあそんなに心配するな。俺は野球部というわけじゃないからな。コントロールが悪いから、まず当たりはせんよ」と言って大輔は小石を投げた。小石は目標を大きく逸れて落ちたが、大輔は次なる小石を拾い上げた。「スケちゃ、よしなったら。もし当たったらどうするのさ」と悠太郎は、恐怖してなおも止めた。「そのときは逃げるのみだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず!」――「よしなよ。こんな危ないことをして、何が手に入るわけでもないんだよ」――小石は投げられ、最初のときよりも目標に近いところを横切って落ちた。大輔はさらに次なる小石を拾い上げ、「義を見てせざるは勇なきなり!」と言った。「スケちゃ、もうよしなったら。こんなことのどこに義があるのさ? これじゃ匹夫の勇だよ」と悠太郎が止めるのにも構わず大輔が投げた小石は、あろうことかスズメバチの巣を直撃した。「逃げろ!」と大輔は叫び、ふたりの少年は大慌てで家のなかへ飛び込むと、ありとあらゆるドアと窓を大急ぎで閉め固めた。怒り狂ったスズメバチが次から次へと窓を打つのを、ふたりの少年は息を殺して聞いていた。やがてしばらく時が経つと、毒針を持った死の天使たちは攻撃をやめたので、窮地を脱した少年たちは安堵の息をついた。
それから何日も経った後のことであったが、水道屋の森山サダム爺さんが千代次を訪ねて来た。サダム爺さんはてらてらした赤ら顔に笑いを浮かべながら、「それだけえどあれだね真壁さん、木村さんも気の毒なことだったのう」とドラ猫のような声でがなり立てた。千代次は眼鏡の奥で極度に細い近視の目をしばたたきながら、「ミツル爺さんがどうかしたかい?」と尋ねた。「死んだだよ真壁さん! スズメバチに刺されて木村さんは死んだだよ!」とサダム爺さんが答えるのを聞いて、悠太郎は蒼白になった。サダム爺さんの話によれば、炭焼きを生業として森に分け入っていた木村ミツル爺さんがスズメバチに刺されたのは、これが初めてではなかったという。千代次は驚いて極度に細い目を見開いた。悠太郎は人の命の儚さを改めて思い知るとともに、あの日自分を襲おうとしたスズメバチの唸りを思い出して背筋を冷たくした。
そんなことがあっただけに、お盆休みに田無から六里ヶ原へ帰省してきた正子伯母様が、少し早い誕生日プレゼントにと買ってきてくれたものを見たとき、悠太郎の胸は喜びに高鳴った。ヒデッサ伯父様こと森山英久は、「空軍」もとい航空自衛隊の任務で八戸に単身赴任していたから、正子伯母様はひとりで来たのである。「これ、ユウちゃんにぴったりだと思って」と正子伯母様が聡明そうな眼差しを悠太郎に注ぎながら手渡したものは、ヘンデルが作曲したオラトリオ《マカベウスのユダ》を収録した二枚組のCDであった。箱には黒地に白いアルファベットで作曲家と作品名と演奏家が記され、楕円の枠のなかに勇ましい戦士の姿が描かれていた。黒い馬に跨ったその戦士は左手を天に挙げ、右手では戦斧を振るい、腰には幅広の剣を提げていた。この戦士がマカベウスのユダなのだろうかと悠太郎は、日本語のブックレットを夢中で読んだ。英語とフランス語とドイツ語で――そう正子伯母様が教えてくれた――解説と歌詞が記されたブックレットとは、それは別冊になっていた。日本語訳を英語の歌詞と照らし合わせながら、そして千代次に教わった通りしばしば英和辞典を引きながら、悠太郎は夢中でCDラジカセから流れる音楽に聴き入った。それはなんという音楽であったことか! 付点のリズムで重々しく始まり、やがて嵐の予感を孕んだようなフーガが展開される序曲に続いて、ユダヤ人解放闘争の指導者マタティアの死を悼む合唱が、「汝等の勇者にして友にして父なる人はもはやなし」と嘆き、イスラエルの男女の独唱と合唱が嘆きを重ねる。