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41あなたなんか!
しおりを挟むその時だった。いきなりドアを叩く音がした。
「シエル?ここか?どこにいる?おい、シエル返事をしろ。大丈夫なのか?おい、シエル?」
動揺して大声を張り上げるボルクの声。
シエルの鼓動は跳ね上がる。
ボルク?ボルクが来てくれたの?一気に喜びが沸き上がる。うれしい気持ちが溢れる。
でも。嘘?えっ?どうしよう。困ったわ。こんな所見られたら…でも、ああ…
「おい、誰か知らないがシエルなんてそんな女はいない。見当違いだ。他を当たってくれ!」
ホルックは女を探して男が片っ端から部屋のドアを叩いて回っているとでも思ったのだろう。
確かにシエルと名乗っていないのでシエルはこの部屋にいないで間違ってはいない。
でも、今を逃したらもうチャンスはない。咄嗟にシエルは声を張り上げた。
「ボルクここよ。私はここにいるわ。助けて!」
「シエル。クッソ!……ドゴーン!」直ぐに板切れ一枚の扉は蹴飛ばされていた。
ボルクが部屋に飛び込んで来てホルックが裸なのを見た。そして振り返るとシエルが震えて立っている。
シエルはベッドに座っていたが扉が開いた隙に立ちあがって部屋の隅に隠れた。
「このくそったれ!シエルに何をしたぁ!」と言うのと同時にホルックにパンチが繰り出された。
バッゴーン!ボルクの拳がホルックのみぞおちに食い込む。次のパンチは顎の下からアッパーカットをくり出した。
「うっ、グフッ…」
ホルックの大きながたいがあっけなく床に崩れ落ちる。
ドサッと大きな音がしてホルックは完全に倒れ込んだ。
「シエル,大丈夫か?」
ボルクはシエルを心配して声を掛けた。
飛び跳ねるように心臓が跳ね上がる。彼になんて説明すればいいの?
自分で呼んでおいて今さらだけど…
まさか、彼が扉をけ破って飛び込んで来るなんて誰が想像できたの?
シエルはボルクをまともに見る事が出来ずに一目散に駆け出した。
出がけにマントをひこずりながら持つと、上がって来た階段を転がるように駆け下り食堂から飛び出した。
どこをどう走ったのかはわからない。大通りに出るとそのまま突っ走る。
歩いている人をかき分けるようにひたすら走る。
振り返るとボルクはシエルを追ってきている。
どうしよう…どうすればいいの?
困惑と混乱が脳内に張り巡らされて行くがどうすればいいのか見当もつかない。
息は切れて心臓はもう限界が近い。
それでも通りを過ぎて林の中に掛け込むと先に根を上げたのはシエルだった。
「ま、待ってボルク。もう走れない」
ボルクはシエルの腕をつかむとやっと走るのをやめて止まった。
「シエルどうして逃げた?一体どういう事なのか説明してくれ!どうしてあんなところにいた?」
息も切れそうなシエルを横目にボルクが聞く。彼はいたって平然としている。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
シエルは何度か大きく息をする。
呼吸は少しずつ落ち着いてくるが反対に怒りはふつふつと湧いて来る。
どうしてですって?何よ。ボルク。あなたのせいよと言う気持ちばかりで。
「あなたがそんな事言えるの?」
シエルがやっと最初の一言を放つ。
「どういうことだ?」
ボルクは何の事だと言わんばかりだ。
シエルはその態度にもうプツンと来た!
「あなたこそどういうつもりなの?あんなところで女となんて信じられないから。だから私それを確かめようとあの店に行ったのよ。そしたらボルク。あなたったら女の人と上がって行ったじゃない。いいのよ、好きにすればいいんだわ」
シエルはつんと顔を反らす。
だって、ほんとの事だもの。
「じゃあ、今夜俺があの食堂に入った時にすでにシエルはあそこにいたのか?」
「そうよ。黒髪のきれいな人だったわね。その人と何をしてたんだか」
シエルはやっとボルクと目を合わせる。彼は困った奴だとでも言いたげに眉を寄せた。
ほら、何も言い返せないじゃない。やっぱりボルクは…
シエルはまた顔を背けた。
「じゃあ、どうして俺を呼んだ?どうして助けを求めたんだ?」
「それは…」
ボルクはシエルを見透かすように向かい合わせに顔を近づけてくる。
林の中は明かりもなくて半月の月明かりだけがふたりの姿をほんのり映しだすだけだったが。
まだ小刻みに震えているシエルの手にそっとボルクの手が重ねられて彼の温もりが伝わって来てたまらなくなる。
ボルクあなたのせいなのよ。なのにどうしてそんな平気な態度なのよ。
本当はうれしくてたまらないのに、あんな事をしていたと思うと素直になれなかった。
そんな気持ちを感づかれたくなくて唇をかみしめる。
「だからシエルも他の男と?でも、急に恐くなった?そうなんだろう?あの男とは何もなかったんだろうシエル?」
「何もあるはずないじゃない。だってあなたが飛び込んで来たからじゃない!あなたさえ来なかったらあのままきれいさっぱり散らすことが出来たのに」
シエルはありったけの意地をボルクに叩きつける。
だって、そうでもしないと彼を好きって気持ちに負けてしまう。
「もう一度行ってみろ!シエル俺の顔を見てもう一度言ってみろ。ほんとにそんなことしたかったのか?」
木立の隙間から月の明かりが彼の顔を映し出す。
ボルクったらずるい。そんな潤んだ瞳で見つめられたりしたら私、嘘なんかつけなくなってしまうじゃない。
あなたの瞳は澄み切った海の水のようにきれいで美しいんだもの。
おまけにあなたの声は私の心を蕩けさせるのよ。
シエルの心は甘くくすぐられる。
もう限界だった。こんなの耐えられない!
