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第二章 鵜の真似をする三羽烏

第六話 競泳水着ブリバリバード

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 放課後の部室に仏頂面の四条春香が現れた。
眉間にシワを寄せ、眉はつりあがり、明らかにイラついている。
入ってくるなりこれだ。美咲先生はたまらず四条春香に声をかけた。

「ごめんなさい。忙しいのに呼んで……怒ってるよね?」
「いいんだ。最近、バイトでいろいろあって、気が立ってる」
「こっちへ来て。お茶を入れるわ」

 美咲先生がお茶を立て始めると、四条春香は畳の上へあがってくる。
茶道の心得があるのか、所作が美咲先生とよく似ている。

「先輩に今日、再び来てもらったのは――」
蔵水早くら みずはの件か?」
「はい。実は犯人が絞れてきました」

 四条春香は、目の前に差し出されたお茶を作法どおりに飲み干した。
文武両道で成績優秀、おまけに美人でスタイル抜群。
その眼光は冷たく鋭い刃のようだ。好きになれるタイプではない。

「咲耶君。絞れたってことは、まだ確定ではないの?」
「はい……って、美咲先生もそこまではお見通しでしょ?」
「すまないが、早く話を進めてくれないか……」

 まず、四条春香を再び呼び出したのは理由がある。
この人は犯人のひとりではないという予測からである。

 あくまで予測であって、絶対とは言い切れない。
言い切れないが初対面と今の状況を鑑みるに、
孤高のクールビューティーだ。察するに、友人の数も多くないはず。
だから、三人で徒党を組んで嫌がらせをする可能性はゼロに近い。

「まず、この水早ちゃんの破れた競泳水着を見てください」

 破れた水着を紙袋から出して、畳の上に置く。
四条春香はそれを手に取って、穴を確認するように見ている。

「これは……ひどいな」
「胸の部分は刃物で一文字に切られています。これは、一人目の犯人がロッカールームのコンクリートを下敷きに切り裂いてますね」
「カッターナイフか。筆箱に持っている者も多いな」
「腹の部分は突き刺して、穴を広げてます。これは、二人目の犯人がペン類で突き刺して、力任せに穴を広げてますね」
「ちょっと待ってくれ。一人目や二人目と言ってるが――」
「これをやったのは、三人ですよ。仲のいい三人組の仕業でしょうね」

 四条春香は一瞬だけ、表情を変化させた。
動揺ではなく、なにかに勘づいたような顔だ。

「つまり、木花はわたし以外の三年の部員が犯人だと言いたいのか?」
「そうです。犯人は三年生です」
「確かに同学年のあの三人は仲がいいが……」
「お尻の部分を見てください。これは熱で焼け焦げているんです」

 そして、また四条春香はなにかに気づいた表情を見せた。
この勘が鋭いのは、姉である美咲先生とよく似ている気がする。

「ライターでもなさそうだな」
「女子は着替えたあと、ドライヤー使う子もいますよね?」
「ああ、わたしも使う。だが、その予想はハズレだぞ」

 四条春香が言いたいことは、もう既にわかっている。
ドライヤーで湿気た水着を焦がすのは難しい。
ポリエステルとポリウレタンの二つの繊維を混紡した競泳水着だ。
ある程度の耐熱性を持ち、一五〇度前後の熱に耐える。

「使われたのはヘアーアイロンです。それを使っている三年生はいますか?」
「なるほどな。それなら高温で焼き焦がす……いや、ちょっと待て」
「なんですか?」
「同学年の三人に、ヘアーアイロンなんて使っている子はいないぞ」

 水泳部の三年生の中に犯人がいるのは間違いない。
ただ、その時期が時期だけに、問題を複雑化させてしまったのだ。
 
 水泳部員は新入生を合わせ、一六名となった。
美咲先生が顧問に確認したところ、昨年度は一三名だったらしい。
今月、入部した新入生六名を除けば一〇名。
三名合わない。なぜなら、その三名は卒業したからだ。

「卒業した三年生の中に、ヘアーアイロンを使ってる人は?」
「ひとりだけいたな……蔵がこれを見つけたのは三月四日だったな!?」
「はい。その三人組は三月一日の卒業式のあとで、これをやったんです」
「それなら合点がいく。卒業式のあとは、記念撮影で部室が開放されるからな」
「そのとおりです。屋内プールとロッカールームも、顧問に頼んで一時的に開けてもらったんでしょうね。そこで、三人は短時間で蔵水早の競泳水着を破いて、めでたく卒業したわけです」

 結局、よくわからないのが動機だ。
一年生の頃からエースだった水早ちゃんへの妬みだろうか。

「その三人は蔵にフォームをよく教わっていたな。
 一番速い蔵のフォームを真似すれば、自分も速くなれると思ったんだろう」
「……で、その三人は速くなったんですか?」
「いいや。蔵のフォームを真似しても全然速くならなかった」

 畳の上で静観していた美咲先生が、こちらに歩み寄ってきた。
手に二リットルペットボトルのコーラを持つ。すごく嫌な予感がする。

「美咲先生……またコーラですか」
「だって、抹茶よりこっち飲みたいも――ゲプッ」
「下品な姉ですまないな。子どもの頃からこんなんだ」
「先生、話の腰を折らないでくださいよ」

