一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

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50-2終わりよければすべてよし!

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 「もう許してあげなさいよ。シエル。こんなに彼が言ってくれているんですよ」優しい母の声がする。


 母の声はシエルの凝り固まった意地を割りほぐした。

 シエルは跪いたボルクに手を伸ばした。

 ボルクは引かれるようにシエルの前に立つ。ボルクの頬に手を伸ばして言う。

 「ええ、もちろんあなたとしか結婚する気はありませんでしたわ」

 やっと出た言葉はそんな言葉で…

 彼の紺碧色の瞳と向かい合わせになった茜色の瞳は羞恥で自然と閉じられた。

 「シエル、目を開けて下さい。私には後にも先にもあたなしかいないのです。あなたと結婚します。したいのです。これできちんと責任が取れます。そのかわりもう絶対に離しませんから覚悟しておいて下さい」

 シエルがパッと目を開けると少し照れたように目尻にしわを寄せた彼の瞳があった。


 「えっ?今度は責任と覚悟。ですか?」

 シエルはあの夜自分のしでかした醜態を思い出してぞっとする。

 でも先に手を出したのは私でそれに対する責任はないと思いますけど、それでもあなたが責任取るおつもりなのですか?

 それは私の初めての相手が貴方だったからという意味でしょうか?まあ、最初の計画では私もそのつもりでしたけどあなたは違いましたから。

 それに覚悟しろとは?

 それにもしかしてボルクは私がしたように縛るつもりとか?

 ちょっと恐いとも思うし、むしろ恥ずかしいくらいだ。

 でも、結婚するって言うことは…

 いえ、責任も覚悟もお互い様ってことでいいんですけど。それにあなたになら何でも許すつもりなんですし。

 ええ、もちろんあなたと一緒ならどんな事でもと言おうと思ったがそれを素直に口に出して言うことなどなぜか無理だった。

 「……」

 ボルクに差し伸ばされた手は枝から落ちる木の葉のように下に垂れる。

 きっと彼の顔を見ていた瞳は羞恥と狼狽だろう。

 シエルはただ黙って背筋を伸ばした。そのせいで顎がぐっと突き出され何だか自信たっぷりみたいにも見えた。


 そんなシエルを見てボルクの眉間にしわが寄る。

 シエルの言いたいことを探るように狼狽えるシエルのオレンジ色の瞳を追う。

 もう我慢できないとばかりにシエルを引き寄せるとぎゅっと抱きしめた。

 そして彼女に聞く。

 「何を考えてるんです?私が責任取るのが嫌なのですか?覚悟をしたんですよね?シエル君を愛しているんです。私と結婚する覚悟をしてください。これから先ずっとあなたを大切にすると誓いますから」

 彼の声は怯えたように震えている。

 深い深い海の様なコバルトブルーの瞳の表面にさざ波のように薄っすらと涙の膜が張っている。

 男の中の男のようなボルクが……

 彼の言葉が胸の奥にまで溶け込んでいくと何とも言えない幸せな気持ちが押し寄せた。


 「ええ、ボルクこの世の全てに変えてもあなた以外に愛する人はいないわ。でもあなたの愛より私の愛の方が絶対に大きいと思うわ。それは絶対に負けないから!」

 でも、結婚は…覚悟は?責任は?……あなたを信じていいの?
 

