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第一章 策士策に溺れない
第四話 先生の横で推理
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さっきから気になっていたことを先生に聞いてみることにした。
家電音痴と自分で言ったとおり、ほとんど知識がないように思える。
「先生、スマホ使ってますか? 操作方法が全然……」
「こういうのダメなの。未だにガラケー使ってる」
美咲先生はスカートの右ポケットから小型の携帯電話を取り出す。
ホワイトの折り畳み式、よくあるタイプのガラケーだ。
「使ってるとスマホも慣れると思いますよ」
「そうかなぁ……今度見に行ってみようかな……」
向い合せに並べられた机。
本来は教卓がある位置に椅子を並べて先生と座っている。
机の上には底に穴が開いたバッグとコケシクン。
「それじゃあ、ちょっと調べますね」
「うん。咲耶君、探偵みたい」
「推理小説をよく読んでるから、真似事ですよ」
「そういえば、自己紹介で趣味は読書だって言ってたよね」
まず、バッグを手に取る。色はキャメル、素材は合皮、安物だ。
高さ二五センチ、最大幅が三五センチ、マチは約二〇センチ。
マチの隅に穴が開けられている。穴の大きさは直径五センチほど。
「この穴は中から開けられてますね」
「そうなの?」
バッグを両手で持ち上げ、中から穴を確認してみる。
内側から外側へ向けて突き破られた痕跡がある。
「問題は直径五センチの穴をどうやって開けたのか……」
「うーん……どうやったんだろうね」
「一番不思議なのはどのタイミングで開けたのかですね。
出勤してからこのバッグはどこに置いてました?」
「このバッグは職員室の机の足元にずっと置いてたけど?」
職員室に置きっぱなしのバッグ。
今日は始業式だったけど、職員室が空になることは絶対にない。
事務員と用務員、それと教師が電話番として必ずひとりずつ残っている。
つまり、常に職員室には二人以上いるというわけだ。
「教師の同僚への嫌がらせではなさそうです」
「……生徒の嫌がらせってことなの?」
「そうなりますね。外部からの侵入は無理です」
姫咲高校のセキュリティは固い。
正門は登下校時刻が過ぎると一旦閉ざされ、脇の通用口も施錠される。
防犯カメラ数台、守衛室も完備。塀は高くてのぼるのは不可。
この完璧に近いセキュリティのおかげで内部犯にしぼれる。
「職員室は始業式の最中も事務員さんと教頭先生がいたはずよ?」
「こんな形状の穴を貫き通すにはいくつかの条件クリアする必要がありますね」
「ふぅん……なんだか難しくなってきたなぁ……」
「ひとつ、なにで穴を開けたのか。刃物ではないです」
「ナイフとかじゃないのね」
「ふたつ、合皮を貫き通す力。このバッグの底、貫くのは結構パワーいりますよ」
「なるほど……女子より男子が怪しいのかな?」
僕は一旦バッグを机の上に置き、それをひっくり返した。
今度は底のほうから穴が開いた部分を調べてみる。
貫かれて破れた箇所に白い粉のようなものがわずかに付着している。
それにテープを貼りつけたあとのような粘性も……
「みっつ、穴を開ける時間。職員室で行われたのなら……あれ?」
「え? どうしたの?」
「うーん……職員室で人の目をそらしながら誰かがこれを行った……?」
「そんなことが可能なの? 授業中も何人か先生いると思うんだけど」
職員室で美咲先生のバッグに穴を開けて、コケシクンを混入。
不可能に近い。必ず人の目につくからだ。
「単独犯ではないってことですね。犯人は二人以上です」
「二人以上!? 余計目立つじゃない」
「兵法三十六計、声東撃西。ひとりが教師の目を引く、もうひとりが実行する。
陽動作戦なら可能かもしれません」
「でも、私が職員室にいない間に出入りした生徒なんてわかんないよ」
「そうですよね。とりあえず今日はここまでにしましょう」
コケシクンを破れたバッグに入れて、そのまま自分の通学バッグに放り込んだ。
「咲耶君、それ持って帰る必要ある?」
「重要な証拠品ですからね。犯人がここへ奪いにくるかもしれないし」
