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【真幕・第3章】あねせいくりっどっ 後編!
2.振り上げた拳を制止する女神ですかっ!
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里志はスパイ映画を真似ているつもりなのか、電柱に背を付けて覗き見る。
曲がり角の向こう側、五〇メートル前後の距離だろう。来栖邸の門の前に男が立つ。
先程まで里志とチラ見していた加奈子さんの表情が明らかに変わった。
「加奈子さん、あの男がそうなの?」
「は、はい……見た感じの印象とか、背格好は覚えています」
四人それぞれが顔を見合わせた。攻めるか、退くかの瀬戸際なのだ。
まず、このオトリ作戦の問題点は民間逮捕だ。股触揉蔵がオトリ役のスズに接触行為をすることが前提となる。痴漢または痴漢未遂を現行犯で捕まえる必要性がある。この小道に監視カメラが一台もないため、証拠がなにも残らない。証拠がなければ後日逮捕はあり得ない。加奈子さんのときの二の舞になる。
「蒼太、鈴。どうする?」
こちらを振り返って里志がたずねる。
俺はスズと里志を交互に見て、加奈子さんへと視線を移した。
「やめよう。ぶっつけ本番過ぎるだろ?」
迷うことなく、即断即決だった。
変質者捕獲を息巻いたが、その準備や加奈子さんとの下校を楽しんでいた節がある。
実際にこうして鉢合わせしてしまうと尻込みしてしまう。
「アオ! あのオッサン逃すとさ、また誰か狙われるんだよ?」
「それはそうだけど……思ったより体格いいし、危ないかなって」
スーツ姿の男は来栖邸の門前付近でタバコを何本も吸っている。
火を点けては数回吸って、足元で消す。その後、落ち着きなくウロウロする。
こちら側ではなく、学校の方角を気にしているように見える。
住宅街の小道を通って帰宅する生徒は俺たち以外にも多勢存在する。
時間は午後四時過ぎ。やはり、股触揉蔵は生徒の下校時間を狙っている。
この小道に監視カメラがないことも承知の上だろう。
「蒼太、ここで放置して帰るのもアリだ。明日、被害者が増えてるだろうけどな」
「すまん。相手が予想より屈強そうだった。里志、スズが危険だと思わないか?」
「そうだな。俺も鈴が危ない目に遭うところは見たくない」
「弟君……危ないことしちゃダメです」
俺と里志、それに加奈子さんの意見は同じ。
この場からの即時撤退だ。回り道して学校側へ戻り、他の生徒に注意を促す。
股触が諦めて立ち去るまで監視を続ければ被害者は出ない。
現状で最良の安全策を取ろうと三人の意見が一致したときだった。
首をゴキゴキ鳴らしながらピョンピョン跳ねて、スズがウォーミングアップを始める。
「里志、アオ。バックアップよろしくっ!」
「おい、スズ! ちょっと待て!」
スズは角から出て、住宅街の小道を真っ直ぐ歩いて行く。
股触は逆の方角を向いて、スズの接近に気付いていない様子だ。
◆◆◆
スズが青山家の敷地まで進んだとき、股触揉蔵がこちらを向いた。
くわえていたタバコを地に落とし、踏んで火を消す。その目つきはいやらしいと言うより、獲物を狩る肉食獣のようだ。
「弟君……」
「大丈夫だよ。いざってときは俺と里志がなんとかする」
「蒼太、いつでも飛び出せるようにしろよ」
「了解だ」
夕暮れの強い日差しが背中を焦がす。
加奈子さんは電柱の小陰に身を屈め、俺と里志は角の際で飛び出す準備をする。
直進中のスズに対して、股触揉蔵もゆっくりと歩き始めた。
ただし、逆の方角に歩いている。スズに背を向けて、来栖邸を過ぎてしまった。
予想外の展開にスズがチラリと振り返って小首を傾げる。
「おい、蒼太……変質者去って行くぞ?」
「しまった! スズが学校から逆走したら不自然じゃないか! しかも、アイツ……カバンも置いて行ってる!」
「鈴はまだ進んでるぞ!?」
「青山家まで移動しよう。門の中に隠れるぞ!」
