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【真幕・番外編】あねたっちゃぶるっ 弐
0.才能を持つ者は変態で最強なんですっ!
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まえがき
※章と章の間に挟む、ショートストーリーです。
※長女紗月視点です。
_________________________________
青山紗月、体育大学の一年。
特にサークル活動もせずに、この夏を迎える。
団体に所属するのは面倒だし、気に食わない奴がいるとぶっ飛ばしだくなるし、リア充やパリピを見るのも嫌だ。そんなワケで、講義がないときは自宅で筋トレかジムに行く。
「怠い、暑い、眠い」
「珍しいな。紗月さんが寝不足か?」
スクールバッグを持って隣りを歩くのは後輩の四条春香。
今日は学校が終わってから、あたしが住む寮に泊まりに来る予定だ。
それで、駅まで迎えに行って、今から買い物を済ませる。
「夏になるとお隣りさんが余計に盛るんだ」
「盛る? 夜に騒ぐ不逞の輩か?」
「喘ぎ声だけなら我慢するけど、パンパンって音が聞こえるんだって!」
ここまで言って、やっとこさ春香はなんのことか理解したようだ。
今まで剣道と勉強漬けだったこの子にとって、まるで別世界の話題だろうよ。
「紗月さんの寮って壁が薄いのか?」
「んー。焼きたてのナンぐらい薄いかもしれない!」
「聞かされるほうはたまったもんじゃないな……」
「朝っぱらからベッドをギッシギシやって、アンアン言うときもある!」
日常的な性生活がない人間にとって、本当にあれは奇異に思えるものだ。
確かに触れられると気持ちいい。思わず声が出てしまうことがある。
ただし、弟の蒼ちゃんでしか試したことがないのだけど……
「蒼太郎とはバイト先でよく会うんだ」
「プールのバイトだったね。蒼ちゃんはちゃんとできてる?」
「向いてると思う。小さい子にも好かれるし」
「そうなんだ。蒼ちゃんに意外な一面があるんだなぁ……」
あたしの体とおっぱいと花穂の水着や下着にしか興味のなかった弟。
高校に入学して男らしくなってしまったというか、自立精神に目覚めたような気がする。ここ最近、自分の境遇について調べていたみたいだし、昔のように姉を頼らなくなった。
思春期の蒼ちゃんを刺激するのは楽しみの一つだった。
そのささやかなお楽しみもなくなってしまった今、なにを生きがいにしてやろうか。
「紗月さん、悪い顔してるな。悪だくみか?」
「うーん。次のイタズラについて深く考えてるのさ!」
「蒼太郎にイタズラするのはやめるんじゃなかったのか?」
「接し方がね、わかんないんだ……今は真剣に向き合えない」
春香はなにも返答せずに空を見上げた。
あたしが蒼ちゃんのことを恋愛対象として見ていたことを前に打ち明けた。
別に他人に理解して欲しいわけでもないが、誰かに聞いてほしかった。
「夏休みは蒼太郎と遊べるじゃないか」
「いや、ずっと実家にいるわけでもないよ。こっちでも用事あるしね」
「そういえば、生徒会室で加奈子ちゃんが夏休みに兄が帰って来ると言ってたな。確か紗月さんと同い年の下の兄だ。名前なんだったか――」
「零次」
「は? レイジ?」
「加奈ちゃんの二人の兄貴のうち上は空人、下が零次。結城零次だよ」
いけ好かない奴の顔が脳裏にチラつくと、なんだかイライラする。
結城のおじさんやおばさん、空人兄ちゃんや加奈ちゃんはいい人なのに、零次だけは別格だ。苦手な同性は明石先生と塁姉だけど、苦手な異性は結城零次ただ一人。
「ああ。紗月さんの初恋の相手だったな。チョコあげてたじゃないか」
「あー。そんな時期もあったなぁ。今はぶっ飛ばしたい相手だけどねっ」
零次とは四月以降会っていない。