 ボルクはすぐに言い返す。

 「いえ、それは違う。私の愛の方が大きいに決まってる!それで覚悟はできたんですかシエル?」

 「もう、ボルクったらそれはわたしが言いたい事よ!」

 シエルはボルクを軽く突き飛ばす。


 「まあまあ、喧嘩はそれくらいにして。もう、仲が良すぎるのもどうかしら。ランドールが驚いてるわよ」

 母がおかしそうに笑う。



 ランドールは意識が戻ってポカーンと皆を見つめている。

 シエルはランドールに駆け寄る。

 「ランドール気が付いたのね。良かったわ。あなたジャスミンと間違って毒草を飲んだのよ。もう少しで死ぬところだったんだから」


 「ねえ誰か結婚するの?」

 「うふっ、もう、ランドールったら聞いてたの?」

 シエルはランドールに駆け寄る。

 「ランドールよろしくな。これからは兄弟になるんだ」

 「うそ。僕、お兄さんがずっと欲しかったんだ。今度剣の稽古をしてくれないかな?」

 「ああ、元気になったらな」

 「もう、ランドールったら、まだはっきりと決まったとは…」

 何だか話が先走るようでシエルはいい気がしない。

 ボルクは少し戸惑った顔でシエルを見ていて指先は親指と薬指で摺りあわされている。

 「姉上もう照れなくてもいいですよ。僕はうれしいです」

 「照れてなんか…姉をからかうものではありません」


 「いいからふたりとも…ボルクに笑われるわよ。さあ、ランドールはまだ休んでなきゃ」

 「お母様、今夜はお祝いにするでしょう?ランドールの回復を祝わなきゃね」シエルは話しを変える。

 「そうね。もちろんシエルたちの婚約もね。お父様も一緒にお祝いしましょう。ねぇ、あなた?」

 「もちろんだ。そうと決まれば私は朝食の後王宮に行く。シエル。ボルク。お前たちも来て手伝ってくれ。今日は早く帰らなくてはならんからな」

 「はい、もちろんです」

 ボルクは素早くルドルフのそばに立った。


 「もう、お父様たちったら私たちのお祝いなんて早いわ。今夜はランドールのお祝いでしょう?」

 そんな事を言うくせにシエルはボルクの隣に立つと腕を引っ張った。


 「ああ、わかった。わかった。シエルにはかなわん」

 ルドルフは呆れたように手を振ってボルクから一歩離れた。


 「よくわかります。シエルは一度言い出したら聞きませんから…」と言ったボルクが少し元気がないようにも見えた。

 「あら、ボルクだって聞かないじゃない!」

 シエルは一歩も引けないとばかりに言う。

 

 こうしてふたりは結婚することは決まったが何だか後味の悪いままで朝食を済ませると一緒に王宮に向かう事になった。

 馬車の中でふたりはやっとふたりきりになれた。

 ボルクはシエルと向かい合わせになると彼女の手を握るとたまらないように囁き始めた。

 「シエルもう一度確かめたいんだが…国王にあんな風に聞かれた時はほんとにいいのかと思ったがすごくうれしかったんだ。俺はシエルにあんな事を言っていたけど本当はずっとずっと君と結婚したかった。もう君を離したくない。これからはずっと一緒にいたいんだ…愛してる。愛してるよシエル。君を全身全霊で愛してるんだ。俺はもう二度と君と結婚しないなんてばかな事を言うつもりはない。何があっても君と結婚したい。だからはっきり結婚すると言ってくれ!」


 ボルクの顔は悲壮感さえ浮かべていて…それはまるでキューピットの愛の矢のようにシエルの胸にぐさりと突き刺さる。

 彼の心からの愛の告白にシエルの脳芯が今一度揺れた。

 思えば今日何度愛の告白をされただろう。

 凛々しい眉、吸い込まれそうな深く碧い瞳。その唇は愛を囁くためにあるみたいだ。

 彼の悩ましいほどの息遣いが耳朶に触れて肌は一気に熱を帯びて行く。


 「でも、ボルクはどうしてこんなに必死なの?私あなたを愛してるって言ったじゃない?」

 心で思っていたつもりが言葉は勝手に零れ落ちていた。

 「必死って…決まってるじゃないか!シエルがはっきり結婚すると言ってくれないからだろう?」

 「えっ?」

 「でも、あなたとしか結婚する気はないって言ったわよね?」

 「もう一度はっきり聞きたいんだ。結婚してくれるんだよな?」

 ええ、もちろんそのつもりだけど…と言いだそうとして喉の奥が痺れて声が出なくなった。


 どうして私、結婚するってはっきり即答できないの?

 シエルは自分がどうして素直になれないか考える。

 何度も聞いた愛の言葉。でもいつもそれは裏切りになった。だからこそずっと素直になれなかった。

 もちろん心地よい言葉の数々にシエルは言い知れないときめきを感じている。

 彼を愛してるから…

 彼を信じれる?もう安心してもいいの?私たちほんとに結婚するの?

