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【本幕・番外編】あねたっちゃぶるっ 壱
0.才能を持つ者は頂点で孤独なんですっ!
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まえがき
※章と章の間に挟む、ショートストーリーです。
※長女紗月視点で、一年ほど前の話になります。
_____________________________
青山紗月、姫咲高校三年B組。
女子空手部主将を務めあげ、この夏めでたく引退。
公式大会は面倒だし、相手ムカつくとドロップキックかましたくなるし、道着臭いし嫌だ。そんなワケで、一足早く後輩にバトンタッチ。大学はスポーツ推薦枠とは言え、勉強しなけりゃ卒業できない。
「怠い。体が鉛のように重い」
「珍しいな。紗月さんが元気ないのは」
剣道の防具を持って隣りを歩くのは、後輩の四条春香。
こいつの家は昔からある剣術道場で、あたしも一応門下生のひとりだ。
今日は姫咲体育館で行われる大会の応援へ行く。
八月二〇日。盆を過ぎても気温は三〇度越え。
秋が到来する気配もなく、蒸し暑い日々が続く。
こんな日は、エアコンのきいた部屋でひたすら眠りたいもんだ。
焼けつくようなアスファルトの路地を体育館目指して歩く。
自宅から南へ約五〇〇メートル、その距離感を侮っていた。
汗でブラウスが肌にへばりつく。下着もベトベトして気持ち悪い。
「あちーよ。溶けそうだ……春香、飲み物ちょうだい」
「すごい汗っかきだな。ほら、これスポーツドリンク」
「チンチン隊舎がいいんだ。ふぅ。生き返ったよ!」
「そんな卑猥な隊舎はない。新陳代謝だろう?」
真っ直ぐ進んで行くと、体育館が見えてきた。
今日は四条春香の応援だ。剣道個人戦と水泳自由型に出場する。
家が剣道場なのに剣道部兼水泳部で、おまけにプールで指導員のバイト。
和風美人で超ボインのくせして、男を寄せつけない性格。
あたしにゃ真似できっこない生き方だ。シンプルライフ・イズ・ベスト!
姫咲体育館は、この町の中で最も大きい建造物だろう。
格闘技と室内球技の大会は、ここで毎年開催される。
勝ち抜けば、遠方の県大会の会場まで行くハメになる。
もっと勝ち進めば県外へ行って、インターハイ出場だ。
ここ数年でインターハイへ出場したのは、あたしだけらしい。
空手の決勝戦で、相手にブチ切れて反則負けしてしまったが……
「剣道の試合が先だったね。二階席で応援してるよ。頑張って!」
「ああ。水泳部は午後からだ。では、またあとで」
才能と言うものがある。四条春香は剣道場のひとり娘だけど、才能に乏しい。
教え方は上手なのに、練習ではある程度強いのに、本番で弱っちい。
目くそ鼻くその小突き合いを、あくびをしながら見物するワケだ。
乱入して全員ボッコンボッコンにしてやりたい衝動に駆られる。
「しょうもない……」
自分が舞台に立つときは、相手をぶち殺す勢いなのに、今はひたすら眠い。
スポーツ全般好きだけど、スポーツを観戦するのは好きじゃない。
体育館で個人戦が始まったようだ。
今日は女子剣道部の個人戦と団体戦。明日が男子の試合となる。
「こっち! 花穂姉ちゃん、紗月姉ここにいるよ!」
「あれ? 蒼ちゃんと花穂。来たんだ?」
妹と弟が二階席に現れた。
観戦客が少ないおかげで、ちょうど隣りの席が空いている。
二人はそこに並んで腰掛けた。
「鈴りんちゃんの応援で来たの。紗月姉は四条先輩の付き添い?」
「うん。まあ、そんなとこかな」
「紗月姉……元気ないのか? 俺、飲み物でも買って来ようか?」
「退屈と蒸し暑さと眠さの三重苦」
進路は決まった。部活は後輩に任せた。
