一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

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48わかっていた事ですけれど

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  シエルはボルクが出て行くのをじっとこらえて待った。

 がちゃりと扉の締まる音がするとこらえていたものが一度に噴き出す。

 涙はとめどなく流れ嗚咽は止まらずシエルはベッドの中で声を上げて泣いた。

 今までこんなに泣いたことなどないかのようにひたすら泣き続けた。


 意識を失う前シエルは幸せの絶頂にいた。

 ふたりは繋がり合い愛し合い心も身体も繋がった気がした。

 脳芯は感じた事のない快感と恍惚感で埋め尽くされて幸せホルモンが身体中を駆け巡っていた気がする。

 でも、気づけばそんな事は幻だったんだと現実が重くのしかかった。

 そんな事わかってたことなのに。

 それでも、もしかしたらって彼に期待してしまった。

 出て行こうとする彼に声を掛けようとした。

 頭の中では次々に言葉が浮かんでくるけど、それを言葉にして紡げないもどかしさに唇をかみしめた。

 ”待ってボルク。こんなことになったんだから結婚してくれるんでしょう?”

 ”待ってよボルク。責任取らないつもり?”

 ”待ってったらボルク!私を愛してるんじゃないの?”



 言葉は空気の中に消えていき心は弾けたシャボン玉のように砕け散った。

 もう、終わりなのね。私たち。ほんとにこれでもう終わりなんだわ。

 そんな言葉をかみ砕くように飲み込む。

 身体がベッドの底に沈んでもう二度と起き上がれないんじゃないかってくらい重くなって頭痛が始まって耳鳴りが聞こえてくる。

 

 どれくらいそうしていたのかわからない。

 何度か扉をノックされて返事をした。

 「シエル様、国王陛下がお呼びです」

 近衛兵が外から声を掛けた。

 窓を見るともう太陽は眩しいほど輝いていた。

 大変だわ。明け方になってうとうとしたと思っていたけどかなり寝過ごしたみたい。

 「ええ、すぐに行くと伝えて」

 シエルはベッドから起き上がった。ひどい有様に自分でも驚くほどだ。

 急いでシャワーを浴びて髪をとかして自分で着れる簡易なドレスを身に着けた。

 それでも支度にかなりの時間がかかった。

 目が腫れぼったくなっているが仕方がない。



 部屋を出てすぐに宰相のフランツにばったり出会った。

 「おはようございます。スターフォース宰相様」

 「これはシエル様、昨日はこちらにお泊りに?」

 「ええ、仕事で遅くなったものですから」

 フランツはいぶかしい顔をした。

 「それは…そう言えば夜遅くにウィスコンティンが貴方の部屋から出てきましたが何かありましたか?」

 シエルはギクッとして一瞬顔が強張る。必死で笑みを浮かべると言った。

 「ええ、物音がしてそれで恐くなったので彼に一応調べてもらったのです。何でもありませんでした。お騒がせしました」

 「そうでしたか。街ではおかしな噂もあるようです。お気を付けてください。火のないところに煙は立たないと言いますから」

 宰相の言い方は何やら含みを持っていて、ボルクと何かあったという噂の事を言っているのだとすぐにわかった。

 もう嫌な人。スタンフォース公爵もお父様と同じ嫌味な人なのかしら?

 いえ、彼もそういう人だったわ。そんな事が脳裏をよぎった。

 「もちろんです。お気遣いありがとうございます。では急ぎますので失礼します」

 どんな時も社交辞令を欠かさないようにと教育を受けて来たのでいやでもそんな言葉が出てしまう。

 宰相はにっこり笑うと廊下の向こうに消えて行った。



 シエルは急いで国王の執務室に出向いた。

 「お父様、ごめんなさい。昨夜遅くまで調べ物をしていたので遅くなりました」

 「ああ、いいんだ。あまり無理をするな。呼んだのはほかでもないこれからスタンフォース公爵が見える。お前と話がしたいそうだ。どうだ。どちらかに決めたか?」

 「お父様。私、結婚するつもりはありません。どうやって考えればいいのです?オーランド国の新皇帝なんて問題外ですわ。スタンフォース公爵など私を信じなかった人なのですよ。そんな方とこれから一生を共に過ごす事なんか考えれません。スタンフォース公爵にはお話はないと伝えて下さい!」

 噂をすれば影だわ。さっき彼が嫌な人だったことを思い出したばかりだというのに…



 そこにスタンフォース公爵が入って来た。

 「申し訳ありません皇帝陛下。何度かノックはしたのですが…」

 「これはクリゲル。いいんだ。まあ、座って話をしよう。さあシエルお前もここに座りなさい」

 ルドルフはシエルの話は聞かなかったふうに笑顔でスタンフォース公爵を快く迎える。


 「シエル殿、まずはあなたに謝りたい。3年前の婚約解消になった騒ぎはすべてジュリエッタの仕組んだことだった。君を信じてやれなくて済まなかった。私もあの頃よりは成長したつもりだ。君と結婚するにあたって何でも君と相談したいと思っている。君のわだかまりを解いて改めて結婚を申し込みたいと思っている。どうだろう?考えてくれないだろうか?」

