そして、私は遡る。戻れないタイムリーパーの秘密

藍染惣右介兵衛

文字の大きさ
上 下
18 / 47
第四章【時空の漂流者】

第二幕『そして、女は遡る』

しおりを挟む
 ――――ゴトンッ――ガタンッ――ガタタンッ――――

 女の一日はこの不快な終電の足音で終わる。

「この喧騒とも今夜でお別れかい。離れるとなると寂しいものがあるねぇ」

寝床に入ろうとした時に昼間のことを思い出していた。

「――間違えた!……。あのボウヤに教えた手順、あれだけじゃタイムトリップは不可能だよ!」

よくよく考えて、思い返してみると順序の間に入るはずの重要なプロセスが一つ抜けている。

「……うん、よし、これが正しい順序だ。ま、明日見かけたら渡してやるかね」

新しく正しい手順を書き直したものの、人の往来が多い町である。明日町を出るまでにボウヤが路地を通らないかもしれない。






 「若いというのは希望だねぇ。未来への希望に満ちて、エネルギーに溢れている……。そんな時代がもう半世紀も前になるのかい」

女は寝床に入り、成人したばかりの自分の姿を想像して懐古心に浸っていた。


 
 「二十歳の小娘だった頃に戻りたいもんだよ……」

先程書き上げたタイムトリップの手順が頭の中をよぎる。

『過去へ戻れても、自分の意識と同調しちゃいけないよ。同調すると夢の中から戻った過去が現実に逆転してしまうかもしれない。絶対やめときな』

昼間ボウヤに注意したばかりじゃないか。タイムトリップの成功は片道切符なのさ、ループ地獄のね。



 女は寝息をたてはじめ、夢の中へと入って行った。


 ――二度と覚めぬ、夢の中へ――








 視界は薄い赤のフィルムを通したような色彩、場所は雑居ビルの中だ。

「何度か来ているけれど、この色合いは好きになれないねぇ」

夢うつつのまま音無しの世界に入り込んでしまったらしい。



 「さあて、番人に見つかるまで散策するかね……」

階下へ降り、見慣れた路地をしばらく歩いていく。人通りもない、街燈も灯っていない、似ているようで現実世界とは異なった場所だ。



 路地を過ぎて商店街へ出ると、洋服店のショーウィンドウが見える。

「こんな洋服に帽子、スカートが似合った時代もあったんだねぇ」

色は赤みを帯びているため、正しい色彩は解らないが若々しいデザインの洋服が飾られている。








 女は無意識に願ってしまった。ショーウィンドウの洋服が似合っていた二十歳の頃に戻りたいと。

すると、たちまちショーウィンドウの洋服は消え去り、若々しい日の女自身を映し出した。

「ああ……、二十歳の私がいるよ。懐かしいもんだ……」

そこに映し出された若い女は、大きな鏡の前で真新しい洋服の試着をしている。

 「あれは初めて自分で作ったワンピースだねぇ」

手を伸ばせば届きそうな気がしていた。このショーウィンドウに飛び込めば、あの若かりし頃に戻れるのではないかという淡い期待。この瞬間、禁忌を完全に忘れていた。







 「――おや?」

過去の自分を見物するのに必死で気付かなかったが、ショーウィンドウに小さな黒いヒビが入っている。

女はそこを叩いてみた。もっと若い頃の自分を見ていたいからだ。
すると、ショーウィンドウは音もなく砕け散った。













 ――只今、入りました。臨時ニュースです。
 ――物理学者の……教授が…………初の……ノーベル……

 「……あれぇ? お母さん、今呼んだぁ!?」

女は姿見の前で縫い終わったワンピースをチェックしている。

「呼んでないわよー!ラジオの音でしょ!お裁縫終わったらご飯手伝ってちょうだい!」

炊事場から母の声が聞こえる。




 「どうかなぁ? このワンピース」

「自分で縫ったのかい? アンタもいつ嫁に行っても大丈夫だね!」

「えぇー!? 嫁になんか行かないよぉ。都会へ出て、占い師するんだから!」

「またそんなこと言って、お父さんの前でそんな馬鹿なこと言わないでよ」
グツグツと煮物の香り立つ炊事場で、母と娘の会話がしばらく続いた。

 

 


 父と母と娘の3人での食事、これまでの日常の風景だ。

「――それで、いつ発つんだ?」

父は心配そうな表情で娘に問いかける。

「うん、明日かなぁ。住むとこも決めたし、一旦都市部へ出て、仕事探してみるよ」

「そうか……。まあこんな田舎じゃ野良仕事か商店街手伝うしかないからな……」

「仕事見つかったら連絡しなさいよ。それと、見つからなかったら帰ってきなよ!」

見つからなかったら帰ってお見合いでもしろと言うのだろうか?

