そして、私は遡る。戻れないタイムリーパーの秘密

藍染惣右介兵衛

文字の大きさ
上 下
1 / 47
prologue

世界を翔る者

しおりを挟む
 この世界が胡蝶の夢の如く、不確かなものなのか。


 ――それは、おそらく誰にも解らない。この先もずっと、永遠に。





「キミもすっかりだね」

 まばゆい笑顔で彼女は微笑む。まるでいたずらっ子のようだ。
コガネムシ色のなんとも表現しづらいカラーの作業服は、角度によってどこかしらテラテラと輝いて目がチカチカする。オレと彼女は上下ともに同じ服装だ。同じといえば、この世界の住人はみな同じ服装だ。

 書類が細かに分けられた事務所の中で、作業の合間に休憩を取る。
ここは飲み食いする必要がない世界。ただ、それを楽しむことはできるようになっている。
時と時の間にできた隔絶された空間、異世界、時空の狭間、呼び方はたくさんある。
たくさんあるが、死後の世界とは全く異なる。

「仕事には慣れてきましたね」
「ベッドでのも慣れた?」

 彼女は事務所に入るなり長机に腰掛けて、コーラをグビグビとラッパ飲みし始めた。作業服の上着は腰に巻いて、ブルーのビキニトップ一枚がいつものスタイルだ。大きく動作をするたびに、たゆんと揺れ動くほどのボリューム感がある。他の作業員からは、みだらでだらしないと噂されているようだ。

「あれは感覚がほとんどないし……なんだか申し訳なくて」
「キミ、そう言いつつも、すっごい気持ち良さそうな顔してるからねっ!」

 オレと彼女はこのだだっ広い世界で、唯一無二のパートナーである。
彼女がこの地区の責任者で、オレはその補助を担う。言わば上司と部下の関係だ。
この事務所の上の階で共同生活している。

 恋人であり、夫婦のような絆も、この世界ではあまり意味がない。
まず、戸籍が存在しない。生殖ができる世界ではない。人口は常に一定だ。
子作りが必要なければ、必然的に生殖行為をする必要がない。

「そうなのかな。オレにまだ感覚が残存しているから?」
「もっと希薄になるからさ、今のうちに楽しんどくんだよん」

 つまり、オレと彼女が時々やっているのは、生命活動していた世界での名残だ。
今、こうして休憩時間にドリンクやフードを摂取するのも同じような行為となる。

 事務所の窓から外を見ると、生きていた頃と変わらない町並みが広がる。
ただ、そこは一面オブジェの世界で、アリの一匹さえ存在しない。
青く茂る植物も飾り物でしかない。空の雲はまるでCGのようだ。

「そろそろ行きましょうか?」
「ベッドにぃ?」
「仕事に決まってるでしょ……」

 カラカラと笑いながら彼女は作業道具一式を手に持って外へ飛び出した。
オレもそのあとに続いて外へ出る。広域の見回りと細かい補修をする予定だ。

 事務所の出入り口前で、ポケットに所持する端末の警告音が鳴り響く。
不思議な端末で、携帯電話と無線と探知機その他を合体させたような機械だ。

「あらら。侵入者警報だねぇ」
「警告イエローですね。行きましょうか」

 オレと彼女で現場に向かう。
そこで起こったトラブルのタネを迅速に処理するのが役割の一つ。
業務としてこなすが、賃金などは一切出ない。

 この世界に一つだけ存在している組織、そこにオレも彼女も所属する。
時空管理局の作業員になってしまった経緯を説明するには、多くの言葉でなにもかもを最初から説明しなければならないだろう。


 ――遡らなくなってしまった世界の中で、あの頃の記憶の断片が蘇る。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

このブラジャーは誰のもの?

本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。 保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。 誰が、一体、なんの為に。 この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

時を編む者

つづり
ミステリー
彼女らは紡ぐ

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

処理中です...