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プロローグ
先生の家庭訪問
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高校生活も二年目。新学期が始まるとクラス替えやらテストやらで忙しない。
四月は死ぬほど長いと言う。中旬を過ぎても四月が永遠に続くような気さえする。
この時期はどこの学校も家庭訪問シーズンだ。
なんの因果か僕の家は学校の四軒西隣で、同校に通う生徒の中では一番近い。
家庭訪問の順番は遠い生徒宅からの訪問のため、うちは一番最後なのだ。
玄関のチャイムが一度だけ鳴る。
ハーイと返事をしながらパタパタとキッチンから出る母。
我が校の家庭訪問、生徒の勉強部屋を先生が最後に見て帰るというシステムだ。
昨年も同じ形式だった。ただし、昨年と大きく違う点が一つ……
今年度の担任が新任の女性教諭であるということ。
(お茶ぐらい用意したほうがいいのかな?)
部屋の隅々を雑巾がけしながら対応を考える。
あと一〇分もすれば先生は二階へあがってくるだろう。
***
階段をゆっくりとあがって来る足音がする。
母が先生を部屋の前まで案内したようだ。
次は先生がドアをノック――しなかった。
ガチャリとドアを開いて、素早くパタンと閉める。
「だっるーいっ!」
「先生、だらしないよ」
「五軒も回って気疲れしちゃった!」
ハンドバッグを床におろして、気怠そうにため息を吐く担任。
火野美咲、二十二歳の独身。身長一六五センチ、僕より一センチ高い……
一つに束ねた黒髪セミロング。二年D組担任、茶道部顧問。
容姿はスラリとした和風美人と言ったところか。
出るとこは出て、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる。
「お茶持ってきますね。少し待っててください」
「できれば炭酸がいい」
「はいはい」
僕の名前は木花咲耶。
四軒隣りの姫咲高等学校普通科の二年生だ。
こんな名前だからなのか遺伝なのかはわからないが、名前と見た目で損をする。
身長一六四センチ、細身で中性的容姿。咲耶ちゃんと呼ぶ人もいる。
髪は癖毛を生かしたミディアムウルフ。やや釣り目なのは近視のせい。
よく可愛いと言われるが、あまり褒め言葉に聞こえない。
キッチンに入ると、母が夕飯の支度を始めている。
冷蔵庫の飲み物の中からコーラのペットボトルを取り出してコップに注ぐ。
(コーラがあってよかった……)
「咲耶? コーラ持って行くの?」
「うん。僕も喉乾いて……先生もいっしょのでいいって」
「ボトルごと持って行きなさい。いつもお世話になっているんだから」
お世話になっているのか、お世話しているのか微妙なのだが……
四月に起きたあることがきっかけで僕は美咲先生が顧問をする茶道部に……
半ば強制的に入部させられたのだ。
「あっ! しまった!」
コーラが入ったペットボトルとグラスを二つ持って階段を駆けあがる。
自室のドアを開くとスーツの上着とバッグがベッド脇に散らばっている。
先生は僕のベッドの上で欠伸をかみ殺しながら雑誌をめくる。
「ふぅん……咲耶君ってこういうの趣味なんだぁ?」
「いや、違いますよ。それ友達が置き忘れて――」
「女教師温泉旅行エロス三連発税抜き七〇〇円」
「タイトル言わなくていいです……」
ゴロリと寝返りをうって、こちらに背中を向けながら雑誌をめくり続ける。
美咲先生がこんな姿を見せるのは僕だけの特別だ。
「ゲブッ! グエッ! ゴエップ!」
「あなたガチョウか恐竜の赤ちゃんですか!
もっと遠慮してゲップしてください!」
「ごめん! でもコーラ飲むと出ちゃう」
出ちゃうと言い終わる前に部屋に放屁音が鳴り響く。
ブリブリッ、ブリリ、ビリィッ!