 何度も陥った闇の中。それでもボルクはいつも私を助けてくれてわたしのそばにいてくれた。

 結婚はただの形式に過ぎない。

 私たちはお互いを必要としているし愛し合っている。

 それには何の疑いも思い浮かんでは来ない。

 彼の色めいた微笑みに心がざわつき力強い胸の中に包まれてシエルはやっと結婚するんだと素直に思えた。

 彼の腕の中で幸せの吐息を漏らし、彼の胸に身体を預け、彼の香りを肺にいっぱい吸い込んだ。


 「シエルはどう?俺と結婚してずっと一緒にいてくれる?」

 何も言わないシエルにボルクの心配そうな言葉が降って来た。

 私ったらいつの間にか彼を不安にさせていたんだわ。

 でも、もうおしまい。

 「もちろんよ。あなたとずっと一緒にいたい。私はあなたとしか結婚するつもりはなかったんだから。もう絶対離れたりしないわ。ううん、ボルク貴方と結婚したい。します。結婚させてください。覚悟も出来てます」

 ボルクに分かってもらいたい一心でシエルは懸命に言葉を紡いだ。


 くすぐったそうな笑みが弾けたように破顔する。そんな笑顔を浮かべた彼に顔を覗き込まれて心臓が破壊されそうになる。

 ボルクの顔が今までで一番うれしそうな笑顔に見えた。

 彼の指がシエルの頤を持ち上げる。

 その指先は微かに震えていてそんなボルクにシエルは自分から唇を押し当てた。

 「あなたのすべてを愛してる」そう囁きながら……

 はにかんだようにシエルが彼の唇を食む。そっと上唇に触れると言葉では伝わらなかった思いが伝わるようでシエルの眦から涙が零れる。


 ボルクはそんなシエルのまぶたに唇を寄せると彼女の唇を奪った。

 今まで何度も口づけをしたが、これほど強烈に心を揺さぶる口づけは初めての気がした。

 言葉では言い尽くせない思いがこの口付けに込められていた。

 シエルにどれほど愛されているか、もどかしいほど強い思いが心に流れ込んできてボルクの胸を火傷させるほど熱くした。

 お互いの想いが大きすぎていつもすれ違って来た。でも、それはとても幸せな事だと気づく。

 何度も交わす口づけはいつしかふたりのわだかまりをすべて消し去っていた。

 シエルもボルクもやっと心の奥に秘めていた思いに素直になれた瞬間だった。



 王宮の執務室に着くと一番にルドルフから言われる。

 「ボルクは明日にはベルタスに向かってほしい。今から領主となるために領地を見聞して執事のアルドからいろいろ聞いて立派な領主になれるようにしてくれ。それからシエルお前はここに残って執務の引継ぎと結婚の準備をしなさい」

 「はい、もちろんです」ボルクは即答した。

 「でも、お父様ボルクと離れるなんて、私たちやっと婚約出来たのよ」

 シエルの幸福な時間があっという間に霧散してしまう。



 だがすぐにルドルフが怒ったように言った。

 「シエルお前たちはすでに間違いをおかしているんだ。これ以上なにかあったら許さん!結婚までふたりきりになれると思うな。結婚を認めただけでも…」

 父は苦虫を嚙み潰したような顔をしてボルクを睨んだ。花嫁の父の心中は難しい。

 「シエルここは国王陛下の言う通りにしないと…陛下私は早速明日には出立しますのでご安心ください。その代りシエルの事よくれぐれもよろしくお願いします」

 「当たり前だ!シエルは私の娘なんだ。いくらボルクお前とは気心が知れているとはいえ…はぁ」

 「はい、シエル陛下のそばで結婚の支度を整えてくれるな?」ボルクはシエルに拝むように頼む。ここで国王の機嫌を損ねたら結婚さえ危うくなるんだぞと言いたかったが…

 「だって…ボルクと会えないんなんて寂しくて…」

 「時々帰って来る。俺だって君に会えないと寂しくて死んでしまうかもしれないから」

 「ボルク!わかっておるだろうな。結婚までシエルに手を出すことは許さんからな!!」

 「はい、神に誓って!シエルそう言うことだからいいね?」

 ボルクの指先はもうすべての指を擦っていて。



 シエルはやっと父の言いたいことを理解する。

 「わ、私はそんなこと期待なんか…わかりましたわお父様。言う通りにします。その代り結婚の準備が整ったらすぐに式を挙げますから!」

 「シエル愛してる」

 「私も愛してる」

 ふたりは手をつなぎ合って顔を見合わせる。

 「いいから仕事をしろ!」

 ルドルフの怒鳴り声が聞こえた。



 結婚式は3か月後と決まりボルクは王宮と領地を行ったり来たりで忙しい日々だったがシエルとの仲はすこぶるむつまじく誰もが羨むカップルになったのは言うまでもなかった。




                                ーおわりー



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