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第八章【時の最果て】

第五幕『タイム・ホライズン』

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 「亜空間にいる管理者は、全員お前が無理矢理タイムスパイラルを断ち切ったんだろ? なんで、私だけ救うんだ!? 同じように自殺に追い込めばよかったんじゃないのか?」

私は大きな椅子に座り込んでいる玉成《ミツ》に問い掛けた。

「お前とは小学校以来の腐れ縁だったな。一目でアーカイブ・ホリックだと解った。俺がお前を見つけたとき、既に十一回もタイムリープを繰り返していた……。通常なら自ら命を絶ち切るよう仕向けて、ループから離脱させるんだけどな……」

玉成《ミツ》は椅子にもたれ掛かり、大きく息を吐いた。




 「まさか……、私がウマの合う遊び友達で、退屈しのぎがなくなるとつまらなくなるから……とかいう陳腐な理由じゃないだろうな!?」

「――否定はしねえ……。どうとでも思え! お前が十二回目のタイムリープをする寸前に意識を乗っ取って回避した! 俺の気まぐれだ……。この時代にアーカイブ・ホリックを探しに来たのは間違いだった」

「……この時代って玉成《ミツ》……、お前はいつの時代から来た人間なんだ……お……」

玉成《ミツ》を問い詰めようとしたときだった。

――私の背後で二つの衝撃銃《ショックガン》が構えられていた。








 「玉成っ! わしらを死に追いやったお前をここで捕捉してタワーへ連行する!」

「管理局の上に引き渡すからねぇ……、抵抗しないで大人しくしてほしいなぁ!」

村さんとサリーさんが衝撃銃《ショックガン》で玉成《ミツ》を狙っている……。

「すぐに衝撃銃《ショックガン》を下してくださいっ!!」

私は部屋に響くほどの大声で二人を制止した。

「なんでぇ!? どうして止めるの!? こんな人、取り逃すと管理局の上に叱られちゃうよぉ!」

「サリーさん、村さん、まだ解らないんですか!? 管理局の上? シルフィさんですか、それともシルフィさんの上司ですか? そのまた上司ですか……?」





 「君に前、言ったことがあるよねぇ? あたしや村さんは末端の末端、上がどんな組織かも知らないって。いつまでここで管理者をするのかさえ解らないってさぁ……」

サリーさんはまだ理解できていないようだ。

「さっき、私の指示に従わずに無線機を取り出さなかったシルフィさんにいきなり撤収命令が出されましたよね? あれほど都合よく駄々っ子を撤収させる命令があると思いますか?」

村さんは薄々気付き始めたのか、正面奥にあるコンピューター類を見ている。

「亜空間の管理局、一つのエリアに二人の管理者とタワー。複数エリアをまとめ上げるシルフィさんのような古株がいて、またその上にさらに広域を総督する管理者がいる……。それをずっと辿って行くと……」

私は玉成《ミツ》の後ろに並ぶモニターを指差した。

 









 「おい、冗談だろ!? わしら世界中の管理局はここから命令されてたってのか……」

「じゃあ、stabのトップって……この玉成満《たまなりみつる》って人なのぉ……!?」

村さんとサリーさんはやっと理解できたようだ。

「九十年を三十回も繰り返した愚か者の割に、中身が外見と同じでガキ過ぎてな。鬱陶《うっとう》しいから撤収命令を出したまでだ」

「玉成《ミツ》! さっきの質問の続きだ。お前はいつの時代から来た人間なんだ!? この時代で生まれ育った玉成満も乗っ取った人格なのか!?」

私は先程から気になっていた疑問を玉成《ミツ》にぶつけた。




 「時の最果て……とでも言うべき未来だ。お前らが想像もできないような遥かな時間の果てから意識《アストラル》体で来た。任務はアーカイブ・ホリックを探し出して処分、管理者として亜空間を安定させることだ」

玉成《ミツ》の言葉に私は一瞬言葉を失った。

「……任務って言ったのか? どこからの任務だ!? 亜空間とはいったいなんだ!? ここは時間と時間の間にある世界じゃないのか!?」

「質問責めかよ……。いいだろう、答えてやる。だから、少し落ち着け」

ウンザリした表情で私や管理者二人を見る玉成《ミツ》。









 そこから玉成《ミツ》が語り出した話は理解し難いものだった。
まず、鶏《にわとり》が先か卵が先かという話から始まる。実に哲学的な話だ。

「ダメだ……わし、玉成の言ってること、さっぱり理解できん!」

村さんは玉成《ミツ》の話がややこし過ぎてついていけないらしい……。

「村さん、要するに玉成《ミツ》はこう言ってるんですよ。我々は宇宙が約百三十八億年前に誕生したって習いましたよね? それが違う、間違いだって指摘されてるんです」

「えぇ? それと亜空間と何の関係があるのぉ……。ごめん、あたしもさっぱり理解できないよぉ」

既にサリーさんもお手上げ状態みたいだ。



 「理解力のない奴らだ。お前らが糞《クソ》して寝るこの世界《うちゅう》は、俺たち時の最果ての人間が作り出したって言ってんだよ! 宇宙が大昔にビッグバンで誕生? それが大間違いだ! この宇宙は遥か未来の果てで、科学力によって創られた水槽の中の実験物だ!」

この宇宙が大昔に誕生したのではなく、未来の科学で作られた……?