連絡先を知っているので、たまにメールのやり取りはする。
ただ、奴はガリ勉で話題は勉強のこと以外に皆無だ。
色恋沙汰や下ネタ関連は華麗なまでのスルースキルを身に付けている。
◆◆◆
大学の近くに大手スーパーのチェーン店がある。
寮に住まう学生のほとんどがそこで毎日買い物をするため、よく顔見知りに出くわす。
カゴの中をチラ見されるのって、ちょっと嫌なんだよな……
生活感がそこに出てしまうというか、変に気恥ずかしい気分になってしまう。
自動ドアから中へ入ると別世界のようだ。
空調は肉や野菜の鮮度を保つために、やや低めに設定されている。
ジンワリとにじみ出た汗がスーッと引いていく感じが心地いい。
「紗月さん。夕飯どうする?」
「春香が作るなら材料買う。作らないなら弁当買う」
「サラダと汁物は作るけど、あとは出来上がりものでよくないか?」
「おおっ! 作ってくれるの? じゃあ、そうしよう!」
実はここ最近、まったく自炊していないのだ。
実家に帰って花穂の手料理が食べたい。弟のソーセージも食べたい。
「ちょっと紗月さんに聞きたかったんだけど……」
「ん? なになに?」
春香は買い物カゴを手に持って、サラダに使用する野菜を放り込む。
「御子柴……あ、いや。ミコリュウと来栖さんはどういう関係なんだ?」
「ミコっちとお隣りの来栖さん?」
「あの二人、学内では接点がなさそうに見えるけど、プライベートでは会ってるぞ」
出たよ。これぞ色恋沙汰の三角関数……じゃない、三角関係だ。
ミコっちと来栖さんの関係は、蒼ちゃんから一応聞いてある。来栖さんの養父である結城ソフトウェアの社長が、ミコっちの才能を欲しがっている。さらには、蒼ちゃん情報では来栖有紀の好きな男はミコっちだ。
(あれ? これって漏らしていい情報だっけ?)
「紗月さん?」
「ミコっちは結城ソフトウェアを手伝ってるんだ。バイト代がいいからね」
「その、なんだ、付き合っているというわけではないんだな?」
「春香が妬くなんて珍しいねぇ!」
「妬いてないっ! あんなボケナスはどうでもいい!!」
なんてわかりやすい子なんだろうと素直に感心する。
ガキンチョの頃からそうだ。四条春香は御子柴龍司のことが大好きだ。
来栖さんと春香、こりゃデカパイ対決になりそうだ。
「あのさ、そうやってツンツンしてると取られるからね」
「うー……知らん。取られてもいい」
「この夏、意気投合して盛り上がった二人は夕飯を共にし、その後入浴を済ませていい雰囲気に。口づけから始まり、その情欲は止まることがなくベッドへもつれ込む。お互いの汗がにじむ体を溶かすように舐め合い、ミコっちの太いモノが恥じらう来栖さんのアソコへ――」
「なんなんだそれは! エロ小説仕立てにするんじゃないっ!」
耳まで赤くしながら春香が反応している。
普段はストイックを気取っているくせに、本当は弱点だらけだ。
「さて、材料は揃ったし、寮へ帰ろうか」
「紗月さん、あれ見てくれ」
「ん? なに?」
スーパーの出入り口で若い女性がうずくまっている。
口元に手を当てて、青白い顔をしているように見える。
「あの、どうかしましたか?」
こういう時の春香は行動が素早い。人助けにためらいがまったくない。
ここだけはあたしの猿真似じゃなく、堅物四条春香のいいところである。
「今、お店に入った瞬間、男性とすれ違ったんです。その時、いきなり下半身を触られて……怖くて声も出せませんでした……」
「ついさっきってことは、まだその辺に……あっ! 紗月さん!?」
「春香はその人を頼む! 痴漢野郎は近くにいるよ!」
外へ飛び出して、駐車場を見回す。出入りする車は一台もない。
道路側には、背広のサラリーマンが一人と学生がそれぞれ別方向に歩いて行く。
このどちらを追うべきか。再び店内に戻って特徴を聞く余裕はなさそうだ。
「紗月さん! ガタイのいいサラリーマンだ!!」
