一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

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39ここに来たのは間違いだっだ?

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 それから数日後、シエルはアジュールの繁華街から少し裏道に入ったところにある食堂に来ていた。

 この食堂の上の階は、貴族でも下層階級の嫡男以外の息子や働きに出ている娘たちの逢引きに使われている。

 それ以外にも春をひさぐ女性と入る場所としても便利な場所として知られていた。



 シエルがどうしてこんな所に来たのかと言うと、実はボルクがここによく出入りしていると聞いたからだった。

 この話は王宮で出会うルーバン伯爵夫人から聞いたのだ。

 彼女も公爵夫人から聞いたらしいが。

 とにかく彼はここの上の階にそんな商売女を連れ込んでいるらしいと小耳にはさんだのだ。



 その数日前アマルがつい口を滑らせてこの場所を知ることが出来たのだが。

 「アマルはサージェスと結婚することになったのよね?それで仕事はどうするの?」

 「はい、もちろん続けます。サージェスだけのお給料でもやりくりすればやって行けると思うんですが働ける間は少しでもお金を貯めておきたいので」

 「そうよね。それにアマルはやっぱり新居を借りてそこから通うのよね?」

 「そうなると思います。今はサージェスは騎士隊の宿舎ですし、私はここでお世話になっていますから、会っても落ち着ける場所もなくて…お恥ずかしい話、街の逢引き宿なんかを利用してるんです」

 アマルが頬をぽっと赤く染めた。


 「あら、アマルはもうサージェスとそんな関係になったって事なの?」

 「あっ、もう私ったら何を…すみません。これは内緒にしておいて下さい。両親に知れたら勘当されてしまいます」

 アマルも結婚までは純血を守るという古い考えの両親にはそんな事言えるはずもなくてシエルに手を合わせる。

 「もちろんよ。結婚が決まってるんですもの。アマルが羨ましいわ。自由にそんなところに行けるんですもの」

 「そんな事…そう言えばウィスコンティン様とはどうなったのですシエル様。お互い思い合っているのは私たちでもわかりましたから。オーランド国の側妃の件もなくなったんです。おふたりは結婚されるのではないんですか?」

 アマルたちには詳しい事は何も知らされるはずもない。

 だから一緒に旅をした時の様子でアマルはふたりがうまく行っていると思っていたらしい。


 シエルは少し考えたがアマルとは友達みたいな関係だったしこのところうっぷんも溜まっていた。

 つい、小耳にはさんだ話までしてしまう。

 「それが…ボルクは身分が違うから結婚は無理だって言ったわ。それに聞いた話によれば、彼は春をひさぐ商売の女性と逢引き宿でうっ憤を晴らしているらしいって…」

 「そんな、何かの間違いではないのですか?あの方がそのような…」

 「あら、でもサージェスやあなただってそんなところに出入りしてるんでしょう?だったら男の人はそうなんじゃないの?」

 「それは…」

 アマルは何て言ったらいいかわからず困ってしまう。


 「気にしないでアマル。でもね私、お母様に言われたの。もう一度勇気を出して彼にぶつかって見たらどうかって、だから私彼と話をしようと思うの。でも王宮ではいつも私を避けてるから…」

 「では王宮の外で待ち伏せたらどうでしょう?」

 「でも、門の所なんかでは目立つし、彼にも見つかるわ。呼び出してもきっと彼は来てくれないだろうし…」

 「あの、余計な事ですがウィスコンティン様が逢引き宿に入り浸っているというのは確かなんですよね?でしたら私がその場所に案内しましょうか?その場で彼に本心を問い詰めてたら、その…もしかしたらシエル様との結婚に話が持ち込めないでしょうか?」

 シエルは少し考えた。

 もしボルクが自分の事を忘れるためにわざとそんな事をしているのだとしたら、私の気持ちをもう一度ぶつけて彼に結婚を迫ってみるのもいいかも知れない。

 そこまで私が彼を思っていると知ったら、ボルクも考え直すかもしれないじゃない。

 シエルは決めた。お母様だっておっしゃったもの。私は彼にもう一度気持ちを伝えてみたい。


 そして今夜アマルに若草色の簡素なワンピースを借りて上にはフードのついたマントを羽織って上の階に逢引き宿があるというこの食堂にやって来たのだった。

 もちろん髪は後ろで一つに結んで街にいる娘のような装いでやって来た。

 アマルと一緒にその食堂に入った。

 「いらっしゃーい」

 元気のいい掛け声がして若い女の子が注文を取りに来た。

 ふたりで取りあえずハーブティーを頼む。

 「アマル、これを飲んだらもう帰っても大丈夫だから」シエルは言った。

 「冗談ですよね?シエル様をこんな所に一人には出来ません」アマルは反対した。

 「シエル様、誰かが一緒にいたほうがいいです」

 アマルは言ってくれたがもしボルクが現れた時アマルまでいたら自分の気持ちを正直に言えないかもしれないと思った。

 何より人には聞かれたくないもの。

 もし、ボルクが口もきいてくれなかったら?もしボルクが応えてくれなかったら?もしこんな所まで来たことを怒ったら?