「じゃあ、先生が持って帰――」
「ダメです。被害者ではない第三者が所持するのが妥当です」
「わかった。明日持ってくること。処分することも約束してね」
「了解です。僕はこれで失礼しますね」
「え? あっ……ちょっと」
すくっと立ち上がって足早に教室を退出する。
美咲先生はまだなにか言い足りないようだったが……
今すぐにでも調べなければならないことがある。
***
別棟を出て、渡り廊下から教室棟へ戻る。
下駄箱で靴に履き替え、運動場の西側にある体育倉庫へ向かう。
この時間帯は野球部と陸上部で運動場が埋め尽くされる。
様々なかけ声が聞こえる中、目立たないように外縁部を歩いた。
「体育倉庫の鍵はこの時間開いてるんだっけ……」
陸上部が活動しているということは、倉庫から用具を持ち出したということ。
この時間だけ体育倉庫は施錠されていない。
(カビのニオイすごいな……)
薄暗い体育倉庫に並ぶたくさんの用具。
リレーのバトン、スターターピストル、ハードル、跳び箱にマット。
ロープを張るときに使用する杭……
「あった! これだ!」
そして、防球ネット用の大きめの杭。
防球ネットは野球部の投球や打球で建物や窓を破損させないために使用する。
今も校舎側一階の窓の前や西側の民家との境に張られている。
倉庫の隅に二本の杭。グリーンのネットも折り畳んであるようだ。
(この大きな杭とバッグの底に開いた穴……)
杭の鋭い先端部分に白い粉がわずかに付着。
これは運動場にラインを引くときに使うラインパウダーだ。
バッグの破損部分にも付着している。
「アイ・ハブ・ア・杭。アイ・ハブ・ア・バッグ……
ウーン! 杭込みバッグ! ひとりでなにやってんだろ僕……」
内側から外側へ貫通させた防球ネット用の杭。
どうやらバッグの穴を開けたのはこの杭のようだ。
しかし、誰が持ち歩いても目立ちすぎる。
一番背が低いタイプの杭だが、六〇センチほどありそうだ。
(これを職員室へ持ち込むんでバッグに穴を……無理だ!)
いくら先端が鋭い杭と言っても貫き通す力がいる。
やはり、辻褄が合わない。そもそも、職員室でというのが間違いなのだ。
この大きな杭でバッグを貫くには……
「なんだ……ここにあるじゃないか」
体育倉庫に杭があるということは、それを打ち込むハンマーも当然ある。
柄が木製で頭部が鉄製のハンマーが三本。
これで穴をどうやって開けたのかは判明した。
次の問題は……どこでこれを行ったのか。
ラインパウダーが杭とバッグの両方に付着しているということ。
それは運動場のどこかを指し示しているようなものだ。
例えば運動場のど真ん中でバッグに穴を開けるだろうか。
そんな目立つことをするはずがない。
(運動場の隅っこでラインパウダーが残っている場所だな)
杭を元の位置に戻して、破れたバッグを通学バッグに入れ直す。
コケシクンも入っているのを忘れてしまうところだった。
不用意に家で通学バッグを開けるのはやめておこう……
「運動場の周囲だけ怪しまれないように調べて帰ろう……」
体育倉庫から出ようとした瞬間、人影が外に見えた。
薄暗い場所から明るい場所に出た眩しさで視界が遮られる。
「咲君なの? ここでなにしてんの?」
「水早ちゃん! なんでここに?」
濡れた髪をアップに束ねて、競泳水着の上に薄手の白パーカーを羽織った水早ちゃんが立っている。
「コーンを取りにきたの。駐車禁止スペースに置くらしいんだけど……
咲君はなんで体育倉庫?」
「美咲先生にリレーのバトンを返すように頼まれたんだ」
「はい? なんでリレーのバトン?」
「ああ、あれだよ。肩こりがひどくてバトンでポコポコ叩いてたみたい」
人間、予想外の出来事には上手に対処できないものだ。
水早ちゃんの目線はチラチラと僕の周囲を見回し始めた。
「ねえ。ここ咲君の他に誰もいないよね?」
「え? いないよ」
「ちょっとこっち来て」
手を引かれるまま再び薄暗い体育倉庫の中へ……
走り高跳び用のマットの前で水早ちゃんは羽織っていたパーカーを脱いだ。
薄闇でも競泳水着に包まれた華奢なボディラインがはっきりとわかる。
「咲君どうかな?」
「銅かな、銀かな、それとも金メダルかなってこと?」