ベッドの上でスカート姿の先生の尻がこっちを向いている。
「僕の布団の上でオナラしないでくださいよ!」
「ごめんね! コーラ飲むと出ちゃうよね」
「いやいや、普通オナラは出ませんから……」
これが僕だけの特別……
道を歩けば世の男性が振り返るほどの和風美人の正体を知っている。
そして、先生も僕の秘密を知っている。
僕は先天的な発達障害で笑うことが一切ない。
笑わないと言っても口元を緩めて微笑するぐらいの感情表現は可能だ。
でも、ゲラゲラと笑うことがない。
そこへ至る途中で感情にブレーキがかかってしまうようだ。
「咲耶君、今ちょっと笑ってたよね? 絶対笑ってたよね?」
「笑ってないですね。呆れてますよ」
「目が笑ってるように見えるのは気のせい?」
「先生……いい加減にベッドからおりてください」
「もうちょっとだけ。咲耶君も隣りくる? 寝心地良好よ」
「それ僕の塒ですから!」
ダラリと足を伸ばしたまま寝返りをうってこちらを向いたときだった。
膝の奥のほうから白いものが見え隠れしている。
床の上に座っている僕の目線の高さとベッドの高さが同じぐらいなのだ。
見ないように視線を外しても、本能的にチラチラと見てしまう。
「さっきから目が泳ぎまくってるよ」
「見えてますよ、パンツ……隠してくださいよ」
「キミは先生の生パンツを見たくないの?」
「今どうしてパンツに生が付いたのか謎ですけどね……
別にすごく見たいってほどじゃないです」
「ひょっとしてパンツの中身が見たいとか思ってる?」
「中身って……先生、時間は大丈夫なんですか?」
時計は五時を指している。
美咲先生が我が家を訪問して三〇分以上経過中……
そのほとんどが保護者との対話より僕のベッドでご休憩。
ベッドでご休憩なんて艶めかしく聞こえるが、実際はオッサンのごとくゲップとオナラをかまして、エロ本読みながら寝転んでいただけだ。
「あっ! 肝心なことを聞き忘れるとことだった!」
「なんですか?」
事前に友人から部屋に来た先生がどんな質問を投げてくるか聞いておいた。
一日の勉強量だとか、予習復習はしているかとか、学校生活に困ったことはないかなど、ありがちと言えばありがちな質問だと言える。
「咲耶君は何分ぐらいしてるの?」
「僕は予習だけするんです。一時間ぐら――」
「オナニー」
「ええっと……今なんと?」
「じゃあ、週何回ぐらいするの?」
「テスト期間中以外の予習は週に三日か四日ぐら――」
「オナニー」
「ちょっと先生! 他の子にもそんな質問したんですか?」
「するわけないでしょ。他の子には勉強時間や学校生活の質問ね」
起き上がった先生は、大きく背伸びをしながら立ち上がった。
伸びをしたときのブラウスは胸の膨らみに圧迫されてボタンが飛びそうだ。
思わず生唾を飲み込んでしまった。察知した先生の視線が突き刺さる。
「結局、咲耶君は一時間ぐらいかけて、週三発から四発なのね」
「それ、僕は黙秘しますからね」
「またゆっくり尋問するとして、そろそろ学校戻らないとね」
「まだお仕事するんですか?」
「うん。家庭訪問は今日で終わりだけど、明日の準備とかあるから」
家庭訪問が終わると通常授業に戻る。
美咲先生が受け持つのは国語だ。一応、得意科目で唯一上位に食い込める教科でもある。
「残ってるコーラ飲みます?」
ペットボトルに中途半端に残ったコーラ。
残しておいても炭酸が抜けてしまってうまくないだろう。
飲んでしまうのが得策だ。
「いただこうかな」
「どうぞ」
グラスに注いだコーラをグイッと飲んで、スーツの上着を肩にかける。
バッグを手に持ってドアへ歩いて行く先生を見送った。
カッコイイ大人の女のうしろ姿だと思ったのもつかの間……
「ゲボッ! グアッ!」
「デリカシーって知ってますか? デリケートってわかりますか?」
「デモクラシーとバリケードなら知ってる」
「他の人の前でやらないでくださいよ……」
「大丈夫。咲耶君の前だけ特別だから」
今はまだ美咲先生が言う特別の意味がわからない。
僕にとっては出会って間もない頃から、彼女は特別で特殊で……
この残念な女教師を知れば知るほど気持ちが高まって……
――――それが恋なのか変なのか、わからなくなってしまったんだ。
四月は死ぬほど長いと言う。中旬を過ぎても四月が永遠に続くような気さえする。
この時期はどこの学校も家庭訪問シーズンだ。
なんの因果か僕の家は学校の四軒西隣で、同校に通う生徒の中では一番近い。
家庭訪問の順番は遠い生徒宅からの訪問のため、うちは一番最後なのだ。
玄関のチャイムが一度だけ鳴る。
ハーイと返事をしながらパタパタとキッチンから出る母。
我が校の家庭訪問、生徒の勉強部屋を先生が最後に見て帰るというシステムだ。
昨年も同じ形式だった。ただし、昨年と大きく違う点が一つ……
今年度の担任が新任の女性教諭であるということ。
(お茶ぐらい用意したほうがいいのかな?)