 ラッパ飲みしていたコーラを机の上に置いて、再び大きなゲップを放出。
妹の前では自重すると思っていたが、そうでもないようだ。

「さしずめ、その三人はね。そう思わない? 春香ちゃんも」
「言い得て妙だ。鵜の真似をする三羽烏というわけか」

 の真似をするからす
自分の能力や才能をよく考えず、他人の真似をして失敗する例えだ。

「水早ちゃんは犯人を知りたがってますけど、仕返ししたいわけじゃないんです」
「責任感の強い子だ。自分の教え方が悪かったと、自責の念にかられるだろう」

 おそらく、その心配は杞憂に終わる。
今は亮が隣りにいるからだ。しっかりと水早ちゃんの心の支えになるだろう。

「あっ! そうだ。生徒会会計の先輩に部費の増額を要求します!」
「いきなりだな。わたしの一存では決めかねる。生徒会長にも話さないと――」
「アイツの存在を忘れていた……会長の弟は、僕の小学校からの友人ですよ」
  
 四条春香はまた表情を変えた。
今度はさっきまでの顔と違い、やけに嬉しそうだ。

「友人だったのか!? どのぐらい仲がいいんだ?」
「ひとつ年下ですけけど、月に何度かは家に行き来しますね」
「そ、それはほとんど親友じゃないか!」

 顔を真っ赤に染めて、明らかに動揺している。
美咲先生もその様子を見て、なにやらニヤニヤする。

「春香ちゃん、バイトでいろいろあったってなにがあったの?」
「う……最近、バイト先のプールでしつこくナンパしてくる奴がいるんだ」
「他の男性スタッフに追い払ってもらわないんですか?」
「わたしがバイトに入る時間帯は女性スタッフが多い。男性は老人がひとり……」
「先輩。ある作戦を伝授します。成功報酬は部費を昨年基準に戻すこと」

 濡れ手であわとはこのようなことだ。
現生徒会長に話をつけるためには、そこへつながるルートを作ればいい。

「報酬は約束できないぞ。最大限の努力はするが……」
「それで結構です」
「どうすればいいんだ?」
「まずは、生徒会長を通して、その弟に助けを求めてください。
 そうすれば、茶道部は部費アップ、先輩は思い人に会える。WINーWINです」
「咲耶君? 春香ちゃんの好きな人知ってるの?」
「姉さんには教えない。その案にしよう」

 妹にバッサリと切り捨てられたかのように、美咲先生はへこんでしまった。
へこむというより、やさぐれてコーラをラッパ飲みし始めた。

「先輩。僕の名前は出さないでください。文化部全体から部費を昨年度基準に戻すように嘆願されたと生徒会長にお伝えください」
「承知した。では、わたしはこれで部活へ戻る」
「ありがとうございました」
「春香ちゃん、たまにはお茶飲みにきてね」

 部室を出かけた四条春香が、ピタリと足を止めて振り返った。

「姉さん」
「ん? なに?」
「木花咲耶は、わたしが大切に思う人の親友だ……
 つまり、わたしにとって重要人物だ。その、あれだ、あの……」
「ええと……春香ちゃん? なにが言いたいの?」
「木花咲耶をしっかり捕まえておくこと! 姉さんの役目だ!
 木花、こんな残念な姉だがよろしく頼む!」
「なんで僕捕まえられるの……」

 捨てゼリフのような言葉を吐いて、スタスタと部室を出て行った。
僕と美咲先生は、ポカンとした顔でしばらく見つめ合う。

「捕まえてると言えば茶道部に入れた時点で捕まえてるけどね」
「そういう意味ではないと思いますよ」
「じゃあ、こういう意味?」

 美咲先生は、そっと僕の頬に口づけをする。
本当に触れるか触れなないかぐらいの軽い口づけだ。
そして、即座にゲップを出す。ムードもぶち壊しだ。

「うあ……頬にゲップの風を感じましたよ! なにするんですか!」
「妹の言ったとおり、残念な女だよ? 咲耶君、モテそうなのに……」
「僕は美咲先生だけが特別なんだと思います」
「掃除できないし、料理できないし、ゲップするし、オナラもするし、コーラばっかり飲んでるし、オナニーも結構するけどいいの?」
「なんか最後すごいカミングアウト入ってますけど……
 先生、僕といっしょにいてください。今は自分の気持ちと向き合いたい」
「わたしは教師だから……立場上、自分からは歩み寄れない。
 咲耶君が自分の気持ちと向き合って、歩み寄ってきてほしい」
「あと、ゲップやオナラも他の人の前ではしないでください」

 自分だけが知る火野美咲を、他の人に見られたくない。
たぶん、これは独占欲だ。美咲先生をひとり占めしたい。

 先生にとって、僕は特別なんだろうか。
大好きと言ってくれたのは、ライクなのかラブなのか……
まだ、それを聞くには日が浅すぎる。

「咲耶君の家庭訪問の日は、キンキンに冷えたコーラが飲みたい」
「家庭訪問で飲み物要求する教師を初めて見ましたよ……」
「今、心の中で笑ってるでしょ? 目が笑ってる」
「そうですか? どうでしょうね」

 心がくすぐったくて、とても気持ちいい。
笑い方をどこかに置き忘れた僕と美咲先生が紡ぎ出す物語が始まる。
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