「ごまかさないで! ちゃんとこっち見てよ!」
目の前で起こっている現象を把握できない自分がいる。
紅潮した顔で水早ちゃんは僕を見上げて……
家電音痴と自分で言ったとおり、ほとんど知識がないように思える。
「先生、スマホ使ってますか? 操作方法が全然……」
「こういうのダメなの。未だにガラケー使ってる」
美咲先生はスカートの右ポケットから小型の携帯電話を取り出す。
ホワイトの折り畳み式、よくあるタイプのガラケーだ。
「使ってるとスマホも慣れると思いますよ」
「そうかなぁ……今度見に行ってみようかな……」
向い合せに並べられた机。
本来は教卓がある位置に椅子を並べて先生と座っている。
机の上には底に穴が開いたバッグとコケシクン。
「それじゃあ、ちょっと調べますね」
「うん。咲耶君、探偵みたい」
「推理小説をよく読んでるから、真似事ですよ」
「そういえば、自己紹介で趣味は読書だって言ってたよね」
まず、バッグを手に取る。色はキャメル、素材は合皮、安物だ。
高さ二五センチ、最大幅が三五センチ、マチは約二〇センチ。
マチの隅に穴が開けられている。穴の大きさは直径五センチほど。
「この穴は中から開けられてますね」
「そうなの?」
バッグを両手で持ち上げ、中から穴を確認してみる。
内側から外側へ向けて突き破られた痕跡がある。
「問題は直径五センチの穴をどうやって開けたのか……」
「うーん……どうやったんだろうね」
「一番不思議なのはどのタイミングで開けたのかですね。
出勤してからこのバッグはどこに置いてました?」
「このバッグは職員室の机の足元にずっと置いてたけど?」
職員室に置きっぱなしのバッグ。
今日は始業式だったけど、職員室が空になることは絶対にない。
事務員と用務員、それと教師が電話番として必ずひとりずつ残っている。
つまり、常に職員室には二人以上いるというわけだ。
「教師の同僚への嫌がらせではなさそうです」
「……生徒の嫌がらせってことなの?」
「そうなりますね。外部からの侵入は無理です」
姫咲高校のセキュリティは固い。
正門は登下校時刻が過ぎると一旦閉ざされ、脇の通用口も施錠される。
防犯カメラ数台、守衛室も完備。塀は高くてのぼるのは不可。
この完璧に近いセキュリティのおかげで内部犯にしぼれる。
「職員室は始業式の最中も事務員さんと教頭先生がいたはずよ?」
「こんな形状の穴を貫き通すにはいくつかの条件クリアする必要がありますね」
「ふぅん……なんだか難しくなってきたなぁ……」
「ひとつ、なにで穴を開けたのか。刃物ではないです」
「ナイフとかじゃないのね」
「ふたつ、合皮を貫き通す力。このバッグの底、貫くのは結構パワーいりますよ」
「なるほど……女子より男子が怪しいのかな?」
僕は一旦バッグを机の上に置き、それをひっくり返した。
今度は底のほうから穴が開いた部分を調べてみる。
貫かれて破れた箇所に白い粉のようなものがわずかに付着している。
それにテープを貼りつけたあとのような粘性も……
「みっつ、穴を開ける時間。職員室で行われたのなら……あれ?」
「え? どうしたの?」
「うーん……職員室で人の目をそらしながら誰かがこれを行った……?」
「そんなことが可能なの? 授業中も何人か先生いると思うんだけど」
職員室で美咲先生のバッグに穴を開けて、コケシクンを混入。
不可能に近い。必ず人の目につくからだ。
「単独犯ではないってことですね。犯人は二人以上です」
「二人以上!? 余計目立つじゃない」
「兵法三十六計、声東撃西。ひとりが教師の目を引く、もうひとりが実行する。
陽動作戦なら可能かもしれません」
「でも、私が職員室にいない間に出入りした生徒なんてわかんないよ」
「そうですよね。とりあえず今日はここまでにしましょう」
コケシクンを破れたバッグに入れて、そのまま自分の通学バッグに放り込んだ。
「咲耶君、それ持って帰る必要ある?」
「重要な証拠品ですからね。犯人がここへ奪いにくるかもしれないし」
「じゃあ、先生が持って帰――」
「ダメです。被害者ではない第三者が所持するのが妥当です」
「わかった。明日持ってくること。処分することも約束してね」