「大丈夫、大丈夫だから!お父さんもお母さんも心配し過ぎ!」







 部屋に戻った女は大きなカバンに荷物を詰め込んでいく。

「細々したものは現地調達すればいいかなぁ……?」

「占いの専門書は必須ね、あと研究ノートも」

分厚い易経の専門書、自分で作り上げた占いの研究ノートをカバンにしまい込んだ。



 その晩、女は夢を見た。誰かを占っている夢を見ていた。

『言っておくけど、タイムトリップができるようになっても一銭の得にもなりゃしないよ』

目の前には若い男が座っている。どこかで見たことがあるような顔だ。



 「――タイム……トリップ……?」

目を覚ました女は戸惑った。タイムトリップという言葉に聞き覚えがない。
それに、夢の中にいた若い男にも会ったことがないはずだ。








 汽車に乗ってからも、女は夢の内容が頭にこびり付いて離れなかった。
体中から妙な違和感が湧きあがってくる。それが希望なのか、絶望なのか解らなかった。

「大丈夫、絶対うまくいく……ごめんね。お父さん、お母さん」



 女は生まれつき、目が良かった。
千里眼と言えば聞こえがいい方だが、それとは違う異質なものだ。
見た者の過去と未来の姿が見えてしまう。

 知人、友人、両親……そして、自分。
この世界から消えてしまう年齢が解ってしまう。


「七十年かぁ、あと五十年も生きられるならいいよねぇ。あたしが生まれた頃は人間五十年って言われてたぐらいなんだから……」

手鏡で未来の姿を見て、自分の死期を確信している。









 ――――汽車は女を都会へと運んで行く……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

『焼飯の金将社長射殺事件の黒幕を追え!~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.4』

M‐赤井翼
ミステリー
赤井です。 「元女子プロレスラー新人記者「安稀世《あす・きよ》」のスクープ日誌」シリーズも4作目! 『焼飯の金将社長射殺事件の黒幕を追え!』を公開させていただきます。 昨年末の「予告」から時間がかかった分、しっかりと書き込ませていただきました。 「ん?「焼飯の金将」?」って思われた方は12年前の12月の某上場企業の社長射殺事件を思い出してください! 実行犯は2022年に逮捕されたものの、黒幕はいまだ謎の事件をモチーフに、舞台を大阪と某県に置き換え稀世ちゃんたちが謎解きに挑みます! 門真、箱根、横浜そして中国の大連へ! 「新人記者「安稀世」シリーズ」初の海外ロケ(笑)です。100年の歴史の壁を越えての社長射殺事件の謎解きによろしかったらお付き合いください。 もちろん、いつものメンバーが総出演です! 直さん、なつ&陽菜、太田、副島、森に加えて今回の準主役は「林凜《りん・りん》」ちゃんという中国からの留学生も登場です。 「大人の事情」で現実事件との「登場人物対象表」は出せませんので、想像力を働かせてお読みいただければ幸いです。 今作は「48チャプター」、「400ぺージ」を超える長編になりますので、ゆるーくお付き合いください! 公開後は一応、いつも通り毎朝6時の毎日更新の予定です! それでは、月またぎになりますが、稀世ちゃんたちと一緒に謎解きの取材ツアーにご一緒ください! よ~ろ~ひ~こ~! (⋈◍>◡<◍)。✧💖

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

virtual lover

空川億里
ミステリー
 人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。  が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。  主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。

『異能収容所 -三人目の参加者-』

ソコニ
ミステリー
異能者を監視し管理する秘密施設「囚所」。 そこに拘束された城田雅樹は、嘘をついている人の瞳孔が赤く見える「偽証読取」の能力を持つ。 謎の「三人目の参加者」とは誰なのか。 三人の記憶に埋もれた共通の過去とは何か。そして施設の真の目的とは—。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

処理中です...