柔道の昇段試験も合格、剣道の段位も上がった。
夏休みの課題は、成績のいい奴とやって終わらせた。
高校生として、やり残したことはない。
恋愛に興味がないと言えば嘘になるけど、その対象が自分の弟となると話は別だ。
大好きな弟にいつでも会える。今もこうして隣りにいる。
目の前で寄声を発しながら、小突き合いをする連中を見るより、今夜はどんなイタズラをしてみようか考える方が有意義で楽しい。
「おーい。紗月姉! ジュース買って来たぞ」
「ん……おぉっ! 眠ってしまうところだった!」
「もうすぐ四条先輩の出番だろ。応援してやらないと」
「ジュースありがと。そうだね。助太刀に入ろうか?」
「それ、反則だからな!」
喉を鳴らしながら弟が買って来たジュースを飲み干す。
妹の花穂も退屈だったのか、船を漕ぎ始めて夢の世界へ旅立った。
下の階では、防具に身を包んだ春香が対戦相手と向かい合う。
何度かの鍔迫り合いのあと、春香があっさりとストレート勝ちした。
ここまでは予想の範疇だ。一回戦は勝てるけど、次が難しい。
ずっと幼い頃から見てきたから、四条春香を充分理解しているつもりでいた。
あの子はあたしの後ろ姿ばかり見て、そこに追従してきた。
あたかも、それが自分自身の強い意思であるかのように錯覚して。
「なにもないよ……あたしの真似事をし続けても」
「え? 紗月姉、なにか言った?」
「ううん。なんでもない。今日は蒼ちゃんにどんな刺激的なことを――」
「それは、却下な!」
もうすぐ、夏が終わる。暑い日々はまだまだ続きそうだけど。
こうして姉弟でスポーツを観戦したり、後輩の応援に来ることもしばらくないだろう。
感傷的になるのではなく、日々退屈しのぎだ。
誰かがこう言った。人生は長い暇つぶしだってさ。
明日はどんな暇つぶしをしてやろうか――――
__________________________
あとがき
※次の話から「九条先輩爆乳要撃っ 後編!」の開始です。
※章と章の間に挟む、ショートストーリーです。
※長女紗月視点で、一年ほど前の話になります。
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青山紗月、姫咲高校三年B組。
女子空手部主将を務めあげ、この夏めでたく引退。
公式大会は面倒だし、相手ムカつくとドロップキックかましたくなるし、道着臭いし嫌だ。そんなワケで、一足早く後輩にバトンタッチ。大学はスポーツ推薦枠とは言え、勉強しなけりゃ卒業できない。
「怠い。体が鉛のように重い」
「珍しいな。紗月さんが元気ないのは」
剣道の防具を持って隣りを歩くのは、後輩の四条春香。
こいつの家は昔からある剣術道場で、あたしも一応門下生のひとりだ。
今日は姫咲体育館で行われる大会の応援へ行く。
八月二〇日。盆を過ぎても気温は三〇度越え。
秋が到来する気配もなく、蒸し暑い日々が続く。
こんな日は、エアコンのきいた部屋でひたすら眠りたいもんだ。
焼けつくようなアスファルトの路地を体育館目指して歩く。
自宅から南へ約五〇〇メートル、その距離感を侮っていた。
汗でブラウスが肌にへばりつく。下着もベトベトして気持ち悪い。
「あちーよ。溶けそうだ……春香、飲み物ちょうだい」
「すごい汗っかきだな。ほら、これスポーツドリンク」
「チンチン隊舎がいいんだ。ふぅ。生き返ったよ!」
「そんな卑猥な隊舎はない。新陳代謝だろう?」
真っ直ぐ進んで行くと、体育館が見えてきた。
今日は四条春香の応援だ。剣道個人戦と水泳自由型に出場する。
家が剣道場なのに剣道部兼水泳部で、おまけにプールで指導員のバイト。
和風美人で超ボインのくせして、男を寄せつけない性格。
あたしにゃ真似できっこない生き方だ。シンプルライフ・イズ・ベスト!