 不安は脳内でどんどん膨らんでいく。

 今もこんな場所に来たことさえ後悔し始めているのに。

 
 周りはガラの悪そうな男達や派手な服を着たいかにもと言えるそんな女性たちがたくさんいて、貴族のご令嬢が来るような場所ではない事は確実だ。

 でも、ここまで来て後には引けないのも事実だった。

 もう一度出直すなんてことは絶対に出来そうにないし、ボルクに会えるのはもうここしかないとさえ思うほどシエルは落ち詰められていたから。



 「アマルあなたには感謝してるのよ。でも私一人で大丈夫だから」

 そう言っているとひとりの男が食堂に入って来た。

 シエルは絶句した。ボルク!あなたやっぱりこんな所に来ていたのね。

 シエルはアマルに目配せすると早く帰ってと合図をする。

 アマルも彼がいるならと安心したのか、シエルに拳をぎゅっとしてガッツポーズしてその食堂を後にした。



 シエルはボルクに見つからないようにフードをもう一度深くかぶり席に座ったまま彼の姿を追う。

 よく見るとボルクの後ろに連れの女性がいる。

 黒髪の美しい女性。大人っぽくていかにもそれふうな女が…

 ボルクは慣れた様子でテーブルにつくとその女性も向かい合わせに座った。

 シエルから見てボルクは後ろ向きになったのでちょうど良かった。

 ボルクは早速注文をする。当たり前のように注文を取りに来た若い女の子と冗談を言い合っている。

 もう、ボルクったらここの常連みたいじゃない。

 おまけに女性も一緒だなんて!!!

 シエルの胸には早くも怒りの炎がメラメラと燃え上がる。


 シエルは何とか落ち着こうとハーブティーを手に取る。

 カップの中のお茶をゆっくり飲みながら一度深呼吸してみる。

 あまり効果はないようだ。

 これから女の人と上の階へ?

 ひどく落ち着かなくて周りを見回した。その時がたいの大きな男と目が合う。

 男はニヤリと笑うとシエルを見回した。

 途端に男が舌なめずりをしてシエルに近づいてくる。

 シエルは貌を背けて知らん顔をするが「よお、姉ちゃん。あんた見かけない顔だがここは初めてかい?」

 男がテーブルの前まで来て声を掛けた。

 「あっ、いえ、私はそんなんじゃありませんわ。他を当たって頂けます?」

 しどろもどろになりながら何とかそんな気はないのだと分からせようとしてみる。

 「チェッ!かっこつけてんじゃねぇよ。ここはそう言う場所だって知ってて来たんだろう?いざとなったら怖くなったって?安心しろ。俺はがたいはこんなだが優しいんだぜ。ああ、先に飯を食うか?何にする?ここの料理は結構うまいんだ」

 男は気にしないとシエルの向かいに座った。

 シエルは困り果てるがそれよりもボルクの事も気になる。ボルクは後ろ向きで座っているのでどんな顔をしているかはわからない。

 

 あぁぁ…真向かいに座った女性はそれは色っぽい仕草でボルクを見つめている。

 シエルの心に嫉妬の炎が燃え上がった。

 何よ!何よ!何よ!ボルクなんて…いっそ私もここで純潔を散らしてしまえばきれいさっぱり彼を忘れられるかも知れないわ。



 「なぁ、あんた何食べる?俺はチキンのトマト煮込みにする…おい、聞いてんのか?」

 「あっ、私も同じでお願いします」

 「そうか。あんたその髪すげぇいいな。緑の色がつやつやして…」と男がシエルの髪に触ろうとする。

 「ちょっと、そう簡単に障らないで下さる?」

 シエルが男を睨みつける。

 「いいねぇ、そんな気の強ぇ女好きなんだ。気に入った。おい!早く料理を持って来い!あんたを早く食べたくてたまらねぇや。それはそうとあんた名前は?俺はホルックって言うんだ」

 シエルはそう言われて噴き出しそうなった。ボルクとホルック。よく似てる。こんな所に来る男って名前まで似てるのだろうかとおかしくなる。

 

 シエルはもう一度ボルクを見た。

 ボルクと席の前にいた女はいつの間にか隣にいてすでにボルクにしなだれかかっている。

 彼のたくましい胸に身をゆだねるようにしていておまけにボルクの腕はその女の肩に回されている。

 

 シエルの中でプツンと何かが切れる音がした。

 今夜はあなたと本音で話をしようと思っていたのよ。

 私たちはお互い好き同士だってずっと思っていた。

 でも、あなたは違っていたのね。

 そうではなかったんだわ。

 ボルク貴方はただの私を守る騎士。いえ国王の娘として守ると言う役目を追っていただけの人だったのね。

 私ったら…何を勘違いしてたんだろう。

 でも、心からわたしを愛しているって言ったじゃない。あれは嘘なの?ただ私を慰めるために言ったの?

 ボルクはずっと貴方のそばに使えることが幸せと言っていた。でもそれは王の娘に仕えるのが幸せということだけかも知れない。

 あなたを守るのが私の務めです。そう彼は言った。

 当たり前じゃない!私は今では国王の娘なんだから。

 私はただの…ただボルクに取ったら守らなければならない対象者と言うだけの女に過ぎないんだわ。

 シエルは身体じゅうが凍り付いたみたいな気分になる。

 ボルクを見つめる視線は何も感じないくらい冷たくなっていく。



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