「まるで胡蝶の夢のような話をするんだな……。玉成《ミツ》、お前は何者なんだ?」

私自身も話が壮大過ぎ……いや、ぶっとび過ぎて混乱気味だ。

「蝶になった夢を見ていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか……胡蝶の夢か。うまいこと言ったもんだな! 俺はこの亜空間を作り出した科学者だ。だから、意識《アストラル》体でこの実験宇宙に入った」









 玉成《ミツ》の話す内容は、常人の理解の範疇《はんちゅう》を超えている。

「恐ろしいことを言うんだな。お前がまるで宇宙を創りだしたスタッフの一人だって言いたいのか? どんなSF映画だそれは? どこで仕入れたネタなんだ……」

私がそう言うと、玉成《ミツ》はコンピューターのいくつか並んであるボタンの一つに手を置いた。

「研究室《ラボ》の水槽で宇宙を創り出すスタッフは俺とは別にいる。俺は時間と時間をつなぐ世界、つまり亜空間を作った。そして、異分子《イレギュラー》が出始めた……お前らタイムリーパーの存在だ。壁をぶち壊し、タイムスパイラルに巻き込まれて亜空間を著しく不安定化させる……とんでもない奴らだ」

「だから、タイムスパイラルに巻き込まれたタイムリーパーを自死させた上で、意識体にして亜空間の管理者に仕立て上げたって言うのか?」




 「はじめは俺一人で亜空間の管理は可能だったんだけどな。世界中の亜空間を補修するのは面倒臭《メンドクサ》いだろ? 時が経過するごとに、亜空間に入り込む奴が増えてくるしな……」

玉成《ミツ》は話しながらコンピューターを操作し始めた。

「玉成《ミツ》……、サリーさんたちはいつまで管理者としてここで強制労働させられるんだ? 解放してくれないか?」

「そいつらは咎人《とがびと》じゃねえか!? 時間の壁をぶち壊して、過去に遡るチートを使ったんだぜ? 刑期は遡った年数×回数だ! そこの愚かな女は五十年を六十六回も遡った! 現実世界で三千年以上はここで管理者の役目を担ってもらう!」

後ろを振り向いて見たサリーさんの顔は、恐怖と絶望感に満ちていた……。











 「村さんは、一年を五回だろ……? 村さんはもう終わってるんじゃないのか!? どうして、未だに亜空間《ここ》にいるんだ?」

私が指摘した瞬間、玉成《ミツ》はなにかを思い出したようにコンピューターを触りだした。

「悪《わり》い、悪《わり》い! 村山さん、あんたもうとっくに労働期間終わってたな!それじゃ、ここから解放してやろうじゃねえか!」

「待て! 玉成《ミツ》、ここから解放された意識体はどこに行くんだ!? 現世のいずれかの時間に戻れるのか!?」

生きていた時間軸に戻れるのなら問題はない。そこで寿命を全うするべきだ。




 「さっきから言ってるだろ! 管理者《こいつら》は禁忌《タブー》を犯した咎人《とがびと》だ。そんな奴らの行く先など知らん……! 通常の意識体は別の世界で生まれ変わるが、ここから解放した奴らの行く先まで俺は解らん!」

「わしはそれでもいいぞ! なにも変わらんよりマシじゃねえか! 玉成、わしを解放してくれ!」

村さんは玉成《ミツ》に懇願した。

「すまなかったな、村山さん。あんたのここでの働きっぷりが良過ぎて解放が遅れちまった。やり方が悪かったが、あんたを死なせたのも事実だ。もう解放する手順は済ませた……さよならだ」

玉成《ミツ》が村さんに言葉をかけると、村さんは大粒の涙を零した。

「――ここでお別れみたいだな……サリーさん世話になったな!」

「そんなぁ……やだよぉ……村さん……」








 私は胸が苦しくなった。解放されるとは言え、彼がどこへ行くのか解らない。

「玉成《ミツ》! やっぱり止めてくれ! 村さんを消さないでくれ!」

「それはお前のエゴだろ! 本人は解放されることを望んだっ!」

大声で玉成《ミツ》が私を一喝した。

「もう……いいんだ……。これでいい!」

村さんの声が遠くなった。少しずつ姿も薄れていく……。





 




 ――そして、村山徹は亜空間から完全に消え去った……。
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