だが「この悲嘆の嵐のすべては無駄ではない」というバスの声の力強い言葉とともに、マタティアの息子である祭司シモンが立ち上がり、おのが兄弟であるマカベウスのユダを、亡き父親の後継者として指名する。ついにユダがテノールの声で歌い出す。かつてヨシュアの声に従って、太陽が中天に留まったときのように戦おうと言うユダは、「勝利する剣の栄光は偉大なり」とアリアを歌う。そのアリアのコロラトゥーラを悠太郎は、一オクターヴ高いボーイソプラノの声で、CDに合わせて真似しようとした。繰り返しCDを聴くうちに真壁悠太郎の弱い腕は、マカベウスのユダの力強い腕と完全に同一化していた。悠太郎はしかし勇壮な曲の数々に心を躍らせる一方で、第一幕にあるイスラエルの女の静謐なアリアをとりわけ好んだ。「おお自由よ、汝こよなき宝よ」というその瞑想的なアリアを伴奏するチェンバロの音は、静まった湖の明るい水面に花びらを撒くようだと悠太郎は感じた。
それでね、ユダはアポロニウスとセロンの軍勢を打ち負かすんだよ。イスラエルの女が言うにはね、ユダは巨人のように胸当てを着けて、獲物に跳びかかるライオンのように強かったんだって。凱旋したユダが言うにはね、傲慢な敵どもは、神の見えざる手がこの弱い体を導いているとは夢にも思わないんだって。ユダは自分の体のことをmachineと言うんだよ。生身の人間をマシーンだなんて、面白い表現だよね。幸せなユダヤは救われたかに見える。ところがそこへ使者が恐ろしい知らせを持ってくるんだ。敵の王様アンティオコスが、軍司令官のゴルギアスに命じて、エジプトから大軍を差し向けてくるというんだよ。ユダヤ人たちは喜びの絶頂から、一挙に絶望のどん底へ突き落とされる。ところが祭司シモンも戦士ユダも挫けない。「ゴルギアスに立ち向かおう。トランペットを吹き鳴らせ!」とユダは歌う。「戦場は汝のもの、聖域はわがもの」と言ってシモンはユダの勝利を祈るんだ。そうして出陣した戦いでユダは勝つ。使者が言うにはね、ユダは象に乗った強敵ニカノルを討ち取ったんだ。そして若者たちの合唱が歌うのは何だと思う? 運動会の表彰式で流れる〈得賞歌〉だよ! 「見よ、勝利の勇者がやって来る! トランペットを吹き鳴らせ、太鼓を打ち鳴らせ。祝祭の支度をせよ、月桂冠を持ってこい、勝利の歌を彼にうたえ」と、まずは女声合唱が歌うんだ。吹奏楽では重々しい音楽になっているけど、本当はとても軽快な合唱なんだよ。それから同じメロディーを、イスラエルの女と男が二重唱で歌う。「見よ、神のような若者が進んでくるのを! 笛を吹き鳴らせ、踊りを導け。神々しい勇者の額を飾るために、ミルテと薔薇の花冠を編め」ってね。すると今度は男声も加わった合唱でまた「見よ、勝利の勇者がやって来る! トランペットを吹き鳴らせ、太鼓を打ち鳴らせ。祝祭の支度をせよ、月桂冠を持ってこい、勝利の歌を彼にうたえ」と繰り返されるんだけど、そのときに打ち鳴らされる小太鼓の音の物凄いこと! それはもう遠くから怒涛のように迫ってくるんだ。あれを聴くとね、ぼくは自分が本当に凱旋の勇者マカベウスのユダであるような気がするんだ。このオラトリオはね、スコットランドから凱旋するカンバーランド公爵の勝利を祝うために、ヘンデルが作曲したんだよ。カンバーランド公爵は軍勢を率いて、ジャコバイトの乱を鎮圧したんだよ――。そんなことを悠太郎は二学期が始まると、小学校で誰彼となく話して聞かせた。スコットランドとかカンバーランドとかジャコバイトの乱とかいった難しいことが、悠太郎にはまだよく分からなかった。しかし分からないなりに、家の本棚にある『国民百科事典』を引いて調べるのは楽しかった。
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