部屋の隅々を雑巾がけしながら対応を考える。
あと一〇分もすれば先生は二階へあがってくるだろう。
***
階段をゆっくりとあがって来る足音がする。
母が先生を部屋の前まで案内したようだ。
次は先生がドアをノック――しなかった。
ガチャリとドアを開いて、素早くパタンと閉める。
「だっるーいっ!」
「先生、だらしないよ」
「五軒も回って気疲れしちゃった!」
ハンドバッグを床におろして、気怠そうにため息を吐く担任。
火野美咲、二十二歳の独身。身長一六五センチ、僕より一センチ高い……
一つに束ねた黒髪セミロング。二年D組担任、茶道部顧問。
容姿はスラリとした和風美人と言ったところか。
出るとこは出て、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる。
「お茶持ってきますね。少し待っててください」
「できれば炭酸がいい」
「はいはい」
僕の名前は木花咲耶。
四軒隣りの姫咲高等学校普通科の二年生だ。
こんな名前だからなのか遺伝なのかはわからないが、名前と見た目で損をする。
身長一六四センチ、細身で中性的容姿。咲耶ちゃんと呼ぶ人もいる。
髪は癖毛を生かしたミディアムウルフ。やや釣り目なのは近視のせい。
よく可愛いと言われるが、あまり褒め言葉に聞こえない。
キッチンに入ると、母が夕飯の支度を始めている。
冷蔵庫の飲み物の中からコーラのペットボトルを取り出してコップに注ぐ。
(コーラがあってよかった……)
「咲耶? コーラ持って行くの?」
「うん。僕も喉乾いて……先生もいっしょのでいいって」
「ボトルごと持って行きなさい。いつもお世話になっているんだから」
お世話になっているのか、お世話しているのか微妙なのだが……
四月に起きたあることがきっかけで僕は美咲先生が顧問をする茶道部に……
半ば強制的に入部させられたのだ。
「あっ! しまった!」
コーラが入ったペットボトルとグラスを二つ持って階段を駆けあがる。
自室のドアを開くとスーツの上着とバッグがベッド脇に散らばっている。
先生は僕のベッドの上で欠伸をかみ殺しながら雑誌をめくる。
「ふぅん……咲耶君ってこういうの趣味なんだぁ?」
「いや、違いますよ。それ友達が置き忘れて――」
「女教師温泉旅行エロス三連発税抜き七〇〇円」
「タイトル言わなくていいです……」
ゴロリと寝返りをうって、こちらに背中を向けながら雑誌をめくり続ける。
美咲先生がこんな姿を見せるのは僕だけの特別だ。
「ゲブッ! グエッ! ゴエップ!」
「あなたガチョウか恐竜の赤ちゃんですか!
もっと遠慮してゲップしてください!」
「ごめん! でもコーラ飲むと出ちゃう」
出ちゃうと言い終わる前に部屋に放屁音が鳴り響く。
ブリブリッ、ブリリ、ビリィッ!
