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prologue
世界を翔る者
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この世界が胡蝶の夢の如く、不確かなものなのか。
――それは、おそらく誰にも解らない。この先もずっと、永遠に。
「キミもすっかり時空のオッサンだね」
まばゆい笑顔で彼女は微笑む。まるでいたずらっ子のようだ。
コガネムシ色のなんとも表現しづらいカラーの作業服は、角度によってどこかしらテラテラと輝いて目がチカチカする。オレと彼女は上下ともに同じ服装だ。同じといえば、この世界の住人はみな同じ服装だ。
書類が細かに分けられた事務所の中で、作業の合間に休憩を取る。
ここは飲み食いする必要がない世界。ただ、それを楽しむことはできるようになっている。
時と時の間にできた隔絶された空間、異世界、時空の狭間、呼び方はたくさんある。
たくさんあるが、死後の世界とは全く異なる。
「仕事には慣れてきましたね」
「ベッドでのお勤めも慣れた?」
彼女は事務所に入るなり長机に腰掛けて、コーラをグビグビとラッパ飲みし始めた。作業服の上着は腰に巻いて、ブルーのビキニトップ一枚がいつものスタイルだ。大きく動作をするたびに、たゆんと揺れ動くほどのボリューム感がある。他の作業員からは、みだらでだらしないと噂されているようだ。
「あれは感覚がほとんどないし……なんだか申し訳なくて」
「キミ、そう言いつつも、すっごい気持ち良さそうな顔してるからねっ!」
オレと彼女はこのだだっ広い世界で、唯一無二のパートナーである。
彼女がこの地区の責任者で、オレはその補助を担う。言わば上司と部下の関係だ。
この事務所の上の階で共同生活している。
恋人であり、夫婦のような絆も、この世界ではあまり意味がない。
まず、戸籍が存在しない。生殖ができる世界ではない。人口は常に一定だ。
子作りが必要なければ、必然的に生殖行為をする必要がない。
「そうなのかな。オレにまだ感覚が残存しているから?」
「もっと希薄になるからさ、今のうちに楽しんどくんだよん」
つまり、オレと彼女が時々やっているのは、生命活動していた世界での名残だ。
今、こうして休憩時間にドリンクやフードを摂取するのも同じような行為となる。
事務所の窓から外を見ると、生きていた頃と変わらない町並みが広がる。
ただ、そこは一面オブジェの世界で、アリの一匹さえ存在しない。
青く茂る植物も飾り物でしかない。空の雲はまるでCGのようだ。
「そろそろ行きましょうか?」
「ベッドにぃ?」
「仕事に決まってるでしょ……」
カラカラと笑いながら彼女は作業道具一式を手に持って外へ飛び出した。
オレもそのあとに続いて外へ出る。広域の見回りと細かい補修をする予定だ。
事務所の出入り口前で、ポケットに所持する端末の警告音が鳴り響く。
不思議な端末で、携帯電話と無線と探知機その他を合体させたような機械だ。
「あらら。侵入者警報だねぇ」
「警告イエローですね。行きましょうか」
オレと彼女で現場に向かう。
そこで起こったトラブルのタネを迅速に処理するのが役割の一つ。
業務としてこなすが、賃金などは一切出ない。
この世界に一つだけ存在している組織、そこにオレも彼女も所属する。
時空管理局の作業員になってしまった経緯を説明するには、多くの言葉でなにもかもを最初から説明しなければならないだろう。
――遡らなくなってしまった世界の中で、あの頃の記憶の断片が蘇る。
――それは、おそらく誰にも解らない。この先もずっと、永遠に。
「キミもすっかり時空のオッサンだね」
まばゆい笑顔で彼女は微笑む。まるでいたずらっ子のようだ。
コガネムシ色のなんとも表現しづらいカラーの作業服は、角度によってどこかしらテラテラと輝いて目がチカチカする。オレと彼女は上下ともに同じ服装だ。同じといえば、この世界の住人はみな同じ服装だ。
書類が細かに分けられた事務所の中で、作業の合間に休憩を取る。
ここは飲み食いする必要がない世界。ただ、それを楽しむことはできるようになっている。
時と時の間にできた隔絶された空間、異世界、時空の狭間、呼び方はたくさんある。
たくさんあるが、死後の世界とは全く異なる。
「仕事には慣れてきましたね」
「ベッドでのお勤めも慣れた?」
彼女は事務所に入るなり長机に腰掛けて、コーラをグビグビとラッパ飲みし始めた。作業服の上着は腰に巻いて、ブルーのビキニトップ一枚がいつものスタイルだ。大きく動作をするたびに、たゆんと揺れ動くほどのボリューム感がある。他の作業員からは、みだらでだらしないと噂されているようだ。
「あれは感覚がほとんどないし……なんだか申し訳なくて」
「キミ、そう言いつつも、すっごい気持ち良さそうな顔してるからねっ!」
オレと彼女はこのだだっ広い世界で、唯一無二のパートナーである。
彼女がこの地区の責任者で、オレはその補助を担う。言わば上司と部下の関係だ。
この事務所の上の階で共同生活している。
恋人であり、夫婦のような絆も、この世界ではあまり意味がない。
まず、戸籍が存在しない。生殖ができる世界ではない。人口は常に一定だ。
子作りが必要なければ、必然的に生殖行為をする必要がない。
「そうなのかな。オレにまだ感覚が残存しているから?」
「もっと希薄になるからさ、今のうちに楽しんどくんだよん」
つまり、オレと彼女が時々やっているのは、生命活動していた世界での名残だ。
今、こうして休憩時間にドリンクやフードを摂取するのも同じような行為となる。
事務所の窓から外を見ると、生きていた頃と変わらない町並みが広がる。
ただ、そこは一面オブジェの世界で、アリの一匹さえ存在しない。
青く茂る植物も飾り物でしかない。空の雲はまるでCGのようだ。
「そろそろ行きましょうか?」
「ベッドにぃ?」
「仕事に決まってるでしょ……」
カラカラと笑いながら彼女は作業道具一式を手に持って外へ飛び出した。
オレもそのあとに続いて外へ出る。広域の見回りと細かい補修をする予定だ。
事務所の出入り口前で、ポケットに所持する端末の警告音が鳴り響く。
不思議な端末で、携帯電話と無線と探知機その他を合体させたような機械だ。
「あらら。侵入者警報だねぇ」
「警告イエローですね。行きましょうか」
オレと彼女で現場に向かう。
そこで起こったトラブルのタネを迅速に処理するのが役割の一つ。
業務としてこなすが、賃金などは一切出ない。
この世界に一つだけ存在している組織、そこにオレも彼女も所属する。
時空管理局の作業員になってしまった経緯を説明するには、多くの言葉でなにもかもを最初から説明しなければならないだろう。
――遡らなくなってしまった世界の中で、あの頃の記憶の断片が蘇る。
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