 相変わらず栗色の巻き毛に琥珀色の瞳は穏やかで優しそうに見えた。

 彼はシエルの前に跪き手を差し伸べた。

 シエルが彼の手に自分の手を重ねるとその手に柔らかなキスを落とした。

 その所作はしなやかで美しかった。

 それに彼は少し大人びたようにも見えた。物腰は柔らかいが口調は自分の意思をはっきり伝える。そんなところはシエルの好みだった。


 「ああクリゲル、それはいい考えだ。なぁシエル。彼もわざわざこうやって出向いてくれたんだぞ。私もオーランド国の皇帝の元に嫁ぐよりクリゲルの元に嫁いでくれる方がうれしい。いつでもお前に会えるし。孫にもすぐに会える。そう思わないかシエル」

 先に間に入ったのはルドルフだった。


 ほら、やっぱり。そうだと思ったわ。だって宰相はクリゲルのお父様ですもの。

 お父様は国王になってからいろいろと宰相にはお世話になってるんですもの。

 どうしたってスタンフォース公爵に気持ちは傾くというものだわ。

 私だってクリゲルのお父様は好きだし頼りにもしていたけど、さっきのあの嫌味で少しイメージが半減したわ。

 何よ。私がこそこそしているみたいに。

 シエルは勝手に話が進んで行くようで苛立った。



 「お父様もスタンフォース公爵も少し待ってもらえませんか?お話はよくわかりますが…」

 でも結婚する気持ちはない。だったら早く話した方がいいのでは?



 「お父様少し席を外して下さる?」

 シエルは父に退室を求める。こんな話を父に聞かれたくはなかった。ルドルフは快く了解して執務室を後にした。



 シエルは大きく深呼吸すると話を始めた。

 「スタンフォース公爵ひとつお聞きしてもいいかしら?」

 「ああ、シエル殿なんでもどうぞ」

 「あなたは私が純潔ではないとわかったらどうされるつもり?それでも結婚しても良いとお考えですか?」

 「待ってくれ。シエル一体何のことだ?君が?まさか…だって君はあの皇帝とは何もなかったと聞いている。それに君が…そんなことあるはずがないだろう。ハハハ」

 クリゲルはそんなシエルを見て笑い飛ばす。そんな事絶対にないと自信たっぷりに。

 「私…実は…」と言いかけた時クリゲルがシエルの話を遮った。

 「そうだ。今夜ディナーに招待したいんだがどうだろう?」

 「ディナーにですか?」

 「ああ、まずは一緒に会って話をする事から始めたいんだ。もちろん受けてくれるよね?」

 「ええ、そうですね」

 こんな所で話すより彼と二人きりになった時に話す方がいかも知れないとシエルは思った。

 「良し!決まりだ。今夜迎えに行く。時間はいつがいい?」

 「そうですね。王宮から一度屋敷に戻りませんと…では8時ではいかがでしょうか?」

 「ああ、それがいい。では8時に。私はこれから会議があるので失礼する。シエル楽しみにしている」

 そう言ってスタンフォース公爵は立ち去った。


 **********


 シエルは仕事を終えて早めに屋敷に帰ると公爵とのディナーの為に支度をした。

 髪はおくれ毛を残して結い上げて、ドレスは濃い萌黄色にした。濃い緑の少し渋めな色だ。

 デコルテはどうしても大きく開いているデザインになるので上にショールを羽織る。

 予定通りにスタンフォース公爵の迎えの馬車が到着して彼の屋敷に向かった。

 「シエル殿、今日はまた素晴らしいお姿を見れて光栄です」スタンフォース公爵から褒めたたえられる。

 「お招きありがとうございます」

 そしてお決まりの手の甲への口づけ。シエルは挨拶もそこそこに背中がくすぐったい気分で馬車に乗りこんだ。



 屋敷は前にも来たことがあったが、3年の間にさらに派手な装飾の置物や壁の色も原色を使ってあったりと結構。いや、かなり品のない屋敷になっていた。

 これはきっとジュリエッタの趣味なのだろうかとも思いながら屋敷の中に入った。

 ダイニングに通されディナーが始まる。

 「シエル殿、まずワインで乾杯しないか?」

 「はい、あのスタンフォース公爵シエルで結構ですわ」

 「そうかシエル。では私もクリゲルと呼んでくれないか」

 「ええ、そうですね。クリゲル様」

 クリゲルが嬉しそうな笑みを浮かべる。グラスを傾けワインを頂くと次々にメイドたちが豪華な料理を運んでくる。

 シエルは話をしようとするがなかなかいいチャンスがなかった。

 早く話がしたいのに‥仕方がないわ。こんな事食事中に言うのも失礼だしね。

 シエルはそう思い直すとせっかくなのだからと料理を堪能した。

 料理はカモ肉の燻製やマスのテリーヌ、野菜のゼリー寄せやビーフストロガノフ、チーズをたっぷり使ったパンも美味しかった。

 「クリゲル様、すごく美味しかったですわ。何だか私…」

 「シエル?大丈夫か?ワインを飲み過ぎたせいか?」

 クリゲルは気分が悪そうなシエルの為に使用人を呼んで客室に運ばせた。

 その頃にはシエルはもうぐっすり眠っていた。

 クリゲルは父から聞いた事が気になってシエルにあることをしようとしていた。





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