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【本幕・第12章】清廉な加奈子さんっ
5.姉の母から秘密を全部聞かされますっ!
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聞き間違えだろうか。加奈子さんは、こう言ったのだ。
『弟君は、わたしの弟ではない』と。これは意味がわからない。
俺は加奈子さんと同じ母から産まれたのではないのか。
「加奈――」
質問を投げかけようとしたそのとき、玄関のチャイムが鳴った。
時計の針は午後六時を指している。加奈子さんが小走りで玄関へ向かう。
花穂姉ちゃんは俺の連絡待ちで、この時間に来ることがない。
気になってリビングから玄関ホールへ顔を出すと、買い物袋を引っさげた結城藍子さんが立っている。どうやら、夕食の食材を加奈子さんに届けに来たらしい。
「弟君。夕飯食べませんか?」
「いいの? じゃあ、俺も手伝うよ」
「蒼太さん、こんばんは。それは、加奈子の服ですか?」
ピチピチの加奈子さんのスウェットを着ている。
俺は簡単に、こうなった経緯を藍子さんに説明した。
「おばさん、お話したいことがあるんです」
「少し待ってちょうだいね。加奈ちゃん、これレシピと材料」
「はい。弟君、お母さんとお話しして待っててくださいね……」
藍子さんは、加奈子さんに食材の入った袋を手渡す。
調理は加奈子さんが一人で全部こなすようだ。
リビングのガラステーブルに俺と藍子さんは向かい合った。
テーブルの上には一枚の書類がこれ見よがしに置いてある。
藍子さんの視線は、その用紙の一文に釘づけになった。
DNA鑑定結果『結城海斗と青山蒼太は父子関係である』
「DNA鑑定!? 蒼太さん、これをいったい誰が?」
「結城海斗さんの養女、来栖が調べました」
「お義兄さんが養女にしたクリスさんが……どうして?」
「俺と養父の結城海斗さんが、似過ぎているからだと言ってましたね」
「確かにお義兄さんと蒼太さんは似てるわね」
俺が一番聞きたいのは、似てるか似てないかではない。
なぜ、結城海斗の息子の俺が藍子さんから、つまりは加奈子さんと同じ母から生まれたのかということだ。
「青山の両親からは、まだなにも聞いていません。青山透流の事故死も、養子縁組の件も……従姉の塁に教えてもらったんです。来栖は極秘にDNA鑑定をして、俺だけに結果を見せてくれました」
藍子さんは、ジッと静止したまま俺の話を聞き入った。
DNA鑑定書を手に持って、じっくりと上から下まで眺めている。
「蒼太さん。わたしはね、夫がありながら夫の兄に――」
予想はしていたし、覚悟もしていた。
結城陸人という旦那がいながら、兄の結城海斗の子を産んでいる。
それは、なにを意味するのか。兄弟間の不倫劇としか考えられない。
「あ、いや。言いにくければ無理には……」
「ふふふっ! 昼ドラ真っ青の不倫劇の子供だぁって思ったの?」
「えっ!? だって、そうでしょう?」
「義兄、結城海斗には妻がいるの」
実父結城海斗は妻帯者だが、子供はいないと聞いていた。
その妻については、来栖からなにも聞いていない。
「俺、会ったことがないですよね?」
「いいえ。会ってるわ。海斗さんの奥様は、結城青葉さん」
「青葉さん……」
「あなたのお母さんですよ。蒼太さん」
時間が止まったような感覚を受ける。
俺を産んだはずの人が、顔も知らない結城青葉なる女性を母だと言う。
「待ってください! 俺を産んだのは、結城藍子さん……あなたでしょう?」
「そうですよ。産んだのはわたし、父は結城海斗、母は結城青葉です」
さあ、計算の始まりだ。父と母が連結合体して、俺が製造される。
例外もあるが、オスとメス一対が自然界の常識である。
どうしたら父が一人、母が二人になるのかさっぱり理解できない。
「意味がよくわかりません……なぜ母が二人に……」
「青葉さんは身体障害がある上に、とても体が弱い方です」
「……まさか!」
「蒼太さんも、一度は聞いたことがあるでしょう?」
「代理母出産ですか!?」
「ええ。わたしはホストマザー。受精卵を子宮に入れて蒼太さんを産んだの」
代理母出産は、数年前から度々話題になっていた。
有名人が代理母出産で授かった子供の戸籍上の扱いについて提訴したり、この国は少し遅れ気味だと習ったことがある。
