一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

文字の大きさ
上 下
45 / 58

38そんなの許せません!

しおりを挟む

 
 それから2週間ほどが過ぎた。

 シエルとボルクは相変わらずお互いに距離を取って顔を合わすこともほとんどなかった。

 シエルは王宮に泊ることはやめて、毎日自分の屋敷に帰るようになった。


 そして仕事が終わり今日もベンハイム公爵家の屋敷に帰って来た。

 「シエル、お帰りなさい。お食事まだでしょう?ランドールもまだなの、一緒に食べましょう」

 ちょうど出迎えた母が夕食に誘った。

 「ただいまお母様。今日は食欲がないの。悪いけど部屋に行くわ。おやすみなさい」

 「でも、少しでも食べたほうがいいわ。何だか疲れてるみたいね。では後で夜食でも持って行かせましょう」

 「いいから私の事は放っておいて!」

 シエルは機嫌が悪かった。

 それもそのはず今日父から婚約の話が来たと言われた。

 それもふたつもだ。

 「いい加減にしてお父様、私は婚約する気はありませんわ」

 シエルは相手の名前も聞かずにすかさずそう言った。

 「シエル、まだ名前も言っておらん。まあ聞きなさい。ひとつはオーランド国新皇帝のラグナンから、もうひとつは3年前に婚約破棄したスタンフォース公爵からだ」

 シエルは思わず”あのエロ皇帝の息子?それにあのくそ野郎が?どうして”と言いそうになる。

 ご令嬢としてあるまじき脳内暴言!だった。そこはぐっとこらえて父に言う。


 「名前を聞いたところで何も変わりません。すぐにお断りしてください!」

 「まあ、お前の言いたいことはわかる。だが、このまま独り身と言うのもなぁ…少し落ち着いたら考えてみないか?向こうは急がないと言われているのだ。だから…」

 ああ…もうシャラップ!と言いたい。

 「ええ、そうかもしれません。が!断固お断りします。では私は先に帰りますお父様。失礼します」

 シエルはそう言って執務室から逃げるように屋敷に帰って来たのだ。



 そりゃ気分も悪くなるでしょう。

 シエルはひとりでぶつぶつ言いながら部屋に入った。

 ボルクとはあれから口もきいていない。顔さえ合わせていなかった。

 お互い好きな気持ちはあっても彼は頑としてシエルとボルクとでは結婚は無理だと思っているみたいですから。

 じゃあ、私が他の人と結婚すればいいとでも言いたいの?

 私の気持ちはどうすればいいのよ。

 それは貴族の令嬢ならば家のため好きでもない人と結婚するのは当たり前だけど…

 だからオーランド国にも行ったんです。

 でも、運よくそんな事にならなくて私は自由の身になれたのに。

 お父様だってあの時ボルクさえ結婚すると言えば許してくれていたに違いないのよ。

 シエルの悶々は日々増していくばかりで、お父様ったらひどいわ。

 私が他の人との結婚なんか考えられないってわかってるくせに。

 いいえ、男には女心何かわかるはずがないのよ。

 お父様もボルクも何もわかってないのよ。



 シエルはベッドに突っ伏して泣いた。

 それからしばらくして扉をノックする音がした。

 きっとべルールが夜食でも持って来たに違いないわ。

 「べルール今は食欲がないの。だから下げて頂戴」

 「まあ、シエルそんなに疲れてるの?」

 そう言って入って来たのは母だった。手にはサンドイッチとお茶の入ったティーポットがある。

 シエルは慌てて起き上がる。まだ帰って来た時のままでドレスもしわくちゃになってしまった。

 「まあ、着替えもしていないじゃない。さあ、ドレスを脱いでお風呂にでも入ってゆっくりしたら気分が良くなるかもしれないわ」

 母は持っていたサンドイッチやポットをテーブルに置くと小さな子供をあやすようにシエルに言う。

 シエルは母に優しく声を掛けられながらドレスを脱ぐのを手伝ってもらっているうちについ気持ちが緩んだ。

 子供の頃のように甘えて何でも話がしたいと思ってしまう。


 「お母様聞いて下さい。お父様ったらひどいんです。私がボルクを好きなのに。それなのにお父様はオーランド国の新皇帝とスタンフォース公爵から婚約したいと申し入れがあったから考えなさいって言われるんですよ。そんなのひどいですわ。私…もう他の人の元に行くなんて考えられないのに…」

 ついそんな言葉が零れた。いけない。母にそんな事を言ってもわかるはずがないのに…

 

 シエルは小さなころは母テレーゼといつも一緒に過ごしていた。だが、弟が生まれてからは一時少し距離が離れるようになって行った。

 シエルだってまだ子供そんな母にわがままを言ったり弟に意地悪を言ったりした。

 母はシエルに寂しい思いをさせていたのだと気づいてくれてそれからはシエルにいろいろ話をしてくれるようになった。

 弟の世話をさせてくれたり姉としてとても頼りにしていると言われたりしてシエルはとてもいいお姉さんになりいい子供になった。

 だから母とは仲が良かった。3年前の婚約破棄の時も母はずっと心配をして支えにもなってくれた。

 でも、最近はあまり心配を変えたくなくて話をしていなかった。

 