背後で春香が大声で叫んだ。
サラリーマンの背中目掛けてロケットダッシュする。
足音に気付かれたのか、気配を読まれたのか、サラリーマンが走り出した。
しかし、短距離走なら負けはしない。最後の詰めは必殺技の飛び蹴りを見舞ってやる。
「待て、コラッ! 食らえっ!!」
「ぐあっ!」
蹴り足は男の背中にヒットした。男はうめき声を上げて、足を止めた。
なかなか大柄な男だ。背広を着ていても筋肉質なのがわかる。
対峙すると直感的にわかることがある。このオッサンはたぶん強い。
それも、格闘技とかそんなんじゃない。ケンカ慣れってやつだ。
「なあ、痴漢のオッサン。アンタ、あたしの蹴り読んでただろ?」
「だからどうしたってんだ?」
「蹴り足にクリーンヒットの感触がなかったからね」
「捕まえたければ来いよ」
人差し指をチョイチョイして挑発してくる。
オッサンの構えは、オーソドックスなファイティングポーズだ。
正中線を敵の正面に晒さないように、やや斜めに立っている。
場所は歩道の上、街路樹で周囲からは死角になりやすい。
この男はすべて計算していたのかもしれない。ここで誰かが追ってくることも……
「挑発には乗らない。見逃してやるから去ってくれない?」
「ずいぶんと聞き分けがいい嬢ちゃんだな」
「オッサンも血まみれで町歩くの嫌だろ? あたしもさ」
ここでコイツをボッコンボッコンにしてやることは可能だ。
まずい理由が二つある。まず、大学に近いこと、目撃されるとヤバい。
そして、この男の強さ。苦戦するのが目に見えている。
「追えば迎撃するぞ」
「くどいなぁ。早く去らないと警察呼んでるかもよ?」
男は警察と聞いて、少し慌てたのか駅方面へ走り去って行った。
どこから湧いて出たのか知らないが、姫咲町へ行かないことを願おう。
臨戦体制を解除、戦闘モードから日常モードへ切り替える。
久しくない緊張感だった。怖がるでもなく、震えることも一切ない。
むしろ、気持ち良かった。性的な快楽に似ている気さえする。
買い物袋を携えて、春香がこちらへ向かって来る。
今のあたしの気分を伝えたらどんな顔をするだろうか。
男とマジゲンカ寸前で極度に興奮してパンツを濡らしている。
(あ、そうだ。変質者に注意って花穂にメールしよう。下半身触る変質者か……股触る、股揉む……股触揉蔵でいいか。まあ、隣県の姫咲町に行くってことはないと思うけどね)
※章と章の間に挟む、ショートストーリーです。
※長女紗月視点です。
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青山紗月、体育大学の一年。
特にサークル活動もせずに、この夏を迎える。
団体に所属するのは面倒だし、気に食わない奴がいるとぶっ飛ばしだくなるし、リア充やパリピを見るのも嫌だ。そんなワケで、講義がないときは自宅で筋トレかジムに行く。
「怠い、暑い、眠い」
「珍しいな。紗月さんが寝不足か?」
スクールバッグを持って隣りを歩くのは後輩の四条春香。
今日は学校が終わってから、あたしが住む寮に泊まりに来る予定だ。
それで、駅まで迎えに行って、今から買い物を済ませる。
「夏になるとお隣りさんが余計に盛るんだ」
「盛る? 夜に騒ぐ不逞の輩か?」
「喘ぎ声だけなら我慢するけど、パンパンって音が聞こえるんだって!」
ここまで言って、やっとこさ春香はなんのことか理解したようだ。
今まで剣道と勉強漬けだったこの子にとって、まるで別世界の話題だろうよ。
「紗月さんの寮って壁が薄いのか?」
「んー。焼きたてのナンぐらい薄いかもしれない!」
「聞かされるほうはたまったもんじゃないな……」
「朝っぱらからベッドをギッシギシやって、アンアン言うときもある!」
日常的な性生活がない人間にとって、本当にあれは奇異に思えるものだ。
確かに触れられると気持ちいい。思わず声が出てしまうことがある。
