一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

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40もういいの…でもやっぱり…ううんもういいの!

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 シエルたちの席に食事が来た。

 「おい、食べろよ?」

 シエルはホルックにどうでもいいわという顔をしたままだ。

 きっとチキンは美味しそうな匂いをさせているのだろう。ホルックはすぐにチキンにかぶりついた。

 「そうだ。先にあんたの名前だ?」ホルックは何度かそう聞いたらしい。

 「おい!聞いてんのか?」

 やっとシエルの脳が名前を聞かれていると判断する。

 「えっ?ああ、どうでも…ドーディ。そうドーディよ」

 適当な名前を言う。

 「ドーディ?可愛いな。じゃあディーって呼んでも?」

 「ディー。ええ、何でも好きに呼んで」

 シエルは心ここにあらずで目線はボルクの席に向いている。


 ホルックはそんな事はどうでもいいとでも言いたげにチキンを平らげた。

 「ほらディー、あんたも早く食べろよ。これ食べたら上に行こうぜ。さあ早く」

 ホルックはこれからやるお楽しみの事が頭から離れないとばかりにご機嫌で頼んだ酒を飲む。


 シエルはテーブルに乗った食事には手も付けないままなのでホルックがシエルの腕を引っ張った。

 「おい、早くしろよ。それとも気が変わったんじゃないよな?」

 食事に手も付けないシエルに少し苛立ったのか冗談交じりに聞いた。

 「悪いわね。私、用を思い出したの。お代は払っておくから、じゃあ」

 シエルはこんな所から早く出たくなった。そう言うと席を立った。

 ボルクのあんな姿を見たくはなかった。でも、これで諦めがつくというものだとも思う。

 とにかく一刻も早くここから出て行きたかった。


 「ふざけんな!その気にさせてこのまま帰れるとでも?もういい。さあ、行くぞ。来いよ!ディー」

 大きな体がシエルの腕をつかんで引っ張った。

 シエルはひとたまりもなくホルックの胸の中に引き寄せられる。

 ぐっと腕をまわされるともう身動きさえ出来なくなった。

 その時ちらりとボルクと女性が立ち上がったのが見えた。

 ふたりは身体を寄せ合い食堂の奥にある階段に向かって行く。


 な、何よ!ボルクがそうするつもりなら私だって。

 「もう、ホルックったら、わかってるわ。焦らないでよ…」

 シエルはホルックに掴まれた腕をやんわり振りほどくと彼のすぐそばに立つ。

 「私こんな事するの今日が初めてで…お願いそんなに怒らないで優しくして」

 「ディー。お前まさか…初めてなのか?」

 シエルは男からそんな事を言われて一気に恥ずかしくなって俯いて首をこくんをする。

 「まじかよ。俺優しくするから、心配するな。さっきは悪かったな。初めてだって知ってりゃもっと優しく言ったのにさぁ。さあ、こっち来いよディー」

 ホルックの態度は一変して、大きな体の大きな手がシエルと手を繋ごうと差し出された。


 シエルは手を出そうとしてとまどう。

 「大丈夫だ。優しくするから、さあ」シエルは覚悟を決めるように手を伸ばした。

 白くて華奢なシエルの手を、ホルックのがさつで分厚い皮膚で覆われた手がガバっとつかんだ。

 もう後には引けない。でも、もうどうなってもいい。シエルはボルクを忘れられるならもうどうなっても良かった。



 戸惑っているうちにボルクとその連れの女性の姿が見えなくなった。きっともう部屋に入ったのだろう。

 ボルクがそんな事をするなら私だって。

 シエルはホルックに手をつながれて上の階に上がっていく。

 繋がれている手のひらがもうぐっしょり汗が出始めているのが分かった。

 人がやっと一人通れるほどの狭い階段には、ほの暗い赤色のランプが所々に吊るされていてそれが何とも扇情的に見えた。

 今日は盛況なのか2階は満室と看板が出ていた。ホルックはチェッと舌打ちをするとさらに上の階に上がる。

 「2階は満室だってさ。狭いから気を付けろ」と言いながらも彼は逃すつもりはないとばかりに繋いでいる手を放そうとはしない。

 それは好意なのかはよくわからないが、シエルにはそんな事を考える余裕はなかった。

 シエルの頭にはボルクがどこに行ったのか。あの女性と何をするのか。そんな事ばかりが頭の中を駆け巡っていた。


 「おっ、ここにするか」弾けた声がした。

 階段を上がってすぐの部屋が空室と出ていたからだ。ホルックは扉を開けるとすぐにシエルと中に入った。

 「ガチャリ」すぐに鍵の締まる音がしてシエルはビクンと身体が跳ねた。

 ホルックがすぐに灯りをつける。部屋は狭くベッドが部屋のほとんどを占領していて他には小さなテーブルが一つあるだけの簡素な部屋だった。

 テーブルの上には水差しとグラスが置かれている。

 そして扉のすぐそばに掛け鏡と棚に櫛がひとつ。

 シエルはその鏡を見つめた。

 この鏡。ここを出る前に乱れた姿を整えるためにって事よね?


