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【真幕・番外編】そーた・めもわーるっ 壱
0.黒歴史って案外覚えているもんですっ!
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まえがき
※間に挟むショートストーリーです。
※10年後の主人公の回顧録になります。
________________________
桜の花びらが風に舞う四月初旬。
自宅から車で二〇分のソフトウェア開発会社に入社した。
新しいブラックスーツ、濃紺のネクタイ。通勤カバンは、肩に掛けることもできる2WAYタイプのものだ。胸ポケットには、入社式後の新人研修会で配布された社員証が入っている。
青山蒼太あおやまそうた、二五歳。本日、入社したばかりの新米社員。
騒がしい新人歓迎会を終えて、初日から同期の社員とだべって帰宅する途中だ。自宅まではほとんど大通りの一本道、会社が目と鼻の先に感じられる。
車は大学時代にバイトをしてローンで買った黒のSUV。
休みの日はたまに遠出をする。一人だけで気ままにドライブすることもあれば、家族や友人と行くことだってある。二〇分程度の通勤時間では運転した気にならないからだ。曲をかけても精々二曲分といったところだろう。
二曲目が終わって三曲目に入る頃に我が家の駐車スペースに到着する。
住宅街の駐車場だから、決して広くはない。だが、慣れてしまうと流れるような動作で駐車することが可能だ。大学時代から何年かやってきて、もうなんの緊張感もないルーチンワーク化している。
「あれは……」
車を停めてエンジンをオフにして外を見ると、一人の女性がこちらにやって来る。
運転手側のウィンドウをコンコンと叩く。俺は咄嗟に車をロックして知らぬふりを決め込んだ。すると、今度は裏拳でゴンゴンと叩いてくる。仕方なく車から降りると、そいつはニヤリを笑みを見せた。
「おかえりなさい。あなた」
「誰があなた、だ。今日は帰りが早いんだな」
「たまにはね」
お隣りに生息する同い年の来栖有紀。学生時代は一つ上の学年だった。
海外で飛び級するほどの天才児であり、義父結城海斗が経営する結城ソフトウェアの副社長である。結城海斗は俺の実父でもあるため、こうして隣家に住む来栖有紀との交流も多い。
「家に入らないのか?」
「いや、ここでいいの。さっきね、加奈子ちゃんに会ったよ。元気みたいね」
「……そうか。なにを話したんだ?」
「なにって、蒼太君の姉二人の暴虐ぶりの数々と、蒼太君の変態っぷりのすべて」
「なんつー話題だよ!」
「加奈子ちゃん的にトラウマ案件があってねぇ。思い出すだけでも吹き出しそう!」
「ちょっと待て! トラウマ案件なんて初耳だぞ!?」
「すっとぼけちゃって。自分の胸に、いや股間に手を当てて思い出しなさい」
そりゃあもう、学生時代にやらかしたことを数え出すとキリがない。
紗月姉は暴走するわ、花穂姉ちゃんはイタズラするわで大変だった。そもそも、ド変態の来栖のちょっかいも一〇年前から始まったことだ。ただし、トラウマになるほどのことに覚えがないのだ。
「俺、トラウマになるようなことしたっけ?」
「爆乳泡風呂ロケット砲発射事件だって。蒼太君が熱を出して体調が悪い日に花穂ちゃんに頼まれて、家を訪問したら……」
「まさか、あれか……」
「思い出した? 旧知の仲とは言え、彼女以外の女性と入浴して」
「あれは俺の黒歴史ナンバーワンなんだ。忘れてくれ」
「盛大な射精シーンを加奈子ちゃんがモロに見てしまったという……」
脳裏に嫌な記憶がフラッシュバックする。俺は先輩に入浴の手助けをしてもらっていたはずだ。もちろん、あれだけのナイスバディだ。下心は満載だったし、今より断然精力もあった。初めて恋人ができて、浮ついていて、調子に乗っていた時期だ。
「しかし、未だにトラウマレベルだったとは」
「そりゃそうでしょ? 好きな人が他の女とお風呂でプレイしてるんだから」
「まあ、そうだわな。逆の立場なら嫌過ぎて死ねるぞ」
「蒼太君が初めて振られた日でもあったのね!」
「嬉しそうに言うな……俺も男女交際なんてわかんなかった時期だ」
陽が落ちて薄暗くなった空を見上げて思い返す。あの日の痛みや悲しみや胸の苦しさ。なにより大きな後悔と焦りでしばらく勉強も手につかなかったほどだった。自分を恋愛感情のない人間だと思い込んでいた日々を抜け出し、やっと本物の気持ちに出会えた。それを自分自身の増長と気の緩みで失う経験をしたのだ。
「正直言うと、わたしもほぼ初対面で生乳揉まれてるんだけどね」
「お前のはトラップだろ! あざとい罠を仕掛けやがって」
「でもまあ、蒼太君の周りの女性陣にとって、あなたとの関わり合いはいい思い出よ。それが、悲しい出来事やトラウマになる事件でもね。そうじゃない?」
来栖はニカリと笑みを浮かべて自宅に向かって行く。
「そうであるといいな……俺はそう思ってる」
「うん。きっとそうだよ。じゃあまた明日ね!」
「ああ、またな」
来栖が左手をこちらに向けて振る。その薬指には指輪が見える。
想定外の立ち話に時間を食ってしまった。腹の虫が夕飯の時刻が来たことを伝える。車から通勤カバンを取り出して、我が家の玄関へ向かう。
「ただいま――」
いつもと変わらない家の中。昔からある青山家の風景だ。
今夜もいい香りに誘われてリビングに入ると、満面の笑顔が俺を出迎えてくれる。
「おかえりなさい。あなた」
