上 下
13 / 46
第三章【管理局の仕事】

第三幕『タイムリープを語る』

しおりを挟む
「亜空間管理局の者です。そのままだと時間の壁が破損してしまいます。すぐに止めてください!」

 一人プロレスごっこ。いや、必死に時間の壁を破ろうと足掻いている中年男に話しかけた。



「ふ、はは……。君か、君なのか? ここを見ろ、1年前の家族団らんだ!娘もあんな笑顔で…ううっ…グスッ……」

 残念ながら他人の記憶にある過去は見えない。
嗚咽する男が指差した先は何もない空間だった。

「……山崎部長……」

「どうせ夢なんだろ! 夢ならいいじゃないかっ!? 何が悪いんだ!? タイムリープ? 明晰夢で過去へ飛ぶ? 自分を乗っ取る? はは……すぐそこに娘がいるんだぞ! 手を伸ばせば……届きそうなんだ……」

 山崎部長は相当混乱している。
無理もない、おそらく過去が見えているんだろう。
娘さんが元気に生きていた頃の……。

「部長、そのままタイムリープして過去へ戻っても、娘さんが亡くなる事実は変えられないんです!」

 そうだ、これが事実なのだ。
10年前、占い師も言っていた。死期は滅多に変動しない。

「免許を取らせないっ! 車も買わない! 死なせない……!!」

「部長! 事故を回避できても、別の原因で亡くなります! これは変えられません……娘さんの寿命なんです」

「そんなはずないだろう!! それなら娘を家から出さん!」

 現実世界では見たことのないような取り乱しようだ。

「そんなことをしても無駄なんです! 死因が変わるだけです! あなたは……あなたは、タイムリープして、もう一度娘の死に様を見たいのかっ!!」

「お前に解るものかっ! 遺体安置室で崩れた娘と対面する親の気持ちが……! 解るものか……」

 どうすればいいんだろうか。この人の心はもう崩壊寸前だ。




「――それなら部長、タイムリープしてください……。娘さんに会って、また奥さんと家族3人で暮らしてください」

 山崎部長はズルズルと膝から地面に崩れ落ちていく。

「……グス……グスッ……うわあぁぁぁ!」

 頑固だが、この人は馬鹿ではない。おそらく本能的に理解しているのだ。
タイムリープして戻れば、娘の死が待っている。
そして、またタイムリープする未来に辿りつく。
その繰り返し、アーカイブ・ホリックになってしまう。







「ここは夢に似ているんですけど、夢とはちょっと違うんです……」

 この世界は何なのか?
それを完璧に説明するのは私にも無理だ。

「うむ、それは何となく理解している。しかし……、君がいるとはな」

 部長は泣くだけ泣いて少し冷静さを取り戻したようだ。

「私も部長と同じように過去に戻ろうとして、壁を壊したから罰を受けているんですよ。だから、ここで部長を止めたんです」

「ほう! 君もやはり昔に戻りたいと思ったんじゃないか!」

「はい…。学生の頃、私は横着をしてランクの低い高校へ入りました。単に3年間勉強せずに遊びたかっただけで、楽な道を選んで後悔しているんです……」
 
「さっきのお返しだ。それは大きな間違いだぞ! 君はランクの低い高校出身かもしれんが、今はうちの社員じゃないか。君は優秀な部下だと思うが?」

 これは思わぬ賞賛だ。現実世界ではありえないセリフが飛び出したな。

「では、その優秀な部下のお願いを聞いて、元の世界へ戻っていただけますか?」

「はははっ! 君も現実世界では謙虚なくせに、ここでは威勢がいいな!」

「部長、このライトを見てください。これで元の世界へ戻ります」

 私はサリーさんに預かったブルーライトを部長の顔に照射してみた。

「ここで……ここで君に止められてよかった。目覚めたら全て忘れているかもしれんが……もし、覚えていたら酒の席で語り明かそう。」

 部長の姿は少しずつ薄れて、最後にフッと消えていった。
一粒の大きな涙を地面に落して……。

「すみません、部長。私も今後、後悔は一切しません」

 そうだ、後悔しない。
タイムリープで戻る必要なんかない。

「ふう……。これが管理局の役割なのか。なかなか大変だなぁ……」

 迷い込むだけならまだいいかもしれない。
山崎部長のように、タイムリープを試みる人もいるのだ。

「――あっ。サリーさんに報告しないとな」

一言も口を出さずに傍観していただけなんだろうか。







「サリーさん! 終わりました!部長を無事元の世界に帰し……」

 ――バッチーンッ!!

 ――――バッチーンッ!!!

 痛くはない。痛くはないが……
二連発で高速ビンタを喰らった。

「どうして二度打ったか解ってるかなぁ?」

「……いえ……」

「一つ、タイムリープを止める側が勧めてどうするのぉ? あれ、ここでは重大な違反行為だよん。stabの上が監視してるんだから気を付けないとねぇ……」

「もう一つ、君は昼間、あの上司に呼び出されてるよね?」

そこまで知っているのか……。
現実世界も監視してるってわけか?

「君はデスクの上のノートPCが見えていたはず。違う? 検索ワードも全部見えていて、知らんふりをして部屋を退出したんだよねぇ? 見て見ぬふり、事なかれ主義。あの時、しっかり向き合って話せば、こんな手間なことは起こらなかったんだよ……」

「――うっ……、その通りです。というか、監視してるんですか? そこまで知っているなんて……」

「君をタイムリーパーとして全世界のタワーに通告したって言ったよねぇ? その時点で君は監視下にあるんだよぉ」

「そんな…! 〇〇〇の時や△△△△の時も監視してるんですか!?」

「うひゃぁー。気にするトコそこ? 君、もう一発グーで殴ろうかぁ?」

 ブンブンと素振りするサリーさんはやる気満々だ。
これ以上フザけない方が賢明だな。

「でも、君の説得文句はなかなか良かったよー。ボロカス悪態付けられて壁壊されて、タイムリープされちゃうこともあるからねぇ……」

 やっぱり、強引に行っちゃう奴は行っちゃうのね。

「私のときみたいに撃ち落とせばいいんじゃないですか?」

そういえば私は背中を何かで撃たれて壁から落とされたのだ。

衝撃銃ショックガンね、あれは最終手段なんだぁ。君はもう壁を壊していたからねぇ。撃ち落とさないと過去へ行ってたよねー。本当にごめんねぇー」

なんというか、すごく申し訳なさそうな顔をしている。撃たれても怪我しないんだからいいのでは?

「そんじゃ、次行ってみようー」

 次って……、まだあるのか。
部長のタイムリープを阻止しただけで一大イベントだったのに。

「えっとねぇ、移動しながら衝撃銃の説明をするねぇ!」

 衝撃銃《ショックガン》……銃というより、ドライヤーにしか見えん……。

「衝撃銃に撃たれるとね、痛みはないけど一つだけ弊害があるんだぁ……」

 おい、それをもっと早く教えておいてくれ!
というか、教えた上で撃ってくれよ。

「……なんですか? その弊害って?」

「このままじゃ君は……、君は、いずれ亜空間の管理者となってしまうんだよぉ……」



「――は……?」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

100のキスをあなたに

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:69

【R18】神様はいつもきまぐれ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:35

【R18】あなたは泣いてもいい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:9

私には勿体ない人

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:11

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,157pt お気に入り:2,682

処理中です...