ベッドの上でスカート姿の先生の尻がこっちを向いている。
「僕の布団の上でオナラしないでくださいよ!」
「ごめんね! コーラ飲むと出ちゃうよね」
「いやいや、普通オナラは出ませんから……」
これが僕だけの特別……
道を歩けば世の男性が振り返るほどの和風美人の正体を知っている。
そして、先生も僕の秘密を知っている。
僕は先天的な発達障害で笑うことが一切ない。
笑わないと言っても口元を緩めて微笑するぐらいの感情表現は可能だ。
でも、ゲラゲラと笑うことがない。
そこへ至る途中で感情にブレーキがかかってしまうようだ。
「咲耶君、今ちょっと笑ってたよね? 絶対笑ってたよね?」
「笑ってないですね。呆れてますよ」
「目が笑ってるように見えるのは気のせい?」
「先生……いい加減にベッドからおりてください」
「もうちょっとだけ。咲耶君も隣りくる? 寝心地良好よ」
「それ僕の塒ですから!」
ダラリと足を伸ばしたまま寝返りをうってこちらを向いたときだった。
膝の奥のほうから白いものが見え隠れしている。
床の上に座っている僕の目線の高さとベッドの高さが同じぐらいなのだ。
見ないように視線を外しても、本能的にチラチラと見てしまう。
「さっきから目が泳ぎまくってるよ」
「見えてますよ、パンツ……隠してくださいよ」
「キミは先生の生パンツを見たくないの?」
「今どうしてパンツに生が付いたのか謎ですけどね……
別にすごく見たいってほどじゃないです」
「ひょっとしてパンツの中身が見たいとか思ってる?」
「中身って……先生、時間は大丈夫なんですか?」
時計は五時を指している。
美咲先生が我が家を訪問して三〇分以上経過中……
そのほとんどが保護者との対話より僕のベッドでご休憩。
ベッドでご休憩なんて艶めかしく聞こえるが、実際はオッサンのごとくゲップとオナラをかまして、エロ本読みながら寝転んでいただけだ。
「あっ! 肝心なことを聞き忘れるとことだった!」
「なんですか?」
事前に友人から部屋に来た先生がどんな質問を投げてくるか聞いておいた。
一日の勉強量だとか、予習復習はしているかとか、学校生活に困ったことはないかなど、ありがちと言えばありがちな質問だと言える。
「咲耶君は何分ぐらいしてるの?」
「僕は予習だけするんです。一時間ぐら――」
「オナニー」
「ええっと……今なんと?」
「じゃあ、週何回ぐらいするの?」
「テスト期間中以外の予習は週に三日か四日ぐら――」
「オナニー」
「ちょっと先生! 他の子にもそんな質問したんですか?」
「するわけないでしょ。他の子には勉強時間や学校生活の質問ね」
起き上がった先生は、大きく背伸びをしながら立ち上がった。
伸びをしたときのブラウスは胸の膨らみに圧迫されてボタンが飛びそうだ。
思わず生唾を飲み込んでしまった。察知した先生の視線が突き刺さる。
「結局、咲耶君は一時間ぐらいかけて、週三発から四発なのね」
「それ、僕は黙秘しますからね」
「またゆっくり尋問するとして、そろそろ学校戻らないとね」
「まだお仕事するんですか?」
「うん。家庭訪問は今日で終わりだけど、明日の準備とかあるから」
家庭訪問が終わると通常授業に戻る。
美咲先生が受け持つのは国語だ。一応、得意科目で唯一上位に食い込める教科でもある。
「残ってるコーラ飲みます?」
ペットボトルに中途半端に残ったコーラ。
残しておいても炭酸が抜けてしまってうまくないだろう。
飲んでしまうのが得策だ。
「いただこうかな」
「どうぞ」
グラスに注いだコーラをグイッと飲んで、スーツの上着を肩にかける。
バッグを手に持ってドアへ歩いて行く先生を見送った。
カッコイイ大人の女のうしろ姿だと思ったのもつかの間……
「ゲボッ! グアッ!」
「デリカシーって知ってますか? デリケートってわかりますか?」
「デモクラシーとバリケードなら知ってる」
「他の人の前でやらないでくださいよ……」
「大丈夫。咲耶君の前だけ特別だから」
今はまだ美咲先生が言う特別の意味がわからない。
僕にとっては出会って間もない頃から、彼女は特別で特殊で……
この残念な女教師を知れば知るほど気持ちが高まって……
――――それが恋なのか変なのか、わからなくなってしまったんだ。
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