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第三章【管理局の仕事】

第一幕『疑惑と矛盾と上司』

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「よかった。帰って来れたんだな…」

 チュンチュンと鳴くすずめの声が朝を告げている。
体に疲労感もなく、寝不足というわけでもない。いたって正常である。
随分たくさん動き回った気がするのだが、現実の肉体に弊害がないのは良いことだ。



 少し頭を整理する必要がある。
タイムリープは、大失敗に終わった。
時間と時間の間を隔てる壁がある。壁を破ることは可能だ。

 可能だが、それを阻止する村山さんやサリーさんのような、管理者、キーパーと呼ばれる存在がいる。

「しかし……、豪快な女性だったなぁ」

 サリーさんが言っていた、管理者の手伝いっていつになるんだろうか。





 その日は仕事中も、昨晩のタイムリープと音無しの世界について考えていた。
おかげで次の企画のコンセプトを何にしようかという会議で、

「次は……、次は……タイムリープで行きましょうか!?」

 などとボケた答えを出してしまう始末だ。




 何かが引っかかっている。何かが矛盾している。

 ――そうだ!
あの人があの時言ったことだ!あれは完全に矛盾しているじゃないか!

(うーん……。なんでそんな簡単な矛盾に気付かなかった!)

 私はその時のことを思い浮かべてみた。



 彼女は確かにこう言ったのだ。

『ごめんねぇ。でも、そういう決まりなんだー。今度来てもらう時期はこっちで選んで呼ぶからね』

「今度来てもらう時期はこっちで選んで呼ぶ??」

『今度来てもらう時期?』

『こっちで選んで呼ぶ?』

 あそこは時間が流れていない世界ではないのか?




 村山さんに連行されたとき、彼は10年振りとは言わなかったはずだ。
それどころか、久しぶりの再会といった感じでもなかった。
「お前、またこっち来たな!」だ。

 あれから10年、髪型や顔も少しだが変わっている。
それに、あの世界に迷い込むのは私以外にもいるはずだ。
それなのに彼は、私を前に会ったことある人物だと一目で把握していた。

(ダメだ、ダメだ!考えても解らん!)

 頭の中で整理しようとすると余計解らなくなる。
となると、もう機会を待つしかない。

「いつだろうな、管理者の仕事を手伝う日って」

 罰で仕事を手伝わせる?
人手不足なんだろうか、それとも後継者不足?

(あの世界は一度じっくり調べてみる必要がありそうだな……)









「……てるのかっ!おおいっ!聞いてるのか!」

 ハッと我に返る。そういえば、まだ企画会議中だったのだ。

「どうした? 今日はやけにボケッとしてないか? 体調悪いのか?」

「――いいえ、すみません山崎部長。大丈夫です。続けてください」

 総務課山崎部長、この現実世界での会社の上司だ。
村山さんとは違うタイプの口煩い中年男である。





 会議後、その山崎部長に呼び出しをくらった。

「やっちまったかなぁ。会議で何も聞いてなかったからなぁ……」

私はあらゆる言い訳を歩きながら考えた。

「失礼します!」

 ノックをして部長室へ入る。山崎部長はデスクでノートPCを触っているようだ。

「ああ、君か。呼び出してすまないね。さっきの会議のことなんだがね……」

ほら、来たよ。どうするよ、言い訳するか平謝りか、ファイナルアンサー?

「部長……先程は…申し訳……」

「今さっき、タイムリープって言ってたよね、君確か」

 私の謝罪を遮るように出た言葉、それはタイムリープ……。

 「コンセプトとしては却下だが……」

「いや、それは当然です」

 何故にタイムリープに食い付くんだ。

「タイムリープってのはタイムスリップとは違うのか?」

 なんだこの人は、私とSFの話でもしたかったのだろうか。

「私もその違いはよく解りません。ただ、どちらも別の時間に飛ぶってことでしょうね」

 面倒な質問だ。ネットで調べればいいではないか。
デスクのノートPCは飾りか?

「昔に戻りたいと思ったことはないか?」

 説教を覚悟で来たら話はSFだ。
なんなんだこれは……。

「戻りたいと思うこともあります。だけど、それは……」

 それは、過去に後悔があって未練がましいと思います、と言うのを寸前で止めた。
この人は昨年、娘を交通事故で亡くしているのだ。確か、高速道路の中央分離帯に激突した一人事故だ。

「せめて、1年前に戻れたらな。うちの娘に免許など取らせてないのにな」

「心中お察しします……」

「いや、時間をとってすまなかったな。仕事に戻ってくれ」

 娘を思い出して、少し感傷的になったようだ。
ここは早く退散するべきだろう。

「それでは失礼します」

 私は部長室の出口へ向かって歩いた。




 この時、気付いてあげるべきだった……。
デスクにあるノートPCの画面がこちらを向いていたことに……。



 そして、検索エンジンのワードに『タイムリープ 方法 明晰夢』と入力していたことに……。



 おそらく、山崎部長は娘を思い出して泣いていたのではない。
退室する私の後姿を見送りながら、不敵な笑みを浮かべていたのだ。




***






 その日の晩、寝床で山崎部長に呼び出されたときのことを考えていた。

(あの人が仕事以外の話をするのは珍しいよな……)

 若者嫌いでカタブツで口煩い、典型的な嫌な上司像そのものなのだ。

「娘を亡くしたんだ、人格変わるほどショックだったのかもな」

 そんなことを考えているうちに、ウトウトと微睡んでいた。









 ――コンコン、コンコン、ドンッドンッ!

「うわっ、なんだ、何の音だ!?」

 大きな物音に私は飛び起きた。しかし、飛び起きたのは…意識体だけらしい。

「アーローハー!行っくよーん!」

 窓の外を見ると……、サリーさんがいる。
そこはアロハじゃなくて、こんばんはでいいだろ。

「随分、お早いお迎えですね……。昨日の今日ですか?」

 正直、こんなに早く管理者の手伝いをさせられるとは予想していなかった。

「んん? 時間は関係ないよぉー。あっちはタワーの中しか時間流れてないんだよ?」

 今、凄まじく重要なことをさらっと言ってのけたな。

「私は全然時間が流れていないと勘違いしてましたよ!」

 ダメだ。また混乱してきた。
タワー内部に時間が流れているからと言って、これほど早く迎えに来るものなのか?

「君の時間で言うと、一日きっかり経過してるよん。こっちのタワーでは約一時間だけどねぇ!」

 満面の笑みで言ってくれるが、それたったの1時間で私を連れに来たってことじゃないかっ!

「今度来てもらう時期はこっちで選んで呼ぶって言いましたよね!? こんな早いんですか??」

「んんー、早いの? 三十分後、四十五分後、一時間後で迷ってたんだぁー」

 ダメだこりゃ。今、この人に何を言っても無駄な気がしてきた。
大人しく従うか……。

「じゃ、行きますよ。罰としての役目を済ませます」

 窓から外へ出ようとすると、

「あっちへの入り方を教えるねぇー。君、入り方から間違ってたんだよねー」

音無しの世界に入り方があったのか? 
念じるだけで行けるものだと思っていたが。




 ――そして、私は再び亜空間へ……。
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