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38そんなの許せません!
しおりを挟むそれから2週間ほどが過ぎた。
シエルとボルクは相変わらずお互いに距離を取って顔を合わすこともほとんどなかった。
シエルは王宮に泊ることはやめて、毎日自分の屋敷に帰るようになった。
そして仕事が終わり今日もベンハイム公爵家の屋敷に帰って来た。
「シエル、お帰りなさい。お食事まだでしょう?ランドールもまだなの、一緒に食べましょう」
ちょうど出迎えた母が夕食に誘った。
「ただいまお母様。今日は食欲がないの。悪いけど部屋に行くわ。おやすみなさい」
「でも、少しでも食べたほうがいいわ。何だか疲れてるみたいね。では後で夜食でも持って行かせましょう」
「いいから私の事は放っておいて!」
シエルは機嫌が悪かった。
それもそのはず今日父から婚約の話が来たと言われた。
それもふたつもだ。
「いい加減にしてお父様、私は婚約する気はありませんわ」
シエルは相手の名前も聞かずにすかさずそう言った。
「シエル、まだ名前も言っておらん。まあ聞きなさい。ひとつはオーランド国新皇帝のラグナンから、もうひとつは3年前に婚約破棄したスタンフォース公爵からだ」
シエルは思わず”あのエロ皇帝の息子?それにあのくそ野郎が?どうして”と言いそうになる。
ご令嬢としてあるまじき脳内暴言!だった。そこはぐっとこらえて父に言う。
「名前を聞いたところで何も変わりません。すぐにお断りしてください!」
「まあ、お前の言いたいことはわかる。だが、このまま独り身と言うのもなぁ…少し落ち着いたら考えてみないか?向こうは急がないと言われているのだ。だから…」
ああ…もうシャラップ!と言いたい。
「ええ、そうかもしれません。が!断固お断りします。では私は先に帰りますお父様。失礼します」
シエルはそう言って執務室から逃げるように屋敷に帰って来たのだ。
そりゃ気分も悪くなるでしょう。
シエルはひとりでぶつぶつ言いながら部屋に入った。
ボルクとはあれから口もきいていない。顔さえ合わせていなかった。
お互い好きな気持ちはあっても彼は頑としてシエルとボルクとでは結婚は無理だと思っているみたいですから。
じゃあ、私が他の人と結婚すればいいとでも言いたいの?
私の気持ちはどうすればいいのよ。
それは貴族の令嬢ならば家のため好きでもない人と結婚するのは当たり前だけど…
だからオーランド国にも行ったんです。
でも、運よくそんな事にならなくて私は自由の身になれたのに。
お父様だってあの時ボルクさえ結婚すると言えば許してくれていたに違いないのよ。
シエルの悶々は日々増していくばかりで、お父様ったらひどいわ。
私が他の人との結婚なんか考えられないってわかってるくせに。
いいえ、男には女心何かわかるはずがないのよ。
お父様もボルクも何もわかってないのよ。
シエルはベッドに突っ伏して泣いた。
それからしばらくして扉をノックする音がした。
きっとべルールが夜食でも持って来たに違いないわ。
「べルール今は食欲がないの。だから下げて頂戴」
「まあ、シエルそんなに疲れてるの?」
そう言って入って来たのは母だった。手にはサンドイッチとお茶の入ったティーポットがある。
シエルは慌てて起き上がる。まだ帰って来た時のままでドレスもしわくちゃになってしまった。
「まあ、着替えもしていないじゃない。さあ、ドレスを脱いでお風呂にでも入ってゆっくりしたら気分が良くなるかもしれないわ」
母は持っていたサンドイッチやポットをテーブルに置くと小さな子供をあやすようにシエルに言う。
シエルは母に優しく声を掛けられながらドレスを脱ぐのを手伝ってもらっているうちについ気持ちが緩んだ。
子供の頃のように甘えて何でも話がしたいと思ってしまう。
「お母様聞いて下さい。お父様ったらひどいんです。私がボルクを好きなのに。それなのにお父様はオーランド国の新皇帝とスタンフォース公爵から婚約したいと申し入れがあったから考えなさいって言われるんですよ。そんなのひどいですわ。私…もう他の人の元に行くなんて考えられないのに…」
ついそんな言葉が零れた。いけない。母にそんな事を言ってもわかるはずがないのに…
シエルは小さなころは母テレーゼといつも一緒に過ごしていた。だが、弟が生まれてからは一時少し距離が離れるようになって行った。
シエルだってまだ子供そんな母にわがままを言ったり弟に意地悪を言ったりした。
母はシエルに寂しい思いをさせていたのだと気づいてくれてそれからはシエルにいろいろ話をしてくれるようになった。
弟の世話をさせてくれたり姉としてとても頼りにしていると言われたりしてシエルはとてもいいお姉さんになりいい子供になった。