姫咲体育館は、この町の中で最も大きい建造物だろう。
格闘技と室内球技の大会は、ここで毎年開催される。
勝ち抜けば、遠方の県大会の会場まで行くハメになる。
もっと勝ち進めば県外へ行って、インターハイ出場だ。
ここ数年でインターハイへ出場したのは、あたしだけらしい。
空手の決勝戦で、相手にブチ切れて反則負けしてしまったが……
「剣道の試合が先だったね。二階席で応援してるよ。頑張って!」
「ああ。水泳部は午後からだ。では、またあとで」
才能と言うものがある。四条春香は剣道場のひとり娘だけど、才能に乏しい。
教え方は上手なのに、練習ではある程度強いのに、本番で弱っちい。
目くそ鼻くその小突き合いを、あくびをしながら見物するワケだ。
乱入して全員ボッコンボッコンにしてやりたい衝動に駆られる。
「しょうもない……」
自分が舞台に立つときは、相手をぶち殺す勢いなのに、今はひたすら眠い。
スポーツ全般好きだけど、スポーツを観戦するのは好きじゃない。
体育館で個人戦が始まったようだ。
今日は女子剣道部の個人戦と団体戦。明日が男子の試合となる。
「こっち! 花穂姉ちゃん、紗月姉ここにいるよ!」
「あれ? 蒼ちゃんと花穂。来たんだ?」
妹と弟が二階席に現れた。
観戦客が少ないおかげで、ちょうど隣りの席が空いている。
二人はそこに並んで腰掛けた。
「鈴りんちゃんの応援で来たの。紗月姉は四条先輩の付き添い?」
「うん。まあ、そんなとこかな」
「紗月姉……元気ないのか? 俺、飲み物でも買って来ようか?」
「退屈と蒸し暑さと眠さの三重苦」
進路は決まった。部活は後輩に任せた。
柔道の昇段試験も合格、剣道の段位も上がった。
夏休みの課題は、成績のいい奴とやって終わらせた。
高校生として、やり残したことはない。
恋愛に興味がないと言えば嘘になるけど、その対象が自分の弟となると話は別だ。
大好きな弟にいつでも会える。今もこうして隣りにいる。
目の前で寄声を発しながら、小突き合いをする連中を見るより、今夜はどんなイタズラをしてみようか考える方が有意義で楽しい。
「おーい。紗月姉! ジュース買って来たぞ」
「ん……おぉっ! 眠ってしまうところだった!」
「もうすぐ四条先輩の出番だろ。応援してやらないと」
「ジュースありがと。そうだね。助太刀に入ろうか?」
「それ、反則だからな!」
喉を鳴らしながら弟が買って来たジュースを飲み干す。
妹の花穂も退屈だったのか、船を漕ぎ始めて夢の世界へ旅立った。
下の階では、防具に身を包んだ春香が対戦相手と向かい合う。
何度かの鍔迫り合いのあと、春香があっさりとストレート勝ちした。
ここまでは予想の範疇だ。一回戦は勝てるけど、次が難しい。
ずっと幼い頃から見てきたから、四条春香を充分理解しているつもりでいた。
あの子はあたしの後ろ姿ばかり見て、そこに追従してきた。
あたかも、それが自分自身の強い意思であるかのように錯覚して。
「なにもないよ……あたしの真似事をし続けても」
「え? 紗月姉、なにか言った?」
「ううん。なんでもない。今日は蒼ちゃんにどんな刺激的なことを――」
「それは、却下な!」
もうすぐ、夏が終わる。暑い日々はまだまだ続きそうだけど。
こうして姉弟でスポーツを観戦したり、後輩の応援に来ることもしばらくないだろう。
感傷的になるのではなく、日々退屈しのぎだ。
誰かがこう言った。人生は長い暇つぶしだってさ。
明日はどんな暇つぶしをしてやろうか――――
__________________________
あとがき
※次の話から「九条先輩爆乳要撃っ 後編!」の開始です。
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