角から素早く飛び出して、加奈子さんの手を引いて自宅の敷地内に入る。
ここまで約一〇メートル、門の中から股触とスズの背中が見える距離だ。
股触の歩みが遅いのか、スズが速いのか、二人の距離が詰まってきた。
ターンという動作がある。旋回、進路を変える、言い方は様々だ。
男はまるでダンスのターンを決めるかのごとく、クルンと回ってスズに歩み寄った。
ターゲットの想定外の動きにスズが一瞬固まる。股触の右手がスズの股間に伸びる。
二人の接触を確認した俺と里志はその場から飛び出した。
スズは股触揉蔵の手を絡め取っているが、振り放されそうになっている。
そこに里志が猛烈なタックルを食らわすと、男はゴロリと地面に倒れ込んだ。
「痛ってぇなぁっ! なんだこのガキは!?」
「オッサンが近頃有名な変質者だな! 鈴、大丈夫か!?」
「あ、うん。うん。大丈夫」
倒れ込んだ股触揉蔵を里志が押さえ込んだ。
俺はジタバタする男の手をガッチリとホールドして離さない。
スズは動揺しているのか、立ちすくんで呆然としている。
「おい! スズ! 警察に電話だ!」
「う、うん! そうだ、警察……177だっけ!?」
「落ち着け! 明日も晴れだから110にコールしろ!!」
スズが小刻みに震える手で端末を操作し始めた。
青山家の敷地内から加奈子さんが恐る恐るこちらへ近付いて来る。
「加奈子さんは学校に、明石先生を――」
「おいコラッ! 離せガキども!!」
股触揉蔵は里志と同じぐらいの体格で力も強い。
このオトリ作戦は里志がいなければ絶対に成功しなかっただろう。
地に伏した男を抑え込めているのは、里志の怪力あってこそだ。
ただ、人は見かけによらないと言うか、この男は本当に普通のサラリーマンだ。
イカツイ風でもなく、ちょっとガタイのいい中年のオジサンといった感じなのだ。
勝手にイメージしていた変質者の風貌とずいぶん違う。
「アオ! 姫咲署からお巡りさんがすぐ来るよ!」
「悪いな、変質者のオジサン。言いたいことは警察署で言ってくれ!」
俺が股触に言い放つと、その視線の先に加奈子さんの姿を捉えた。
押さえ込んでいる腕をジリジリと動かし、手の平を上に向けて叫び始めた。
「あの日みたいに触らせてくれよ! 気持ち良かっただろ! おいっ!!」
男の指先はクネクネといやらしい動きを見せる。
加奈子さんは涙目になり、口元を覆って青ざめてしまった。
それを見た瞬間に大きく拳を振り上げていた。
たぶん、生まれて初めてのことだ。他人に憎しみの拳をぶつけようとしている。
今なら躊躇なく拳をこの男の顔面に叩き込むことができるだろう。
「アオ! 殴っちゃダメ!!」
「我慢できるかっ!」
振り上げた拳を股触に振り下ろした。
しかし、拳は顔面に届かなかった。加奈子さんが背後から俺の腕に抱きついたのだ。
ホロホロと涙を流しながら、必死に首を横に振る。
「……弟君! 暴力は絶対ダメ……ダメです」
「加奈子さん……」
「蒼太、冷静になれ! 犯人は捕えた。これ以上の攻撃は暴力だぞ!」
「悪い、里志。もう大丈夫だ。加奈子さんはもう少し下がっていて」
珍しく鋭い目つきで俺をジッと見つめる加奈子さん。
その場を動こうとしない。言うことを聞いてくれない加奈子さんなんて初めてだ。
俺が再び拳を振り上げないか、挑発に乗らないか心配しているのだ。
「アオ、明石先生がすっ飛んで来るよ! もうこっちへ走ってるって!」
「早っ!」
相変わらず股触はジタバタして往生際が悪い。
離せやクソガキやら汚くて卑猥な言葉を並べては暴れ続ける。
加奈子さんへの悪口雑言は堪忍袋の緒が切れそうになるが我慢だ。
左手と膝を使って男を押さえ込む里志の補助をしている。
肝心の右手は、加奈子さんの胸元に捕まって使用不可なのだ。
上腕に加奈子さんの胸の柔らかさが伝わる。
「弟君……」
「加奈子さん……」
股触が時折大声を出すが、次第に耳に入らなくなってきた。
加奈子さんのきれいな瞳はずっと見ていられる。加奈子さんの胸元の感触はずっと味わっていたい。加奈子さんの髪の匂いもずっと嗅いでいたい。