だから母とは仲が良かった。3年前の婚約破棄の時も母はずっと心配をして支えにもなってくれた。
でも、最近はあまり心配を変えたくなくて話をしていなかった。
「ええ、そうねシエル。あなたがウィスコンティン様を好きなことは知ってるわ」
「知ってるの?いやだ。お母様ったらもう…」
シエルは真っ赤になる。
「それでウィスコンティン様にはお気持ちを伝えたの?」
「も、もちろんですわ。でも彼は身分が違うから結婚できないって」
「そう、男としては無理もないかも知れないわね。それでお父様は何ておっしゃったの?」
母は当たり前のように父の事を聞く。
「お父様は私がそうしたいのならとおっしゃったのよ。でも彼が断わったから、だからこんな婚約の話を…」
「その後ウィスコンティン様と話をしたの?」
「知る訳がありません。彼ったら私を避けてるみたいだし、私だって気まずいから避けてますもの」
「でもシエルはこのままでは嫌なんでしょう?」
「いやに決まってます!ボルクがもっとしっかりしてくれればいいのに」
シエルは着替えて部屋着を着る。
「男は一度言ったら引っ込みがつかないものなのよ。シエルもう一度彼にチャンスを上げたらどう?」
「チャンスって?」
「もう一度彼のところに行って気持ちを伝えるの。とても勇気がいると思うわ。でも、このままだと後悔すると思わない?」
「それはわかってるわ。でも、また断られたら…」
シエルは貌をしょんぼりと俯ける。
「あのねシエル聞いて。私たちは政略結婚だったけどお互い本当に好きになってとても仲が良かったわ。でもあなたが女の子だったことがお父様はすごくショックだったみたいで、いえ、あなたが生まれて来たことはすごく喜んでいたの。あなたを可愛がっていたしとても愛してるわ。でも公爵家にはやっぱり男の子がっていう考えがあってね。それで数年次の妊娠を期待していたけど、3年を過ぎても次の子供を授かれなくて、お父様はすごく気落ちしたみたいなの。それで私たちの間に何だか溝のようなものが出来てお父様は仕事にばかり力を注ぐようになって行ったの」
ふたりともすごく仲がいいと思っていただけにシエルは驚いた。
「そんな風には見えないわ。あのお父様が…」
「ええ、夫婦にはいろいろな事があるの。あなたがボルクと結婚したとしてもそうよ。まあ、それは置いといて。こんな話を娘にするのもどうかと思うけど、あなたももう大人だからいいわよね」
「もちろんよ。お母様なんでも話して下さい。私、驚いたりしません」
シエルはまだ未経験ではあるが夫婦の営みの事については知っているつもりだ。
お母様は少し照れ臭そうにいちど咳払いをした。そして話を始めてくれた。
「それで私は考えたの。このままではいけないって自分の気持ちを素直に伝えなければって、それである夜お父様に迫って見たのよ。ちょっと色っぽいレースのナイトドレスを着て、すごく寂しいと思ってるって彼を誘ったの。どうしてもあなたの子供が欲しいのってね」
うそ?お母様がそんな事を…?
シエルは続きが知りたくてたまらない。
「それで、それでどうなったのですお母様」
母が、くすくす笑い出した。
「ええ、もちろんお父様は私の誘いに応えて下さったわ。だからランドールがいるのですよ」
「もう、やっぱりふたりは仲がいいのですわ。愛し合っているお父様とお母様はすごく素敵です。私、そんなふたりの子供ですごく幸せです」
シエルは母に微笑む。
すると母がシエルの手をぎゅっと握って言った。
「何のためにこんな話をしたと思っているのです。諦めては何も解決しないのですよ。本当にお互いが思いあっているならきっとわかりあえるはずです。わかりますねシエル?」
「ええ、わかりましたお母様。私もう一度頑張って見ます。だってこのままでは一歩も前に進めませんもの」
「そうよシエル。頑張って!さあ、何か食べないとね」
母はサンドイッチとティーポットを指さした。
「はい、そうしますお母様。ありがとう」
シエルは考えた。
ボルクとどうやって話をすればいいのだろう。
それに最近の彼の噂が気になっていた。
最近のボルクは街の怪しげな場所に出入りしているらしいと、そこは寂しい男女が集まる酒場で話さえ決まればそのまま上の部屋ですぐに関係を持つことも出来るという。
ボルクは私とはそんな事しなかったくせに、本当はエッチがしたくてたまらないって事なの?
そうよ。彼だってあの時すごく興奮してたもの。あのままじゃあ、男の人ってストレスが溜まるって聞いたし、だからそんなところで発散してるって事?
もう許せない!ボルク覚悟しなさいよ。
シエルはがぜんやる気が出て来た。
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