「おかえりー! パパ!」
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※10年後の主人公の回顧録になります。
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桜の花びらが風に舞う四月初旬。
自宅から車で二〇分のソフトウェア開発会社に入社した。
新しいブラックスーツ、濃紺のネクタイ。通勤カバンは、肩に掛けることもできる2WAYタイプのものだ。胸ポケットには、入社式後の新人研修会で配布された社員証が入っている。
青山蒼太あおやまそうた、二五歳。本日、入社したばかりの新米社員。
騒がしい新人歓迎会を終えて、初日から同期の社員とだべって帰宅する途中だ。自宅まではほとんど大通りの一本道、会社が目と鼻の先に感じられる。
車は大学時代にバイトをしてローンで買った黒のSUV。
休みの日はたまに遠出をする。一人だけで気ままにドライブすることもあれば、家族や友人と行くことだってある。二〇分程度の通勤時間では運転した気にならないからだ。曲をかけても精々二曲分といったところだろう。
二曲目が終わって三曲目に入る頃に我が家の駐車スペースに到着する。
住宅街の駐車場だから、決して広くはない。だが、慣れてしまうと流れるような動作で駐車することが可能だ。大学時代から何年かやってきて、もうなんの緊張感もないルーチンワーク化している。
「あれは……」
車を停めてエンジンをオフにして外を見ると、一人の女性がこちらにやって来る。
運転手側のウィンドウをコンコンと叩く。俺は咄嗟に車をロックして知らぬふりを決め込んだ。すると、今度は裏拳でゴンゴンと叩いてくる。仕方なく車から降りると、そいつはニヤリを笑みを見せた。
「おかえりなさい。あなた」
「誰があなた、だ。今日は帰りが早いんだな」
「たまにはね」
お隣りに生息する同い年の来栖有紀。学生時代は一つ上の学年だった。
海外で飛び級するほどの天才児であり、義父結城海斗が経営する結城ソフトウェアの副社長である。結城海斗は俺の実父でもあるため、こうして隣家に住む来栖有紀との交流も多い。
「家に入らないのか?」
「いや、ここでいいの。さっきね、加奈子ちゃんに会ったよ。元気みたいね」
「……そうか。なにを話したんだ?」
「なにって、蒼太君の姉二人の暴虐ぶりの数々と、蒼太君の変態っぷりのすべて」
「なんつー話題だよ!」
「加奈子ちゃん的にトラウマ案件があってねぇ。思い出すだけでも吹き出しそう!」
「ちょっと待て! トラウマ案件なんて初耳だぞ!?」
「すっとぼけちゃって。自分の胸に、いや股間に手を当てて思い出しなさい」
そりゃあもう、学生時代にやらかしたことを数え出すとキリがない。
紗月姉は暴走するわ、花穂姉ちゃんはイタズラするわで大変だった。そもそも、ド変態の来栖のちょっかいも一〇年前から始まったことだ。ただし、トラウマになるほどのことに覚えがないのだ。
「俺、トラウマになるようなことしたっけ?」
「爆乳泡風呂ロケット砲発射事件だって。蒼太君が熱を出して体調が悪い日に花穂ちゃんに頼まれて、家を訪問したら……」
「まさか、あれか……」
「思い出した? 旧知の仲とは言え、彼女以外の女性と入浴して」
「あれは俺の黒歴史ナンバーワンなんだ。忘れてくれ」
「盛大な射精シーンを加奈子ちゃんがモロに見てしまったという……」
脳裏に嫌な記憶がフラッシュバックする。俺は先輩に入浴の手助けをしてもらっていたはずだ。もちろん、あれだけのナイスバディだ。下心は満載だったし、今より断然精力もあった。初めて恋人ができて、浮ついていて、調子に乗っていた時期だ。
「しかし、未だにトラウマレベルだったとは」
「そりゃそうでしょ? 好きな人が他の女とお風呂でプレイしてるんだから」
「まあ、そうだわな。逆の立場なら嫌過ぎて死ねるぞ」
「蒼太君が初めて振られた日でもあったのね!」
「嬉しそうに言うな……俺も男女交際なんてわかんなかった時期だ」
陽が落ちて薄暗くなった空を見上げて思い返す。あの日の痛みや悲しみや胸の苦しさ。なにより大きな後悔と焦りでしばらく勉強も手につかなかったほどだった。自分を恋愛感情のない人間だと思い込んでいた日々を抜け出し、やっと本物の気持ちに出会えた。それを自分自身の増長と気の緩みで失う経験をしたのだ。
「正直言うと、わたしもほぼ初対面で生乳揉まれてるんだけどね」
「お前のはトラップだろ! あざとい罠を仕掛けやがって」
「でもまあ、蒼太君の周りの女性陣にとって、あなたとの関わり合いはいい思い出よ。それが、悲しい出来事やトラウマになる事件でもね。そうじゃない?」
来栖はニカリと笑みを浮かべて自宅に向かって行く。
「そうであるといいな……俺はそう思ってる」
「うん。きっとそうだよ。じゃあまた明日ね!」
「ああ、またな」
来栖が左手をこちらに向けて振る。その薬指には指輪が見える。
想定外の立ち話に時間を食ってしまった。腹の虫が夕飯の時刻が来たことを伝える。車から通勤カバンを取り出して、我が家の玄関へ向かう。
「ただいま――」
いつもと変わらない家の中。昔からある青山家の風景だ。
今夜もいい香りに誘われてリビングに入ると、満面の笑顔が俺を出迎えてくれる。
「おかえりなさい。あなた」
「おかえりー! パパ!」
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