怒りのボルテージは愛しのボルテージに変換されたようだ。
そこにあるのは、俺がずっと昔から求めていた姉の理想像である。
加奈子さんへの想いの根源はそこにあったのだと改めて気付いた……
曲がり角の向こう側、五〇メートル前後の距離だろう。来栖邸の門の前に男が立つ。
先程まで里志とチラ見していた加奈子さんの表情が明らかに変わった。
「加奈子さん、あの男がそうなの?」
「は、はい……見た感じの印象とか、背格好は覚えています」
四人それぞれが顔を見合わせた。攻めるか、退くかの瀬戸際なのだ。
まず、このオトリ作戦の問題点は民間逮捕だ。股触揉蔵がオトリ役のスズに接触行為をすることが前提となる。痴漢または痴漢未遂を現行犯で捕まえる必要性がある。この小道に監視カメラが一台もないため、証拠がなにも残らない。証拠がなければ後日逮捕はあり得ない。加奈子さんのときの二の舞になる。
「蒼太、鈴。どうする?」
こちらを振り返って里志がたずねる。
俺はスズと里志を交互に見て、加奈子さんへと視線を移した。
「やめよう。ぶっつけ本番過ぎるだろ?」
迷うことなく、即断即決だった。
変質者捕獲を息巻いたが、その準備や加奈子さんとの下校を楽しんでいた節がある。
実際にこうして鉢合わせしてしまうと尻込みしてしまう。
「アオ! あのオッサン逃すとさ、また誰か狙われるんだよ?」
「それはそうだけど……思ったより体格いいし、危ないかなって」
スーツ姿の男は来栖邸の門前付近でタバコを何本も吸っている。
火を点けては数回吸って、足元で消す。その後、落ち着きなくウロウロする。
こちら側ではなく、学校の方角を気にしているように見える。
住宅街の小道を通って帰宅する生徒は俺たち以外にも多勢存在する。
時間は午後四時過ぎ。やはり、股触揉蔵は生徒の下校時間を狙っている。
この小道に監視カメラがないことも承知の上だろう。
「蒼太、ここで放置して帰るのもアリだ。明日、被害者が増えてるだろうけどな」
「すまん。相手が予想より屈強そうだった。里志、スズが危険だと思わないか?」
「そうだな。俺も鈴が危ない目に遭うところは見たくない」
「弟君……危ないことしちゃダメです」
俺と里志、それに加奈子さんの意見は同じ。
この場からの即時撤退だ。回り道して学校側へ戻り、他の生徒に注意を促す。
股触が諦めて立ち去るまで監視を続ければ被害者は出ない。
現状で最良の安全策を取ろうと三人の意見が一致したときだった。
首をゴキゴキ鳴らしながらピョンピョン跳ねて、スズがウォーミングアップを始める。
「里志、アオ。バックアップよろしくっ!」
「おい、スズ! ちょっと待て!」
スズは角から出て、住宅街の小道を真っ直ぐ歩いて行く。
股触は逆の方角を向いて、スズの接近に気付いていない様子だ。
◆◆◆
スズが青山家の敷地まで進んだとき、股触揉蔵がこちらを向いた。
くわえていたタバコを地に落とし、踏んで火を消す。その目つきはいやらしいと言うより、獲物を狩る肉食獣のようだ。
「弟君……」
「大丈夫だよ。いざってときは俺と里志がなんとかする」
「蒼太、いつでも飛び出せるようにしろよ」
「了解だ」
夕暮れの強い日差しが背中を焦がす。
加奈子さんは電柱の小陰に身を屈め、俺と里志は角の際で飛び出す準備をする。
直進中のスズに対して、股触揉蔵もゆっくりと歩き始めた。
ただし、逆の方角に歩いている。スズに背を向けて、来栖邸を過ぎてしまった。
予想外の展開にスズがチラリと振り返って小首を傾げる。
「おい、蒼太……変質者去って行くぞ?」
「しまった! スズが学校から逆走したら不自然じゃないか! しかも、アイツ……カバンも置いて行ってる!」
「鈴はまだ進んでるぞ!?」
「青山家まで移動しよう。門の中に隠れるぞ!」
角から素早く飛び出して、加奈子さんの手を引いて自宅の敷地内に入る。
ここまで約一〇メートル、門の中から股触とスズの背中が見える距離だ。
股触の歩みが遅いのか、スズが速いのか、二人の距離が詰まってきた。