ただし、弟の蒼ちゃんでしか試したことがないのだけど……
「蒼太郎とはバイト先でよく会うんだ」
「プールのバイトだったね。蒼ちゃんはちゃんとできてる?」
「向いてると思う。小さい子にも好かれるし」
「そうなんだ。蒼ちゃんに意外な一面があるんだなぁ……」
あたしの体とおっぱいと花穂の水着や下着にしか興味のなかった弟。
高校に入学して男らしくなってしまったというか、自立精神に目覚めたような気がする。ここ最近、自分の境遇について調べていたみたいだし、昔のように姉を頼らなくなった。
思春期の蒼ちゃんを刺激するのは楽しみの一つだった。
そのささやかなお楽しみもなくなってしまった今、なにを生きがいにしてやろうか。
「紗月さん、悪い顔してるな。悪だくみか?」
「うーん。次のイタズラについて深く考えてるのさ!」
「蒼太郎にイタズラするのはやめるんじゃなかったのか?」
「接し方がね、わかんないんだ……今は真剣に向き合えない」
春香はなにも返答せずに空を見上げた。
あたしが蒼ちゃんのことを恋愛対象として見ていたことを前に打ち明けた。
別に他人に理解して欲しいわけでもないが、誰かに聞いてほしかった。
「夏休みは蒼太郎と遊べるじゃないか」
「いや、ずっと実家にいるわけでもないよ。こっちでも用事あるしね」
「そういえば、生徒会室で加奈子ちゃんが夏休みに兄が帰って来ると言ってたな。確か紗月さんと同い年の下の兄だ。名前なんだったか――」
「零次」
「は? レイジ?」
「加奈ちゃんの二人の兄貴のうち上は空人、下が零次。結城零次だよ」
いけ好かない奴の顔が脳裏にチラつくと、なんだかイライラする。
結城のおじさんやおばさん、空人兄ちゃんや加奈ちゃんはいい人なのに、零次だけは別格だ。苦手な同性は明石先生と塁姉だけど、苦手な異性は結城零次ただ一人。
「ああ。紗月さんの初恋の相手だったな。チョコあげてたじゃないか」
「あー。そんな時期もあったなぁ。今はぶっ飛ばしたい相手だけどねっ」
零次とは四月以降会っていない。
連絡先を知っているので、たまにメールのやり取りはする。
ただ、奴はガリ勉で話題は勉強のこと以外に皆無だ。
色恋沙汰や下ネタ関連は華麗なまでのスルースキルを身に付けている。
◆◆◆
大学の近くに大手スーパーのチェーン店がある。
寮に住まう学生のほとんどがそこで毎日買い物をするため、よく顔見知りに出くわす。
カゴの中をチラ見されるのって、ちょっと嫌なんだよな……
生活感がそこに出てしまうというか、変に気恥ずかしい気分になってしまう。
自動ドアから中へ入ると別世界のようだ。
空調は肉や野菜の鮮度を保つために、やや低めに設定されている。
ジンワリとにじみ出た汗がスーッと引いていく感じが心地いい。
「紗月さん。夕飯どうする?」
「春香が作るなら材料買う。作らないなら弁当買う」
「サラダと汁物は作るけど、あとは出来上がりものでよくないか?」
「おおっ! 作ってくれるの? じゃあ、そうしよう!」
実はここ最近、まったく自炊していないのだ。
実家に帰って花穂の手料理が食べたい。弟のソーセージも食べたい。
「ちょっと紗月さんに聞きたかったんだけど……」
「ん? なになに?」
春香は買い物カゴを手に持って、サラダに使用する野菜を放り込む。
「御子柴……あ、いや。ミコリュウと来栖さんはどういう関係なんだ?」
「ミコっちとお隣りの来栖さん?」
「あの二人、学内では接点がなさそうに見えるけど、プライベートでは会ってるぞ」
出たよ。これぞ色恋沙汰の三角関数……じゃない、三角関係だ。
ミコっちと来栖さんの関係は、蒼ちゃんから一応聞いてある。来栖さんの養父である結城ソフトウェアの社長が、ミコっちの才能を欲しがっている。さらには、蒼ちゃん情報では来栖有紀の好きな男はミコっちだ。
(あれ? これって漏らしていい情報だっけ?)