「了解です。僕はこれで失礼しますね」
「え? あっ……ちょっと」
すくっと立ち上がって足早に教室を退出する。
美咲先生はまだなにか言い足りないようだったが……
今すぐにでも調べなければならないことがある。
***
別棟を出て、渡り廊下から教室棟へ戻る。
下駄箱で靴に履き替え、運動場の西側にある体育倉庫へ向かう。
この時間帯は野球部と陸上部で運動場が埋め尽くされる。
様々なかけ声が聞こえる中、目立たないように外縁部を歩いた。
「体育倉庫の鍵はこの時間開いてるんだっけ……」
陸上部が活動しているということは、倉庫から用具を持ち出したということ。
この時間だけ体育倉庫は施錠されていない。
(カビのニオイすごいな……)
薄暗い体育倉庫に並ぶたくさんの用具。
リレーのバトン、スターターピストル、ハードル、跳び箱にマット。
ロープを張るときに使用する杭……
「あった! これだ!」
そして、防球ネット用の大きめの杭。
防球ネットは野球部の投球や打球で建物や窓を破損させないために使用する。
今も校舎側一階の窓の前や西側の民家との境に張られている。
倉庫の隅に二本の杭。グリーンのネットも折り畳んであるようだ。
(この大きな杭とバッグの底に開いた穴……)
杭の鋭い先端部分に白い粉がわずかに付着。
これは運動場にラインを引くときに使うラインパウダーだ。
バッグの破損部分にも付着している。
「アイ・ハブ・ア・杭。アイ・ハブ・ア・バッグ……
ウーン! 杭込みバッグ! ひとりでなにやってんだろ僕……」
内側から外側へ貫通させた防球ネット用の杭。
どうやらバッグの穴を開けたのはこの杭のようだ。
しかし、誰が持ち歩いても目立ちすぎる。
一番背が低いタイプの杭だが、六〇センチほどありそうだ。
(これを職員室へ持ち込むんでバッグに穴を……無理だ!)
いくら先端が鋭い杭と言っても貫き通す力がいる。
やはり、辻褄が合わない。そもそも、職員室でというのが間違いなのだ。
この大きな杭でバッグを貫くには……
「なんだ……ここにあるじゃないか」
体育倉庫に杭があるということは、それを打ち込むハンマーも当然ある。
柄が木製で頭部が鉄製のハンマーが三本。
これで穴をどうやって開けたのかは判明した。
次の問題は……どこでこれを行ったのか。
ラインパウダーが杭とバッグの両方に付着しているということ。
それは運動場のどこかを指し示しているようなものだ。
例えば運動場のど真ん中でバッグに穴を開けるだろうか。
そんな目立つことをするはずがない。
(運動場の隅っこでラインパウダーが残っている場所だな)
杭を元の位置に戻して、破れたバッグを通学バッグに入れ直す。
コケシクンも入っているのを忘れてしまうところだった。
不用意に家で通学バッグを開けるのはやめておこう……
「運動場の周囲だけ怪しまれないように調べて帰ろう……」
体育倉庫から出ようとした瞬間、人影が外に見えた。
薄暗い場所から明るい場所に出た眩しさで視界が遮られる。
「咲君なの? ここでなにしてんの?」
「水早ちゃん! なんでここに?」
濡れた髪をアップに束ねて、競泳水着の上に薄手の白パーカーを羽織った水早ちゃんが立っている。
「コーンを取りにきたの。駐車禁止スペースに置くらしいんだけど……
咲君はなんで体育倉庫?」
「美咲先生にリレーのバトンを返すように頼まれたんだ」
「はい? なんでリレーのバトン?」
「ああ、あれだよ。肩こりがひどくてバトンでポコポコ叩いてたみたい」
人間、予想外の出来事には上手に対処できないものだ。
水早ちゃんの目線はチラチラと僕の周囲を見回し始めた。
「ねえ。ここ咲君の他に誰もいないよね?」
「え? いないよ」
「ちょっとこっち来て」
手を引かれるまま再び薄暗い体育倉庫の中へ……
走り高跳び用のマットの前で水早ちゃんは羽織っていたパーカーを脱いだ。
薄闇でも競泳水着に包まれた華奢なボディラインがはっきりとわかる。
「咲君どうかな?」
「銅かな、銀かな、それとも金メダルかなってこと?」
「ごまかさないで! ちゃんとこっち見てよ!」
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