「だって、あなただってやってるじゃない!もう、あなたが全部悪いのよ。私が好きだってわかってるくせに…また婚約の話が来たのよ。お父様はきっとどちらかに決めろって言うわ。私はあなた以外の人と結婚なんかしたくないのに…だったらいっそって思ったらいけないの?あなた以外の人なんて考えられないのに。私の事なんかどうでもいいならもう放っておいてよ。今度は絶対に恐がったりしないわ。いいから手を離して。悪かったわあなたを呼んだりして…これ、返すから」
そうだ、こんなものをいつまでも持っているからいけないんだ。
シエルは首に掛けていた笛を取り出すとボルクに差し出した。
「あなたって人は…俺をどれだけ困らせる気なんです。いいからその笛は持っておいてもらわないと困ります。それに俺があんなところにいたのは諜報部員としてで。一緒にいた女性も諜報部の人間ですから、最近この辺りを荒らしまわっている盗賊があそこに出入りすると情報があって見張っていただけです。上に上がったのは手配の男に似た人物がいたからで…ったく。俺を何だと思ってるんです?あなたの他に抱きたい女がいるとでも思ったんですか?いい加減にして下さい。俺はシエル。あなたにしか興味がないんです。他の女はどれもカボチャかジャガイモくらいにしか見えないんですから」
ボルクの告白にシエルは度肝を抜かれる。
「で、でも…あなたは私を拒んだじゃない。だからてっきり」
「それは違うんです。話せば長くなりますが、こんな事…ったく」
ボルクは悶絶する。
「こんなところで話せることじゃないんです。俺はその病気なんです…シエルと結婚できないのはその病気のせいなんです。だから結婚は無理だと言ったんです。さあ、もういいでしょう。帰ります。俺の馬があるから一緒に」
「それって、どんな病気なの?」
「いいからその話は終わりです。さあ、帰りましょう」
ボルクはかなり怒っているのはシエルにはひしひしと伝わっていて、それ以上聞けなくなってしまう。
そしてボルクの馬がいる所まで戻ると一緒に馬に乗った。
ボルクはラクダに乗ったときとはまるで別人のように、シエルとは少し体を離すように馬に乗ってベンハイム家の屋敷まで帰って来た。
その間もお互い一言も話をしなかった。
入り口まで見送られて別れ際にやっとボルクが口を開いた。
「シエルもう無茶はしないと約束してください」
「ええ、あんなところにはもう行かないわ。ねぇボルク。病気って移る病気なの?だから私を避けてるの?私に何か出来ないの?」
シエルはボルクが病気と聞いて心配でたまらない。何かできることをしたいと思うのは当然だった。
「いいえ、無理です」
ボルクはシエルの申し出を即効で断った。
「でも、何か出来るはずよ。お願い。もう、どうして私がこんなに頼んでもだめなの?」
ボルクの視線が下に向いた。その先にあるのは股間だ。彼は妙にそわそわしていて、シエルはとっさに閃いた。
「ボルク。もしかしてあなた、そのあれが…勃たないとかじゃない?」
「ち、違います。もう帰ります」
そしてそれ以上は話はないとばかりにクリルと向きを変えて帰って行った。
今夜の彼は指もすり合わせていなかった。手はずっと拳で固められていて関節はその拳に力が込められていると真っ白になっていた。
こんなボルク見たことがなかった。
それにしても我ながらばかな事を思い付いたわ。
何とかボルクの病気が何か知る方法はないかしら?
シエルは入り口で考え込んでしまった。
そんなシエルを出迎えたのはべルールだった。
「お帰りなさいませシエル様。お手紙が届いております」
アマルが上手く言っておいてくれたので何も言われることはなかった。
シエルに手渡されたのはジュリエッタからの手紙だった。
シエルは部屋に入るといぶかしいと思いながらもその手紙を開く。
手紙には驚くべきことが書かれていた。
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