「紗月さん?」
「ミコっちは結城ソフトウェアを手伝ってるんだ。バイト代がいいからね」
「その、なんだ、付き合っているというわけではないんだな?」
「春香が妬くなんて珍しいねぇ!」
「妬いてないっ! あんなボケナスはどうでもいい!!」
なんてわかりやすい子なんだろうと素直に感心する。
ガキンチョの頃からそうだ。四条春香は御子柴龍司のことが大好きだ。
来栖さんと春香、こりゃデカパイ対決になりそうだ。
「あのさ、そうやってツンツンしてると取られるからね」
「うー……知らん。取られてもいい」
「この夏、意気投合して盛り上がった二人は夕飯を共にし、その後入浴を済ませていい雰囲気に。口づけから始まり、その情欲は止まることがなくベッドへもつれ込む。お互いの汗がにじむ体を溶かすように舐め合い、ミコっちの太いモノが恥じらう来栖さんのアソコへ――」
「なんなんだそれは! エロ小説仕立てにするんじゃないっ!」
耳まで赤くしながら春香が反応している。
普段はストイックを気取っているくせに、本当は弱点だらけだ。
「さて、材料は揃ったし、寮へ帰ろうか」
「紗月さん、あれ見てくれ」
「ん? なに?」
スーパーの出入り口で若い女性がうずくまっている。
口元に手を当てて、青白い顔をしているように見える。
「あの、どうかしましたか?」
こういう時の春香は行動が素早い。人助けにためらいがまったくない。
ここだけはあたしの猿真似じゃなく、堅物四条春香のいいところである。
「今、お店に入った瞬間、男性とすれ違ったんです。その時、いきなり下半身を触られて……怖くて声も出せませんでした……」
「ついさっきってことは、まだその辺に……あっ! 紗月さん!?」
「春香はその人を頼む! 痴漢野郎は近くにいるよ!」
外へ飛び出して、駐車場を見回す。出入りする車は一台もない。
道路側には、背広のサラリーマンが一人と学生がそれぞれ別方向に歩いて行く。
このどちらを追うべきか。再び店内に戻って特徴を聞く余裕はなさそうだ。
「紗月さん! ガタイのいいサラリーマンだ!!」
背後で春香が大声で叫んだ。
サラリーマンの背中目掛けてロケットダッシュする。
足音に気付かれたのか、気配を読まれたのか、サラリーマンが走り出した。
しかし、短距離走なら負けはしない。最後の詰めは必殺技の飛び蹴りを見舞ってやる。
「待て、コラッ! 食らえっ!!」
「ぐあっ!」
蹴り足は男の背中にヒットした。男はうめき声を上げて、足を止めた。
なかなか大柄な男だ。背広を着ていても筋肉質なのがわかる。
対峙すると直感的にわかることがある。このオッサンはたぶん強い。
それも、格闘技とかそんなんじゃない。ケンカ慣れってやつだ。
「なあ、痴漢のオッサン。アンタ、あたしの蹴り読んでただろ?」
「だからどうしたってんだ?」
「蹴り足にクリーンヒットの感触がなかったからね」
「捕まえたければ来いよ」
人差し指をチョイチョイして挑発してくる。
オッサンの構えは、オーソドックスなファイティングポーズだ。
正中線を敵の正面に晒さないように、やや斜めに立っている。
場所は歩道の上、街路樹で周囲からは死角になりやすい。
この男はすべて計算していたのかもしれない。ここで誰かが追ってくることも……
「挑発には乗らない。見逃してやるから去ってくれない?」
「ずいぶんと聞き分けがいい嬢ちゃんだな」
「オッサンも血まみれで町歩くの嫌だろ? あたしもさ」
ここでコイツをボッコンボッコンにしてやることは可能だ。
まずい理由が二つある。まず、大学に近いこと、目撃されるとヤバい。
そして、この男の強さ。苦戦するのが目に見えている。
「追えば迎撃するぞ」
「くどいなぁ。早く去らないと警察呼んでるかもよ?」
男は警察と聞いて、少し慌てたのか駅方面へ走り去って行った。
どこから湧いて出たのか知らないが、姫咲町へ行かないことを願おう。
臨戦体制を解除、戦闘モードから日常モードへ切り替える。
久しくない緊張感だった。怖がるでもなく、震えることも一切ない。
むしろ、気持ち良かった。性的な快楽に似ている気さえする。
買い物袋を携えて、春香がこちらへ向かって来る。
今のあたしの気分を伝えたらどんな顔をするだろうか。
男とマジゲンカ寸前で極度に興奮してパンツを濡らしている。
(あ、そうだ。変質者に注意って花穂にメールしよう。下半身触る変質者か……股触る、股揉む……股触揉蔵でいいか。まあ、隣県の姫咲町に行くってことはないと思うけどね)
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