「否定的な人も多いですよね。まさか、自分が代理母出産の子だったとは……」
「それでも、義兄と青葉さんは子が欲しかった」
「では、どうして養子に出してしまうんです? 確かに青山透流は不幸な事故だったと思います。でも、その事故と結城海斗さん夫妻の関連がわかりません」
「夫の陸人とあなたの養父青山賢悟が、透流君の事故で抜け殻のようになってしまいました。夫は親友の息子を死なせた罪を背負い苦しんだ。賢悟さんは、息子を失い心を病んだ。その頃、義兄は脱サラして結城ソフトウェア開発を立ち上げたの。近くで青葉さんを見守るためでもあるわ」
俺が生まれる前の出来事が、藍子さんの口から語られる。
まるで知らない世界の出来事で、おとぎ話でも聞いているような感覚だ。
「父は会社を立ち上げ多忙で、母は体が弱く育児ができない状態だったと?」
「わたしが蒼太さんを産む少し前から、お義兄さんは海外出張が多くなったわ。青葉さんは、体の不調が続き入院生活になった。そこで、あの事故が起きた」
「結局、俺を養子に出したのは実父なんですか?」
「最初はね、あまりに落胆する青山賢悟さんを見かねて、養育費を払いながら預かってもらうつもりだったの。でも、賢悟さんは蒼太さんを、本当の息子のように可愛がった。優しい義兄は弟陸人の救いにもなるのではと考えて、あなたを青山家の養子にすることに決めたわ」
「母は……結城青葉さんは納得したんですか?」
「青葉さんは育児ができる体調ではなかった。泣く泣くあなたを手放したの」
そのときの父結城海斗の気持ち、母結城青葉の気持ちを考えると複雑だ。
だけど、どこか救われた気になるのは、捨てられるように養子に出されたわけではないからだろう。
実父結城海斗の優しさ、実母青葉の憂い、加奈子さんの父結城陸人の罪悪感、青山家の養父母の悲しみ、代理母となった藍子さんの慈愛。俺一人の頭の中では、到底収まりきらない人々の思いやドラマがある。
「俺、大泣きしたい気分ですよ」
「泣きなさい。あとで加奈子の胸を貸してあげます」
「勝手に娘の胸を貸し出すんですか……俺と加奈子さんは姉弟じゃないんですね」
「同じお腹から生まれているけど、遺伝情報が違います。あなたの従姉ですね」
花穂姉ちゃんも来栖も知らない事実をゲットした。
そして、加奈子さんは俺の従姉だった。あとで存分に胸を貸してもらおう。
その前に、フライングで涙がこぼれ始めたが……
『弟君は、わたしの弟ではない』と。これは意味がわからない。
俺は加奈子さんと同じ母から産まれたのではないのか。
「加奈――」
質問を投げかけようとしたそのとき、玄関のチャイムが鳴った。
時計の針は午後六時を指している。加奈子さんが小走りで玄関へ向かう。
花穂姉ちゃんは俺の連絡待ちで、この時間に来ることがない。
気になってリビングから玄関ホールへ顔を出すと、買い物袋を引っさげた結城藍子さんが立っている。どうやら、夕食の食材を加奈子さんに届けに来たらしい。
「弟君。夕飯食べませんか?」
「いいの? じゃあ、俺も手伝うよ」
「蒼太さん、こんばんは。それは、加奈子の服ですか?」
ピチピチの加奈子さんのスウェットを着ている。
俺は簡単に、こうなった経緯を藍子さんに説明した。
「おばさん、お話したいことがあるんです」
「少し待ってちょうだいね。加奈ちゃん、これレシピと材料」
「はい。弟君、お母さんとお話しして待っててくださいね……」
藍子さんは、加奈子さんに食材の入った袋を手渡す。
調理は加奈子さんが一人で全部こなすようだ。
リビングのガラステーブルに俺と藍子さんは向かい合った。
テーブルの上には一枚の書類がこれ見よがしに置いてある。
藍子さんの視線は、その用紙の一文に釘づけになった。
DNA鑑定結果『結城海斗と青山蒼太は父子関係である』
「DNA鑑定!? 蒼太さん、これをいったい誰が?」
「結城海斗さんの養女、来栖が調べました」
「お義兄さんが養女にしたクリスさんが……どうして?」
「俺と養父の結城海斗さんが、似過ぎているからだと言ってましたね」
「確かにお義兄さんと蒼太さんは似てるわね」
俺が一番聞きたいのは、似てるか似てないかではない。
なぜ、結城海斗の息子の俺が藍子さんから、つまりは加奈子さんと同じ母から生まれたのかということだ。
「青山の両親からは、まだなにも聞いていません。青山透流の事故死も、養子縁組の件も……従姉の塁に教えてもらったんです。来栖は極秘にDNA鑑定をして、俺だけに結果を見せてくれました」