ターンという動作がある。旋回、進路を変える、言い方は様々だ。
男はまるでダンスのターンを決めるかのごとく、クルンと回ってスズに歩み寄った。
ターゲットの想定外の動きにスズが一瞬固まる。股触の右手がスズの股間に伸びる。
二人の接触を確認した俺と里志はその場から飛び出した。
スズは股触揉蔵の手を絡め取っているが、振り放されそうになっている。
そこに里志が猛烈なタックルを食らわすと、男はゴロリと地面に倒れ込んだ。
「痛ってぇなぁっ! なんだこのガキは!?」
「オッサンが近頃有名な変質者だな! 鈴、大丈夫か!?」
「あ、うん。うん。大丈夫」
倒れ込んだ股触揉蔵を里志が押さえ込んだ。
俺はジタバタする男の手をガッチリとホールドして離さない。
スズは動揺しているのか、立ちすくんで呆然としている。
「おい! スズ! 警察に電話だ!」
「う、うん! そうだ、警察……177だっけ!?」
「落ち着け! 明日も晴れだから110にコールしろ!!」
スズが小刻みに震える手で端末を操作し始めた。
青山家の敷地内から加奈子さんが恐る恐るこちらへ近付いて来る。
「加奈子さんは学校に、明石先生を――」
「おいコラッ! 離せガキども!!」
股触揉蔵は里志と同じぐらいの体格で力も強い。
このオトリ作戦は里志がいなければ絶対に成功しなかっただろう。
地に伏した男を抑え込めているのは、里志の怪力あってこそだ。
ただ、人は見かけによらないと言うか、この男は本当に普通のサラリーマンだ。
イカツイ風でもなく、ちょっとガタイのいい中年のオジサンといった感じなのだ。
勝手にイメージしていた変質者の風貌とずいぶん違う。
「アオ! 姫咲署からお巡りさんがすぐ来るよ!」
「悪いな、変質者のオジサン。言いたいことは警察署で言ってくれ!」
俺が股触に言い放つと、その視線の先に加奈子さんの姿を捉えた。
押さえ込んでいる腕をジリジリと動かし、手の平を上に向けて叫び始めた。
「あの日みたいに触らせてくれよ! 気持ち良かっただろ! おいっ!!」
男の指先はクネクネといやらしい動きを見せる。
加奈子さんは涙目になり、口元を覆って青ざめてしまった。
それを見た瞬間に大きく拳を振り上げていた。
たぶん、生まれて初めてのことだ。他人に憎しみの拳をぶつけようとしている。
今なら躊躇なく拳をこの男の顔面に叩き込むことができるだろう。
「アオ! 殴っちゃダメ!!」
「我慢できるかっ!」
振り上げた拳を股触に振り下ろした。
しかし、拳は顔面に届かなかった。加奈子さんが背後から俺の腕に抱きついたのだ。
ホロホロと涙を流しながら、必死に首を横に振る。
「……弟君! 暴力は絶対ダメ……ダメです」
「加奈子さん……」
「蒼太、冷静になれ! 犯人は捕えた。これ以上の攻撃は暴力だぞ!」
「悪い、里志。もう大丈夫だ。加奈子さんはもう少し下がっていて」
珍しく鋭い目つきで俺をジッと見つめる加奈子さん。
その場を動こうとしない。言うことを聞いてくれない加奈子さんなんて初めてだ。
俺が再び拳を振り上げないか、挑発に乗らないか心配しているのだ。
「アオ、明石先生がすっ飛んで来るよ! もうこっちへ走ってるって!」
「早っ!」
相変わらず股触はジタバタして往生際が悪い。
離せやクソガキやら汚くて卑猥な言葉を並べては暴れ続ける。
加奈子さんへの悪口雑言は堪忍袋の緒が切れそうになるが我慢だ。
左手と膝を使って男を押さえ込む里志の補助をしている。
肝心の右手は、加奈子さんの胸元に捕まって使用不可なのだ。
上腕に加奈子さんの胸の柔らかさが伝わる。
「弟君……」
「加奈子さん……」
股触が時折大声を出すが、次第に耳に入らなくなってきた。
加奈子さんのきれいな瞳はずっと見ていられる。加奈子さんの胸元の感触はずっと味わっていたい。加奈子さんの髪の匂いもずっと嗅いでいたい。
怒りのボルテージは愛しのボルテージに変換されたようだ。
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