 「ええ、そうねシエル。あなたがウィスコンティン様を好きなことは知ってるわ」

 「知ってるの?いやだ。お母様ったらもう…」

 シエルは真っ赤になる。

 「それでウィスコンティン様にはお気持ちを伝えたの?」

 「も、もちろんですわ。でも彼は身分が違うから結婚できないって」

 「そう、男としては無理もないかも知れないわね。それでお父様は何ておっしゃったの?」

 母は当たり前のように父の事を聞く。

 「お父様は私がそうしたいのならとおっしゃったのよ。でも彼が断わったから、だからこんな婚約の話を…」

 「その後ウィスコンティン様と話をしたの?」

 「知る訳がありません。彼ったら私を避けてるみたいだし、私だって気まずいから避けてますもの」

 「でもシエルはこのままでは嫌なんでしょう?」

 「いやに決まってます!ボルクがもっとしっかりしてくれればいいのに」

 シエルは着替えて部屋着を着る。


 「男は一度言ったら引っ込みがつかないものなのよ。シエルもう一度彼にチャンスを上げたらどう?」

 「チャンスって?」

 「もう一度彼のところに行って気持ちを伝えるの。とても勇気がいると思うわ。でも、このままだと後悔すると思わない?」

 「それはわかってるわ。でも、また断られたら…」

 シエルは貌をしょんぼりと俯ける。


 「あのねシエル聞いて。私たちは政略結婚だったけどお互い本当に好きになってとても仲が良かったわ。でもあなたが女の子だったことがお父様はすごくショックだったみたいで、いえ、あなたが生まれて来たことはすごく喜んでいたの。あなたを可愛がっていたしとても愛してるわ。でも公爵家にはやっぱり男の子がっていう考えがあってね。それで数年次の妊娠を期待していたけど、3年を過ぎても次の子供を授かれなくて、お父様はすごく気落ちしたみたいなの。それで私たちの間に何だか溝のようなものが出来てお父様は仕事にばかり力を注ぐようになって行ったの」

 ふたりともすごく仲がいいと思っていただけにシエルは驚いた。

 「そんな風には見えないわ。あのお父様が…」


 「ええ、夫婦にはいろいろな事があるの。あなたがボルクと結婚したとしてもそうよ。まあ、それは置いといて。こんな話を娘にするのもどうかと思うけど、あなたももう大人だからいいわよね」

 「もちろんよ。お母様なんでも話して下さい。私、驚いたりしません」

 シエルはまだ未経験ではあるが夫婦の営みの事については知っているつもりだ。

 お母様は少し照れ臭そうにいちど咳払いをした。そして話を始めてくれた。

 「それで私は考えたの。このままではいけないって自分の気持ちを素直に伝えなければって、それである夜お父様に迫って見たのよ。ちょっと色っぽいレースのナイトドレスを着て、すごく寂しいと思ってるって彼を誘ったの。どうしてもあなたの子供が欲しいのってね」

 うそ?お母様がそんな事を…?

 シエルは続きが知りたくてたまらない。

 「それで、それでどうなったのですお母様」

 母が、くすくす笑い出した。

 「ええ、もちろんお父様は私の誘いに応えて下さったわ。だからランドールがいるのですよ」

 「もう、やっぱりふたりは仲がいいのですわ。愛し合っているお父様とお母様はすごく素敵です。私、そんなふたりの子供ですごく幸せです」

 シエルは母に微笑む。

 すると母がシエルの手をぎゅっと握って言った。

 「何のためにこんな話をしたと思っているのです。諦めては何も解決しないのですよ。本当にお互いが思いあっているならきっとわかりあえるはずです。わかりますねシエル?」


 「ええ、わかりましたお母様。私もう一度頑張って見ます。だってこのままでは一歩も前に進めませんもの」

 「そうよシエル。頑張って!さあ、何か食べないとね」

 母はサンドイッチとティーポットを指さした。

 「はい、そうしますお母様。ありがとう」


 シエルは考えた。

 ボルクとどうやって話をすればいいのだろう。

 それに最近の彼の噂が気になっていた。

 最近のボルクは街の怪しげな場所に出入りしているらしいと、そこは寂しい男女が集まる酒場で話さえ決まればそのまま上の部屋ですぐに関係を持つことも出来るという。

 ボルクは私とはそんな事しなかったくせに、本当はエッチがしたくてたまらないって事なの?

 そうよ。彼だってあの時すごく興奮してたもの。あのままじゃあ、男の人ってストレスが溜まるって聞いたし、だからそんなところで発散してるって事?

 もう許せない!ボルク覚悟しなさいよ。

 シエルはがぜんやる気が出て来た。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました

ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。 夫は婚約前から病弱だった。 王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に 私を指名した。 本当は私にはお慕いする人がいた。 だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって 彼は高嶺の花。 しかも王家からの打診を断る自由などなかった。 実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。 * 作り話です。 * 完結保証つき。 * R18

【完結】体目的でもいいですか?

ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは 冤罪をかけられて断罪された。 顔に火傷を負った狂乱の戦士に 嫁がされることになった。 ルーナは内向的な令嬢だった。 冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。 だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。 ルーナは瀕死の重症を負った。 というか一度死んだ。 神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。 * 作り話です * 完結保証付きです * R18

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

処理中です...