藍子さんは、ジッと静止したまま俺の話を聞き入った。
DNA鑑定書を手に持って、じっくりと上から下まで眺めている。
「蒼太さん。わたしはね、夫がありながら夫の兄に――」
予想はしていたし、覚悟もしていた。
結城陸人という旦那がいながら、兄の結城海斗の子を産んでいる。
それは、なにを意味するのか。兄弟間の不倫劇としか考えられない。
「あ、いや。言いにくければ無理には……」
「ふふふっ! 昼ドラ真っ青の不倫劇の子供だぁって思ったの?」
「えっ!? だって、そうでしょう?」
「義兄、結城海斗には妻がいるの」
実父結城海斗は妻帯者だが、子供はいないと聞いていた。
その妻については、来栖からなにも聞いていない。
「俺、会ったことがないですよね?」
「いいえ。会ってるわ。海斗さんの奥様は、結城青葉さん」
「青葉さん……」
「あなたのお母さんですよ。蒼太さん」
時間が止まったような感覚を受ける。
俺を産んだはずの人が、顔も知らない結城青葉なる女性を母だと言う。
「待ってください! 俺を産んだのは、結城藍子さん……あなたでしょう?」
「そうですよ。産んだのはわたし、父は結城海斗、母は結城青葉です」
さあ、計算の始まりだ。父と母が連結合体して、俺が製造される。
例外もあるが、オスとメス一対が自然界の常識である。
どうしたら父が一人、母が二人になるのかさっぱり理解できない。
「意味がよくわかりません……なぜ母が二人に……」
「青葉さんは身体障害がある上に、とても体が弱い方です」
「……まさか!」
「蒼太さんも、一度は聞いたことがあるでしょう?」
「代理母出産ですか!?」
「ええ。わたしはホストマザー。受精卵を子宮に入れて蒼太さんを産んだの」
代理母出産は、数年前から度々話題になっていた。
有名人が代理母出産で授かった子供の戸籍上の扱いについて提訴したり、この国は少し遅れ気味だと習ったことがある。
「否定的な人も多いですよね。まさか、自分が代理母出産の子だったとは……」
「それでも、義兄と青葉さんは子が欲しかった」
「では、どうして養子に出してしまうんです? 確かに青山透流は不幸な事故だったと思います。でも、その事故と結城海斗さん夫妻の関連がわかりません」
「夫の陸人とあなたの養父青山賢悟が、透流君の事故で抜け殻のようになってしまいました。夫は親友の息子を死なせた罪を背負い苦しんだ。賢悟さんは、息子を失い心を病んだ。その頃、義兄は脱サラして結城ソフトウェア開発を立ち上げたの。近くで青葉さんを見守るためでもあるわ」
俺が生まれる前の出来事が、藍子さんの口から語られる。
まるで知らない世界の出来事で、おとぎ話でも聞いているような感覚だ。
「父は会社を立ち上げ多忙で、母は体が弱く育児ができない状態だったと?」
「わたしが蒼太さんを産む少し前から、お義兄さんは海外出張が多くなったわ。青葉さんは、体の不調が続き入院生活になった。そこで、あの事故が起きた」
「結局、俺を養子に出したのは実父なんですか?」
「最初はね、あまりに落胆する青山賢悟さんを見かねて、養育費を払いながら預かってもらうつもりだったの。でも、賢悟さんは蒼太さんを、本当の息子のように可愛がった。優しい義兄は弟陸人の救いにもなるのではと考えて、あなたを青山家の養子にすることに決めたわ」
「母は……結城青葉さんは納得したんですか?」
「青葉さんは育児ができる体調ではなかった。泣く泣くあなたを手放したの」
そのときの父結城海斗の気持ち、母結城青葉の気持ちを考えると複雑だ。
だけど、どこか救われた気になるのは、捨てられるように養子に出されたわけではないからだろう。
実父結城海斗の優しさ、実母青葉の憂い、加奈子さんの父結城陸人の罪悪感、青山家の養父母の悲しみ、代理母となった藍子さんの慈愛。俺一人の頭の中では、到底収まりきらない人々の思いやドラマがある。
「俺、大泣きしたい気分ですよ」
「泣きなさい。あとで加奈子の胸を貸してあげます」
「勝手に娘の胸を貸し出すんですか……俺と加奈子さんは姉弟じゃないんですね」
「同じお腹から生まれているけど、遺伝情報が違います。あなたの従姉ですね」
花穂姉ちゃんも来栖も知らない事実をゲットした。
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