 脳内にそういった行為をしたら何が乱れるのかを想像してみる。

 ボルクに触られて着ていた服や髪がくしゃくしゃになったことを思い出す。

 あんな事をこの男とするのかと思うとため息が出た。

 今日初めて出会ったこの男。名前はホルックと名乗ったがどこの誰とも知らない。また知りたくもないが…

 どうしよう。こんな事するべきじゃないのに…ボルクがやっていると思うと腹が立って悔しいのか悲しいのかさえもわからない。

 腹立ちまぎれにこんな事をしようと思ったけど。けど…


 「ディー?こっち来いよ。参ったな。座れよって言ってもベッドしかないしな。恥ずかしいのか。大丈夫だ。俺に任せろ」

 いつの間にかホルックはシャツを脱いで上半身裸になってベッドに座っている。

 強面な顔に満面の笑みを浮かべてその筋肉をひけらかしている。

 きっと最大限恐がらせて逃げられたりしないようにと気を使っているのだろう。

 かなり大きな体はムキムキの筋肉で覆われていて、それはそれで見栄えはいいのだろう。が…

 シエルにしてみれば、いきなり上半身をむき出しにされてそうでなくてもこの部屋に入った時から迷いが出始めているのに…

 少し考える時間が欲しくなる。

 「ええ、そんな事わかってるわ。別に恥ずかしくなんか…」

 そう言った先から脚は一歩も前には進んではくれない。


 「いや、俺が悪かった。どれ俺が運んでやろう」

 ホルックはベッドから下りてシエルに近づくとさっとシエルを抱きかかえた。

 「えっ?いえ、大丈夫です。そんな事しなくても…あっ、ちょっと、や、やめて」

 ホルックはシエルをベッドの上に下ろすともう待てないとばかりに上にかぶさって来た。

 「その恥かしがるところなんか、めちゃくちゃかわいい。俺もう我慢できそうにない。いいから、俺に任せてディーはじっとしてればいいから。さぁ」

 

 シエルの上にかぶさるとホルックはシエルの唇に近づく。

  いや!

 シエルはパッと顔を背けてホルックの唇は頬をすべりそのまま彼は耳たぶに吸い付いた。

 「やぁ、ちょっとやめて。私やっぱり、その今日は帰る。ホルック。お願い。やめて!」

 シエルはやっぱりこんな事するべきではなかったとすぐに後悔した。

 でもホルックはすっかりその気になっている。もう止めるすべはないほど目は欲望でギラギラしている。。

 どうしよう。

 「ディー今さらなしなんて無理だから。もう諦めて俺のものになれよ。優しくするって言ってるだろう?」

 ホルックもシエルが初めてと知ってるだけに恐がらせたくないのか、逃がしたくないのか。

 そんな言葉を耳元で囁く。

 ホルックの身体にがっちりホールドされてシエルの両脚は挟み込まれていて逃げようにも身動き一つできない。



 「やっぱり私、こんな事無理。お願い。帰らせて…」

 何とか逃れようと彼の背中を拳で叩く。

 だが、筋肉の塊男にそんなものが通用するはずもなく。

 「優しくするつもりだったのに‥いいんだぞ。無理やりにだってやれるんだから帰れるなんて思うなよ。その気にさせたのはそっちじゃないか。諦めろよ」

 ホルックはシエルの両手をぐっとつかんで片手で上に上げる。

 簡素なワンピースの襟ぐりをぐっとつかむと勢いよく生地を引っ張った。

 ビリビリと布が裂けて胸元が露わになる。下には薄いシュミーズだけでコルセットは着けてはいない。

 「や、やめて…お願い。乱暴しないで」

 力いっぱい押さえつけられた手はじんじんして恐くて身体は震えている。

 「だったら大人しくするんだ。帰りに服を着て帰りたいなら自分で脱げ。さあ、脱げよ」

 「わかったわ。お願い、手を放して」

 「ほんとに分かったのか?」

 「…」シエルは返事もろくに出来ずにうなずいた。


 ホルックは押さえつけていた手を緩めてシエルの両手を放した。

 がたがた震える身体。痺れた手。思うように言うことを聞くはずもなく。

 ベッドの縁に座るとホルックに背を向けておどおどしながら服に手をかけた。その時ボルクにもらった笛が目に留まった。

 今さらこんな笛を吹いてどうなるの?

 でも、もしかしたらボルクが助に来てくれるかも?

 ううん、そんな事あるはずがないわ。

 でも、でも…シエルは笛を吹かずにはいられなかった。

 ホルックに背を向けていたので気づかれずに笛を吹くことが出来たのだが。


 「おい、早くしろよ。嫌なら俺が服をビリビリに破いてやろうか?俺はどっちでもいいんだぞ!」

 あんなに優しそうだった口調はすっかり影を潜め、聞こえるのは低い低音の怖そうな声ばかり。


 ああ…神様。もうこれまでだわ。それもこれもすべてボルクのせいよ。

 私の気持ちをわかってるくせにあなたは応えてはくれない。

 私は一生誰とも結婚なんかするつもりもない。こんなところで純潔を失った所で誰も困りはしないんだから。だからもうどうなってもいいじゃない。

 いい加減諦めて決心すれば!そうすればボルクを忘れられる。

 「わかったわ…」

 シエルはゆっくりワンピースのボタンを外し始めた。



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